騎士道のレプリカ(サンプル)   作:勉強サボ浪

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本作品はCD-Rによる頒布を予定しています。

本作品は本来は縦書きです。なので数字が漢数字で読みにくいです。ごめんね。


Heavenly Blue

王歴千四百十三年十月

 

 王都の一番大きい劇場の二階。VIP席で五人の騎士が座っていた。

 

《私、みんなを救うために騎士団に入りたいんだ……!》

 

 ディスティール……の姿をした絡繰り人形がそういった瞬間、弦楽器のアルペジオと打楽器の音。クロシェ役の絡繰り人形が歌い始めた。

 

「………」

「………!」

 

 椅子に座り、騎士団の制服を着たディスティールはむず痒い表情をしていた。反面、ミュージカルの技術力に圧倒されているクロシェは目を輝かせている。

 客席は桃色と緑の光が七対三の割合で開場を照らしていた。

 

「えっと………?」

「そっちじゃなくって、こっち」

 

 騎士様を応援する旗を光らせようとしているフィロにリーラが小さな声で言いながら彼女の手にあった旗を勝手に操作した。白、紫、紫、緑、水、桃、白……一巡させてみせると操作方法が分かったのかフィロは旗を桃色に変えた。

 

(……カラバリ、なんでこんなにダブってるの?)

 

 自分の手元にある旗を見ながらイーリスは思った。同じ紫であっても騎士団の紫とリーラの紫が微妙に違うから完全に一緒ではないのだが、では最初の白はいったい何の色なのだろうか。この国の国旗の白?

 アンティーカ騎士団団長のこれまでを描いたミュージカル「ディスティールの英雄譚」は確かなクオリティを持って、第一部の終幕に近づいて行った。

 

 

 王都を襲撃し、ディスティールの故郷を滅ぼしたとされる黒髪の吸血鬼が倒された十二月二十八日から十ヶ月が経過した。。

 アンティーカ騎士団は苦境に立っていた。

 あの時ばらまかれたボロボロの紙による告発文は確かに騎士団の権威を落としたのである。少しずつ権威を回復させてはいたものの「内部に吸血鬼がいるのでは?」という疑いは一向に消える気配がなかった。

 何せ、疑いは事実である。騎士団第四席のリーラは純血の吸血鬼。疑いを否定できるものではない。

 また吸血鬼を受け入れる、と言ったものの騎士団の五人だけでは圧倒的に手駒が足りない。王都や周辺の村に襲撃をかけてきた吸血鬼は未遂なら追い返し、実行してしまい自らの罪を注ぐ見込みがないなら討伐という方法をとってきたがそんな場当たり的な方法では何の解決になっていない。

 だから九月にリーラが吸血鬼であることを明かし、新しいやり方を宣誓した。「これからは吸血鬼やほかの他種族も受け入れるべきだ」と。

 国民はいまだに動揺している。

 リーラや騎士団の人徳によってある程度は納得した者。

 ディスティールを筆頭に対吸血鬼の騎士団として動いていたアンティーカが運営方針を一八〇度転換したことに驚く者。

 急激な思想転換に不安を感じ、騎士団を糾弾する者。

 しかし動揺する者を安心させるようにある物語が重版された。エノラ・スワンを名乗る作家が書いた娯楽小説「ディスティールの英雄譚」である。

 「ディスティールの英雄譚」は彼女のこれまで各地で起こしてきた奇跡を描いた物語であり、大量の逸話――本人が忘れていたような話すらも掲載された作品の三部作だ。

 今日は中巻の発売を記念した、上巻のミュージカル公演である。……ミュージカルと言っていいのだろうか? 演者を人形にしたのは劇団の実験的試みもあるのだろうが、なにより現在の騎士団は政治的に不安定すぎる。生身の演者を使うのは難しいのだろう。

 ディスティールの半生を描いたミュージカルは徐々に終幕に近づいていた。

 

 

 公式物販でイーリスは今回の公演のレプリカ脚本と原作の本を購入した。自分たちのリーダーを描いた本だ。そういえば読んだことはなかった。……本人があの反応だから、きっと彼女も読んだことはないのだろう。

 

(この作品がどのような結末になるかは分からないけど……これで「寛大」を理解してくれる人が少しでも増えてくれれば)

 

 といっても先ほどのミュージカルから察するに上巻はディスティールが村を焼かれクロシェとフィロの村へ逃げ込み騎士団に就くまでの物語。中巻からようやくリーラが登場するようだが……果たして。内容次第では人間と吸血鬼の融和の礎となるかもしれない。

 腰のベルトに挟まれた旗を意味もなく弄ってみた。

 騎士を応援するための旗。しかし柄の部分はペンライトである。……このペンライトの仕組みというのがどうもよく分からない。奇跡や魔法を介して製造されているというのは知っている。数年前から急速に普及が始まった、炎も熱も発生しない光源は便利ではあるが少し怖い。

 だがこうやって気楽に点けられるのは便利だ。自分の色、青にしてみて少しだけ笑う。

 

「お待たせしました~。いやー行列が長くって。団長は?」

 

 会場の廊下で自分を待っていたであろう騎士団のメンバーに声をかける。するとクロシェが「あっち」と指さした。大きなのっぽの古時計の前でなにやら誰かと話している。

 金髪に赤目。身長はイーリスと同程度のはずだがディスティールと向き合っているのを見ると低く見える。

 現在のアンティーカ騎士団に積極的にかかわろうするタイプの者は二通りしかいない。

 

「あれは……どっちでしょう?」

「人間主義のほう。でも義理堅い」

 

 人間主義とは簡単に言えば吸血鬼を筆頭にその他さまざまな亜人族を排斥するべきだという考えである。

 亜人族は「姿かたちは人間っぽいが、実際は人間とは別物」な生物の総称であり、代表的なものを挙げれば人魚やエルフ、竜人――そして吸血鬼。

 これまで吸血鬼狩りを中心に活動していたのに今更ながら亜人族の受け入れを主張し始めたアンティーカ騎士団は双方に白い目で見られているのが現状だ。

 しかしリーラの「義理堅い」という評価にイーリスは疑問を持った。

 

「義理堅い、ですか?」

「なんでもね、騎士団同士の決闘で受け入れるかどうか決めるらしいよ。私を見ても怒るでもなく、なんか感謝されたしね。黒髪の吸血鬼のときに団長を守ってくれてありがとうって」

