86-エイティシックス-DIE NEUE THESE 作:ふそう
【全高】2m
【重量】22t
【概要】
レギオンが運用する「空中投下・強襲特化型」の戦車型レギオン。
軽量化と引き換えに高い機動性と誇り、主兵装の100mm滑空砲によって装甲歩兵を一撃で破壊する大火力を両立している。
〈ミニ・ヒストリカル・ドキュメンタリー〉
「私、オーギュスト・ド・プリムヴェールは、共和国憲法下において人民議会と共和国元老院に承認されたサンマグノリア共和国人民皇帝として共和国を統治するにあたり、生涯を通してその義務を定めた憲法を護る事。共和国市民の名誉と、生命と、財産を護る事。五色旗が象徴する共和国の自由、平等、博愛、正義、高潔の道徳原則を護る事を、全ての共和国市民の前で、全ての党員諸君と議員諸君の前で、我が父の前で、我が母の前で、最愛の我が子供達の前で誓います」
"(ナレーター)リューヌ宮殿と完成間もない世界樹宮殿を背後に据えた共和国広場で公開で行われた即位宣誓式。オーギュストが宣誓を終えた直後、国内各地から広場に集まった、放射状に拡がる大通りと沿道に建ち並ぶビル街の屋上を埋め尽くした銀髪銀瞳の市民達の天地を揺るがす歓声が、首都に響きわたった。
興奮のあまり失神する者が後を立たない程の熱狂ぶりだった"
"映像資料:星歴二一四一年四月十二日に行われたサンマグノリア共和国第九共和政初代皇帝オーギュスト・ド・プリムヴェールの即位宣誓式"
"映像提供:アルビオン公共放送網テレビジョン"
"西暦二〇三九年 共通紀年九年放送 NHK「映像の世紀アナザー・ワールド 第三回 皇帝を戴いた共和国」より"
「ジェローム小父様、姉様の言う"指揮官としての務め"というのも、あながち理想論とは言えないかもしれませんよ」
窓の外に拡がる白い市街地を見つめたまま、口元を覆っていた手を話したラディスラフが、静かな声で言った。
其の声の響きは公私の境界線を曖昧にする穏やかさで、しかし執務室の重苦しい空気をすっと通り抜ける明晰さを伴っていた。
驚いた様に銀瞳を瞬かせて、ヴラディレーナは隣の弟の方に振り返る。
カールシュタールもまた、眉を僅かに上げて若き少佐を見つめた。
其の様子にラディスラフは穏やかな目線を送ると、頬杖を解き、前屈みになっていた上体を起こし、ロングブーツを履いた長い足を組んで、ソファーの背もたれに寄りかかる。
端整だが気だるけと言うか、無気力な感の否めない表情とは裏腹に、見事に皺一つない黒の士官服。
窓の外から差し込む美しい夕焼けの光を綺麗に弾く、此れまた見事に磨き上げられた黒革の光沢のあるロングブーツは、ラディスラフの長い足に完璧に似合っている。
尤も、黒革の手入れをしているのは何時もヴラディレーナだが。
「姉様は此の手の話になると先ず最初、確かに国旗の象徴する五つの国是がどうとか、道徳がどうとか、よくも悪くも理想主義者や人道主義者としての主義主張を全開にします。
ですが、実利の話をすれば、プロセッサーの状況を正確に把握し、友好関係・・・とまでは言わなくとも、対等な戦略的共闘関係の構築は、いざ戦闘となった際の指揮命令の正確な伝達と作戦行動の円滑な実行、迅速な意志決定には必要不可欠な物です」
本部長や指揮管制官が、直接現地のプロセッサーに会うことは確かに無い。
だが、一度特定の戦区司令官や戦隊の指揮管制官になれば、現地のプロセッサー達とは遠隔ながらも一つのチームという事になる。
現場の状況は刻一刻と変化する。
指揮管制官とは言え、指揮下にある全部隊に一瞬の目も離さずにいる事は困難である。
場合によっては、現場に判断を任せなければならない状況だってあり得る。
ラディスラフは、姉による一連の行為を、愚直な理想主義や人道主義の其れではなく、与えられた兵力を効率的かつ効果的に運用する為に必要不可欠な核心的要素の一つという言葉に見事にすり替えて見せた。
「其れに、今回の組織改編で第一戦区が独立した五つ目戦線となり、其の司令部に着任する事で、防衛や補給に関わる全権を委譲されるというのであれば、前線の実態を把握出来ていない報告書や戦闘記録等、防衛計画立案に何の役にも立ちません。
項目が異なるにせよ、存在しない項目であるにせよ、敵戦力の実数分析に有益なら其れを記載した資料を作成し、総司令官の権限で受理します。
その上で、上が修正するなり削除なさるなら、好きになされば良いのです。
此方側には残りますから。
収容番号と併用した、本名の記載についても、プロセッサーの個体識別に都合がいいので続けます。
我が国の法は確かにエイティシックスを屍獣だなどと記していますが、死んだ
そんな、何処の誰が言い出したのかも分からない不文律に従わなければならない理由はありません。
彼らのパーソナルネームには、酷似していたり、完全に重複しているものが多いのはご存知でしょう?
