86-エイティシックス-DIE NEUE THESE 作:ふそう
■【機体諸元】全長6メートル
■【概要】レギオンがまだギアーデ帝国の制御下にあった時代、海軍力に乏しいギアーデが敵国による海上からの攻撃を阻止・沿岸航路の封殺・敵国の周辺海域における海上封鎖を主目的に開発した、多脚自走式機雷。
普段は海底に潜伏し、艦艇や船舶の接近を感知すると海底から浮上して目標に突入し、破壊する。
現在では船のみならず、原生海獣に代表される海洋生物をも攻撃目標としている。
〈ミニ・ヒストリカル・ドキュメンタリー〉
「あんな汚い白系種擬きな
(四十代/女性/新白銀種/セレナークティカ/中央大管区/首都圏/シャリテ州シャリテ市)"
「我ら共和国人民の皇帝陛下は、なんと慈悲深い御方でいらっしゃいましょう。あんな、
(八十代/男性/新白銀種/セレナークティカ/西部大管区/エフリカ地域圏/ホープベルフ州ヨハンバーグ市)"
「皇帝陛下もお人が悪い。餌がなければ働かないのが家畜とはいえ、あんな
(四十代/男性/新白銀種/セレナークティカ/中央大管区/首都圏/リベルテエガリテ州リベルテエガリテ市)"
「人間擬きがっ・・・どんな手を使って皇帝陛下に命乞いしたのか知らないけど、生き汚いったらありゃしない。何様のつもりなのよっ」
(十代/女性/新白銀種/セレナークティカ/西部大管区/エウローパ地域圏/フランソワ州ルテティティア市)"
「
(五十代/男性用/新白銀種/セレナークティカ/中央大管区/南アメリア地域圏/パウブラジラ州ブラジーラ市)
「ああ、おぞましい、おぞましい。あんな人間のなり損ないどもが未だにアルバンティスの彼方此方に生息しているなんて。しかも増殖しようとしているなんて。誇り高き新白銀種の国が、一体どれだけ穢されていることかしら」
(五十代/女性/新白銀種/セレナークティカ/極西大管区/エルドラド地域圏/エステガリビア州サンフランシスコ市)
「この間、ゲットーから出てきて学校の周りを彷徨い歩いてた
(八歳/男子/新白銀種/セレナークティカ/中央大管区/北アメリア地域圏/リバティステート州ニューオーク市)
「私、
(十代/女子/新白銀種/セレナークティカ/中央大管区/首都圏/リベルテエガリテ州ユスティティア市)
"映像資料:星歴二一四四年にアルビオン公共放送網テレビジョンが天青種住民に向けた〈準白銀種法〉と〈脱色進化促進法〉に基づく〈特別住民制度〉の是非について問うた、浮動階層の新白銀種内部協力者によるサンマグノリア共和国市民へのインタビュー"
"協力者の身の安全を考慮し、氏名含む個人情報は完全に伏せられている"
"映像提供:アルビオン公共放送網テレビジョン"
"西暦二〇三六年 共通紀年六年放送 NHKBS 世界のドキュメンタリー「白銀聖土の内幕」より"
リベルテエガリテ市第一区の北西部の高級住宅街にある、豪華で瀟洒なミリーゼ家の邸宅。
両親亡き今、ミリーゼ三人姉弟と六人の養子達。
即ち、ミリーゼ姉弟の大出世に引き摺り上げられる形で特進したイーコ・ヤーナ大佐とエーコ・ヤーナ中佐姉妹、ニコラス・メルクーリ中尉、ジャン・ロベール・ラップ少佐、テオドルス・ヴァンデンバーグ大尉、ミハイ・イオネスク少佐。
彼等合わせて八人の十代半ばの若者達と一人の幼児が共に暮らし、守っている此の邸宅の地下には、地上の豪華さと瀟洒さとは全く無縁な空間が拡がる。
コンクリート打ちっぱなしのインダストリアルな其の場所は元々、二百年前の冷戦時代に古白銀種初の大統領に就任したヤロスラフ・ミリーゼが、リベルテエガリテに越して来た際に核戦争の脅威から家族の身を守る為に作らせた核シェルターだった。