「……義理堅い、ってよりもじつは団長のファンだったり」

「かもね」

 

 リーラは言いながらもイーリスの腰に光る旗を勝手に操作し始めた。点けたまんまだとすぐに切れるよ、なんて言いながら。どうやらこの器具は時間制限があるらしい。

 

「これどういう仕組みで光ってるんですかね?」

「んー……魔法っていうのは分かるんだけど、騎士団は脳筋主義だから知ってる人いないし、そもそも魔法なんて魔法使いでもない限り……。熱が発生しない光っていうのは便利なんだけど、仕組みが分からないとちょっと怖いよねー。吸血鬼としては日光の代わりになるから大助かりなんだけど」

 

 そう言いながらリーラはその話題を渡すようにフィロとクロシェに視線を向けた。が、フィロは困ったように笑いながら首を傾げ、クロシェは拒否するように首を横に振る。

 近いうちにそういった――錬金術や魔法に詳しい亜人族を論客として招くのもいいかもしれない。

 

「待たせてしまったな」

 

 四人が雑談をしているとディスティールが少しすまなさそうな、しかし眼には若干の闘志の炎を熾した様子でやってきた。彼女は話す。

 

「明日の夕方、ミレニアム騎士団と決闘を行う。理由は――察しの通り、今のアンティーカ騎士団の在り方に疑問を持っているから、その決着をつけたいとのことだ」

「ミレニアム……外周巡礼の騎士団よね」

 

 クロシェの言葉にディスティールが「あぁ」と短く肯定する。

 外周巡礼、と言えば楽なようだが実態は集団行動による遠征を主にした任務を受け持つ騎士団だ。国中の村をめぐり困りごとを解決することを目的としており、王都の城に居座り王都内での問題を解決することを目的としたアンティーカ騎士団とは真逆の方針を採っている。

 人数差も明白だ。市街戦が主であるため少数精鋭のアンティーカ騎士団と違い、ミレニアム騎士団は十人を超える。

 

「もとより外周の騎士団とうちらのような都内防衛の騎士団は対立しがちではあったけど……今回はさすがにそれのせいにするわけにはいかないよね」

 

 クロシェの言葉は尤もだ。今回の不和は間違いなくアンティーカ騎士団が強引な方針転換を宣言したことが問題なのである。

 

「メンバーは私とリーラが出る。あっちは団長を含めて五人が参加するみたいだ」

「……また私ー?」

「ご指名だよ。問題の渦中はリーラだからね」

 

 ディスティールの言葉にリーラはがっくしと頭を落とした。これ以上文句を言わないのは、単に否定できないからだ。

 

「というか、人数差ひどくない?」

「……後で吸血鬼だったからとか文句言われないようにね」

「黒髪の吸血鬼たちもこんな感じだったのかなぁ」

 

 そういえばあの時の戦いも五対二である。もっともあの時は本土決戦、今回は内ケバによる決闘だから比べても仕方がないが。

 

「これより騎士団は慰問を終了し城に戻る。――私とクロシェはそのまま戻るが、三人は寄り道するか?」

「んー……さすがに今はなぁ……。また卵とか投げられたら嫌だし」

 

 あれはたしかリーラが吸血鬼だと発表してから一週間たった後だった。

 下世話人は当然捕縛されたが、どのような罪状になるかまでは分かったものではない。被害者が騎士団員の吸血鬼だから、騎士団への攻撃とみるのか吸血鬼への攻撃とみるのかいまだに警察は決めあぐねているようだ。

 基本的にプライベートでも二人一組で動くことが多い騎士団でも、現状を良しとはしていない。ただ国民相手に剣を抜くということもできないため動けない状況になっていた。

 

「ミレニアムの騎士団長みたく、異議があるのなら決闘を申し込んでくれれば良いんだが……」

「英雄ディスティールに決闘を申し込みたいひとなんていないでしょ」

 

 リーラが言う。本気になれば吸血鬼を圧倒できる人間と誰が戦うのだ。リーラだって嫌なのに。

 騎士団は劇場を抜け、大通りに出た。周囲の冷ややかな視線を無視して彼女たちは城へ戻る帰路を歩む。太陽はだいぶ西に傾き、そろそろ夜を迎えるだろう。

 

 

 ここでこの国における騎士の仕組みについて記しておこう。

 この国は立憲君主制を制定した。制定当時はやはり王族に仕えていた貴族が力を持っていた。当時、それで大きなもめごとが発生してしまったらしい。

 国王は政治に関わることは出来ない。しかし大きな力を持った元貴族たちは政治を手放そうとしない。官僚政治が生まれ、一パーセントが富と政治を欲しいままにするという状況化でクーデターが発生。国は大混乱に陥った。

 だから一つの仕組みが生まれた。「騎士という立場を拝命した者は、自身の血縁者と関わることを禁じ人として扱わない」。

 故に、騎士は王都住民ではなく周辺の村々から選抜される。そして騎士を育てた家族が村の中で大きな力を持たないようにするために、親と子は「絶縁」される。

 加えて騎士を拝命した者は基本的人権を喪失する。代わりに騎士として、王族とほぼ同格の特権を得ることができる。

 故に騎士には名目上、親はいない。国家を支える剣と盾――つまり道具は人間として扱われない。それの証明のため彼らには名字がない。

 

 

 吸血鬼と一緒だよね、との言葉にフィロは耳を疑った。

 夜警の途中。リーラとフィロが真夜中の月明かりで薄暗い王都を携帯用ランタンで照らして不審者がいるかの確認をしている最中だった。

 

「……吸血鬼には、ご両親がいないの?」

「うん。……といっても騎士の仕組みのように絶縁しなくちゃいけないとかでも、ましてや死んだ殺されたって話でもなくね」

「……?」

「人間って男と女が……で、子供を授かるわけじゃん」

 

 リーラが言葉を濁したのは行為の内容を思い出して言語化するのが恥ずかしかったからである。そして吸血鬼であるはずのリーラがそれを知っているのはフィロの『頑張り』のおかげだった。

 

「でも吸血鬼は勝手に生まれるの。……生まれるって言い方も違うかな。朝露が太陽の光に当たることで蛍が生まれるように――自然発生的に? 物心がついたときには歩き方も知ってたし、人間でいうとこの赤ん坊という状態ではなく……どう言えばいいかな」

「……さっきまでそこにいなかったのに、気づいたらそこにいた」

「うん。そんな感じ」

 

