超かぐや姫!概念観測記録 作:ヘリウム
前話のほぼ続きです
まだ少し肌寒い早朝。
私はいつも通り、研究所に出勤した。
「……眠いな」
2日徹夜したのがまずったのか、私は今強烈な眠気に襲われている。
今日もエナドリをキメるしかないか……なんて考えつつ、自動ドアを通って研究所内に足を踏み入れた。
「うっ」
目の前の視界がぐわんと歪む。
……うわ、ほんとに寝ないとまずいかも。
身体のバランスが取れない。
硬いはずの床が沈んだみたいに……って。
プニ。
「は?」
もう一歩踏む。
プニ。
「は??」
足元の床から聞いたこともない音が聞こえた。
比喩とかじゃなくて、本当にプニプニと床が沈んでいる。
え、どゆこと。
「……床が、柔らかい?」
「酒寄さん、なんか床変わりました?」
私に気づいた職員も、首を傾げて私に問う。
「いや、私も分からないんだけど……」
私に聞かれても困る。
再確認しても、やっぱり床は柔らかい。
床を柔らかくする工事なんて頼んだ覚えは絶対ないぞ。一体誰がこんなこと?何のために?その金は何処から出た……?
無数のハテナが頭に浮かんだ直後。
突然ピーンポーンパーンポーンと館内アナウンスが流れた。
『皆さん、おはようございます♪』
聞き慣れた綺麗で明るい声に、私は嫌な予感を覚えた。
『転倒事故防止対策が完了しました♪』
嫌な予感が確信に変わる。
『研究所内の床を全面改修しています♪』
『なお、本計画は彩葉保護計画の一環です♪』
『彩葉が転ぶと痛いので♪』
その言葉を皮切りにアナウンスがブツっと終了した。
……ん?は?彩葉保護計画?
とりあえず深呼吸して、と。
あれ、情報が処理しきれないなあ。
アナウンスを聞いた職員達も、顔を見合わせて一斉にこっちを向く。
「酒寄さん?保護計画ってなんですか?」
待って、私も知らんから。そんな頭のおかしい人を見るような目で見ないで。
「あいつ……!」
こんなデカいことしでかすのは彼女しかいない。
……てか声で分かったわ!
ライブ何回見たと思ってるねん!
私は踵を返した。向かう先はただ一つ。
月見ヤチヨの部屋である。
もちろん全力疾走。
すぐに部屋の前について、扉を勢いよくバン!と開けた。
「ヤチヨ!!!」
部屋にずかずかと入り込んで辺りを見渡したけど、肝心の本人はいない。代わりに、机の上に巨大な資料が置いてあった。その表紙には……
ー彩葉保護計画ー
「なにこれ」
彩葉保護計画……。どんな安直ネーミングセンスだよ。
とりあえず内容を確認するべく、資料を開こうとした瞬間。
「彩葉、何してるの〜♪」
丁度よく、ご本人が登場した。
艶やかな銀髪に、綺麗な瑠璃色の瞳。
いつもの黒のダボTを着て……。
ーーいや!今は見惚れてる暇なんてない!
「ヤチヨ、これ説明して」
私の手には、彩葉保護計画と書かれたさっきの資料。ヤチヨはそれに目をやると、ニコニコした顔で返す。
「えー、どこから?」
「全部」
正直、何処から聞けばいいのか私にもわからないけど、ヤチヨは元気に、
「はーい♪」
と返事をした。そのまま私の隣までやってくると、綺麗な手で資料をぺらりと捲った。
彩葉保護計画第一段階
研究所内床、全面改修
実施理由 : 事案1により、これを防止するため。
事案1、詳細 : 204X年x月x日、午前1時 酒寄彩葉氏がつまづいて転倒、軽い擦り傷 約30秒間、痛みを堪える顔を確認
実施済
ー1ー |
|---|
「実施済……床これのせいか」
「そだよー♪」
「何で研究所内全部?」
「彩葉が転ぶと危ないから」
何で転んだの知ってるの?恥ずい、誰にも見られてないと思ったのに……。
「私一人のために?」
「うん♪」
「……ちなみに、予算は?」
「ダイジョブダイジョブ〜♪」
「会計担当、泣いてない?」
「泣いてたよ〜♪」
「だろうな」
ヤチヨが続いて2ページ目を捲る。
彩葉保護計画第二段階
健康維持計画
実施理由 : 事案2により、これを防止するため。
事案2、詳細 :
204X年x月x日/酒寄彩葉氏 朝食 無 昼食 カップ麺2杯 夕食 カップ麺 夜食 カップ麺、エナドリ2本
睡眠 2日連続なし
栄養状態、睡眠に重大な懸念あり
実施中
ー2ー |
|---|
「健康管理って、具体的に何するの?」
「今から分かるよ♪」
ヤチヨは全てを知っているような顔ぶりで扉の方を見た。それと同時に、扉からコンコンとノックが響いて、職員さんが顔を出す。
「酒寄さん、昼食持ってきましたよ。
かぐやさんの特製定食だそうです」
「え、なに頼んでないんだけど」
「ヤッチョが頼んでおいたよ〜♪」
あんたかい!健康管理ってこういうことか……。でもかぐやの手料理は食べるしかない、美味しすぎるのだ。
職員さんにお礼を言って、定食を机の上に置いた。
嗅ぐだけでご飯が進みそうな匂いがふわふわと漂う。やべ、よだれ垂れてきそう。
「てか、なんで私の食生活知ってるの?」
「知ってるから♪」
「監視してる?」
「観察してるだけだよ♪」
「変わらないよ?」
ヤチヨは誤魔化すように笑って、額の汗を拭う。
「ほら、早く食べないと冷めちゃうよ」
「くっ……!」
うまく話を逸らされてしまった。でもかぐやの手料理は食うしかあるまい……。冷めても十分美味すぎだけど、やっぱり温かいうちに食べたい。
そう言って、私はヤチヨに見つめられながら、僅か5分で皿は空っぽになった。いやあ、やっぱかぐやの手料理美味しいな。最後に飲む水さえ美味しく感じーー
「そういえば、夜12時になったら研究室の電源落ちるよ」
ーーゴフッ!!
