「暑い...」
俺は萎れたキュウリと、元気なナスを戯れさせながらつぶやいた。
ここは縺オ繧√>県。俺の祖父母が住んでいる、なーんもない田舎だ。
「そんな罰当たりなことしない。」
「だってよぉ...暑いよ...こんな時期に来てないじゃんいつも...」
「それとこれは違うでしょ...ほら、スイカ切れたよ。」
母が言う。この家はエアコンも置いていないから現代っ子の俺には辛い。スイカの汁が染み渡る...
「そういえば、あんたねこの散歩した?」
「いいのよ、私たちがするから。」
「そんなこと言ったって...この子来てからずっと外出てないから出したほうがいいわよ。」
「わかったよ、行くから。」
ねこ、というのは祖父母が買っている柴犬の名前だ。なんでこんな意味不明な名前なのかは俺も知らない。
散歩に出てしばらく経った。暑い。
だけど、散歩というのも暑いだけじゃない。この辺は景色がいいから、なんとなく歩いているだけでも俺には一年ぶりの、懐かしく新鮮な光景が広がる。暑いが。
しかも、俺には秘密のスポットがある。少し山を入れば、高くから村全部を見渡せるなかなかにいい景色を見ることができる場所があるのだ。この景色に没頭しているときだけ、俺は暑さを忘れられる気がする。
だが今日はなぜか先客がいた。白いワンピースに麦わら帽子の後ろ姿。こんなところに人がいるなんて初めての話だが、誰だ?
「うおっ」
少し様子を見ようと思ったのに、ねこが先客のほうへ走っていったせいで引っ張られてしまった。
「きゃっ。ああ、吃驚した。犬でしたか......あら、貴方は......」
「えーと...こんにちは?」
俺がそう言うと、先客は目を見開いた。そしてふっと笑うと、
「こんにちは。」
と、言った。
その先客...少女は、なぜか俺を知っている様子だった。なんで?
「ところで、どうして貴方は犬と此処に?」
「ええと、ここの景色がよくて。散歩のついでに来たんだ。」
「あら奇遇。私もこの景色が好きで見に来たんです。よく来るんですよ、ここ。」
おや、この子も俺の同志らしい。まさか仲間がいたとは…
「君も?へえ。君はどこから来たの?」
「私ですか?私......此処の村に住んでるんです。」
「え、そうなの?」
確かにこの子はこんな天気だというのに、その白い肌には汗ひとつ浮かべていない。ずっと住んでいればこうもなるのだろうか。しかし、この村には帰省で度々訪れているが、この子は1度も会ったことがない。それどころかこんなに小さい子がいることも知らなかった。
(まあ…偶然か。)
別に村についてすごく詳しいわけでもない。顔も知らない人の1人や2人いてもおかしくはないだろう。
「君はどこに住んでるの?」
「え?あー、此処からは見えませんね。」
「そっか...」
「えーと......あ、帰省してるんでしたよね。何処のお家ですか?」
「ん?俺はね...あそこかな。あの家見える?」
祖父母の家を指さす。大きいから見つけやすい。
「彼処ですよね......」
「ですよね?」
「い、いや彼処ですか!へぇ......」
ちょっと様子がおかしいな。少し気になりはするけど、そこまで詮索することじゃないか...
「そういえば、ねこが...じゃなくて、うちの犬が君にずいぶん懐いてるみたいだね。」
「......確かに。って、ねこ?犬?」
「えっと、ねこって名前の犬で。」
「??」
何言ってるんだという顔で見ないでくれ、俺だってなに言ってるかわからないんだから。
「あんまり人懐っこいとは思ってなかったけど、初対面でこんなにとは...」
「え、ええ......動物に好かれるからそれかなあ?」
そういえば昔ねこを散歩させてるとき、何もない空間にさっきと似たような反応をしているような気がした。気のせいだろうか?
さっきからずっと立ち話をしていたため、さすがに二人とも座ることにした。ねこが俺の足の間に収まる。
「お兄さん、少し遊びませんか?」
ぼーっと外を眺めていると、突然少女からそんなことを言われた。
「遊ぶ?いいけどなにする?」
「うーん、しりとりとかどうでしょう?」
突然できるものといえばそれくらいか。
「いいね。じゃあしりとり」
「林檎」
「ゴリラ」
「え?」
「?ゴリラ」
「ごめんなさい、ゴリラって何ですか?」
この子ゴリラ知らないの?そんな子現代にいるのか...
「ゴリラってあの...デカい猿だよ。」
「......ああ、思い出しました!ゴリラですね!ええとじゃあ次......羅城で。」
羅城????らじょう???なんだそれ...
この少女とのしりとりは実に奇妙であった。彼女は俺の言う言葉の多くを知らない。俺は彼女の言う言葉の多くを知らない。互いが互いに言葉を教えあうような時間だった。ここまで話がかみ合わないとは...
日が傾き。
「だから、根拠っていうのが日本語的な意味で...」
「成程......?」
しりとりを楽しんで(?)いると、俺のスマートフォンが鳴った。
「ごめん、ちょっと待ってて」
「?」
俺は立って彼女に背を向ける。
『あんた、こんな夕方までどうしたの?散歩しろとは言ったけどあんまり長くでもよくないから、暗くなる前に帰りなさいよ。』
「わかってるよ...うん、そろそろ帰るから...」
「......」
「うん、じゃあ後で。...ふう。」
「帰っちゃうんですか?」
そういう少女の雰囲気は、さっきと少し違う気がした。俺は振り向いて言う。
「うん、そろそろ。明日で帰るから、君とはお別れになっちゃうかな。」
「......そうですか。」
今日あったばかりだというのに、彼女はやけに寂しそうだった。
「そんな顔しないで。来年もまた会おうよ、ここで。」
「!......ですよね。はい。会いましょう、此処で。」
少女はさっきよりかは元気を取り戻したようだった。よかった。
「ふう...足痛え。ほらねこ、帰るぞ」
すっかり眠りこけていたねこを起こすため、再び背を向ける。すると、後ろから呼ばれる。
「お兄さん」
そう聞こえたのに、俺はなぜか振り向くことができなかった。
「また会いましょうね。やくそくですよ?」
"やくそく"の四文字だけ、やけに強く聞こえた。少女がしゃべり終え、ようやく振り向いたその先に、もう彼女はいなかった。
その後家までの帰り道はよく覚えていない。なんだかぼんやり何かを思いながら歩いていたような気がする。単に無意識を思い出せないだけで。
「ただいまー」
そう言って帰ってきた声は母と父、それと祖父の声だけだった。
「ばあちゃんは?」
「母さんなら妹の墓参りだ。そろそろ帰ってくると思うぞ。」
そういえばそうだった。随分昔、まだ小さいのに亡くなってしまった祖母の妹。帰省する度に墓参りしているのを見ていたのをしばらく来ないうちに忘れていた。
「じゃあ俺ばあちゃんが帰ってくるまで寝る...」
「晩飯あるから起こしたら早く来いよ。」
「うん。」
そういって俺は散歩に出かける前にいた畳の上に寝っ転がった。が...
「眠れない...」
いつもなら散歩から帰るといい感じに眠くなるのだが、今日ばかりはあの少女のことが気になって寝付けそうにない。
仕方なく俺は、机の上にある萎れたキュウリと、萎びたナスで戯れることにした。