86-エイティシックス-DIE NEUE THESE 作:ふそう
【全高】 3.8m
【全重量】 約35t
【武装】 105mm低反動滑腔砲 ×1、12.7mm同軸重機関銃 ×1
【概要】重戦車型《ディノザウリア》或いは
斥候型や近接猟兵型と共に軽機甲部隊を編成する際には火力支援を担当し、人類側の装甲戦闘車両や軽戦車に相当する役割を果たす。
【戦術的弱点】高機動性を得るために側面・上面の装甲が削られており、ジャガーノートの57mm砲でも、側面から至近距離で捉えれば撃破可能。
ただし、その速度を補足すること自体が困難。
〈ミニ・ヒストリカル・ドキュメンタリー〉
"【前線の全軍隊に対する命令】
"Ⅰ.無条件に軍隊内の後退機運を排除し、また毅然と更に西に後退する事ができ、また後退すべきであり、そのような後退が国家に致命的な損害を与えないという宣伝は禁止すべし"
"Ⅱ. 命令なしに担当防衛地区からの無許可の部隊後退を許可し、後退部隊を受け入れた軍司令官または軍指揮官は無条件でその地位から更迭すべし"、
"〈セレナークティカの極西・西部・中央・東部の各地域圏を統括するセレナークティカ大管区監督官に対しての命令〉"
"Ⅰ.時点で既に深東部より疎開してきた深東部住民に本来の住所へ復帰し、本来の職場に復帰すべきであるという旨の宣伝を呼び掛ける様、各地域圏政府代表者から州、郡、市町村、各行政機関の長に勧告する様命ぜよ。
"【深東部を構成するグランミュール・トランスミュール・東方辺境の各地域圏を統括するの深東部大管区監督官に対しての命令】"
"Ⅰ.即刻無条件に深東部各地の疎開機運を排除し、また官民を問わず、毅然と更に西に疎開することができ、また疎開すべきであるという宣伝を一切中止する旨を呼び掛ける様、各地域圏政府代表者から州、郡、市町村、各行政機関の長に勧告する様命ぜよ"
"Ⅱ.既に戦争前線地帯に指定されている各州を除く深東部の全住民にあっては、現住所に留まり、職場の機能を維持すべき旨を宣伝する様、各地域圏政府代表者から州、郡、市町村、各行政機関の長に勧告する様命ぜよ"
"Ⅲ.既に移動中の疎開民には、速やかに本来の住所に復帰し、本来の職場に復帰する様、勧告せよ。
但し、既に前線戦争地帯に指定されている各州からの疎開民については此の限りではない"
"Ⅳ.グランミュール地域圏内については特に、一般道路網、高速道路網を問わず一般車両の通行を全面的に禁止する旨、州、郡、市町村、各行政機関の長に勧告せよ。
違反者には然るべき手順に従い身柄を拘束の後、車両は没収、破壊すべし"
"【陸上交通省・航空省・鉄道省に対しての命令】
"Ⅰ.深東部からセレナークティカへの高速道路網の通行を軍用車両を除いて全て無期限に停止するよう、陸上交通省長官の名で国内高速道路網交通公社に通達されたし。
".深東部からセレナークティカへの民間航空路線は全て其の運航を無期限に停止し、全ての空港は閉鎖する様、航空省長官の名で各航空事業者及び空港事業者に通達されたし。
"深東部からセレナークティカへの鉄道は、民間人用の列車については運航を無期限に停止するよう、鉄道省長官の名で然るべき部局に通達されたし。
"資料:【祖国死守の、共和国軍将兵及び銃後の全共和国市民が現住地に踏み留まるを求めるに必要とされる大統領命令六六〇〇号】"
"署名年月日:星歴二一三九年二月二十七日"
"所蔵:ギアーデ合衆国国立エイティシックス記念館"
サンマグノリア共和国首都、リベルテエガリテ第一区にあるブランネージュ宮殿。
三百年以上前の革命によって滅びた、旧サンマグノリア第四共和国時代に造られた数ある離宮の一つ。
この絢爛華麗な末期帝政様式の宮殿に、サンマグノリア共和国空軍は創設当時から本部を構えている。
直ぐ隣が陸軍本部があるモンブラン宮殿なのは、空軍がかつては"陸軍航空軍"という陸軍の中の組織だった時代の名残だ。
星歴二一四八年現在のサンマグノリア共和国軍軍人が配属されるのは、将官から士官クラスの中で所謂制服組であれば、国軍省があるブランテール宮殿、陸軍本部があるモンブラン宮殿、海軍本部があるブランヴァーグ宮殿、空軍本部があるブランネージュ宮殿が主な配属先となる。