 フィロが言った「よくある吸血鬼の目撃談」に対してあまりにも何でもないようにリーラはそんな風に答えた。

 だけどこれはかなりまずい真実のように思えてフィロは努めて冷静になりながらリーラに聞く。

 

「……このこと、他の人には」

「伝えてないけど……あれ、人間ではあんまり聞かない情報だったかな」

「吸血鬼の生態なんて、きちんとしたな文献がないの。リーラが今言ったことは、たぶん王都の人間は誰も知らない」

 

 これまでに吸血鬼の生態をリーラ伝手で色々聞いていたが、吸血鬼はどうすれば人間に危害を与えないか、もし吸血鬼が敵になればどういった方法で弱らせられるか、弱点は果たして銀と心臓だけなのかといった「こちらにとって都合の悪い悪役」として扱っていたため生物として扱ってはいなかった。

 

「……よくよく考えたら私たち、吸血鬼共生とか言っておきながら吸血鬼のことあんまり知らない……」

「まぁしょうがないよ。私だって自分のことよく分からないもん。吸血鬼は基本的単独行動で、しかも親にあたる存在もないから知識が受け継がれないし。死体も残らないから解剖できないし」

 

 リーラは本当に気にしていなかったが、傍で聞いていたフィロは申し訳なさそうな表情でいたからそれが伝染って言葉を詰まらせた。

 地面は一般市民が生活する土の区画から政治機関や騎士の宿舎などが集まる石畳の区画に変わる。そろそろ巡回が終わる。

 

「……まぁ、さ」

 

 少しは元気づけようとリーラが口を開く。

 

「これから吸血鬼とか、長命種とか――まぁいろんな人を受け入れるんでしょ。そうなっていったら、きっと情報も集まるよ……たぶん」

 

 元気づけようとそんなことを言ってはみたがあんまり自信は無い。

 自分の言葉に微妙な顔をしているとフィロが思わず笑った。

 

「……ちょっとぉ」

「いや――ふふっ、ごめんね。途中からどんどん自信を無くしていくのが、ちょっとだけ、おかしくって……」

 

 一通り笑って、フィロは「そうだよね」と気持ちを固めたようにまっすぐな視線でリーラを見た。

 

「あの時の誓いの言葉、忘れたわけじゃないから。アンティーカ騎士団みんなが力を合わせれば何でもできるよ……!」

「うん」

 

 フィロの言葉にリーラは嬉しそうに笑った。

 決意を新たにする二人の表情を月光とランタンが照らしていた。

 

 

 ミレニアム騎士団の実力は確かだった。

 対吸血鬼を念頭に置いた集団戦闘。圧倒的な個であっても、周囲から無数の剣が向けられていたら自由に行動できない。

 常識的に言えば、の話だが。

 アンティーカ騎士団が拠点としている城の修練場の壁にもぎ取られたミレニアム騎士団員の槍が叩きつけられた。

 

「え、あれを……」

 

 信じられないようなものを見たようにイーリスが自身の目を疑った。

 決闘は修練用の武器を使用。ミレニアム騎士団は五人でこちらはディスティールとリーラの二人。

 陣形も異様だった。吸血鬼であるリーラはミレニアム騎士団長と団員一人が対応、残った団員三人が人間であるはずのディスティールを迎え撃つというセオリー無視の状況。しかし模擬専用の槍をディスティールが握って強引に奪い取るというセオリー無視で一気に流れがアンティーカ騎士団側へ傾いた。

 アンティーカ騎士団は槍のような長い棒を用いた武器を使わない。ある程度遠くても相手を攻撃できるというメリットを捨てるのは、狭い市街戦では使えないことが多いことや吸血鬼だと柄をつかんで受け止めてくることがあるからである。

 ……それを真人間のディスティールがやるのは無茶苦茶であるが。

 

「え嘘――」

 

 瞬間、ごんという音共にミレニアムの騎士団員の腹にディスティールの鉄拳がめり込んだ。手甲に覆われた一撃は軽装の騎士団員を一発で戦闘不能にした。

 

「――どうした。アンティーカ騎士団を倒すんじゃなかったのか?」

「――っ」

 

 槍を受け止めるために放した剣を拾う隙を狙ったミレニアム団員の剣による一撃はやはりつばぜり合いによって受け止められた。続いて放たれた前蹴りが前衛の騎士を吹き飛ばし、後ろで槍を構え追撃を狙っていた団員がなんとか倒れこんできた前衛をよける。

 

「し、しま」

「遅い!」

 

 一瞬の硬直。それがディスティールの攻撃を許した。団員は何とか槍の柄で剣を受け止め、すぐに槍を投棄。緊急用の短剣を彼女に突き刺す――が、手甲に防がれ返すように放たれた肘打ちで顎を揺らされて倒れる。

 手甲に覆われた拳で殴るのは心臓に銀剣が刺さらなければ死なない吸血鬼にとっては非殺傷武器として有効である。……理屈は正しいが、実行しているのはアンティーカ騎士団でもディスティールだけである。

 

「ほぼ素手なのに、なんで武器を持っている大の大人複数に一分以内で勝てるんですかね……」

「ディスティールだからね」

「……説得力ありますね」

 

 クロシェの一言が一番の根拠なのだろう。きっと。そう思ってイーリスは考えるのをやめた。

 

「リーラ、苦戦しているようだが助太刀しようか?」

「……必要ない」

 

 ディスティールはそんな軽口を叩いたがリーラも彼女に相対している二人の騎士も余裕はない。

 早々に仲間三人が武装解除されたのにも関わらず驚かない二人を見てリーラは鋭く息を吐いた。その行動をどう捉えたのか、騎士団長のほうが先に動いた。

 木の剣。リーラにとっては何でもないものだが、決闘である。吸血鬼のように乱暴な動きをすれば勢い余って殺してしまうかもしれない。自身の手にある剣を一瞬で逆手に持ち替えて騎士団長の剣を弾く。

 

(かなり強い――はずなんだけど、)

 

 続く騎士団員の刺突と返すようにこちらに向かってくる騎士団長の斬撃。同時攻撃でいかにも避けてほしいと言わんばかりの攻撃をリーラは向かってきた団員の腕をつかんでそのまま盾にする。騎士団長の咄嗟の機転でなんとか同士討ちは避けられたが、隙だらけの騎士団員の体をリーラの剣が軽く叩いた。

 

(普段の稽古と比べたらねぇ……)

 

