紅魔館の最上階。
レミリア・スカーレットは、薄暗い部屋の中でひとり佇んでいた。
窓の外には、青空の下で門を守る美鈴の姿が見える。
その背中は、いつも通り穏やかで、どこか無防備だった。
――美鈴。
あなたは、もう気づき始めているのね。
レミリアは胸の奥に小さな痛みを覚えた。
「お嬢様」
咲夜が静かに現れる。
その表情は、いつもよりわずかに硬い。
「影が、再び湖に現れました」
「ええ。見ていたわ」
レミリアは窓から目を離さずに答えた。
「美鈴は……何かを言われたようです」
「そうでしょうね。
あの存在は、美鈴に“真実”を見せようとしている」
咲夜は眉をひそめた。
「美鈴に真実を知られれば、紅魔館の運命は――」
「変わるわ」
レミリアは静かに言った。
「良い方向に、とは限らない」
咲夜は息を呑んだ。
レミリアはゆっくりと振り返り、咲夜を見つめる。
「咲夜。
あなたには、少しだけ“未来”を見せておくわ」
レミリアは手を伸ばし、咲夜の額に触れた。
瞬間――
咲夜の視界が白く染まる。
次に見えたのは、崩れ落ちる紅魔館だった。
瓦礫。
炎。
裂けた空。
そして――
門の前で倒れている、美鈴の姿。
咲夜は息を呑んだ。
「……これは……!」
「未来の一つよ。
紅魔館が滅びる未来」
レミリアの声は静かだった。
「私は、この未来を変えようとしている。
そのために紅魔館を“器”として強化し続けてきた」
咲夜は震える声で言った。
「美鈴が……倒れている……」
「ええ。
美鈴は“鍵”だから。
紅魔館の運命を変える鍵であり――
滅びを呼ぶ鍵でもある」
咲夜は唇を噛んだ。
「だから……美鈴には真実を隠しているのですね」
レミリアは目を伏せた。
「美鈴は優しすぎる。
真実を知れば、必ず自分を犠牲にする。
それが、私には耐えられない」
咲夜は静かにうなずいた。
「……ですが、お嬢様。
美鈴はもう“知らないまま”ではいられないでしょう」
レミリアは窓の外を見つめた。
美鈴は、門の前で静かに空を見上げている。
その姿は、いつも通り穏やかで――
しかし、どこか決意の影があった。
「ええ。
美鈴は、もう動き始めている」
レミリアは小さく息を吐いた。
「運命の歪みは、彼女を中心に広がっていく。
影も、それを止めようとしている」
咲夜は問う。
「お嬢様。
美鈴は……どうすべきなのでしょうか」
レミリアは目を閉じた。
「それを決めるのは、美鈴自身よ。
私は……ただ見守るしかない」
その声は、紅魔館の主ではなく――
ひとりの少女の、弱さを含んでいた。
レミリアはそっと呟いた。
「美鈴。
どうか……あなたの選ぶ未来が、紅魔館を救うものでありますように」
その祈りは、誰にも届かない。
ただ、静かに空へ溶けていった。