今では長男ラディスラフ・ミリーゼの私室として使われている。
雑然極まりない部屋だ。
溢れんばかりの書物や絵画。
前世紀に撮影された国内外の映画や舞台のポスター。
興味の無い人から見ればゴミや古本の山にしか見えないだろうが、彼に取っては大切な財宝も同然である。
ミリーゼ家の偉大な先祖、ヤロスラフ・ミリーゼが自ら執筆した「ヤロスラフ・ミリーゼ回想録全集」。
彼に使えた有色種の執事の手記を原作とした小説「大統領執事長の涙水」。
アルビオンの著名な歴史家、ドナルド・シンクレアの「サンマグノリア近現代史」。
星暦一九五〇年代のサンマグノリアを舞台に奴隷貿易商人の家に生まれた
星歴紀元前末期に起きた"大殲滅"を引き起こした"山の民"を極悪非道の山賊集団として扱き下ろした小説。
これ等の多くは現在の国家によって発禁とされたものばかりだ。
一方で、逆に国から読む事を推奨されたり、
現皇帝オーギュストの父、カイユスが執筆した「貴方は何故ベストを尽くさないのか?」に「私達の闘争」。
現皇帝オーギュストが自ら執筆した「優良遺伝子継承説」に「白銀聖土概説」。
例の「皇室語録」に「騎士団員語録」まで。
本棚に収まりきらず、床に直置きせざるを得ない量の書物で満杯の部屋で、ラディスラフはベッドではなく床に横になり、毛布も掛けずにうつ伏せで眠り込んでいた。
そんなラディスラフを起こすのは、何時も姉のヴラディレーナである。
それにしても、何時にも増して散らかっている。
夜更かししてまで、調べ物だろうか。
彼の周囲にはありとあらゆるジャンルの本が何冊も何冊も散乱していた。
電子書籍ではなく、紙の本を読むのが彼の拘りなのだ。
「ラディ!ほーら、起きて!ラディほら!!」
「んぅ・・・」
だが、起きない、そういう時は。
「さあ、ミロ?お兄ちゃんにダイブしてあげなさい?」
「うん!」
六歳の弟、ラディスラフは、どちらかと言えば兄っ子に育っている。
絵本を読んでもらったり、遊んでもらったり。
ラディスラフが難しい歴史の本を読んでいると、ミロスラフも真似をして、その辺に転がっている兄の歴史書を勝手に手に取っては表紙を開き、ページを捲る。
しかし六歳には難しすぎる内容ばかりなので、結局最後はちんぷんかんぷんのまま終わるのだ。
そんな幼い弟の様子を、ヴラディレーナとラディスラフ、そして養子達は何時も微笑ましげに見守っている。
そんなミロスラフが今、ラディスラフ目掛けて、六歳の幼児の軽快な足音を立てて向かっていく。
そして。
「んぁわっ……!?」
背中に直撃した小さな質量と、幼い弟の無邪気な笑い声で、漸くラディスラフはたまらず短い悲鳴を上げて跳ね起きた。
「あはは!おにーちゃん、おきた!」
「よくできました、ミロ。……さあラディ、いつまで寝ているの。早く朝シャワーを浴びて、歯を磨いて、朝食を済ませて。其の後また歯を磨くのも忘れないでね?今日は例の・・・」
ラディスラフの背中に乗った弟のミロを抱き上げ、勝ち誇ったように微笑むヴラディレーナは、とうに朝シャワーを済ませ、朝食を済ませ、仕立ての美しく高潔な、空軍の軍服に身を包んでいた。
階級章も、既に共和国元帥の其れに変わっている。
「ん・・・」
渋々嫌々な感をあからさまに、ラディスラフは緩慢な動きで床から身体を起き上がらせると、その場で雑に寝巻きを脱ぎ捨てて、部屋を出た。
今日は星歴二一四八年四月十九日の金曜日。
あの世界樹宮殿にて、ヴラディレーナへの元帥杖授与式とラディスラフへの指揮刀の授与式が同時に行われる日だ。
◇