 体のコンディションも良好。定期的に血液を吸っているため、前の冬のような絶不調で戦っているわけではないから思考も体もブレは無い。

 なによりディスティールとクロシェ、一対二の稽古に比べればマシだ。

 騎士団長の一撃をこん、と弾いてその懐に入る。剣の間合いからさらに近い距離になったことで騎士団長が思わず下がろうと重心が後ろに傾いたときにリーラは相手の襟をつかんで後ろに引いた。

 おぉ、とディスティールが声を漏らす。なんとか立ち上がろうとした騎士団長の眼前にリーラは剣の切っ先を向けた。

 

「……参りました」

 

 時間にして二分程度。実際の戦闘では有効打とは見られないかもしれないが、五人中四人が武器なしで尻もちをつかされ残った一人は剣で斬られた判定なのだからいまだ追いすがっても恥にしかならない。

 

「――立てますか」

「………あぁ、ありがとう」

 

 剣を床に置き、リーラは騎士団長に手を伸ばした。自分が吸血鬼だからてっきり拒否されると思ったが、騎士団長は案外素直にその手を取った。

 

「……意外と、柔らかいんだ。アンタの手は」

「それはどうも……?」

 

 その言葉は誉め言葉……で合っているだろうか。アンティーカ騎士団外からの優しさに慣れてないものだから受け取り方に困る。

 

(……どうやら他の騎士たちは違うっぽいけど)

 

 床に転がってなんとか立とうとしている騎士団員の表情を見てリーラは思う。

 たった二分で、しかも圧倒的数的有利で、さらには人間であるディスティールにすらも負けた状態では吸血鬼排斥以前に騎士のプライドはボロボロだろう。

 案外、騎士団長は吸血鬼に対しては融和的な思想だったのかもしれないが、人間主義の部下達の手前動くことができなかったのかもしれない。

 そんなことを意も介さずにディスティールは騎士団員の体を起こすのを手伝っていたが。

 

「……リーラさんとディスティールさんは不思議な格闘術を身に付けている。あれはボクシングとは違うように見えたんだが……?」

 

 騎士団長がリーラにそんなことを聞いてきた。まさか手を取るどころか自分の戦闘技術について尋ね始めたものだからリーラは心底驚きながらも答える。

 

「んー……うちの書架にあった技術本を見よう見まねでやってるだけだしなぁ……。確かバリツとサバット……?」

「サバットはともかく、バリツは完全にフィクションの産物ではなかったか……? 確かに持て囃されてはいるが、小説の後付け設定だと聞いたことがあるぞ」

「え、じゃあ違うんですかね?」

 

 あまりにもふんわりとした回答しかできず、聞いてきた騎士団長が「いや知らないけど……」と当然なことを言ってリーラは大層気まずくなった。

 何とか話題をつなげる。

 

「ディスティール、格闘術の技術書を見つけて『これがあれば吸血鬼を殺さずに制圧できるかもしれない』とか言って大変でしたよ。普通に剣で弱らせればいいのにって言っても聞かないし……実験台にされる私の身にもなって欲しいですよねー」

「ハハハ……リーラさんの目の前で吸血鬼を剣で傷つけることをディスティールさんはやりたくなかったんじゃないか?」

「……!」

 

 ミレニアム騎士団長がそんなことを言ってようやくリーラはあんなに必死にディスティールが徒手空拳にこだわった理由が分かった。

 確かに王都に仇なすとはいえ、同じ種族のものが銀の剣で斬り伏せられ、血塗れになってどんどんボロボロになっていく姿はあまり見たくはない。

 見たくはないのだが、じゃあ正拳突きやら肘打ちやらで昏倒された姿は良いのかとも若干思うが。

 

(私、一応吸血鬼だから大量出血見てもなんとも思わないんだよなぁ……。この国の人はやけに血を恐れるけど)

「……リーラさん、今日はすまなかった! 私はアンティーカ騎士団やアンタが王国のために身を粉にしているのを知っているけど、団員のみんなを止められなくって……」

「別に……騎士団長さんも立場があるって分かってるんで」

 

 少しばつが悪くなってフードを被ろうとしたリーラの前に手が差し伸べられる。

 握手だ。一瞬戸惑ったが、何よりもの喜びを感じながらリーラはその手を握った。

 

 

 ミレニアム騎士団は決闘が終わるとすぐに帰っていった。明朝にはまた巡回として周囲の村々を転々とするらしい。

 

「騎士団長はあぁは言ってくれたが……まだまだ難しいな」

 

 食堂で言ったディスティールの言葉はやはり他のミレニアムの騎士団員を指しているのだろう。

 まだ人間と吸血鬼の間の溝は深い。解決の手段は見えない。その場にいるイーリスもリーラも

 

「……そういえば、ディスティールの英雄譚とやらはどうだ?」

「上巻で団長がアンティーカ騎士団に入団して最初の作戦に参加する話、中巻で団長が騎士団の第一席に上り詰めリーラさんが騎士団に入団するまでですね。内容はともかく……なんというか、硬い文体ですね」

「硬い?」

 

 イーリスの表現にディスティールが尋ねた。

 

「なんというか……んー……異国の言葉を直訳したみたいな感じですね。表現は結構簡単で……教科書なんかにある子供向けの物語を読んでいる感覚――分かります?」

「……なんとなく」

「とりあえず読んでみてください。作品として面白いかはさておき、物語が実際の団長の体験なのか分からないんで」

 

 イーリスが差し出した二冊の本をディスティールは受け取った。娯楽小説なのに通常は文書保存に用いられる黒い綴じ込め表紙が使われている様は中々に異様だった。

 

「教科書……ってことはあくまで教育用の物語ってこと?」

「とりあえずびっくりするほど難しい表現とか残酷なシーンは――まぁ冒頭はさておいて、あんまり無いはず……。物語内の団長も『吸血鬼を倒す』ではなく『仲間や家族を守る』を主眼として戦っているから――」

 

 リーラの質問にイーリスは答えながらも一応ディスティールの様子を窺う。

 この物語の冒頭部分はまさしく彼女の両親が殺されるシーン。どういった感想を持つか……

 

「……すごいな。あの夜、私が自宅に両親が別の家にいたことさえも描かれている」

 ……良かった。まだ冷静なようだ。

「……別の家?」

「何だったかな……あの日は大人たちで何やら集まっていたのは憶えているが……いかんせん、子供のころの話だ。詳しい事情は私も知らない」

 

