紅魔館が、呻いていた。
床が低く震え、壁の魔力が軋み、空気がざらつく。
まるで館そのものが“何かを拒絶している”ようだった。
美鈴は廊下を駆け抜けながら、胸の奥のざわつきを抑えられずにいた。
――未来の歪みが、館の中に侵入した。
パチュリーの言葉が頭の中で反響する。
「どこ……どこにいるんですか……!」
美鈴は角を曲がった瞬間、息を呑んだ。
廊下の先に、“それ”がいた。
人の形をしている。
だが、輪郭が揺れ、色が抜け落ち、まるで“未来の影”が歩いているようだった。
美鈴は一歩後ずさる。
「……影、じゃない。
でも……似てる……」
未来の歪みは、ゆっくりとこちらへ向かってくる。
足音はない。
ただ、空間が歪む音だけが響く。
美鈴は拳を握った。
「ここは……通しません」
歪みは反応しない。
ただ、美鈴を“認識”したように揺らぎが強くなる。
その瞬間――
視界が白く弾けた。
瓦礫。
炎。
崩れ落ちる紅魔館。
そして――倒れている自分。
「っ……!」
美鈴は頭を押さえた。
未来の断片が、また流れ込んでくる。
歪みが近づくほど、未来が侵食してくる。
「来ないで……!」
美鈴は叫んだ。
その瞬間――
空気が、弾けた。
美鈴の足元から、淡い光が広がる。
風が逆巻き、廊下の空気が一瞬で澄んだ。
未来の歪みが、後退する。
美鈴は目を見開いた。
「……今の、私……?」
無意識に、運命の流れを押し返した。
歪みは揺らぎながら、再び美鈴へ向かってくる。
美鈴は震える拳を握りしめた。
「私は……紅魔館を守る……!」
光が再び広がり、歪みを押し返す。
だが、完全には消えない。
そのとき――
「美鈴!」
咲夜が現れ、ナイフを投げ放った。
ナイフは歪みに触れた瞬間、空間に吸い込まれるように消えた。
「……物理攻撃は通らないわね」
咲夜が歯を食いしばる。
美鈴は息を切らしながら言った。
「咲夜さん……これ、未来の……」
「分かってる。
パチュリー様から聞いたわ」
咲夜は美鈴の前に立ち、構えた。
「美鈴、あなたは下がって――」
「いえ。
私が……やらなきゃいけない気がするんです」
咲夜は振り返った。
美鈴の瞳は、いつもの柔らかさの奥に“決意”が宿っていた。
「……あなた、もう気づいているのね」
美鈴はうなずいた。
「私が……鍵なんですよね」
咲夜は言葉を失った。
そのとき――
紅魔館全体が大きく揺れた。
天井から魔力の火花が散り、壁が波打つ。
咲夜が叫ぶ。
「美鈴! 紅魔館の魔術構造が崩れ始めてる!
このままじゃ――」
「滅びの未来が、近づいてる……」
美鈴は呟いた。
歪みが再び美鈴へ向かってくる。
美鈴は深く息を吸い、拳を握った。
「……来なさい」
その瞬間――
美鈴の背後で、空間が裂けた。
黒い霧が溢れ、影が姿を現す。
「紅美鈴。
お前は、選ばねばならない」
美鈴は振り返る。
影の瞳が、美鈴を射抜いた。
「“紅魔館を救う運命”か――
“紅魔館を壊す運命”か」
美鈴は震える声で言った。
「私は……守りたい。
紅魔館も、お嬢様も、咲夜さんも、パチュリー様も……
みんな……!」
影は静かに言った。
「ならば――
真実を知れ」
その瞬間、影の手が美鈴の額に触れた。
視界が白く染まる。
未来が、開く。