86-エイティシックス-DIE NEUE THESE 作:ふそう
【機体名】空中強襲輸送型《ムッターフォーゲル》(Muttervogel )
【全幅】122m
【概要】 軍団兵戦争以前に
補給物資輸送の他、自走地雷型・
「飛行型レギオンへの攻撃兵器搭載禁止」の絶対禁則事項に則り、機体自体には一切の重機関銃やミサイル等の「攻撃兵器」が搭載されていない。
しかし現在では、その広大な下部貨物室(ペイロード)にウイングスーツを装着した自走地雷(滑空爆弾型)を大量に積載し、超高高度から
〈ミニ・ヒストリカル・ドキュメンタリー〉
"「此の国に第六共和政が樹立されて百年の節目を迎えていた頃、私達新白銀種の導きを得た有色種達が
オーギュストの使命は、此の伝統を守る事です」"
"後に発見されたオーギュスト氏の記者会見原稿には、"有色種達が"の部分が"奴隷達が"という文言から修正された事を伺わせる痕跡が見られた。
リューヌ宮殿が建設された星歴一八八〇年代当時のサンマグノリア共和国では依然として奴隷制度や農奴制度が運用されていた史実を踏まえたものと考えられる"
"映像資料:星歴二一二五年三月三日に行われた国民共和党のオーギュスト・ド・プリムヴェール(当時四十六歳)の大統領選挙出馬記者会見での発言"
"映像提供:アルビオン王国公共放送網テレビジョン"
"西暦二〇三七年・共通紀年七年十二月放送:TTSテレビ 「報道の力」より"
ヴラディレーナが、人事局長のオフィスに呼び出されたのは、久方ぶりに
共和国皇帝オーギュストⅠ世の銅像が立つ廊下に響くのは、彼女の靴音だけ。
西側に向いた廊下の窓の向こうでは、市の中心部から遠く離れた新市街に聳え立つ現代的な超高層ビル街と、二世紀前に建てられた歴史あるシャロン塔の重厚な鉄骨のシルエット。
その手前に聳える真新しく巨大な世界樹宮殿と、そ頂上に君臨する聖女マグノリアのシルエットが夕刻の太陽の光に照らされて黒く浮かび上がっている。
其処に新たな足音が背後から響いてきた。
若干急ぎ足気味の、ロングブーツのファスナーの引手が時折微かに音を立てる其れは、明らかに男性の足音。
ヴラディレーナはふと振り返る。
「ラディ?」
「ん?・・・んっ」
白銀色の双眸に映ったのは、自分と同い歳となる十六歳の二卵性双生児の双子の弟。
挨拶がてら一瞬右手を軽く上げた彼の名は、ラディスラフ・ミリーゼ。
サンマグノリア共和国空軍及び野戦空軍での階級は少佐。
姉と同じく空軍野戦総隊所属で、姉と同じ第九戦区本部付きだが、指揮管制官ではなく、第九戦区本部付情報班長の地位にある。
所謂、情報将校である。
身長は姉より二十センチ高い百八十センチ。
公私共に筋金入りの無口で、喋ったとしても極端な程口数少ない彼だが、容姿に限れば空軍の若い女性達からの人気は非常に高い弟である。
今日は休暇の筈だが、どうやら彼も呼び出しを受けたらしい。
市バスが渋滞に巻き込まれでもしたのか、国電か地下鉄が遅延でもしていたのかは兎も角、彼は珍しく遅刻寸前で空軍本部に到着した様だった。
だがそれでも、やはり其処はヴラディレーナの弟である。
新白銀種と違い、伝統的に毎日入浴する風習がある古白銀種の姉弟。
姉と同様に、夜は勿論、外出の前にも出来れば湯船にも、最低限シャワーは浴びないと気がすまないらしい彼の身体からは何時も高級感のあるボディーソープとシャンプーの香りがする。
癖毛気味のツーブロックの、新古白銀種に共通する特有の銀髪頭に被った制帽は空軍の紋章が正面に来るように確りと被られていた。
重ね着して来たであろうグレーのフロックコートは右腕に携え、露になった冬仕様の黒い男性用士官服には皺一つ無い。