ラディスラフが朝のシャワーを済ませてリビングルームにやって来た時、彼は細身ながらも精悍な肉体を露にした、黒のボクサーパンツ一丁の姿だった。
実姉は勿論、亡き両親の養子で義理の弟達や妹達の前でも平気で其の姿を見せるのは昔からそうである。
皆が既に軍服を着ている中、一人だけ裸同然なラディスラフはあまりに浮きすぎているが、此れもミリーゼ家の日常風景だ。
「ラディスラフ・ミリーゼ大将閣下、おはようございます!」
「「おはようございます!」」
「ん、おはよう」
イーコ・ヤーナ大佐以下、ラディスラフの姿を見るや、皆一様に見事な敬礼を伴う挨拶をする義理の弟妹達に、ラディスラフも答礼する。
正直、家では止めて欲しいと内心では思っているのだが、そうもいかないらしい。
間も無く発足する独立戦線司令部は、自分と姉、そして彼等彼女達とアンリエッタの合わせて九人という、殆ど身内の極最小人数で回す事になる。
二十四時間三百六十五日司令部に詰めている様なものだ。
そして何より、ラディスラフは、彼等の上官であると同時に、十六歳のミリーゼ家当主なのである。
此の地位はルーチカシロカ王冠領時代から続く男子優先長子相続制に基づいて継承されたものだ。
"家で敬礼はよしてくれ"
と思う方が間違っているのかもしれない。
表には出さず、内心でそう愚痴を溢したラディスラフは、其の足でキッチンに向かうと、代用紅茶をティーカップになみなみと注いでからテーブルへと向かった。
紅茶の消費文化やブランドが歴史的にも世界的にも有名なサンマグノリア共和国だが、気候的な要因から商業的な茶葉の栽培はほとんど行われていない。
今市場に流通しているのは代用紅茶のみだ。
紅茶党のラディスラフには正直不満しかないが、輸入出来ない以上は仕方がない。
本人も、朧な記憶のそれとは風味の異なる其れを嗜む事で、折り合いはつけているつもりだ。
"朝食は簡単で良い"
以上のミリーゼ家当主の命に従い、ラディスラフに用意された朝食は食パンにバター塗って焼いただけという、文字通り簡素極まる物だ。
其れを、テレビの朝の情報番組の合間に流れる報道フロアからのニュースを背景音楽代わりに添えながら頂く。
新白銀種の男性アナウンサーが伝える朝のニュースは、またしても敵の損害多数、共和国の損害軽微、人的被害ゼロ、共和国の人道的かつ先進的な云々で、実は同じ文章の使いまわしなんじゃないかと時々疑ってしまう。
なので、ミリーゼ家の面々は此の手の番組に真面目に耳を傾けた事はない。
短時間の朝食と食後の歯磨きを済ませたラディスラフは、漸く軍服に身を包んだ。
白のワイシャツに黒を基調とした軍服。
式典用の飾緒に、式典用の黒マント。
最後に玄関で黒革のロングブーツを、パンツの膝から下がブーツを筒の中に綺麗に収まるように履いて、制帽を被る。
それらからなる軍服一式と式典用礼装一式を纏ったラディスラフの姿は、つい先ほど迄のズボラ男子の面影を欠片も残していない。
こうして、一人の若く立派な空軍大将の姿となったラディスラフは、同じく元帥姿の姉と共に朝の街へ、独裁者達がおわす宮殿へと足を踏み出した。
◇
朝の太陽の日差しが、プリムヴェール家の居城たる世界樹宮殿を煌々と照らし出している。
高さ五百メートルという世界で最も背の高い宮殿には幾つもの謁見用・宴会用の部屋があるが、この日、皇族達や大統領内閣の閣僚達、大勢の騎士団幹部が集ったのは"白真珠ノ間"である。
ヴラディレーナ・ミリーゼに対する元帥杖授与と、ラディスラフ・ミリーゼに対する指揮刀授与式は、此処で同時に行われる。
本来なら別々に行われるべきものなのだが、古白銀種との接触時間を可能な限り短縮すべきとの宮内省の意向を受けての措置だ。
「ふん!
