86-エイティシックス-DIE NEUE THESE 作:ふそう
■【機体諸元】全高:約6メートル/全幅:約10メートル
■【概要】レギオンがまだギアーデ帝国の制御下にあった時代、海軍力に乏しいギアーデが敵国による海上からの攻撃を阻止・沿岸航路の封殺を主目的に開発した、沿岸防衛特化型の大型機。
局地的な制海権の掌握、および沿岸部の面制圧において絶対的な火力を誇る。
■【武装】155mm滑腔榴弾砲 × 1門/地対艦誘導弾12連装ランチャー/12.7mm近接防御用重機関銃
〈ミニ・ヒストリカル・ドキュメンタリー〉
「
"映像資料:星歴二一四四年に行われた、教育省長官兼愛国者会議議員兼民族尊厳委員会常任委員(星歴二一四四年当時)/新白銀種/エンリケ・マルチノ・ボルジェス・デ・アランテス・エ・オリベイラ氏によるリベルテエガリテ国立大学での講演"
"映像提供:アルビオン公共放送網テレビジョン"
"西暦二〇三六年 共通紀年六年放送 NHKBS 世界のドキュメンタリー「白銀聖土の内幕」より"
「・・・で、そんな曰く付きをお上から押し付けられて来たって訳ね?」
無人タクシーの車内で、アンリエッタはヴラディレーナから件の人事の経緯を聴いた。
因みにアンリエッタにも人事局から通達が来て、技術准将への昇進と独立戦線専属の知覚同調調整チームの班長が下令されたそうだ。
担当部隊が変更になるということは、それに伴って色々なものが変更になる。
知覚同調開発チームの主任は幼なじみのアンリエッタであり、その縁あってヴラディレーナとラディスラフの設定変更や調整の依頼は全て彼女が引き受けている。
あの後、すぐにでもやって貰おうかと考えたのだが、休暇中の者を含めた第九戦区本部の全員(皆ミリーゼ家の養子だ)纏めての方が良いだろうと、後日に予定を回した。
一週間後に予定される元帥杖授与式の後にならないと、例のアンダーテイカー含めた新しいスピアヘッド戦隊員達はまだ配属されて来ない為に出来た事だ。
その代わりにと、アンリエッタに誘われた遅めの夕食の場は、空軍本部から離れた、リベルテエガリテ中央駅周辺のオフィス街にあるレストランだ。
勿論、ミロスラフも一緒。
久々の外食にご機嫌な様子で、姉達の難しい話には興味なさげな彼は、兄に良く似た髪型の銀髪の頭に兄にねだって借りた制帽を被っている。
彼の興味は、窓の外で流れ去る車や路面電車、ビル街に挟まれた道の両脇に立ち並ぶ、春のイルミネーションで彩られた街路樹に向いている。
歩道では大勢の見物客がスマートフォンを手に写真撮影に夢中になっていた。
一方、貸し主であるラディスラフは、夕方何時にもなく長々と喋った反動からなのか、半分寝てる様な顔だ。
「だって、どうせ作り話でしょう、アネット。仕事をしない口実の」
大抵は指揮管制官達によるエイティシックス・プロセッサー殺しを見物したり、自ら其れに加わったり、無駄に広い貴賓室や司令官執務室を改装したクラブで接待を受けたり、舞踏会を開いたりしかしていないのが実情だ。
「自殺未遂やらかした
散弾銃で自分の頭吹っ飛ばそうとしたけど、弾が暴発かなんかしたって」
「……本当に?」
「お前ら
辞めてく分にはともかく、流石に自殺未遂ってなると、
「で?」
夕方の一件以来、再び一文字分しか喋らなくなっていたラディスラフ。
其れでも一応は情報将校らしく調査の結果について問う彼に、アンリエッタは飄然と肩をすくめた。
「さあね。調査命令寄越したくせに本人への聴取も交信記録の解析も拒絶するってんだから、詳細なんか調査しようがないわよ。
レイドデバイスには異常なし、それで終了。
其れで文句言うなら、〈アンダーテイカー〉を此処に連れてきてよって言ったんだけど、案の定輸送部の
ホントに、
アンリエッタは憤然と腕を組んで背もたれに凭れて鼻から息を吐く。
見慣れた何時もの態度ながら、ヴラディレーナは苦笑する。
折角ボーイッシュな美人の、アルビオン貴族の家柄なのに、そういう態度をしょっちゅう取るものだからあんまり女性らしくない。