パンツの膝から下も、膝下迄を覆う足首ベルト付きの男性士官用黒革製ロングブーツの筒の中に綺麗に収まっている。
気だるげ感の否めない表情は何時もの事だから兎も角として、ラディスラフ・ミリーゼの、軍人としての、少佐としての身嗜みは完璧に整っていた。
そんな彼が、休みの日になれば平気で一日中寝巻きのままで過ごし、自宅地下の私室は有色種による著作という理由で現在発禁書とされた国内外の書物で溢れた足の踏み場の無い状態だとは誰も思うまい。
脱ぎ散らかした軍服や私服や寝巻きを丁寧に畳んでやったり、ハンガーにかけてやったり。
新白銀種と違い、室内では玄関で靴を脱ぐ文化をもつ古白銀種らしく、脱ぎ散らかしたロングブーツや革靴やら私靴やらを綺麗に揃えてやったり。
そんな、私生活では大雑把な面が多々ある彼の身の回りの世話を何かと焼いているのがヴラディレーナだ。
「ミロは?今日はアネットの所?」
「そ」
ヴラディレーナの言う"ミロ"とは、ミロスラフ・ミリーゼの事を指す。
六年前、当時十歳だった姉弟達の父親である空軍大佐ヴァーツラフ・ミリーゼが、姉弟を連れての八十六州の視察中にレギオンの攻撃を受けて死亡する直前、母親である弁護士出身の五色旗党元老院議員マルガレータ・ミリーゼの間に生まれたミリーゼ家の末っ子である。
二年前、マルガレータが所属する五色旗党党本部のオフィスが何者かによる目的不明の爆破テロにあい、母親を含む議員と職員合わせて十数名が死亡した。
幼年学校を卒業したばかりの頃の話だった。
以来、ヴラディレーナとラディスラフは、各々姉兄と言うよりも母親代わりと父親代わりとなってミロスラフを守ってきた。
ミロスラフにとって兄姉代わりと言えば、ミリーゼ家の六人の養子達だろうか。
戦争初期の戦いを生き残ったヴァーツラフとマルガレータが、親が戦死した孤児となった同僚の子供達を引き取り、育てたのである。
彼等も後に空軍幼年学校に進み、現在はヴラディレーナの第九戦区本部付士官として勤務し、ミリーゼ家の邸宅で一緒に暮らしている。
他に姉的な立ち位置にいるとすれば、其れはアンリエッタだろう。
今日遅刻ギリギリになったのも、タクシーが渋滞に巻き込まれたのに加えてミロスラフをアンリエッタの所に預けに行っていたからだった。
オフィスに到着した二人を待っていたのは、人事局長のジェローム・カールシュタール中将である。
大きな窓と、鈍い金と臙脂の縞の壁紙が重厚な一室をオフィスとする彼の仕事場に飾られたサンマグノリア共和国の地図は、グランミュール山脈より東側が切り取られていた。
「良く来てくれたね、ヴラディレーナ中佐、ラディスラフ少佐。さあ、かけてくれたまえ」
カールシュタール中将に促されて、佐官の姉弟は制帽を脱ぎ、アンティークのデスクを挟んで配置された高級ソファーの背もたれに色違いのフロックコートを引っ掛けてから腰掛けた。
この後間も無くカールシュタール中将から告げられた辞令に、ヴラディレーナは「えっ、えぇっ!?」と。
あのラディスラフも思わず「はぁっ!?」と驚きの声を上げながら、姉弟は互いの顔を見合せ、白銀色の双眸を瞬かせる事になる。
無理もなかった。
何故なら、今回の辞令の内容は、ヴラディレーナ・ミリーゼ中佐を共和国元帥に、ラディスラフ・ミリーゼ少佐を大将に特進させ、その上で担当部隊を変更する旨のものだったからだ。
◇
激戦続きの最前線では損害はしばしば部隊を維持できない域に達する。
今ヴラディレーナが率いる第九戦区の部隊にそこまでの損害は出ていないが、それ程、〈レギオン〉の軍隊は強い。
星歴世界第一位の広大な国土面積を誇る軍事大国であり、技術大国であったギアーデ帝国。
