紅魔館の空が裂けていた。
まるで巨大な爪で引き裂かれたように、空間が黒く歪み、
その奥からは冷たい風と、未来の断片が漏れ出している。
美鈴はその裂け目へ向かって走った。
――怖い。
でも、行かなきゃ。
胸の奥で、未来の光景がまだ揺れている。
燃える紅魔館。
消えた紅魔館。
そして、救われた紅魔館。
どの未来を選ぶかは、自分次第だ。
「美鈴! 戻りなさい!」
背後からレミリアの声が響く。
振り返ると、レミリアが必死に手を伸ばしていた。
その表情は、主ではなく――
ただの少女のものだった。
「あなたが行けば……未来はもっと不安定になる!
お願い、美鈴……!」
美鈴は微笑んだ。
「お嬢様。
私は……あなたを守りたいんです」
レミリアの瞳が揺れた。
「守りたいなら、行ってはダメ!
あなたは“鍵”なのよ……!
あなたが動けば、運命が――」
美鈴は静かに言った。
「動いてほしいんです。
滅びる未来より、ずっといい」
レミリアは言葉を失った。
美鈴は振り返り、裂け目へ飛び込んだ。
――未来を変えるために。
◆
落ちる。
落ちる。
落ちる。
空間の裂け目は、底のない井戸のようだった。
光も音もなく、ただ“未来の気配”だけが渦巻いている。
美鈴は必死に意識を保とうとした。
――私は、紅魔館を守る。
――そのために、真実を知る。
その瞬間、落下が止まった。
美鈴は白い地面に立っていた。
そこは、何もない世界だった。
空も地も、ただ白く、境界がない。
「来たな、紅美鈴」
影が現れた。
昨日よりも輪郭がはっきりしている。
まるで、この世界では“本来の姿”でいられるかのように。
美鈴は一歩前に出た。
「ここは……未来の中心、ですか?」
影はうなずいた。
「運命の流れが交差する場所。
お前の選択が、未来を決める」
美鈴は息を呑んだ。
影は続ける。
「紅魔館の滅びは“確定した未来”ではない。
だが、強く収束している。
レミリアの運命改変が限界に近づいているからだ」
美鈴は拳を握った。
「お嬢様は……紅魔館を守りたいだけなんです」
影は静かに言った。
「だが、レミリアの願いは“未来を変えること”ではない」
美鈴は目を見開いた。
「……え?」
影は美鈴を見つめる。
「レミリアの本当の願いは――
“お前を守ること”だ」
美鈴は息を呑んだ。
影は続ける。
「紅魔館の滅びを回避するには、お前の力が必要。
だが、お前が力を使えば……お前の未来が削られる」
美鈴は胸を押さえた。
「お嬢様は……それを知って……」
「だから真実を隠した。
紅魔館が滅びても、お前が生きていればいい。
レミリアは、そう思っている」
美鈴の目に涙が滲んだ。
――そんなの、嫌だ。
紅魔館が滅びて、自分だけ生き残る未来なんて。
影は言った。
「紅美鈴。
お前はどうしたい?」
美鈴は涙を拭い、顔を上げた。
「私は……みんなを守りたい。
紅魔館も、お嬢様も、咲夜さんも、パチュリー様も……
誰も失いたくない」
影は静かにうなずいた。
「ならば――
“運命を選べ”。
お前の力で」
美鈴は深く息を吸った。
その瞬間――
白い世界が震え、未来の断片が次々と現れた。
燃える紅魔館。
消える紅魔館。
救われる紅魔館。
美鈴は拳を握った。
「私は……救われる未来を選びます」
影は言った。
「ならば――
その未来を“掴め”。
お前の力で」
美鈴は未来へ手を伸ばした。
その瞬間、白い世界が砕け散った。
◆
紅魔館の空間の裂け目から、美鈴が落ちてきた。
レミリアが叫ぶ。
「美鈴!!」
美鈴はレミリアの腕の中に倒れ込んだ。
息は荒く、額は熱く、体は震えている。
だが――
美鈴の瞳は、強く輝いていた。
「お嬢様……
未来を……変えられます……」
レミリアは息を呑んだ。
美鈴は微笑んだ。
「私が……鍵ですから」
その瞬間、紅魔館全体が光に包まれた。
未来が――動き始めた。