魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
ノヴァリアの空は、今宵、特別な輝きを放っていた。
漆黒の夜空を切り裂くように現れたのは、巨大なフロスト・ドラゴンたちの群れ。その背には、純白の衣をまとったフロスト・ヴァージンたちが優雅に佇んでいる。彼女たちが一斉に腕を掲げると、凍てつく大気から無数の光の粒が生まれ、きらめきながら地上へと舞い落ち始めた。
それはまるで、天から降り注ぐダイヤモンドの雨。ノヴァリアの街全体が、瞬く間に幻想的な銀世界へと変貌していく。街灯の光が雪の結晶に反射し、あらゆるものが淡く輝き、息をのむほどの美しさに包まれた。
人々は空を見上げ、奇跡のような光景に見惚れていた。
その幻想的な雪景色の中、さらに壮大な光景が展開される。
先頭を飛ぶ一際大きなフロスト・ドラゴンの背には、氷の魔将コキュートスが威風堂々と座していた。
ドラゴンが凍てつくブレスを吐き出すと、それは瞬く間に空中に白い軌跡を描く。その軌跡が固まるか固まらないかのうちに、コキュートスが愛剣を閃かせ、一撃でブレスを完璧な氷の道へと変貌させていく。
キン、と澄んだ音が夜空に響き渡り、まるでガラス細工のような透明な道が、ノヴァリアの空に一直線に伸びていく。そのダイナミックな創造の瞬間は、見る者すべての度肝を抜き、興奮の渦に巻き込んだ。
そして、その氷の道を滑走するように現れたのは、三体のソウルイーターが牽引する豪華なソリだった。ソリには山と積まれたプレゼントが輝き、温和な笑みを浮かべたセバス――チャンタクロースが座している。
ノヴァリアの各公園では、この時を待ちわびた子どもたちが、親と手を取り合って空を見上げていた。冷たい空気も、子どもたちの期待の熱を冷ますことはできない。
「パパ、チャンタクロースはまだかな?」
「もう少しだよ。ほら、空を見ててごらん」
そんな親子の会話が、あちこちで聞こえる。
その時、遠くの空に、ソリのシルエットがはっきりと見えた。
「あ! 見て! チャンタクロースだ!」
一人の子どもが指差すと、公園中に一斉に歓声が沸き起こった。
「チャンタクロースだー!」
「わーい!」
子どもたちは飛び跳ね、手を振り、その小さな体いっぱいに喜びを表現する。セバスはソリの上から優しく手を振り、その温かい眼差しは、公園で待つすべての子どもたちに向けられていた。
ソリは氷の道を滑るように進み、ノヴァリアの街の隅々まで、夢と希望のプレゼントを届けていくのだった。
◇ ◇ ◇
ノヴァリア王宮前広場。
幾重もの青白い光の円が浮かび上がり、集まった人々の視線を一瞬にして釘付けにする。
そこへカンデーズの三人が姿を現した。
蒼と白を貴重とする衣装を身に纏った彼女たちの登場は、降りしきる雪の中でひときわ鮮やかに煌めき、まるで聖夜に舞い降りた天使たちのようだった。
中央に立つシクススが、静かにマイクを握る。
「ノヴァリアの皆さん。アインズマス・イブに、ようこそ」
シクススの穏やかな声が響き渡ると、会場は静寂に包まれた。
「今夜は、一年に一度……アインズマス・イブだけの、サプライズ・ライブです」
すると――青白い光の円が、さらにその輝きを解き放っていく。その光はまるで聖夜の奇跡を紡ぐかのように、幻想的なヴェールとなってステージを包みこんだ。
人々の驚きの声が上がる中――カンデーズの三人と同じ衣装を纏った女性たちが、まるで幻影のように光の中から姿を現す。
「……え?」
最初に漏れたのは、少女の小さな声だった。
「カンデーズが……4人……?」
「……違う……6人だ」
「いやちょっと待って、もっといるんじゃない?」
群衆がざわめき始める。
「嘘だろ……」
「どんどん増える」
「彼女たちは……誰なの……」
「いったい何人いるんだよっ!」
10人――。20人――。30人――。そして――
ステージは、総勢41人の美しい歌姫たちで埋め尽くされた。
それはまるで、一枚の巨大な絵画のような、幻想的な光景――。
普段のカンデーズのライブならば、地響きのような歓声が会場を揺らす。しかし今、そこに広がっていたのは、誰もが息を吐くことすら忘れた静寂。あまりに規格外な奇跡の光景に、群衆はただただ圧倒され、言葉を失っていた。