彼らの野心と獰猛さと技術力を惜しみなくつぎ込んで開発されたそれらは破格の兵装と驚異的な運動性能、同時代の産物とはとても信じられぬ高度な自律判断能力を有し、また真実無人機であるが故に疲れず、厭わず、恐れない。
破壊しても破壊しても、レギオン占領支配域の最奥部にあると考えられる生産及び修復拠点から次から次へと湧いて送り出されてくる。
では、サンマグノリア共和国政府と国民が自画自賛するジャガーノートはどうだろう。
確かに配備数は凡そ十万。
生産数は年間凡そ一万機と、この手の機甲兵器としては多い。
だが、性能面ではレギオンに対して比較する事すら烏滸がましい程劣る。
ジャガーノートは、正式には〈MLF4.Q1ジャガーノート〉と呼称する。
MLFとは
サンマグノリア共和国の空軍組織は戦闘機・爆撃機・輸送機等を用いて、制空権の獲得や敵の地上・海上部隊への攻撃任務、偵察等の幅広い任務を行う"空軍"と、地対空ミサイルや高射砲、空挺部隊の運用を担う"野戦空軍"を統合した組織である。
ジャガーノートは野戦空軍が"敵の攻撃を防御するのではなく回避する"、所謂"機動防御"の設計思想のもとに輸送機から投下可能な単座式の軽量型多脚機甲戦闘車輌として開発が計画されていた機体が元になっており、レギオンとの地上戦の主体を陸軍組織ではなく空軍組織が担っているのも此れに由来する。
しかし、輸送機からの投下を前提としている以上、機体の重量や大きさには厳しい制約が生じる。
装甲は薄くなり、強力な主砲も搭載出来ない。
実際、当初搭載が計画されていた主兵装は主砲口径八十八ミリの滑空砲もしくは三十ミリ機関砲、副兵装は十二.七ミリ重機関銃と対空用の二十ミリ機関砲、もしくは携行式地対空ミサイルの車載であった。
余談だが、此れは後に〈ギアーデ合衆国空軍〉のグレーテ・ヴェンツェル中佐が設計・開発に携わり、第八六独立機動打撃群が主力機として運用した〈XM2レギンレイヴ〉と殆ど変わらない仕様であった事から、レギンレイヴはジャガーノートの本来在るべき姿が国を変えて実現した姿だと言えよう。
最も、この偶然が後々、〈第一次大攻勢〉後のサンマグノリア共和国の"有色種はギアーデ帝国の破壊工作員にしてスパイであった"とする主張に整合性を与え、一連の政策の正統性を強固なものとする根拠として利用されてしまう事になる。
兎も角、ジャガーノート本来の目的が空挺部隊の直接火力支援である以上、そもそも敵の多脚機甲戦闘車輌を主力とする機甲戦力と真正面から戦車戦をやり合う事は想定していなかった。
只でさえ脆弱性の高い機体を
そんな機体である以上、共和国市民の認識とは裏腹に性能において劣るジャガーノートが、損害軽微などありえない。
大損害こそがジャガーノート運用の大前提であり、実際出撃の度に大量の損害を出して、その都度同じ数を補充して戦線を維持しているだけだ。
損害の要因は勿論戦闘によるものである訳だが、それに至る経緯の殆どは指揮管制官達の意図的な"ミス"や利敵行為だ。
ヴラディレーナとラディスラフは経験したことはないしさせる気もする気もないが、担当する部隊の全滅さえ、よくある話だ。
よって殆ど日常的に部隊の統合や再編、廃止と新設が行われている為、部隊再編に伴う指揮管制官変更と昇進自体は珍しい話ではない。
だが、幼年学校卒業から未だ二年しか経っていない二人が佐官クラスの地位に居る事でも極めて異例なのに、十六歳で元帥になれ、将軍になれという今回の辞令は前代未聞にも程が過ぎる。
◇
「実は、急遽新たな戦線が一つ加わる事になってね。その総司令官となる人物を急遽別の隊の指揮管制官から代わりの者を選出した、というわけだ。