公然と悪態をつくティベール大公の六男たるギヨーム王子に同調して、彼と同い歳の若年皇族達や関係の深い青年白衛団幹部達も口々に不満の声をあからさまにする。
分家の若年皇族達とはいえ、皇帝が直々に臨席する式典である以上は参列の義務がある。
「畏れ多くも皇帝陛下のみが下賜する事を許される共和国元帥号の権威は、何時から"名誉新白銀種"を意味する称号に成り下がったのか!?」
「全く其の通りでございます、ギヨーム王子殿下!第九共和政の成立以来、元帥号を名乗るのを許されるのはプリムヴェール一族の人間のみ!!其れを、其れなりに高貴な家柄の出とは言え、あろうことか
「皇帝陛下は何を血迷わられたのか!!?」
第九共和政以前のサンマグノリア共和国軍には、元帥号は存在しなかった。
其れを新設したのは皇帝オーギュストであり、原則として皇族軍人にのみ元帥を名乗らせてきた。
そんな、皇族軍人にとって、新白銀種にとって最高の名誉である元帥号を古白銀種に名乗らせるという皇帝の決定に不満を収める気配の無い若年皇族達と其の取り巻き。
其の中には、無言ながら憎悪の目で歯軋りするクレマン皇子の姿もあった。
デートの邪魔をしたミリーゼ姉弟が余程憎いのか、彼の両手は血が滲むのではと思う程に強く握りしめられている。
「静まりなさい、お前達」
と、俗物な若者達の雑言を制したのは、共和国元帥(空軍元帥)のイヴォーヌ・ド・プリムヴェール皇女だった。
「陛下は血迷ってなどおりません。此度の決定は、最高主権者たる共和国人民の皇帝陛下が、其の全能を以ての熟考の末に直々にご決断されたもの。
我がサンマグノリアは旧態依然の専制君主制国家ではなく、共和国です。
皇帝陛下の決定とは即ち、同じく主権者たる共和国人民の決定でもあるという事は、お前達も承知のはず。
"プリムヴェール家とオーギュストの辞書に、誤りという文言は無い"
"当然、新白銀種人民の辞書にも、誤りという文言は無い"
口を慎みなさい」
「ですが!」
尚も食い下がろうとしたギヨーム王子を、今度は儀仗衛士による杖の音が制した。
静粛を要求する其の音は、至尊者たる皇帝の入来を意味している。
流石に皇帝の御前で親族喧嘩をする程、ギヨーム王子達は無礼ではない。
一瞬の舌打ちの後、靴を揃え、直立不動の姿勢を取る。
「サンマグノリア共和国第九共和政初代人民皇帝、オーギュスト・ド・プリムヴェール陛下、並びに、リヴィア皇后陛下の御入来!」
式部官の声が参列者の耳を叩いたのを合図に、一同は深々と頭を垂れる。
彼等が頭を上げた時、独裁者としての威厳と自尊心と承認欲求で満ち満ちた皇帝と皇后の姿は純金を惜しみ無く使った豪奢な玉座にあった。
「皆様方、素晴らしい春日和となりました本日、皇帝陛下より、サンマグノリア共和国共和国元帥と、大将の称号を賜る者達をご紹介致します。
ヴラディレーナ・ミリーゼ嬢!ラディスラフ・ミリーゼ殿!」
朗々とした式部官の声に合わせて赤い絨毯の先にある美しい装飾の木製のドアが開かれ、今日の式典の主人公二人が姿を現した。
彼等に対しての最敬礼は無用。
好奇、憎悪、嫌悪、様々な思惑を含んだ視線が、赤い絨毯の上を軍人らしい歩調で堂々と、しかしロングブーツの靴音を立てずに歩んでいく二人に容赦なく突き刺さる。
無意識な嘆声を上げる参列者も少なくなかった。
如何に劣等な古白銀種とはいえ、ミリーゼ姉弟の美男美女と称されるに相応しい風貌は認めざるを得ないらしい。
参列者達の様々な思惑と感情が入り乱れる中、それら一切を無視して通り抜けたヴラディレーナとラディスラフは、玉座の前に立ち、心にもなく片膝をつく。
二人の耳にだけ微かに聴こえた、片膝をついた方の足に履いたロングブーツの黒革が鳴らした"キュッ"という音。