アルファベットと数字からなる収容番号は無駄に長ったらしいですし、其れすら持って無い野良出身のプロセッサーも少なくありませんから。
そういったプロセッサーを識別し、認識する上で、個人名程最適解なものはありません」
「ラディ・・・」
「ほぅ・・・」
ヴラディレーナとカールシュタールは小さく声を漏らした。
"ラディが此んな長い時間、饒舌に喋るのを見たのは何時ぶりだろう?・・・いや、今重要なのはそれじゃない・・・"
ラディスラフの発言は、表向きは合理的で、法や軍規や効率性を重視する冷徹な軍人の論理だ。
しかし内実を見れば、姉の頑な抵抗に完璧な理論武装を施し、カールシュタールの"お小言"を刃の根元からへし折る、此の上なく穏やかで強固な姉への擁護であった。
カールシュタールは、自分の顎を両手の上に乗せて暫しの間沈黙し、眼前にいる十六歳の、間も無く大将を名乗る少年の底知れない銀の双眸に見入らざるを得なかった。
軍は勿論、共和国の欺瞞や国法の盲点と抜け道を全て見抜いた上で、全権委譲という果実を貪ろうとしている少年の、腹に一物ある静けさ。
二人の予想に反し、ラディスラフの演説は尚も続く。
まだ、喋る。
「其れに、遠隔対空機関砲を直接操作しての無人航空機撃墜事案についても、あれはそもそも飛行禁止空域に無断で超低空侵入してきた側と、其れを咎めない法務局に責任があります。
父の一件によって従来の
後方戦争地域と、FOBを含む前線戦争地域を含む空域一帯は、軍用機と民間機共に理由の如何を問わず飛行禁止になっているのは知らない筈はありません。
にも関わらず、飛行制限空域内を飛行し続け、果てに飛行禁止空域内に故意の侵入を許したのなら、批判され、然るべき処罰を受けるべきは先ず第一に監督責任者であり、第二に、実際に操縦桿を握っていたツアー参加者です」
先程とは打って代わり、ラディスラフの眼光は明らかに鋭さを秘めていた。
「無人航空機に搭載された対地カメラの映像が、レギオンによってハッキングされ、傍受された場合、敵は
実際そうやって映像を傍受したレギオンによって、過去に幾度か、塹壕地帯の歩兵・砲支援部隊や出撃準備中だった戦隊が、FOB諸とも射程延伸弾の先制猛砲撃を受けて出撃叶わず全滅した例があります。
そうした危険性がある事にも関わらず、監督責任者は
我が軍に害を与え、我が国を危険に晒し、レギオンを利する利敵行為であり、重大な国家犯罪です。
ある種の破壊工作員、売国奴だと断言していい」
次いで申し上げれば、飛行禁止空域に侵入してくる無人航空機は、殆ど例外なく
ラディスラフの淡々とした、しかし完全に逃道を塞ぐ論理の構築は止まらない。
「次いで申し上げれば、飛行禁止空域に侵入してくる無人航空機は、殆ど例外なく
I.F.Fに反応が無い以上、此方としては所属不明機ないし不審機として対応せざるを得ません。
現在確認されている、
ですのでヨハネス准尉と姉は必ず、I.F.Fに該当機無しの場合は発砲の是非を問わずに遠隔対空機関砲附属のカメラを起動、送られてきた映像をもとに目視で機体を確認します。
無論、私もです。
『カメラを使って遠隔で映像を見ているのは同じじゃないか!』
などと言われるかも知れませんが、我々が使用しているカメラは本来対空目標を射撃するに当たって照準を合わせる為のもので、其の向きも常時上空に向けられておりますし、地面にではなく、バルタ線が立地する丘陵地帯の頂に建造された四十メートル級高射砲塔上部に設置されておりますから、位置を特定され得る周囲の写り混みや、友軍部隊の位置と数を把握される恐れは先ずありません。
今回の場合は、国籍標記から確かに我が軍が運用している機体である事は確認出来ましたが、やはりI.F.Fに反応はありませんでした。
機体下部に爆弾らしき複数の物体が搭載されているのも確認しています。
