魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
竜王国。
玉座の間は、いつもと変わらぬ重苦しい静寂に包まれていた。
玉座に深く身を沈める幼い少女――黒鱗の竜王、ドラウディロン・オーリウクルスは、疲労のためか半眼になり、唇をへの字に曲げている。
その時、宰相が静かに入室してきた。
「陛下、魔導国より贈り物が届きました」
「魔導国からだと? 一体なんだ?」
ドラウディロンは、興味を引かれたように顔を上げた。
「入れ」
宰相が声をかけると、使用人風の男たちが木箱を運んできた。
宰相は、木箱の一つから丁寧に品物を取り出した。
まず現れたのは、黄金色に輝く液体が満たされた瓶だ。
「こちらは、『泡立つ葡萄酒』です」
栓を抜くと、微かな泡立つ音が聞こえる。
「そして、この香ばしい香りのする肉料理は『アインズマス・チキン』だそうです」
宰相は、もう一つの包みから、こんがりと焼き上げられた鶏肉を取り出した。
ドラウディロンの目が、それまでのだるさを忘れ、輝きを帯びる。
「泡立つ葡萄酒だと!? それにチキン!?」
ドラウディロンは身を乗り出し、宰相から葡萄酒の瓶を受け取ると、そのまま口をつけた。黄金色の液体が喉を通り過ぎるたびに、微細な泡が弾ける。
「ぷはぁっ。う、美味い! 最高じゃないか!」
続いてチキンを一口。外はパリッと、中はジューシーな肉汁が溢れ出す。
「なんだこれ! 絶品だ! こんな美味いチキン、初めて食べたぞ!」
ドラウディロンは、夢中で葡萄酒を飲み、チキンを頬張った。
宰相はそんな彼女を冷やかな目で見つめながら、淡々と説明を続ける。
「これらは、魔導国で『アインズマス』と呼ばれる祝祭のために作られた品だそうです。アインズ・ウール・ゴウン魔導王の降誕を祝う、一年で最も盛大な日だとか」
「アインズマス? そんなものに興味はないが、こんな美味い酒とチキンをくれるなら、祝ってやってもいいな!」
ドラウディロンはすっかり上機嫌になり、玉座の上で足をぶらぶらと揺らした。
「さらに、ブラッド『アインズマス・コレクション』と銘打たれた衣装が三着、贈られてきております」
宰相がそう言って、別の木箱から三着の衣装を取り出した。
「衣装だと? どれどれ」
ドラウディロンは興味津々で玉座から飛び降りた。
「まずはこれか。『サイレント・スノウ』シズ・モデル、と。ふむ……」
ドラウディロンは、蒼を基調とした可愛らしいロングコートドレスを手に取ると、すぐに身につけた。
「どうだ、似合うか?」
ドラウディロンはくるりと一回転し、宰相に尋ねた。
宰相は一瞬の沈黙の後、淡々と答えた。
「保護欲を刺激されるその形態には、よくお似合いかと存じます」
「形態言うな! 全然褒めてないじゃないか! 次だ次!」
ドラウディロンは不満げに唇を尖らせると、次の衣装に手を伸ばした。
「『ミッドナイト・コクーン』エントマ・モデル……これは、ちょっと大人っぽいな」
黒を基調とした、どこか神秘的な雰囲気の衣装だ。
ドラウディロンがそれを纏うと、先ほどとは打って変わって、落ち着いた印象になった。
「これはどうだ?」
「先ほどとはまた違った、神秘的な魅力が引き出されているかと」
「ふん、お世辞が下手だな。次だ!」
そして、最後に残った一着。
『アインズマス・コレクション・ファイナル』シャルティア・モデル。
それは、豪華な装飾が施された、ひときわ目を引く紅いドレスだった。
「これは……ちょっと派手すぎないか? でも、どうだ?」
ドラウディロンは、少し気恥ずかしそうにしながらも、そのドレスを身につけた。
宰相は、じっとドラウディロンを見つめた。
「陛下が本来の形態であれば、より映えるかと存じます」
「形態言うな! それに、今の私に似合うか聞いてるんだ!」
「そのお姿であれば、どの衣装も、国民の士気を高めるには十分かと」
宰相の言葉に、ドラウディロンはため息をついた。
「まあ、いい。酒とチキンで機嫌がいいから許してやる」
ドラウディロンはチキンにガブリと噛みつき、葡萄酒を一口飲んだ。
「それで? 魔導国はこんなものを贈ってきて、一体何を企んでいるんだ?」
宰相は、ここからが本題だとばかりに、表情を引き締めた。
「では陛下。本題に入らせていただきます。魔導国から、このような申し出がございました。ビーストマンにお困りなら、魔導国がデスナイトをはじめとするアンデッド軍を派遣する、と」
「なんだと!? 本当か!?」
ドラウディロンは、驚きと喜びで目を見開いた。喉から手が出るほど欲しかった援軍だ。
「条件は一つ。アンデッド軍の購入を、『エン』での支払いに限定する、とのことです」
「エン? なんだそれは」
「魔導国の通貨だそうです」
「よくわからんが、渡りに船だ。すぐに金(キン)をそのエンとやらに交換し、支払いを了承すると伝えろ」
ドラウディロンは、迷うことなく即決した。
竜王国は毎年スレイン法国に寄進しており、軍事費を圧迫している。しかし、スレイン法国は助けに来てくれない。魔導国からの援軍は、無理をしてでも手に入れるべきものだ。そう、百万の民を犠牲に、魂の魔法を行使しなくて済むならば――。
「軍事費が足りなければ、他の予算もエンに換えて構わん。この国がビーストマンの養豚場になるくらいなら、カネなどいくらでもくれてやる」
「承知いたしました。では、そのように返答いたします」
宰相は一礼すると、最後に付け加えた。
「それと、デミウルゴス殿が、竜王国の安全と復興、そして今後の発展のために、ぜひ会談の機会をいただきたい、と言ってきております」
「ふむ……。まあ、助けてくれるというなら、会ってやってもいいか」
ドラウディロンは大きく頷き、葡萄酒の残りを、一気に飲み干した。
◇ ◇ ◇
スレイン法国。最高評議会。
神官長たちのデスクには、国民から押収した魔導国の品々が山積みになっていた。
カンデーズのポスター、サイン色紙。
ブラッドのスカーフ、手袋、バッグ、パンフレット。
アインズマス宝くじの半券、アインズマス記念貨幣、ノヴァリア・ラブストーリーの書籍、ドラゴンの骨のおもちゃ――。
いったいどれだけあるのか。もはや数える気にもならない。
「こ、このような物が出回っているとは!」
「いったいどこから……どれだけ入り込んできているのだ……」
「魔導国と事を構える議論をしている間に、すでに我が国の民の心が、魔導国に盗まれているではないかっ」
◇ ◇ ◇
スレイン法国。雪が降りしきる街の片隅。
一人の少女が、隠しておいた魔導ペンライトを取り出した。
凍える指先でスイッチを押す。
ライトが灯り、青白い光が放たれる。
少女はそっと呟いた。
「メリー・アインズマス」