其れはまるで、周囲を取り囲む、民主共和政治体制を乗っ取ったばかりか、何千万という自国民への大量虐殺を煽る新白銀種の独裁者達に対する、ミリーゼ姉弟の古白銀種としての抵抗の意思を、権威の象徴の一翼を担うロングブーツが極ささやかな軋み音で代弁したかの様にも思えた。
大昔の騎士を思わせる其の姿で二人は、人民達に君主主義的趣味全開の礼節を要求する皇帝の玉音を待つ。
「ヴラディレーナ・ミリーゼ嬢、そして、ラディスラフ・ミリーゼ殿。此度の戦における貴殿らの活躍は此れ正に見事と言う他無い」
「「古白銀種の身たる我等に、畏れ多くも有難い御言葉で御座います。此れもひとえに、新白銀種たるプリムヴェール皇家の方々の御威光の賜物で御座います」」
殆ど棒読みに近い無感動な玉音に、ミリーゼ姉弟も興味無さげな棒読みかつ無感動な返事で答える。
二人にとって重要なのは独裁者からの有難い御言葉ではなく、皇帝が式部官から恭しく手渡される一枚の紙・・・なのだが、此処から二人は、皇帝オーギュストの自画自賛の長話に付き合わされる事になる。
言わずもがな、片膝をついたまま。
"お前の話なんざどうでもいいんだよ、早く例のヤツ寄越せよ・・・"
顔は伏せているから皇帝には気づかれないが、明らかに不機嫌な表情を浮かべるラディスラフ。
弟の不満を察したのか、ヴラディレーナは周囲に気づかれない程度に小さく苦笑を浮かべる。
だが、正直彼女の顔も皇帝の長話にウンザリした感を隠しきれなくなっていた。
そして其れは、周囲の皇族達や政府高官達も同じらしい。
血気盛んな若年皇族達の、赤い絨毯の向こうで皇帝に跪く二人の古白銀種に対する憎悪も、直立不動の姿勢から来る足の痛みへの悩みが取って代わられていた。
漸く其の時が訪れたのは、実に一時間後の事だった。
「白銀聖土の空に煌々と輝く明星たるオーギュストⅠ世、共和国憲法が保証する国家指導政党のもとに団結した、共和国人民の推挙によるサンマグノリア共和国人民皇帝陛下、絶世の愛国者にして崇高な平和主義者、サンマグノリア純血純白憂国騎士団永世騎士団長 青年白衛団名誉団長 リベルテエガリテ国立大学名誉哲学博士 新古白銀種人民の最高尊厳者、新白銀種共和国人民の生命と権利と尊厳の保護者、古白銀種共和国人民の統治者、天青種住民の進化と成長の監督者たる朕、サンマグノリア共和国人民皇帝オーギュスト・ド・プリムヴェールの名において此処に宣言する」
心行くまで自画自賛して満足しきった感のある表情と朗々とした声で、漸く皇帝は眼前の少年少女に勅命を下した。
「此度の戦における汝らの活躍と功績を大いに評価し、古白銀種、ヴラディレーナ・ミリーゼ嬢を共和国元帥に任じ、同じく古白銀種、ラディスラフ・ミリーゼ殿を大将に任ずる。
同時にヴラディレーナ・ミリーゼ共和国元帥を、独立戦線総司令部総司令官兼総司令部付第一戦隊指揮管制官に。
ラディスラフ・ミリーゼ大将を独立戦線総司令部副司令官、兼総司令部情報本部長に任じ、戦線司令官に与えられるべき一切の権利を汝らに与え、皇帝の名において其れを保障するものとする」
「「謹んでお受け致します。陛下」」
漸く片膝をついた状態から立ち上がる事が赦されたミリーゼ姉弟の前に、一人づつ式部官が立った。
ヴラディレーナは元帥杖を、ラディスラフは大将の階級章が刻印された指揮刀を式部官から受け取り、ついで皇帝に最敬礼をする。
此の瞬間を以て二人は正式にサンマグノリア共和国史上初にして古白銀種初の、そして、最年少の共和国元帥と大将になった。
◇
式典を終え、技術准将となったアンリエッタに知覚同調の最終的な調整を受けて、独立戦線総司令部での早速の書類仕事を終えて帰宅した時、時刻は夜中の八時を回っていた。