 文字を読みながらディスティールは「一体どうやってこんな情報を……?」と頭を傾げていた。

 あの日、村の生き残りは彼女だけだったはず。仮にあと何人か生き残っていたとしても自宅にいたディスティールの行方まで分かる人間はきっといない。

 ぺらり、ぺらりとつづり紐で縛られたそれを開きにくいと愚痴りながらもめくるディスティールの様子をイーリスとリーラが見つめる。

 

「……そんなじっと見られていると、私もやりにくいのだが」

 

 苦笑いしながらそんなことを言われ、リーラはそっぽを向く。反面イーリスはディスティールに尋ねた。

 

「そのあとはどんな感じです?」

「んー………四割ぐらい合っているといった感じだ。きっとクロシェやフィロの御両親に取材したんだろう。一部は合致しているが、合っているところよりも間違っているところや誇張されている部分を探したほうが楽だ」

「取材……大丈夫ですか? 騎士は家族の縁を切るという決まりがあるのに……」

「あまり褒められるべき行為ではない。……一応この物語がフィクションなのは、ノンフィクションとして売り出せば二人の御両親に迷惑がかかると踏んだからかもしれないな」

 

 ぴくりとディスティールのページをめくるスピードが停止した。

 どうしたのだろうか、とイーリスが表情を窺うと彼女がぼそりとつぶやく。

 

「……そういえば昨日の公演の時も思ったが、最初にクロシェとフィロに騎士団に入ると伝えたとき、他にはだれもいなかったはずなんだが」

「クロシェさんがご両親に話したのでは? 私も聞きましたよ」

「……あいつの口の軽さもどうにかしたほうが良いかもな」

 

 その時、食堂のドアが開かれクロシェとフィロが鍋と皿とパンが入ったバスケットを持って入ってきた。

 

「みんな、お待たせ~。あ、英雄譚読んでるの?」

「クロシェ、後で話がある」

「え、なに」

 

 深刻そうな顔をしたディスティールにいきなりそんなことを言われクロシェは目を白黒させながら鍋をテーブルの上の鍋敷きに置いた。リーラが皿を配るフィロを手伝おうとしたがやんわりと制される。リーラは少しだけしゅんとしたが、バスケットと五つの皿と匙を配るだけなので二人でやるような事ではない。

 スープと黒パン。騎士団とはいえども、毎日贅沢できるほど金銭的な余裕はない。食事は普段通りの内容だ。

 

「それでは手を合わせよう。――いただきます」

 

 ディスティールがいつものように言って、みんなもそれに合わせて「いただきます」と言い食事が始まる。

 吸血鬼であるはずのリーラが人間の食事をとるのは、栄養補給という面よりも人間の文化に合わせるためという側面が強い。それに彼女も人間のように「味わって食事をとる」ことは好きだ。だから毎日他の団員の三割程度の食事を儀礼的に行う。

 

「それで……吸血鬼のための食事のプランは考えているか?」

 

 ニシンの塩漬けをベースとした根菜のスープはクロシェ製だということもあって美味だ。しかし話題はどうしても重くなる。

 

「……やっぱり問題は『血』の確保かな。ようやく私たちは慣れたけど、血は恐ろしいもの。民衆のみんなに瀉血は強制できないし、畜産の牛や豚の血を樽とかに溜めてもらうのも……」

「嫌がる、か」

 

 フィロの言い淀んだ報告にリーラがはっきりと言った。瀉血は健康に害だし、傷は適切に対処しなければならない――とはいえど、吸血鬼共生においてこの国で広く浸透している「血液忌避信仰」とも言うべき存在は邪魔でしかない。

 まぁそれ以外にも問題はある。

 

「畜産とか、獣の血の味って美味しくないんだよねー……。まぁ贅沢は言ってられないんだけど」

「人間と動物で味が違うのは……正直諦めてほしい」

 

 理解できない、といった様子でディスティールがリーラのぼやきに呟いた。

 彼女が嫌そうにしているのは数か月前に「人間と豚の血にどれほどの違いがあるか」という実験に付き合わされたことがいまだにトラウマになっているのだろう。

 吸血鬼は血液の味を「味わう」ことができる。

 豚や牛の血はえぐみを通り越して、まるで野草を調理どころか土や虫がついたまま食べている気分らしい。

 面白いのは人間の血であっても別人であれば、また本人の精神状況によってもだいぶ味が変わってくるとった点だ。

 

「ディスティールのは濃厚だからねー。少し飲んだら眠気が吹き飛ぶぐらいには。ラム酒みたい」

「……もし騎士団がピンチになったらリーラに私の血を飲ませよう」

「ディスティールがいる以上、不可能でしょ」

 

 硬い黒パンを千切りスープに入れながら二人は軽口を叩く。

 黒パンをかみちぎって「変わらず硬ったいね~」とマナーを完全に無視して食事をとっていたクロシェが聞いてきた。

 

「ねぇ、うちのはどんな味?」

「クロシェの? んー、今飲んでるスープ」

「あんまり手間暇かけてない味ってことかぁ……」

 

 十分おいしいけど、と言ってリーラは少し照れたように顔を赤くしながらも少ないスープを飲みほした。「えへへ、ありがとう」というクロシェの言葉を首を横に振って照れを誤魔化そうとする。

 フィロとイーリスがこちらを見ていた。……どうやら彼女たちの味も言わなければいけないらしいと察して、リーラは恥ずかしそうにしながらも言った。

 

「フィロは……牛乳のスープの味。すごく飲みやすくって、温かい」

「そっか……ありがとう……!」

「……お礼言われるようなこと言った覚えはないし、照れられるのもなぁ……。そしてイーリスは――」

「はい!」

「……イーリスはぁ………」

「……?」

「押しつげがましい」

「えっ、味ですらない⁉」

 

 しばらく回答に悩んで出た答えがあまりにもひどい表現で、さすがのイーリスも抗議をする。

 

「もうちょっとなんかあるじゃないですか! ワインみたいとか、シャンパンみたいとか!」

「イーリスは自分の血をお酒だと思ってるの?」

「いやそういうわけじゃないですけど!」

 

 思わず言ってしまったクロシェの一言にイーリスも馬鹿正直に反応してしまう。

 しばらく微妙な表情をしながら「……あくまで私の感想なんだけど」と言ってリーラは言った。

 

