紅魔館の廊下は、まだ微かに震えていた。
魔力のざわめきが壁を走り、空気は重く、息が詰まるほどの緊張が漂っている。
美鈴はふらつく足で立ち上がった。
影に触れられた額が熱い。
胸の奥では、未来の断片がまだ微かに揺れている。
――紅魔館が燃える未来。
――紅魔館が消える未来。
――そして、救われる未来。
そのすべてが、今も脳裏に焼き付いて離れない。
咲夜が美鈴の肩を支えた。
「美鈴、無理をしないで。
あなた、今……普通じゃないわ」
美鈴は首を振った。
「行かなきゃ……お嬢様のところへ。
今なら……話してくれる気がするんです」
咲夜は一瞬だけ迷ったが、やがて静かにうなずいた。
「……分かったわ。
でも、気をつけて。
お嬢様も今、平常心ではいられないはずよ」
美鈴は深く息を吸い、レミリアの部屋へ向かった。
廊下の先、重厚な扉が見える。
その向こうに、紅魔館の主がいる。
美鈴は拳を握り、扉を叩いた。
「……お嬢様。
美鈴です。入っても……いいですか?」
しばらく沈黙が続いた。
やがて、かすかな声が返ってきた。
「……入りなさい」
美鈴は扉を開けた。
レミリアは窓辺に立ち、外の揺れる空を見つめていた。
その背中は小さく、どこか弱々しい。
美鈴は一歩踏み出した。
「お嬢様……私、未来を見ました」
レミリアの肩がわずかに震えた。
「影に……見せられたのね」
美鈴はうなずいた。
「紅魔館が……滅びる未来。
消えてしまう未来。
そして……救われる未来も」
レミリアはゆっくりと振り返った。
その瞳には、深い悲しみと、決意が宿っていた。
「美鈴。
あなたには……見せたくなかった」
美鈴は胸を押さえた。
「どうして……隠していたんですか?
私が“鍵”だから……ですか?」
レミリアは目を伏せた。
「そうよ。
あなたは、運命を揺らす特異点。
あなたが動けば、未来が変わる。
良い方向にも、悪い方向にも」
美鈴は息を呑んだ。
レミリアは続ける。
「私は……紅魔館を守りたい。
でも、あなたを失う未来だけは……絶対に嫌なの」
美鈴の胸が締めつけられた。
レミリアは震える声で言った。
「未来を変えるためには、あなたの力が必要。
でも、その力を使えば……あなたは“代償”を払うことになる」
美鈴は一歩近づいた。
「代償……?」
レミリアは美鈴の手を取った。
その手は冷たく、しかし必死に美鈴を掴んでいる。
「運命を変える力は、運命に“反動”を生む。
あなたが未来を救えば……あなた自身の未来が削られる」
美鈴は息を呑んだ。
――未来を救うほど、自分が消えていく。
そんな恐ろしい言葉が胸に刺さる。
レミリアは続けた。
「だから私は……あなたに真実を隠した。
あなたが“自分を犠牲にしてでも守ろうとする”ことを知っていたから」
美鈴は目を閉じた。
レミリアの言葉は、痛いほど分かる。
自分がそういう妖怪であることも、よく分かっている。
だが――
美鈴は目を開いた。
「お嬢様。
私は……紅魔館が好きです。
みんなが好きです。
だから……守りたいんです」
レミリアは首を振った。
「ダメよ。
あなたがいなくなる未来なんて……私は絶対に受け入れない」
美鈴は静かに微笑んだ。
「でも……滅びる未来も、嫌でしょう?」
レミリアは言葉を失った。
美鈴はレミリアの手を握り返した。
「お嬢様。
私は“鍵”なんですよね。
だったら……使ってください」
レミリアの瞳が揺れた。
「美鈴……あなたは……」
そのとき――
紅魔館全体が大きく揺れた。
窓の外で、空間が裂ける。
影の声が響く。
「紅美鈴。
選べ。
未来を救うか――
未来に飲まれるか」
レミリアが叫ぶ。
「美鈴! 行ってはダメ!
あなたは――!」
美鈴はレミリアを見つめた。
その瞳には、もう迷いはなかった。
「お嬢様。
私は……守りたいんです。
あなたの未来も、紅魔館の未来も」
レミリアの表情が崩れた。
「美鈴……!」
美鈴は振り返り、裂けた空間へ向かって走り出した。
――未来を変えるために。