先に玄関の戸を開けて、実弟ミロスラフと養弟養妹達の出迎えを最初に受けたのはヴラディレーナだった。
だが、ロングブーツを脱ぎ捨てて、制帽を脱ぎ捨てて、マントを脱ぎ捨てて、軍服の上着とネクタイを雑に脱ぎ捨てた後、足元に抱きついてきたミロスラフを抱っこして先に家に上がって浴室に直行したのはラディスラフだ。
其れを見たヴラディレーナと養弟養妹達は溜め息をつきつつも、何一つ小言は言わない。
"ああ何時ものラディスラフだ"などと当に割りきっている。
彼が自分から、脱いだロングブーツにブーツキーパーを差し入れて揃えて置き、制帽を帽子掛けに掛け、軍服をハンガーに掛けたら、そちらの方が驚きである。
靴を脱いで自室に戻ったヴラディレーナは、軍服から着替える事なくデータ書き換えの完了したレイドデバイスを首に嵌めた。
演算用の擬似神経結晶を飾りの小粒の結晶体が取りまいて煌めく様は、ヘッドセットや咽頭スロートマイクと同じ軍用の通信機器とは思えない。
ふと、カールシュタール中将の話を思い出した。
八十六州の死神を
自殺者さえ出し、人の死をどうとも思わないエイティシックスの話を。
"どんな、人だろうか"。
"わたし達をやはり、嫌っているのだろうか"
一つ首を振り、ふ、と短く息をついた。
"いや、嫌われていても構わない"
"でも、ラディが言う『戦略的共闘関係』、其れだけはしっかりと築かないと"
ヴラディレーナは
距離や天候や地形の影響を受けない、起動の場所も時間も選ばない画期的な相互通信手段。
接続完了。
問題なし。
さわさわと、この部屋の音ではないごく微かな雑音。
「ハンドラー・ワンより、独立戦線総司令部付第一戦隊"スピアヘッド"所属の各位。初めまして。本日より、貴方がたの指揮管制を担当いたします。独立戦線総司令官兼指揮管制官、ヴラディレーナ・ミリーゼ共和国元帥です」
戸惑うような、間が空いた。
"ミリーゼ?"
"あの噂の?"
"同い年位で元帥って話、ホントだったの?"
担当した戦隊の誰もが、着任に際しこうして挨拶すると、一様に戸惑いの声を上げる。
困惑の気配は一瞬、同調した聴覚の向こうで、静かな、ごく年若い声が応じた。
『初めまして、ハンドラー・ワン。こちらはスピアヘッド戦隊戦隊長、パーソナルネーム〈アンダーテイカー〉です』
不吉な異名や噂とは裏腹、耳に心地よい正確な発音と発声の、深い森の湖水のように静穏な声だった。
元は中流以上の家の出ではないかと思わせる、おそらくは同年代の少年の声。
『独立戦線の一件に関する通達は承っています。勿論、貴女の噂・・・パーソナル・ネームのみならず、
寡黙な性情を容易に想像させる淡々とした声音に、レーナは微笑んだ。
そう、こうして直接会話をすればすぐにわかる。誤魔化すことなど絶対にできない。
彼らは、生きた人間だ。
「こちらこそ。よろしくお願いしますね、アンダーテイカー。副司令官には明日にも挨拶に繋がせます。では早速で申し訳ないですが、スピアヘッド戦隊各位のパーソナル・ネームと、
「分かりました。では、まず俺から。独立戦線総司令部付第一機甲戦隊〈スピアヘッド〉戦隊長、兼、第一機甲戦隊付野戦歩兵戦隊戦隊長、シンエイ・ノウゼンです。スピアヘッド配属にあたり、少佐級に昇格となりました」
"シンエイ・ノウゼン"
其の名を聴いたヴラディレーナは、大きく息を呑み、目を上げ、そして愕然とし、椅子をひっくり返す勢いで立ち上がった。
「ノウゼン!?」
「え?・・・はい、そうですが」
"どうした?"
"え?何々?"
"シン君?"
"え?ひょっとして、知り合い?"
「ノウゼン少佐、もしかして、ショーレイ・ノウゼンという方をご存知ではありませんか!?"デュラハン"というパーソナル・ネームの、首の無い骸骨の騎士のパーソナル・マークの・・・!」