「おいしい――はおいしいんだけど、なんというか『おいしい液体』という情報を飲んでいる気分」

「……なぞなぞ?」

「金貨一〇枚のワインを飲んだら値段がちらついて『おいしい』以外の感想が出なくなる感じかなぁ」

「イーリスの血は金貨一〇枚分のワインの味ってこと?」

「違うかなぁ」

「そこは嘘でも肯定してほしかった……」

 

 フィロのフォローを無下にしたリーラの返しに思わずイーリスは肩を落とした。

 

 

 クロシェとイーリスが夜警に出たあとディスティールは「ディスティールの英雄譚」を自室で読んでいた。文体や表現はどこかぎこちなく、しかし教科書に載せるには違和感があるといった内容だったが面白くはある。

 が、ディスティールは別のことを考えていた。

 

(……どうやらこの本の作者は私を善人にしたいらしいな)

 

 家族や弱いものを守るために強くなった――なんて表現されていたが、ディスティール自身はそう考えていない。

 彼女はこの十数年間を吸血鬼を殲滅するために生きてきた。それだけなのだ。褒められるようなことはしていない。

 今が異常なのだ。

 リーラは受け入れられた。しかしそれは彼女と共に戦い、暮らしてきたからであり吸血鬼全員を許したわけではない。リーラのように人間に対して融和的な態度をとる吸血鬼がいることは理解しているが、心のどこかでまだ恐怖している。

 

(……何年分も蓄えて導き出した結論を、信念を――たった一瞬で捨てることは出来ない、か)

 

 あんな意気揚々に「寛大」を掲げていた自分が懐かしい。今の自分は友人達が見せてくれた強い光に充てられ、しかしその友人たちの信念にもっとも疑いを持っているのにそれを隠している「かいぶつ」だ。

 

(友に嫌われることを……恐れているのか)

 

 本の中の自分は襲われて、火事で燃える辺境の村で小さな子供を救っていた。

 現実の自分にはできない。吸血鬼を殺すことに躍起になっているか、火事の橙の炎に囚われて動けないかの二択である。

 本のページを曲げた針金で挟み、しおり代わりにする。綴じ込め表紙だからしおりは使えないし、そもそもしおりなんておしゃれなものを持っていなかった。

 訓練場にでも行こうか。体を動かせば少しは自己嫌悪が薄れるかもしれない。……いや、今は夜だから訓練場の燭台に火を灯すのも良くないか。

 もう寝てしまおう。そう思って、読書のために点けていたペンライトを消そうと思ってボタンを押そうとしたときにふと違和感を感じた。

 

(………煙の臭い?)

 

 

 さすがのクロシェもディスティールの決意を聞かされた時に誰かいたのか、そして誰かに言いふらしたのかは覚えていなかった。

 白に光るペンライトを腰に提げながらイーリスは失敗したと思っていた。月光やペンライトの光、なによりも自分がハーフであるから問題はないがペンライトの光は夜の街では目立つうえにあまり明るくない。普通に携帯ランタンのほうが良かった。

 

「……うーん」

「………うちの話聞いてる?」

「え――あっごめんなさい。案外ペンライトの光って明るくないんだなぁって」

「炎を使わないのは良いけど、やっぱり微妙に使いにくいよね……。でもランタンは動きにくくなるし、松明は片手塞がるし……。松明を武器にするのはリーラぐらいだし……」

「ランタンシールド、導入してみます?」

「器用なイーリスならともかく、うちらには使えないだろうし――ってそうじゃなくって」

 

 夜警中である。一応わき道に視線をむけながらクロシェは思い出話を続ける。

 

「うちが言ったかもしれないけど、結局はディスティールを引き取ったうちの親にディスティール自身が説明したと思うよ。……もう五年以上前の話だからみんなきちんとは憶えていないんだろうけど」

「……ちなみにあの時の言葉って」

「昨日のミュージカルと全く一緒。『みんなを救うために』……って」

「……吸血鬼を倒すため、じゃなくってですか」

「意地の悪い質問するね」

「ごめんなさい」

「去年の暮れまでを知ってるなら当たり前か。……あの子、元々があんな過去を持っていたのに騎士団に入ってからそういう――自分に似た子供とかをよく見るようになっちゃって。だから『みんなを守る』ためには『怪物を殺す』になっちゃったんじゃないかな」

 

 そう言った後にクロシェは一つため息をついて「……うちがディスティールを守るために『悪い吸血鬼を倒す』って言っちゃったせいもあるかもだけど」と自嘲するように言った。

 

「みんなを守るためには、相手の話なんて聞く余裕はない。なんせ相手はこっちの話を聞こうともしないんだから。だから子供のころの願いが変わったんだと思う」

 

 クロシェはため息をついた。

 他の団員は気づいていないが、クロシェはディスティールがかなり思い悩んでいることに気が付いている。なにせ十数年かけて導き出した信念が目の前で反証されたのだ。

 

「たとえあの子がどんな結論を出しても、うちはディスティールの味方だから――だからイーリスはフィロと一緒にリーラを支えてあげて」

「……いえ、私は吸血鬼と人間の共生を願います。もし団長さんやリーラさんと意見を違えることになれば、そのときは――」

「相変わらずブレないなぁイーリスは。リーラを説得したのもあなただったよね」

 

 ごめんね、重い話しちゃって。

 クロシェはそう言って巡回を続けていく。土の地面の、市民エリアではところどころ明かりがついている程度で人の気配がない。

 だからイーリスがそれに気づいたのは偶然に近い。

 

「………?」

「どうしたの、急に立ち止まって」

「んー……何でしょう。何かが起きてるような……事件の気配のような……」

 

 大仰なことを言ったが、ただ違和感を感じ取っただけである。だがそのまま無視をするのも気持ち悪いし、そもそも彼女たちは夜警中だ。

 クロシェが真剣な面持ちで腰に提げた剣の柄に手を当てながら周囲を探り始めイーリスは慌てて言葉を連ねた。

 

「いや、ホントに勘みたいなもので――ただの気のせいかもしれないんですが」

「んー……でもうちら騎士だしねぇ……。こういう勘を気のせいにしちゃいけない仕事だし……」

 

 クロシェが目をつぶって音を探るが、特段分からなかったのか首を傾げた。イーリスも周囲を探る。

 あっちは王都政庁エリア、あっちは農場エリア、そして向こうが自分たちが普段暮らしている騎士団の城がある――

 

「……っ! クロシェさん、アンティーカ騎士団の城の――根本!」

「根本……?」

 

 咄嗟に言葉が出なかったため生まれたイーリスの奇妙な表現に疑問符を抱きながらクロシェは城があるほうを見た。

 

「え、特に何も――いや、あれは霧……いや、ちがう――煙⁉」

 

 目を凝らせばぎりぎり――本当になんとか騎士団の城の基礎部分から黒煙が出ているのが見えた。霧のようにも見えるが、石垣から霧が出るなど聞いたことがない。

 

「火事だ……! まずい、うちの騎士団が襲われてる!」

 

 イーリスは全神経を尖らせる――間違いない、空気に煙の臭いが混じっている。しかも煮炊きのではなく、あきらかに燃えるべきでないものが燃えている臭い。

 

「イーリス! 走るよ!」

「はいっ」

 

 状況を把握した二人の判断は素早かった。土を蹴って、これまで歩いていた場所から最短距離で城に戻る道を駆け出す。

 

(ディスティール……! お願いだから、冷静に対処してて……!)