地下には広大な核シェルターを改装して作られた件の無人陸上戦闘機ジャガーノートの戦闘を指揮する管制センターがある。
空軍中佐でジャガーノート機甲部隊の指揮管制官であるヴラディレーナの勤め先も此処だ。
その他の将官や士官、兵士達が配属されるのはグランミュール山脈を含めた
グランミュール山脈の
其所から東に拡がる旧深東部地域と、最大で千キロ離れた最前線については、共和国軍だろうが、準軍事組織の類いだろうが、配属される者はいない。
彼の地に赴く事があるとすれば、必要に応じて補給物資や資材を航空機で運ぶ時だけだ。
それでも、原則として着陸はしない。
バルタ線後方に設定された〈後方戦争地帯〉の各地に設けられた空挺堡に、燃料電池や其の他必要な補給物資を空中投下するだけだ。
前線戦争地帯の各戦隊FOBに、戦前からの線路を走る貨物列車やトラックで補給物資を配給するのは、各戦隊長の判断で衣食住の見返りに輸送係に引き入れた
「当フライトに
其れが陸海空三軍が統括的に運用する兵站部隊・輸送担当部隊に所属する新白銀種将兵の総意であり、
法的にはグランミュール山脈の向こうは生きた人間の居ない死地〈立入禁止地帯〉だ。
ヴォルーハ川以東五十キロの前線で戦うのは
総数凡そ十万余りに及ぶ
最低一千万体いるとされる
ヴォルーハ川西岸二十キロの丘陵地帯に位置するバルタ線より西に百キロの以内の土地に拡がる後方戦争地帯と、完全な野良のエイティシックス生存者が暮らす無政府地帯とを隔てる
古白銀種や白系種が多数を占める傷病将兵を除けば、現在の共和国陸海空軍将兵にグランミュール山脈の向こうでレギオンとの戦闘を経験した者はいないし、直接其の姿を見た者もいない。
ラヴィ・ミュールを管理する国防野戦警察も同様。
皇族の身辺警護や皇族邸の警備、皇帝領の防衛を担う皇室衛兵。
大統領直属の準軍事組織である共和国親衛隊。
州警察と共に国内の治安維持を担う憂国騎士団直属の甲冑隊は尚更だ。
共和国軍に限って述べれば、今の共和国軍人達は例の指揮管制官業務や兵站・輸送業務、人事業務と言った書類仕事に従事する者も当然ながら居る。
むしろ本来なら其れが当たり前だ。
だが、サンマグノリア共和国では、共和国軍が所有する輸送バスやトラックや航空機を用いて副業として始めた長距離バス事業、運送事業、空運事業、自動車整備業、建設業、射撃場等の観光業、軍病院を開放した医療事業に従事する者の方が圧倒的に多い。
今の共和国軍に求められているのは、九年前の戦闘を生き残った四十万人を数える傷痍軍人達や、戦争の影響や自らの怠慢によって仕事を喪った三百万人を超す失業者や荒くれ者達への救済措置的任務なのである。
◇
宮殿前に建てられた純金製の皇帝オーギュストⅠ世像前を横切る道路を渡ろうしたヴラディレーナの前を、黒塗りの高級車の列を守る様に走る皇室衛兵所属の数十台単位の軽機関銃付警護車両が遮った。
車の先端部には、サンマグノリア共和国の五色旗の他、プリムヴェール家の紋章を描いた皇室旗がはためいている。
乗っているのはシャルル王子と其の従者達だとすぐに判る。
皇帝オーギュストの下に七人いる妹弟の一人であるティベール大公(正式には人民大公)の三男で年齢は二十二歳。
ヴラディレーナが所属する、第一戦線の司令官でもある。
大学時代の同期の男性十人を副官として、女性秘書二十人、従卒二十人、専属料理人十人、専属医師三人、専属女性看護師二十人、専属カメラマン三人、贔屓にしているインフルエンサー(ヴラディレーナは昔インフルエンザと聞き間違えた)が、ああして出勤退勤を共にしつつ、彼一人の為に働いている。
共和国最高国防指導評議会の空軍代表メンバーである、皇帝オーギュストの実の娘である空軍元帥のイヴォーヌが空軍本部を
皇族軍人は専用の玄関から出入りし、上級将官から背広組官僚、お抱えの御用記者がほぼ総出で出迎えを受け、彼らを背後に従えながら勤務先の執務室に向かう。
純金製の像もそうだが、オーギュストが父親と同様に大統領時代から尊称に"閣下"ではなく君主主義的な"殿下"を用いていた様に、大所帯での出勤しかり四頭立て馬車しかり、地位や権力や権威を目に見える形にしないと気が済まないのは、プリムヴェール本家のみならず分家にも受け継がれている一族の本能らしい。
