86-エイティシックス-DIE NEUE THESE 作:ふそう
"その時、一つの星が銀河の中で瞬いて消えた。"
"その時、一つの歴史が終りを告げた。"
宇宙歴八〇〇年、六月一日、午前二時五〇分。
「ヤン・ウェンリーィィィッ!!?」
ヤン・ウェンリーの名を呼ぶ声が背後から聴こえてきた。
何処かで聞き覚えのあるような声。
その声に立ち止まり、声のした方に振り向いたその時だった。
直後、乱れ撃った五本の火線全てが異様な感触となってヤン・ウェンリーの身体を串刺しにして貫く。
一本目が、右首の頸動脈を。
二本目が、右肩を。
三本目が左胸部を。
四本目が腹部中央を。
そして最後の五本目が、ヤンの左腿の動脈を。
ヤンは苦悶の表情と共に膝から崩れ落ち、青のベレー帽が床に落ちる。
感触は重さから熱さ、そして激しい痛みとなって全身に拡がった。
五発の銃創、特に、右首の頸動脈と左腿の動脈からは血が噴水の様に激しく噴き出し、うつ伏せになった身体は瞬く間に血の海に沈む。
「殺した・・・?殺した!殺した!!殺したぁ!!?」
そんな、男の調子外れの叫び声が靴音と共に遠ざかっていくのを、ヤンは聴いた。
出血は尚も続いている。
意識が薄れ、朦朧としてくる。
立ち上がろうとしたが、力が入らない。
それどころか、今のヤンには、少し姿勢を変えるだけの力すら残っていなかった。
咳き込んだ拍子に口から血が溢れだす。
声帯の機能も失われつつあった。
だから。
「ごめん、フレデリカ。ごめん、ユリアン。ごめん、みんな・・・」
という声を聴いたのは自分一人だけだった。
直ぐ側に誰か人が・・・、例えばフレデリカやユリアンがいたとしても、ヤンの最期の声を聞き取ることができたかどうかは、わからない。
それぐらいに、か細い小さな声だった。
否、声を発したということ自体がヤンの思い込みだったのかもしれない。
ヤンの瞳から光が消えた。
頭が力なく項垂れる。
血の海を見つめ続ける、永遠に光を喪った半開きの虚ろな目。
永遠に一言も語ることがなくなって、ただ暗闇を覗かせるばかりとなった半開きの口からは今も栓が締まりきっていない蛇口の様に血が滴り流れ落ちている。
その姿が、ヤンが最期に瞼を閉じる、口を閉ざすという動作すら出来なかったという事を、彼が遺してきた大切な人達に無言の内に物語る事になる。
宇宙歴八〇〇年。
六月一日。
午前二時五十五分。
ヤン・ウェンリーは、レダⅡという名の鋼鉄の塊の片隅で誰にも看取られる事なく、静かに、ひっそりと三十三年間の生涯に幕を下ろしたのだった。