 

 

 アンティーカ騎士団の城が燃えている。

 一応、城だから襲撃に耐えられるように石などの燃えにくいものを建材として利用はしているがすべてが難燃性というわけではない。

 

「くっそ……」

 

 寝ていたフィロを叩き起こしたリーラは逃げようとした出入り口の木製のドアが燃えているのを見て悪態をついて一応食糧庫から持ってきていた木箱を下ろして叩き壊した。中身は大量の瓶ワイン。一気に三本ぐらい持って燃えるドアの上の石壁をめがけて投げる。

 

「リーラ……!」

「フィロっ、とりあえず全部投げて鎮火させるよ!」

「いや……お酒を投げても消火にはならないんじゃないかな……」

「………」

 

 フィロの指摘に、ワイン瓶を振り上げた動作が一瞬止まったが今止めても仕方がないと若干自棄になってそのまま投げる。

 ぱりん、と割れる音。それと共に自分たちの背中のほうから誰かが走ってくる音が聞こえてリーラは抜刀。剣を向ける。

 

「だれ――ディスティールか」

「良かった、気づいてくれて」

 

 剣を佩いて緊急用のサバイバルキットが詰め込まれたカバンを持ったディスティールを見て、フィロが安堵の声を漏らした。反面ディスティールの表情は良くない。やはり幼少期の火事の記憶を思い出しているのか。

 頭を振って、無理やり精神を整えたディスティールが二人に尋ねる。

 

「状況は⁉」

「出入口は一つを除いて全部燃えてる。……あまりにも怪しかったからそこは使わない。イーリスとクロシェの状況は分からない」

「……ワインで消火するのか?」

「私ならともかく、ディスティールやフィロは燃えるドアを突破できないでしょ」

「……効果があるかはともかく、とりあえず私も手伝おう」

 

 ここにいる三人は知らないことだが、ワイン程度のアルコール濃度では火は強くならない。使うべきかどうかは誰もやったことがないので分からないが。

 木箱に入ってあった十二本のワインを全部放り投げるとリーラは叫ぶ。

 

「突破するよ!」

 

 え、と残った二人が言葉を発する前にリーラは燃えるドアに体当たりをして強引に破った。燃えて若干もろくなっていたとはいえ城のドアを強引に破る吸血鬼の膂力に舌を巻く。

 

「ディスティール、行くよ」

「――っ。あぁ」

 

 少しためらいが生じたが、ディスティールはフィロに連れられて燃え盛るドアを潜り抜けた。

 

「――っ、――……ふぅ」

 

 意識的に深呼吸をして強引に精神を落ち着けさせる。

 ドアの向こうの外では激しい鐘の音が鳴り響いていた。市民エリアではなく、騎士団の城に直接攻撃するという状況は異様である。

 

「――家が」

「ディスティールっ!」

 

 火の手が進み始める城をみてまた冷静さを失い始める彼女をリーラが諫めた。何とかうめき声のような声を出して強引に思考を取り戻す。

 

「これは……どういうことだ……?」

「……分からない。でもこれは市民ではなく私たちを狙った攻撃――つまり、吸血鬼との共生を望まない人間じゃ……?」

 

 リーラの言葉に咄嗟に「違う……!」とディスティールは返してしまったが、否定できる根拠はどこにもない。

 

「……とりあえず、消火は消防団の方に任せて私たちは襲撃者のほうを――」

「フィロ、危ない!」

 

 一瞬見えた金属の輝きにリーラが剣でフィロを庇った。どこからか放たれた矢がリーラの手から剣を弾く。

 

「っ……どこから――」

 

 がちん、と金属の音がする。急いで剣を拾おうとしたが、襲撃者の槍に咄嗟に防御して取り損ねた。

 

(傷がすぐに塞がらない――銀、か)

 

 これで確定した。

 フルプレートの鎧。円盾と胸には大きくミレニアム騎士団の紋章。あの騎士団長は剣を使わなかった。し、においが違う。ということは――

 

「――昨日の決闘のときに戦った騎士団員か」

 

 おそらく槍の使い方に見覚えがあったのだろう。後手に回ったもののすぐさま剣を抜いたディスティールが襲撃者に詰問する。

 

「いかにも」

 

 襲撃者の一言と共にディスティールに向かって槍の一突き。昼の時とは大きくシチュエーションが違うのにもかかわらずディスティールはその一撃を掴んだ。

 間違いだった。ひゅう、と放たれた矢が彼女の頬を掠った。一筋の血が流れる。

 

「なっ……」

「さすがアンティーカ騎士団の騎士団長。矢のほうが逃げていく」

「はぁあっ!」

 

 しかしその言葉を無視してディスティールが一閃。しかし甲冑に覆われた襲撃者には無力だった。

 

「――っ」

「下がって、ディスティール、リーラっ!」

 

 フィロの言葉で何とか冷静さを取り戻したディスティールと彼女を囮に背後から攻撃を仕掛けようとしたリーラが止まった。

 正しい判断だった。大きな鐘が鳴る中、野次馬たちが集まってきている。そんな中で王都内での立場が危ういアンティーカ騎士団が別の騎士団と命のやり取りをしているという状況はかなりまずい。

 そして攻撃の手を止めたことで、ディスティールは暗がりからハルバードを構えた騎士団員の攻撃を正確によけることができた。

 

(新手⁉ こいつら、本当に私たちを殺そうと――)

 

 ざりっ。

 大きく跳び、フィロのもとに下がったリーラの腕には矢が突き刺さっていた。

 