尤も、そんな人々に政治権力を与え、終身制大統領や皇帝の座に着かせたのは、其れを熱望した他ならぬ人民自身である。
実際、彼等の赴く処、沿道では新白銀種達が大歓声で出迎える。
そしてそんな人民の期待に応え続けているからこそ、プリムヴェール一族の今日がある訳だが。
◇
新白銀種用と古白銀種・狭義の白系種用とで分けられた玄関を潜り抜けた先のエントランスホールに設置された大型モニターに写る、競馬場からの生中継と、響く喧騒。
下品な笑い声やいびき。
何時もの事ながら、すれ違う軍人達(言わずもがな、皆白銀種である)は男女ともに軍服を大きく着崩し、露骨な酒臭さや、シャワー浴びる前の匂い消しの香水臭さを放つ醜態を晒している。
彼等の足元を見れば、履き物も市販のスニーカーしか見られない。
寒い季節だからというのもあるが、夏場にはサンダル姿の物さえ珍しくない。
新白銀種と古白銀種では、軍服の色も異なる。
前者は空軍らしい紺青を基調とし、後者は黒を基調とする。
靴については、古白銀種に限って言えば、下級将校や下士官なら男性は黒革靴、女性は黒のショートブーツ。
上級将校なら男性は冬は黒革のロングブーツで夏は黒革靴。
女性も冬は黒のヒール付きロングブーツで夏は黒のショートブーツか革靴が定められているが、この場で規定通りに其れを履いている上級将校はヴラディレーナ一人だけだ。
もう目が慣れてしまったとは言え、これ等の規定違反を目にする度、ヴラディレーナは無意識に眉を顰めずにはいられない。
ただの一度もレギオンの姿を見たことがない彼らにとって、軍服とはただの給与と副業利権を保証する記号であり、規律を守る意味などとうに喪失している。
酒と香水の匂いが混ざり合うエントランスの喧騒を、ヴラディレーナは黒染めの軍服の襟元を正しながら、無言で通り過ぎようとする。
背中に背負ったアサルトライフルの冷たい重みだけが、この爛熟した宮殿の中で唯一、彼女に自分が軍人であることを思い出させていた。
「昨日は"ワア"だの"キャア"だの喚いて傑作だったぜ、豚共」
その言葉に、小さく舌打ちをしつつもヴラディレーナは足を止める事なく冷たく鋭い視線で睨み付ける。
「俺ん所の鶏共も中々派手な死に方したぜ、五十羽位は死んだなぁ」
ヴラディレーナが鋭い視線を向けた先にいたのは、テーブル一杯に満遍なく酒や摘みを拡げる三人の中年男達。
「俺の隊なんか昨日全滅したぜ!まあ、乗ってたのは人じゃなくてヤギだがな!」
下品な笑い声を上げる三人の男達。
無精髭を生やした男はサンダース。
小太りの男はジョン。
丸眼鏡を掛けた男はトムという名だったかと、ヴラディレーナは記憶している。
彼らの左首筋に浮かぶ薄黒い痣からして、此の国で多数派の
近くで見ると、まるで北極点を中心に平面状にパンゲアとは異なる、分裂した六つの大陸らしきものを描いた、地球儀を思わせるその痣は、新白銀種特有のものだ。
痣の有無以外にも、白銀種はDNA配列の違いによって古い系統の白銀種と新しい系統の白銀種の二つに分けられる。
前者の古白銀種は紀元前初期から存在する系統で、ヴラディレーナがそうである。
後者の新白銀種は、凡そ二千年前の紀元前末期頃、セレナークティカ亜大陸とブリズベーン半島を隔てるアルプス山脈一帯に突如興った、"山の民"達による〈
アルプス山脈を中心に四方へと勢力を拡大させ、先住民族である古白銀種や白系種達をセレネー山脈以南のエルドラド半島やグランミュール山脈以東、亜大陸周辺の島々に放逐。
エルドラド半島については征服して直接支配下に置き、セレナークティカ亜大陸部を統一した民族である。
プリムヴェール家も言うまでもなく新白銀種で、二千年前からの家系図が今尚残る由緒ある家柄である。
「おい見ろよ、お人形好きのお嬢様のお通りだぞ」
「お嬢様?朝から何をそんな怖い顔をしてるんで?」
「しつもーん、ただ無人機が壊れただけでしょうに、どうして其所まで無人機に入れ込むんです?お嬢様?」
「生ける死体の血にまみれた脅威のレギオン撃破率、ご立派でございますこと(笑)」
「まさに
足を止める事なく、眼光鋭く、ヴラディレーナは言う。