41人の歌姫たちによって、カンデーズの今年のヒット曲が歌われていく。
青白い光の中で、彼女たちの動きは、降りしきる雪の結晶が舞い踊るかのように、夜空の星々が軌跡を描くかのように美しい。
41人が完璧に同期し、寸分の狂いもない。その舞は、人間には決して到達し得ない夢幻のような精緻さと、神々しいまでの優雅さに満ちていた。
「……し、信じられない……まるで天上の光景だ……」
「一人の女神が、41の姿に分かれて舞っているよう……」
やがて、切なくも美しいイントロが、降りしきる雪の音に溶け込むように流れ出した。
それは、心を揺さぶるバラード、『アインズマス・イブ』。
41人の完璧に揃った歌声は、ノヴァリアの夜空に響き、人々の心に深く染み渡っていった。
上空からは、キラキラと輝く氷の雪が舞い落ち、液状魔力の光に照らされ、幻想的に浮かび上がる。
恋人たちは肩を寄せ合う。親子連れの子どもたちは親の肩車に乗せてもらい、目を輝かせながらステージを見つめる。女性同士の友人グループは、腕を組み、歌詞を口ずさみながら、この特別な夜の感動を分かち合っていた。
曲が終わり、光がゆっくりと戻っていくと、群衆は惜しみない拍手と、感動に満ちた歓声を送り続けた。
「見に来てよかった……。本当に……来てよかった」
「……来年も見られるのかな」
「来年も来よう」
「これを見逃すなんて、もう考えられない……」
サプライズ・ライブは、アインズマス・イブの夜に、忘れられない最高の思い出を刻み込んだのだった。
◇ ◇ ◇
ノヴァリア上空。
アインズは、隣に立つアルベドと共に、眼下に広がる街の光景を見下ろしていた。
かつて「瓦礫の大地」と呼ばれた荒野は、今や煌めく光の海へと変貌している。
その輝きは、アインズが鈴木悟として生きた世界では決して見ることのできなかった、純粋な美しさに満ちていた。
「約束通り、連れてきたぞ、アルベド」
アルベドはそっとアインズの骨の手を握りしめた。金色の瞳は感動に潤み、ノヴァリアの夜景の光を反射してきらめいている。
「はい、アインズ様……。この光景を、アインズ様とご一緒に見られるなど……夢のようです」
夢見た理想郷――それが今、目の前で現実となり、多くの人々の笑顔と感動を生み出している。
「夢のよう……か。本当に、その通りかもしれないな……」
アルベドはアインズの腕にそっと頭を寄せた。
アインズにとって、隣りにいる温かい存在が、この聖夜の奇跡を、さらに特別なものにしていた。
――その時、アインズの手から何かが落ちた。
それは風に乗り、ゆらゆらと漂いながら、地上へと舞い落ちていく。
「アインズ様……。いま何か……落とされたのではないでしょうか」
「気にするな。もう不要な物だ」
青白い光に包まれたノヴァリアの夜が、静かに……そして、永遠に続くかのように、更けていく。
◇ ◇ ◇
ナザリック地下大墳墓、第九階層。
深夜。ようやく公園を回り終え、チャンタクロースの役目を果たしたセバスは、執事室に戻ってきた。
「セバス様、お疲れさまでした」
「ツアレ。まだ起きていたのですか!?」
「はい。セバス様をお待ちしておりました」
テーブルの上には、アインズマス・ケーキが置かれている。
そこには、ロウソクが2本差してあった。
「セバス様と一緒に食べようと思って、用意しておいたんですよ。大変なお役目を務められたのですから、さぞお疲れでしょう?」
セバスにとって至高の御方に仕えることは無常の喜びだ。それこそが自らが存在する意義であり、疲労を感じたことなどない。
ただ――それでも――チャンタクロースは大役だった。その役目を無事に果たしたことを、ツアレはねぎらってくれている。自分のためにケーキを用意し、こんな時間まで待ってくれていた――。
セバスは胸が熱くなり、こみ上げてくるものを抑えられなくなった。
セバスの鷹のような鋭い目が……揺らいだ。
「あら? もしかして……泣いてらっしゃるんですか?」
「そ、そんなわけありません」
「本当ですか? じゃあこっちを向いてください」
「いいから、早くロウソクに火をつけなさい」
「ふふっ。じゃあつけますね」
ツアレと一緒に食べたイブのケーキは、とろけるほど……甘かった。