「リーラっ!」

「大丈夫――」

 

 彼女が強引に矢を引き抜いたが、傷は塞がりそうにない。他国と比べて採れやすいとはいえ、希少金属の銀を矢じりとして用いることができるのはやはり正規軍しかいない。

 燃え盛るアンティーカ騎士団の城を背景に、騎士団の旗を踏みにじり、フルプレートアーマーを纏った騎士団員がやってきた野次馬に対して叫んだ。

 

「――我らはミレニアム騎士団! ディスティールに破られた我らが騎士団長に代わって、吸血鬼に絆されたアンティーカ騎士団を断罪する者である!」

 

 ディスティールが歯ぎしりをする。

 アンティーカ騎士団のうち二人がおらず、団長であるディスティールと吸血鬼であるリーラを糾弾しその場で断罪するために彼らは狙っていた。状況も最高だ。夕方に決闘を行ってある程度の実力の見分、あとは決闘の結果を有耶無耶にするためにも今しかなかったのだろう。

 ミレニアムの騎士団長はこの場にいない。大演説の内容から察するに良くてハブられている、悪ければ捕縛か、殺害か――

 

(私が炎を苦手にしているのは……あぁ、『ディスティールの英雄譚』で描かれていたか)

 

 もしかしたら決闘するために城を出入りするときに何かを仕掛けていたのかもしれない。

 

「皆も知っている通り――『ディスティールの英雄譚』では吸血鬼に復讐を誓う彼女の姿が描かれてきた! それは今日配布された下巻の内容からも明らかである!」

「――下巻」

 

 早すぎる。つい先日に中巻の発刊による記念ミュージカルが行われたというのに、こんなすぐに下巻が発売されるわけがない。

 いや、目の前のミレニアム騎士団員は「配布」と言った。商業的な成功ではなく、思想の喧伝としては正しい行為だが――

 

(――もしかして『ディスティールの英雄譚』が発刊されたのは――吸血鬼殲滅を掲げていた一年前の私こそが正しいとするため……⁉)

 

「英雄ディスティールっ‼ なぜおまえは両親を殺され、故郷を燃やされながらも、吸血鬼と共に生きるという選択をする⁉ 先代たちが築き上げたアンティーカ騎士団の栄光を穢して、あの日誓った剣の誓いはどこに行った⁉」

「違う! アンティーカ騎士団の誓いは『寛大さの中に団結あり』――相手を一方的に断じるものではない!」

「団結――つまり、あなたは吸血鬼とともに歩めというのか! 人間を殺し、生き血をすする怪物と!」

「違うっ――」

「何が違う⁉ 吸血鬼は人間に付け入って血を飲む、村も滅ぼす……かつてのあなたが経験し、いま絆されている! もしあなたがかつての過去を捨て、吸血鬼の側に堕ちるのならば、ここで果てろ――裏切者めぇっ!」

 

 演説をしていた騎士の一撃を、ディスティールは剣で受け止めた。

 

(こいつ――っ、決闘の時とはまるで力が)

 

 燃え盛る炎で思考が乱れる。自分の後ろで他のミレニアム騎士団員と戦っているであろうリーラとフィロのことが気にかかる。

 そして――力。相手の憎悪と怒りが、相手からの他者を圧倒し屈服させるという愉悦が――増大した力がびりびりとディスティールの腕を痺れさせる。

 剣では甲冑を纏った騎士を倒せない。だからって素手による衝撃では効率が悪すぎる。

 

「――らぁっ!」

 

 現に銀のブーツを纏った彼女のハイキックが騎士の脳を揺らしたがとどめを刺すには至らない。自身が不利な状況で、自分の間合いでもない状態でハイキックを決めれる彼女の実力の高さがあったとしても、それに伴う疲労と結果は釣り合っていなかった。

 無理やり転がそうとしたが、予感がして動作を止めて剣で防御態勢。ぎん、とディスティールの頭を狙った矢が剣で弾かれた。

 

「――このままではっ」

 

 燃える城という光源がある状態では夜であっても弓兵の狙いは正確になるだろう。

 逃げるしか――

 

(いや、今逃げたら対話もなにも――)

 

 次いで飛んできた矢を切り払って彼女は一瞬だけリーラとフィロのほうに視線をやった。

 リーラはフィロを守るように、庇うように戦っている。しかしこのままだと吸血鬼の治癒力をもってしても嬲り殺されるだろう。

 

(行かなくては――)

 

 その一瞬の状況把握、一瞬の思考。それが命取りだった。

 ハルバートを構えた騎士がそこに立っていた。

 

「な、ま――」

 

 まずい、と言うことも叶わず横凪ぎの一閃がディスティールの体を大きく吹き飛ばした。ギリギリ防御は間に合ったものの、剣は折れて手からも離れてしまった。

 

「がっ――……くっ……」

 

 呼吸ができない。誰かの叫び声が聞こえる。私を糾弾する声? それとも二人が私を心配する声?

 がちゃり。甲冑の足音。霞む視界に振りかぶられたハルバードの刃が見えた。

 

(あぁ――ごめん)

 

 お父さんとお母さんは今の私を見てなにを思うだろう? 吸血鬼を憎むという感情を捨てきれずに、しかし親友である吸血鬼を救いたいという思いを抱えた自分に。

 リーラ。君があの日わたしに見せてくれた光は――騎士道は、狂気に呑まれた私を救い出してくれたのに、あの日気味が見たいと思った景色は一緒に見ることは叶わないらしい。

 フィロ。幼いころの私を、弱い自分を助けてくれた恩人の一人。強くなった自分を見て、もう自分は必要ないねってリーラのほうへ行ったけどちょっとだけ寂しかったんだ。

 クロシェ。フィロと違ってどんなに強くなっても、私を守って支えようとしてくれたお姉ちゃんのような人。感謝したいことはいっぱいあるのに、伝えたいことはいっぱいあるのに、それはもう叶わないなんて。

 そして――

 

「――良かった、間に合った」

「え――」

 

 今際の際の思考は、振り降ろされたハルバードからディスティールを庇うためにイーリスの血液と左腕と同じように飛び散った。

 ぐちょりと、湿った音がディスティールの顔に降り注ぐ。

 

 




2026年6月7日イーリスプロジェクションの「秋-8」
サークル「飛行機恐怖症」にて頒布します。

イラストはありません。
価格もまだ決まっていません。

大丈夫でしょうか。
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