尤も、
「……その、プロセッサーの方の話は、」
「あたしが聴いたんじゃなくて、そのアンダーテイカーが今配属されてる第一戦線二十七戦区の
そいつらから報告書はもらったけど、本当に形式程度よ。
心当たりはありませんとか言われておしまいだったとか。
『死んだりなんかしたら、どうしてくれるんだ!?』って伝えたら、たった一言、『ああ、そうですね、どうしましょうか』って返してきたってさ。
だからどうしたって口振りだったって。
まあ、
言って、アネットは皮肉気に口の端を吊り上げた。
◇
広大なセレナークティカ亜大陸一つを国土とするサンマグノリア共和国。
星歴世界指折りの重工業化された先端技術大国にして、歴史的にも伝統的にも農業大国である此の国にあっても、戦時下という特殊な状況下にあっては食料品は全て国家が統制する配給制である。
農商省が満十四歳以上の全国民に発行するICカード式配給カードや外食許可証がなければ、スーパーマーケットや百貨店、市場での買い物も、レストラン等飲食店での食事も出来ない。
現金やクレジットカードを持っていても、それらがなければ商品を買う権利もサービスを利用する権利は無い。
此れがあって初めて本物の食材と本物の食事にありつけるのは、人種を問わず共通だ。
六歳のミロスラフを除いた三人が、店のカウンターで外食許可証を提示していた時だった。
メインフロアの方から突然、とんでもない声量の怒鳴り声が響いてきた。
同時に、ガラス製の何かが割れる音。
それも連続して。
あまりの大声に物音は、ヴラディレーナ、ラディスラフ、アンリエッタの三人も思わず身動ぐ程で、六歳のミロスラフに至っては泣きながらヴラディレーナにしがみついた。
ヴラディレーナは両膝をついてしゃがみこむと泣きじゃくる末弟をあやそうと試みた。
ラディスラフも無言でフロックコートと軍服の上着を脱ぐと、片膝をついて、それらをミロスラフの頭から被せて、更に上からミロスラフの両耳を押さえて、喧騒が聴こえない様にしてやる。
其れはある種のシェルターだった。
アンリエッタが背後に振り返って見れば、高齢とまでは言えないが、其れに近い年齢の
ウェイターは
浅い青の瞳は兎も角として、生来の銀髪が白系種の一種に見えなくも無いと言う理由から、戦前から準白系種等とも呼ばれていた彼等は九年前、市民権は
以降彼等は、追放によって無人化した移民街を壁で囲った〈ゲットー〉に押し込められながらも外出許可証と就労許可証を手に毎日働きに出て、現在迄暮らしてきた。
男達の怒声を何とか聞き取れた処によれば、どうやら運ばれてきた酒が注文したのと違かったらしい。
皆一様に顔を真っ赤に染め上げさせていた。
彼等の怒りに拍車をかけていたのは、最初の怒声に怯んでしまったウェイターが酒を溢してしまい、それが女性達の誰かの服か鞄にかかった事。
怒り狂った女性達は自分の鞄をウェイターの背中目掛けて何度も叩きつけていた。
長い銀髪をヘビーメタルバンドのヘッドバンギングパフォーマンスを思わせる勢いで上下左右降り回しながら怒鳴り散らし、鞄を叩きつけているものだから、彼女達が何を言っているのかは全く聞き取れない。
周りの客(言わずもがな、全員
それどころか寧ろ、件の客達に加勢してウェイターに罵声を浴びせかけている。
壁の高い場所に飾られた肖像画に描かれた、プリムヴェール皇帝一族も、微笑みながらその様子を見下ろしている。
「アンタ、何で止めに入らないの?店長でしょ?アンタ達も突っ立ってないで、せめて警察呼ぶなりしなさいよ」
アンリエッタが、目の前で怯んだまま棒立ちする
名札で、彼がこの店の店長だと分かった。
ウェイターが特別住民であれ、有事には警察の保護を受ける権利はあるだろうと、アンリエッタは言う。
ヴラディレーナとラディスラフも、非難の視線を店長に向ける。
だが。
「ああ、いや・・・そうしたいのはやまやまなのですが・・・、その・・・」
「何よ、ハッキリ言いなさいよ」
