魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
12月初旬――。
ノヴァリア中央公園。
そこには、アウラとマーレの手によって植えられた、高さ30メートルを超える巨木がそびえ立っていた。
日暮れ前。公園内には人っ子一人いない。アウラが配置した魔獣たちが、一般の民を寄せ付けぬよう完璧な警備を敷いていたからだ。
アウラとマーレは、すでに全ての作業を終えていた。第六階層から運び込んだ、夜にだけ光を放つ数千もの魔法植物の蔦(つた)は、すでに巨木の幹や枝の隅々にまで完璧に絡みついている。
「準備、終わったね。マーレ」
「うん。あとは、お日様が沈むのを待つだけだよ」
周囲が暗くなるにつれ、ノヴァリアの街路には魔導ライトが灯り、石畳が青白く発光し始める。しかし、中央公園の巨木だけは、まだ闇の中に黒い影として沈んでいる。
二人はツリーの足元に腰を下ろし、静かに西の空を見つめる。魔法の詠唱も、複雑な回路の調整も必要ない。ただ、自然の理(ことわり)が巡るのを待つだけの、贅沢な静寂がそこにあった。
◇ ◇ ◇
ついに、太陽が地平線の彼方へと沈んだ。
その瞬間、中央公園の闇に「異変」が起きる。
巨木の根元から、淡い、本当に微かな青白い光がポツリ、ポツリと生まれ始めた。それは連鎖反応のように幹を伝い、枝へと広がり、数千の葉が一斉に覚醒していく。
魔法植物たちは、太陽の消滅を合図に、蓄えていた生命力を光へと変換し始めたのだ。螺旋を描くように光が昇り、ツリーの頂点に達した瞬間、公園には「 スターライト(星明かり)」を凝縮したかのような幻想的な大樹が顕現した。
それは、魔導ライトの安定した人工光とは決定的に異なる、脈動する「生きた光」だった。
風に枝が揺れるたび、光の粒子が粉雪のように周囲へ舞い落ちる。
「……きれい……」
公園の入り口で、警備の解除を待ちわびていた民衆の中から、誰かが溜息のように漏らした。その声は、瞬く間に周囲のざわめきへと溶けていく。
「みんなー、もう警備を解除していいよー」
アウラが声をかけ、魔獣たちが道を開けると、堰を切ったように人々が公園へと流れ込んだ。
「見て、パパ! お星さまがいっぱい!」
小さな女の子が父親の手を引いて駆け出し、ツリーの周りをくるくると回り始める。その楽しそうな笑い声に誘われるように、他の子どもたちも次々とツリーの根元へと集まり、光の粒子が舞い落ちる幻想的な空間を、無邪気に走り回ってはしゃぎ始めた。親たちは、そんな子どもたちの姿を温かい眼差しで見守りながら、時折ツリーを見上げては感嘆の声を漏らしている。
恋人たちは互いの肩を抱き寄せ、青白い光を背景に写真を撮り合っていた。ツリーの輝きが、二人の顔を淡く照らし、その表情には幸福と、この光景への深い感動が刻まれている。
「すごいね、本当に……」
「こんなの初めて見た。来てよかったね」
女性同士の友人グループは、ツリー全体を収めようと、少し離れた場所からカメラを構え、満面の笑みで記念撮影に興じている。
公園全体が、瞬く間に歓声と感嘆の声、そしてシャッターを切る音で賑わい始める。
アインズマス・ツリーの放つ「生きた光」は、集まった人々の心に温かい灯をともし、ノヴァリアの夜を、忘れられない祝祭の夜へと変えていった。
◇ ◇ ◇
ノヴァリア王宮、最上階の執務室。
アインズは巨大な窓から、中央公園に立つ大樹を見下ろしていた。
それは街路を彩る魔導ライトの光を遥かに凌ぎ、青白く脈動する幻想的な光を放っている。
アインズは、かつて鈴木悟として過ごした「現実」を思い出していた。
あの汚染された空の下では、本物の大樹など見たことがなかった。
そして、思考は自然と、アインズが最も愛した場所へと繋がっていく。
(世界で一番綺麗な木……。世界樹……。ユグドラシル……)
脳裏に、かつての仲間たちの姿が去来する。
たっち・みーの正義、ウルベルトの皮肉な笑み、ペロロンチーノの悪ふざけ。
もし、彼らが今、自分の隣にいたなら、この景色を何と言っただろうか。
「モモンガさん、いいセンスしてるね」と笑ってくれただろうか。
それとも「一人でこんなものを作って、寂しくないの?」と訊いただろうか。
アインズは骨の手を窓に添えた。
「……皆さん。俺は、一人でも、なんとかやってますよ……」
光りに包まれた街を見下ろしながら、誰もいない執務室に落とされた小さな独白は、静かに夜の中へ溶けて、消えた。