「彼らは無人機の部品でも、リサイクル品でもありません。
ましてや生ける屍でもありません。
彼等は生きている、私達と同じ人間です。
此の国に棄てられて、今此の瞬間も
何度も同じことを言わせないで下さい」
ヴラディレーナがそう言った刹那、広間は老若男女の嘲り交じりの爆笑と怒声とブーイング、小声の陰口が織り成す大反響に包まれた。
「おやおやおやおや、古白銀種の方々というのは、相変わらず思慮深く見識深い方々の様で。
是非我々新白銀種にも御教授賜りたいものですなぁ。
何せ我々、新参者ですから(笑)」
「いらない負け犬を捨てて何が悪いんだよ?殺して何が悪いんだよ!?あ?言ってみろよ!!あ?リサイクルしてやってるだけいいだろうが!!?」
「に、人間!あの汚い色付きが人間!貴女の眼、大丈夫ですか?良い眼科知ってるんで、紹介しましょうか?」
「あの子、本気でいってるのかしら。あんな汚い色付きが人間で共和国市民だなんて・・・」
「お嬢ちゃーん、軍なんか辞めて、相応しい家柄のご子息と結婚なさったら如何ですー?ん?ああ、いればの話でしょうが」
「ペットや野良の供養がしたいなら、付き合いましょうかー?弔いの酒なら丁度此処に沢山ございますぜ?」
エントランスの一区画を完全に占拠していた同年代の一団。
幾つかのグループに分かれて何やら熱心に議論をしていた、空軍のみならず、青年白衛団にも籍を持っているらしい同年代の男子グループと女子グループも其の輪に加わり始めた。
リーダー格・サブリーダー格と見られる数人を除けば、軍服を着てすらなく完全な私服姿で、唯一白衛団の腕章だけで自分達の素性を明らかにする彼等は、手に携えていた〈語録〉を漁って、喧騒の中でもヴラディレーナの耳にはっきり聴こえる様に大声を出して読み始める。
語録と呼ばれる書物は二種類ある。
一つは皇帝オーギュストをはじめとするプリムヴェール皇族の発言や演説を引用した皇帝府広報が発行した〈皇室語録〉。
もう一つは憂国騎士団が関係の深い出版社を通じて発行した、在籍する政治家達や著名人の発言や演説を収録した〈騎士団員語録〉だ。
少尉や准尉の階級章を着けた男子達が持っているのは、彼らのリーダー格が引用したのが現大統領ジョシュア・リューブリック氏の二年前の議会演説だった事からして、間違いなく後者だろう。
確か、古白銀種の、今も星聖教民主党元老院議員の発言に対する答弁だった筈だ。
「彼等が我々から棄てられたり、レギオンに殺されたりしたのは、彼等自身の無力無能さに原因がある。
貴殿方古白銀種が我々新白銀種を指して"差別意識と殺意が服を着て歩いてる"だとか、"人の皮を被った悪魔"だとか、"快楽大量殺人鬼集団"だ等と言うのは、自主自立自衛の意思に欠いた、他責思考の現れ以外の何物でもありません!」
準尉の階級章を着けた女子が引用したのは、九年前にセレナークティカの有色種市民達を地獄へと追いたてた、悪辣極まり無い〈大統領令六六〇九号発令〉に関する記者からの質問に答える内務省長官のエルンスト・ファルストロング氏の発言だった。
無論彼も新白銀種である。
「セレナークティカに暮らす圧倒的大多数の市民達の安寧を護るという政府の責任を果たす為に、ほんの一握りの危険分子を除去したのだ。
此れは差別ではないし、ましてや古白銀種市民諸君が主張する様な虐殺行為に直結するものでもない。
あくまでも国家による治安維持活動の範疇に収まるものだ」
ヴラディレーナが髪の一房を赤く染めている事に突っかかってくる者もいた。
「貴様、曲がりなりにも白銀種の片割れであるというのに、髪の一房を赤く染め上げるとは、民族の血筋に対する不義不忠の極み!何たる外道!!恥を知れ、恥を!!!」
聴くに絶えないブーイングに、罵詈雑言に、アジ演説が反響するエントランス。
だがヴラディレーナは一切聞く耳を立てない。
冷めきった表情で、唯々前を見て場を後にする。
だから彼女は、白衛団の一人が偶々近くに転がっていたの空いた酒のガラス瓶を拾って、自分目掛けて投げつけようとしているのに気付かなかった。
おおきく振りかぶり、天井高く放り投げられたガラス瓶がヴラディレーナの頭上目掛けて落ちる。
危機を救ったのは、一人の少女だった。