「あの方々は、その・・・このレストランとビルを所有するオーナーの一族でして・・・。それと、あの・・・オーナー夫妻の娘さん夫妻は・・・此処一帯の所轄の警察署長と副署長でありまして・・・その・・・」
店長と店員達の怯えきった態度に、アンリエッタは呆れと諦めが混じった溜め息をつく。
やがて、夫婦の子供らしき男性の蹴りがウェイターの顔を直撃した。
仰向けに倒れた彼の鼻と口から、血が流れ出している。
泣きじゃくるミロスラフをずっとあやしていたヴラディレーナだったが遂に見るに耐えなくなり、あの夫婦達に食って掛かろうとした時、止めに入ったのはアンリエッタだった。
「レーナ、ラディ、出よう。このままじゃミロ君が危ないし、可哀想だから。何処か他の店探そう」
アンリエッタの提案にヴラディレーナは一瞬躊躇する素振りを見せた。
自分達はホルスターに拳銃を備えている。
だが、仮に食って掛かったとしても、多勢に無勢の状況は不可避である。
何より、ミロスラフをこの状態のまま居させるのは可哀想で危険だ。
ラディスラフの目配せによる後押しもあって、ヴラディレーナはミロスラフを抱き上げると、四人揃って店を後にした。
あの天青種のウェイターが十八歳で、レストラン内での暴動行為で警察に逮捕されたのを、ヴラディレーナとラディスラフは翌朝のテレビのニュースで知った。
◇
あの後、四人は近くの広場でミロスラフが落ち着くのを待ってから新たに見つけた別の店に入った。
広場にいる間、ミロスラフは兄が掛けてくれた上着とフロックコートを被りっぱなしで、その間ラディスラフは自分からした事とは言え季節外れの寒空の下に下着とワイシャツとネクタイのみの上半身を晒さなければならなかった。
「おいしい?ミロ?」
壁一面の液晶モニターに展開しては流れていく、熱帯魚や珊瑚礁の映像が美しい、四人用の個室での夕食会。
歳の離れた姉の優しげな声の問いかけに、ミロスラフは元気な返事と満面の笑顔で応えた。
其れを見た兄のラディスラフとアンリエッタも、安心した様子で無意識に微笑む。
・・・と、此処で、落ち着いた雰囲気だった個室フロアの扉代わりのカーテン越しに、廊下をドシドシと歩く大きな足音と響き渡る客達の会話が聴こえてきた。
中年とおぼしき男女の声だ。
其れが近づいてくるにつれて、三人は何かを察した様子に変わる。
真っ先に動いたのはヴラディレーナだった。
「ミロ。ミロの大好きな番組の歌、それを聴きながらご飯食べようか」
ミロスラフは喜んで、姉に貸して貰ったワイヤレスイヤホンを耳に付けた。
ヴラディレーナの行動の意味は、ミロスラフの耳が完全に彼だけの世界になってすぐに分かった。
「・・・そしたらウチの子、
自分の子供による天青種への暴力行為を自慢気に話す客達の会話を耳にして、アンリエッタとラディスラフは"良くやった"という意味でグーサインをヴラディレーナに送った。
声質からして、若年から中年にかけてとおぼしき団体客は、他にも天青種にあんな事をしたとかこんな事をしたとか、自分がやったとかウチの子がやったとかの話で盛り上がる。
完全創作のアニメやマンガ(実際の出来事をモチーフにしたものも多いだろうが)とは違い、直近の現実に起きたであろう暴力行為の実行者たる彼等の話は、六歳の子供が見聞きにするにはあまりに酷い内容だ。
「アラルコンさん、貴方のご子息にもそろそろ空軍などやめて、相応しい家柄のご息女と結婚なさいと諭して上げたら如何ですか?」
「エマさんの仰るとおりですわ。〈レギオン〉やエイティシックスの相手など、本来なら我等高貴なる
今はもう、戦争などという時代ではないのですから。
そういった俗事は
"あの・・・、今まさに此の国は戦争中なんですけど?"
三人が内心でツッコミを入れている間に、客達の足音は悪い事に自分達がいる個室の目の前で止まった。
向かい側の大人数向けの個室に入るらしい。
「ウゲェ」
「チッ」
「ハァ・・・」
そんな、嫌悪感をあからさまにしたアンリエッタの声と、ラディスラフの舌打ちと、ヴラディレーナの溜め息を、彼等は陰鬱な空気の中で互いに聞く事になった。