思わず口に含んだ水を吹き出した。
「うわあ、彩葉きたな〜い」
「ご、ごめんごめん……ってなんで!?」
「彩葉ぁ?」
「な、なに?」
「日付変わってもなお仕事するバカがどこにいるのかな?♪昭和じゃないんだからさ♪」
それは確かに……でも、研究がーー
「寝ろ♪」
「あっハイ」
思わずヤチヨの覇気に恐れ慄いてしまった。さすがに終業時間には帰宅するしかないらしい。ずっと笑顔なのが逆に怖い。
「ほんとにわかった?♪」
「ハイ」
「ーーではでは!ここからが本番!」
テンポよく次のページを開くヤチヨ。
いままで本番じゃなかったの…?
彩葉保護計画第三段階
酒寄彩葉氏への脅威対策と排除
脅威候補 : 168人
一部抜粋 : ・研究内容を盗み出そうとした男 ・無茶な取材を試みるテレビ局員 ・酒寄彩葉にカップ麺を差し入れた職員
詳細は次ページから→
実施中
ー3ー |
|---|
「脅威を排除って、急に物騒な……。
ーー最後の職員かわいそうじゃない?」
「彩葉にカップ麺を渡したから♪」
「善意だよね?」
「脅威だよ?♪」
「なんで?」
急いでそこの項目は黒く塗りつぶした。カップ麺を渡しただけでお仕置きなんてたまったもんじゃない。職員さん、うちのヤチヨがすまぬ。
職員さんの顔を思い浮かべながら頭の中で謝罪。
そしてまたヤチヨが自慢げに口を開く。
「実は最初、脅威候補874人もいたんだよね」
100人超えでも多いのに、800人……。
「なんで減ったの?」
「厳選した♪」
「厳選、か」
ツッコむ気力も無くなってきた。ため息しか出ない。
厳選って何だよ〜〜厳選って何だよ〜〜
頭がおかしくなってきた気がする。
……今日はもう早く寝よう。
「まだ計画あるの?」
「あるよ〜♪」
やっぱか。
一体次はどんなおかしい計画があるのか、私は好奇心のままにページを開いて確認してしまった。
彩葉保護計画第四段階
酒寄彩葉氏の完全保護
詳細 :
準備中
ー16ー |
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資料の内容を見て、思わず面食らった。
「え、ほぼ白紙?準備中なの?」
「うん♪」
「……ヤチヨ、何するつもり」
「今から考えてくる〜♪」
「いや、考えんでいい!」
「彩葉を守らないと♪
じゃ、いってきま〜す!」
「オイ待て!」
呼びかけるも虚しく、ヤチヨはどっかにすっ飛んでいってしまった。
まずいことになったな。
「『酒寄彩葉氏の完全保護』……?
明らかにやばい匂いがする」
気づけば心の声が漏れていた。
これは、計画が立てられる前に逃げるしかない。うん、逃げよう。
私は少なくともそう思った。
今ならまだ間に合う。
第四段階は準備中。
つまり、まだ被害は出ていない。
私は資料を閉じて、そして静かに立ち上がる。
誰にも気づかれないように。何事もなかったかのように。
極めて自然に、研究所の出口へ向かって歩き始めた。
早足ではない。走ってもいない。
自然に。とにかく自然に。
怪しまれたら終わりだ。
数分後。
私は無事にエントランスへ辿り着いた。
「ーーよし、勝った……!」
そう小声で確信して自動ドアの前に立つ。
開かない。
「……ん?」
一歩前へ出る。
開かない。
もう一歩。
開かない。
「え?」
嫌な汗が背中を伝った。
ピーンポーンパーンポーン。
その瞬間、再び館内アナウンスが鳴り響いた。
私はゆっくり天井を見上げる。
嫌な予感しかしなかった。
『彩葉ぁ♪?どこ行くの〜♪?
研究所からの外出はヤッチョの許可が必要だよ〜?』
くそ、ここにきてセキュリティが裏目に出た。
「アンタにそんな権限渡したつもりは……」
「酒寄さん、外出たら駄目ですよ」
ヤチヨのアナウンスに合わせて、周りにいた職員も一斉に口を開いた。
「え、なんでヤチヨの味方なの!?」
「ヤチヨさんに逆らいたくないんです」
「何したのヤチヨは……」
「さあ……」
じわじわ職員に包囲される。完全に逃げ場が無くなると同時に、またアナウンスが響いた。
『彩葉〜!第4段階できたよ〜♪♪』
「もう完成したの……?
仕事早すぎるって……」
数秒後、廊下の向こうで人影が見えた。
右手をブンブン振って、左手にはあの巨大な資料。
ヤチヨが、こっちに全力疾走してくる。
その日、酒寄彩葉は理解した。
自分を害する存在は確かにいる。
だが。
最も警戒すべき存在は、
案外すぐ近くにいたことを。
……月見ヤチヨ恐ろしや。