此の人事には、共和国軍最高総司令官にして陸海空軍の大元帥であられる皇帝陛下の意向も含まれている」
軍人らしい長身と広い肩の身体を持つカールシュタールが、傷跡の残る頰を緩めながら言う。
「其れはつまり、事実上、皇帝陛下からの勅命・・・という事でしょうか?小父様」
「そう解釈して貰って構わないよ。さあ、ほら、此れが実際に人事局に届いた命令書。此方が軍政局の方に届いた命令書さ。」
カールシュタールは秘書官から件の命令書が納められたフォルダーを姉弟に差し出すと、代表してヴラディレーナが受け取る。
ラディスラフは前屈みの姿勢で、左手で頬杖をつきながら表紙を覗き込む。
姉弟は今まで担当部隊が変更になる度にフォルダー入りの命令書を受け取ってきたが、今回見る其れは初めて見るタイプだった。
プラスチック製ではない、高級感溢れる白革製のフォルダー。
表紙には、皇帝府を意味する"
とサンマグノリア共和国の国章が象嵌され、王冠や蛇の目、国花たる木蓮の雌しべには宝石が埋め込まれている。
フォルダーを開くと、肝心の命令書が納められている。
皇帝からの命令とやらは、姉弟の想像以上に短い文章だった。
"サンマグノリア共和国空軍本部 人事局 局長 ジェローム・カールシュタール中将宛"
"共和国人民の皇帝たるオーギュストは、次の二名を一軍の将帥に望む"
"サンマグノリア共和国空軍及び野戦空軍 空挺野戦総隊 深東部戦線 第一戦線司令部 第九戦区本部長付第一機甲戦隊指揮管制官 ヴラディレーナ・ミリーゼ中佐 古白銀種"
"サンマグノリア共和国空軍及び野戦空軍 空挺野戦総隊 深東部戦線 第一戦線司令部 第九戦区本部付情報班長 ラディスラフ・ミリーゼ少佐 古白銀種"
"人事局長におかれては、両名に一軍の将帥たるに相応しい称号と権利を付与されたし"
命令の部分は以上である。
軍政局宛に届いた命令書も同様に短いもので、その下には年月日と皇帝直筆のサインが記されている。
単なる即位称号ではなく、完全称号で。
"白銀聖土の空に煌々と輝く明星たるオーギュストⅠ世、共和国憲法が保証する国家指導政党のもとに団結した、共和国人民の推挙によるサンマグノリア共和国人民皇帝陛下、絶世の愛国者にして崇高な平和主義者、サンマグノリア純血純白憂国騎士団永世騎士団長 青年白衛団名誉団長 リベルテエガリテ国立大学名誉哲学博士 新古白銀種人民の最高尊厳者、新白銀種共和国人民の生命と権利と尊厳の保護者、古白銀種共和国人民の統治者、天青種住民の進化と成長の監督者"
これらの称号の中は憂国騎士団党員や支持団体から献上されたものも含まれている。
皇帝のみならず、皇后や其の子息子女達一人一人も自分の敬称を最低一つは持っていて、皇帝向けに提案されたが不採用になったもの拾って用いている皇族も多い。
例えば、空軍元帥であるイヴォーヌ皇女の場合は、"尊敬する凛々しき御方"の他、"慈悲深き救済者"というのがある。
現在の姉妹達の上司にあたる第一戦線司令官の皇子シャルル元帥の場合は"必勝不敗の稀代の名将軍"だ。
・・・尤も、彼が直接指揮していた今代と先代、先々代の第一戦区第一機甲戦隊は全滅しているのだが。
「・・・皇帝陛下自らが人選に携わる程、新設される部隊は重要な拠点の防衛を任せられるのですか?」
「ああ。第一戦線総司令部付第一戦区第一機甲戦隊、通称スピアヘッド戦隊。第一戦線全体から古参兵を集めた、まぁ、いわゆる精鋭部隊だよ。
ヴラディレーナ元帥、君には第一戦線から此の第一戦区を分離し、深東部戦線からも独立させた〈独立戦線〉の総司令官兼司令部付第一戦隊指揮管制官を。
ラディスラフ大将、君には其の副司令官兼情報本部長を任せる」