もし此れが操縦士の確定的故意による違法侵入で、尚且つ爆弾投下の意図があった場合、自前の自衛用対空装備を持たないジャガーノート戦隊は全くの無力です。
百歩譲って故障が原因の侵入であったとしても、友軍部隊を巻き込んでの墜落、誘爆の危険性が否定出来ない以上、自軍の部隊を守るための防衛的措置として撃墜することは、軍事的な必要性から正当であり、合法です。
どちらが間違っていて、どちらが正しいか。
長く軍務を勤められた小父様程に経験豊富な御方なら、自明の理でしょう」
ラディスラフの、淀みのない論理展開を聞き終えたカールシュタールとヴラディレーナは、二人揃って完全な沈黙を余儀なくされた。
重苦しい空気の中、デスクの上に置かれた白革のフォルダーが、夕刻の光を浴びて鈍く輝いていた。
カールシュタールは、自分の顎をのせていた両手の組み合わせを解くと、戦前以来から鍛え上げられた軍人らしい体躯をソファーの背凭れに預けた。
其の傷痕の残る頬が、今度は皮肉混じりの笑みではなく、心底感服したような苦笑を浮かべる。
「いや・・・まいったな・・・」
ポツリと溢した其れを聞いたラディスラフが、目を丸くして、口をポカンと開けながら此方を見つめる姉の方に僅かながら振り向いた。
彼が姉に見せた表情は、此れまた極めて珍しい。
勝ち気のあると言うか、してやったりと言わんばかりの歳相応の少年らしさのある"ニッ"とした、ウインク付きの悪戯っ子じみた笑み。
だが其れも本当に一瞬の出来事であり、ラディスラフは再び何時もの無表情に戻ると、足組をした体勢のまま再び頬杖をついた。
「国法と軍規の盲点を突いた本名の記載。
交戦規定と、レギオンのサイバー戦ノウハウ獲得の仮定を網羅した自衛防空措置の正当化か。
・・・ラディ、久方ぶりにちゃんとまともな口を開いたかと思えば、空軍本部人事局長の私を完璧に説き伏せて見せるとはね。
国軍本部の法務局も、空軍広報局も、のお偉方も、皇帝府でさえ、ラディの意見を聴けば君達にぐうの音も出ないだろうよ。
むしろ、自分達の腐敗を告発されないために君達に最大限の媚を売るか、最低でも黙って引き下がるしかない。
・・・君たちは、私やあの戦いの生き残りが捨ててしまった『将帥の器』を既に最初から持っていたようだね。
流石は、あのミリーゼ家の末裔だ・・・」
カールシュタールは降参を示す様に両手を小さく挙げながら苦笑を漏らした。
そして、眼前に座る十六歳の双子の姉弟を、理想と人道を重んじて前を見据えるヴラディレーナと、つい先程迄冷徹に盤面を完全支配していたとは思えない、何時もの気だるげ無気力無表情な顔に戻ってしまっているラディスラフを交互に見つめる。
カールシュタールは、双子の姉弟の双眸の奥に、此の国の欺瞞と市民達の精神的な、或いは倫理観の致命的退廃を憂いながら非業の死を遂げた親友ヴァーツラフと、其の妻マルガレータの面影を、確かに其の目で見たると、静かに立ち上がり、制帽を頭に被った。
ヴラディレーナとラディスラフも、其れに続く。
少しの間を置いて、カールシュタールは姉弟に正式に辞令を伝えた。
「ヴラディレーナ・ミリーゼ元帥、本日付で貴官を独立戦線総司令部総司令官、兼総司令部付第一戦隊指揮管制官に。
ラディスラフ・ミリーゼ大将を本日付で独立戦線総司令部副司令官、兼総司令部情報本部長に任命する。
頑張りなさい、二人共」
辞令を聞き終えたヴラディレーナとラディスラフは、ロングブーツの踵を揃え、背筋を真っ直ぐと伸ばし、視線をカールシュタールに向けて見事な迄の敬礼を披露し、辞令を復唱した。
「かしこまりました。サンマグノリア共和国空軍及び野戦空軍ヴラディレーナ・ミリーゼ元帥。
本日付で独立戦線総司令部総司令官兼、総司令部付第一戦隊指揮管制官に着任致します」
「同じく、サンマグノリア共和国空軍及び野戦空軍ラディスラフ・ミリーゼ大将。
本日付で独立戦線総司令部副司令官兼、総司令部情報本部長に着任します」