その日の紅魔館は、どこかおかしかった。
廊下を歩けば、空気がざらつく。
壁にかけられた絵画は、ほんのわずかに“位置が違う”。
美鈴は門番の仕事を終え、館内の見回りに入っていた。
――何かが、ずれている。
その感覚は、影に言われた言葉を思い出させる。
「お前は、運命を揺らす」
美鈴は首を振った。
「そんなわけ……ないですよね」
だが、胸の奥のざわつきは消えない。
階段を下りると、パチュリーの図書館の扉が半開きになっていた。
「パチュリー様? 小悪魔さん?」
返事はない。
美鈴はそっと扉を押し開けた。
――その瞬間。
視界が、歪んだ。
図書館の本棚が波打ち、床が揺れ、天井が遠ざかる。
まるで世界そのものが“ずれて”いくような感覚。
「っ……!」
美鈴は思わず壁に手をついた。
頭の中に、何かが流れ込んでくる。
――瓦礫。
――炎。
――崩れ落ちる紅魔館。
――門の前で倒れる、自分。
美鈴は息を呑んだ。
「これ……未来……?」
そのとき、背後から声がした。
「見えたのね、美鈴」
振り返ると、パチュリーが立っていた。
その顔色はいつもより悪く、魔力の揺らぎが全身から漏れている。
「パチュリー様……今のは……」
パチュリーはゆっくりと歩み寄り、美鈴を見つめた。
「あなた、運命の“揺らぎ”に触れたのよ」
「揺らぎ……?」
「紅魔館の未来が不安定になっている。
その中心にいるのが――あなた」
美鈴は言葉を失った。
パチュリーは続ける。
「レミィは、あなたに真実を隠している。
それは、あなたが“鍵”だから。
紅魔館の未来を変える力を持っているから」
美鈴は震える声で言った。
「でも……私はただの門番で……」
「ただの門番なら、運命の揺らぎは見えないわ」
パチュリーの言葉は静かだが、重かった。
「あなたは、運命の流れに干渉できる。
無意識のうちに、ね」
美鈴は胸を押さえた。
――私が、紅魔館を壊す?
――私が、未来を変える?
そんなはずはない。
でも、さっき見た“未来の断片”は――
「パチュリー様……紅魔館は、本当に滅びるんですか?」
パチュリーは目を伏せた。
「未来は一つじゃない。
でも、滅びの未来が“強くなっている”のは確かよ」
美鈴は息を呑んだ。
パチュリーは続ける。
「影は、運命の監視者。
レミィの“運命改変”を止めようとしている。
そして――あなたを観察している」
美鈴は震えた。
「どうして……私なんですか」
パチュリーは美鈴の肩に手を置いた。
「それは、あなた自身が知るべきこと。
でも――」
パチュリーは美鈴の目をまっすぐ見つめた。
「美鈴。
あなたは、もう“知らないまま”ではいられない」
美鈴は目を閉じた。
胸の奥で、何かが決壊する。
「……私、知りたいです。
紅魔館の未来を。
お嬢様が隠している真実を。
影が言った“鍵”の意味を」
パチュリーは静かにうなずいた。
「なら、動きなさい。
運命は、あなたを中心に揺れ始めている」
その瞬間――
紅魔館全体が、低く唸った。
空気が震え、床が揺れ、魔力が渦を巻く。
パチュリーが顔を上げた。
「……来たわね」
美鈴は息を呑んだ。
「影が……?」
パチュリーは首を振った。
「違う。
“未来の歪み”が、紅魔館の内部に侵入したのよ」
美鈴は拳を握った。
「……行きます」
パチュリーは微笑んだ。
「ええ。
あなたの選択が、紅魔館の未来を決める」
美鈴は走り出した。
揺れる紅魔館の中へ。
自分の“運命”へ。