未来の核が消え、世界が静かに落ち着きを取り戻してから――
紅魔館には、久しぶりに“朝”が訪れた。
霧の湖に差し込む光は柔らかく、風は穏やかで、紅魔館の赤い壁は、まるで新しく塗り直されたように輝いていた。
その門の前に――
美鈴は立っていた。
いつものように、背筋を伸ばし、柔らかな笑みを浮かべて。
まるで、何も変わっていないかのように。
だが――
確かに変わっていた。
美鈴の胸には、レミリアが差し出した“未来”の温もりが宿っていた。
◆
美鈴は深呼吸をした。
「……いい朝ですねぇ」
その声は、以前より少しだけ優しく、少しだけ強くなっていた。
妖精メイドたちが駆け寄ってくる。
「美鈴さん! 本当に戻ってきたんですね!」
「よかったぁ……!」
「おかえりなさい!」
美鈴は照れくさそうに笑った。
「ただいま。
みんな、心配かけました」
妖精たちは泣きながら抱きついてくる。
美鈴はその頭を優しく撫でた。
◆
咲夜が静かに歩み寄る。
「……お帰りなさい、美鈴」
美鈴は微笑んだ。
「ただいま戻りました、咲夜さん」
咲夜は一瞬だけ目を伏せ、そして小さく息を吐いた。
「……もう二度と、勝手に消えないでくださいね」
美鈴は苦笑した。
「努力します」
咲夜は肩をすくめた。
「努力じゃなくて、絶対です」
その言葉には、咲夜なりの優しさが込められていた。
◆
パチュリーが現れ、本を閉じながら言った。
「美鈴。
あなたの“未来の流れ”……
以前より強くなっているわ」
美鈴は首を傾げた。
「強く……?」
パチュリーはうなずく。
「レミィが未来を差し出したことで、
あなたの未来は“固定されない未来”になった。
つまり――
あなたはもう、運命に縛られない」
美鈴は驚いた。
「そんな……すごいことに……」
パチュリーは微笑んだ。
「ええ。
レミィの未来があなたを守っているのよ」
◆
そのとき――
紅魔館の扉が静かに開いた。
レミリアが姿を現した。
夜の貴族らしい気品を保ちながらも、その瞳はどこか柔らかく、そして少しだけ寂しげだった。
美鈴はすぐに駆け寄った。
「お嬢様!」
レミリアは微笑んだ。
「おはよう、美鈴。
今日も……いい朝ね」
美鈴は胸が熱くなった。
「はい……
お嬢様のおかげで……
本当に、いい朝です」
レミリアは美鈴の手をそっと握った。
その手は温かく、確かに“今”に存在していた。
だが――
レミリアの背後には、未来の影がなかった。
美鈴は気づいていた。
レミリアはもう、未来を持たない。
だからこそ――
美鈴はその手を強く握り返した。
「お嬢様……
これからは……
私が未来を引っ張りますから」
レミリアは驚いたように目を見開き、そして微笑んだ。
「ええ……お願いね、美鈴」
◆
その日から、紅魔館の日常は少しだけ変わった。
美鈴は以前よりも強く、以前よりも優しく、以前よりも“未来を感じる”ようになった。
レミリアは未来を持たない代わりに、今を深く生きるようになった。
美鈴が淹れるお茶を、ゆっくり味わうようになった。
美鈴が門の前で風に吹かれていると、そっと隣に立つようになった。
美鈴が笑うと、レミリアも笑うようになった。
未来はない。
だが――
今がある。
そして、二人で選ぶ“これから”がある。
◆
ある日の夕暮れ。
美鈴は門の前で空を見上げていた。
レミリアが隣に立つ。
「美鈴。
あなたは……後悔してない?」
美鈴は微笑んだ。
「もちろんです。
お嬢様と一緒にいられるなら……
それが、私の未来ですから」
レミリアはそっと美鈴の手を握った。
「……ありがとう、美鈴」
美鈴は照れくさそうに笑った。
「こちらこそ……
お嬢様、ただいま」
レミリアは微笑んだ。
「おかえり、美鈴」
紅魔館の空に、静かで温かな風が吹いた。
未来はなくても、二人の“これから”は続いていく。