竜骨の学者 ──スカイリム漂流記   作:スカイリム愛好家

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第十一話

石板と戦利品を確保し、マサは踵を返した。約束は果たさねばならない。来た道を引き返し、再び巨大な蜘蛛の巣が広がる空洞へ戻ると、アーヴェルはまだ繭に吊られたままだった。こちらの足音に、怯えきった声が上がる。

「ひっ……だ、誰だ! ……なんだ、あんたらか。戻って——本当に戻ってきたのか?」

 

マサは何も言わなかった。代わりに、レモネードが音もなく歩み寄り、鋼の剣を一閃させる。男を吊るしていた太い糸がぷつりと切れ、アーヴェルは無様に床へと落下した。彼は激しく咳き込みながら、埃まみれで這いつくばる。

「……解放してやる。約束したからな」マサは冷ややかに告げた。「ただし、黄金の爪は返さない。あれはお前の物ではなく、リバーウッドの店の物だ。元の持ち主に返す」

アーヴェルの顔が、安堵と無念で歪んだ。「くそ……俺の、せっかくの大仕事が……」

だが、言葉は続かなかった。彼の視線が、焼け焦げた巨大蜘蛛の死骸と、奥の暗がりから戻ってきた二人の姿を往復する。古き墓の主すら屠ってきた者たちの、静かな圧力がそこにはあった。男は反論を呑み込み、生きて出られるだけ儲けものだと悟ったのだろう。

「……ちっ。命拾いした、とでも思っときゃいいんだろ」

痛む体を引きずって立ち上がると、アーヴェルは捨て台詞すら気弱に、入口の方へよろよろと逃げ去っていった。その背を見送り、レモネードが肩をすくめる。

「……まあ、悪党にしては、可愛げのある方ですね」

 

二人もまた墓道を戻り、やがて入口の楼門から、午後の光の下へと抜け出た。冷たく澄んだ山の空気が、肺を満たす。墓の黴と死の臭いを洗い流していくかのようだ。眼下には白い川の流れとリバーウッドの村が、燃えるような紅葉の谷間に小さく見えた。長い一仕事だった。

そして、この踏破は、確かな手応えとなって二人の血肉に刻まれていた。古き死者の群れとの死闘、未知の魔法との対峙、そして竜の言葉との邂逅。それら全てが、彼の魂を削り、そして鍛え上げていた。マサは、内なる魔力の泉が、その縁を押し広げ、より深く、より豊かになっていくのを感じていた。ただ力が増すのとは違う。世界の深奥に、ほんの少しだけ指先が触れたような、確かな感覚だった。

 

峠道を下り、午後の遅い光が村を染める頃、二人はリバーウッドへと帰り着いた。

雑貨屋に〈黄金の爪〉を差し出すと、店主のルーカンは飛び上がらんばかりに喜んだ。「おお、これだ! 間違いない、うちの家宝だ! よくぞ……いやはや、あんたら本当にやってのけたのか、あの墓所から!」

妹のカミラも目を潤ませ、何度も礼を言った。約束の報酬として渡された金貨の袋が、ずしりと重い。

「あの墓所の奥に、まだ何か恐ろしいものが?」

カミラが声を潜めて尋ねたが、マサはただ「もう、誰も眠りを妨げる者はいない」とだけ答えた。竜語の壁のことも、胸の奥で疼く熱のことも、口にはしなかった。

 

店の外で、マサは報酬の金貨袋から約束の三百ゴールドを数え、レモネードへ手渡した。彼女は両手でそれを受け取り、丁寧に頭を下げる。

「確かに。……ありがとうございます。良い仕事でした」

「戦利品の分け前だが、どうする? 要望を聞こう」

マサが続けると、彼女は少し困ったように眉を下げ、しばし考え込んだ。

「……正直に申しますと、わたし、こういう取り分の話は、あまり得意ではないのです」彼女は照れたように頬をかいた。「あの墓所を生きて出られたのは、半分以上、あなたの魔術のおかげです。宝の大半は、あなたが受け取って当然かと。……それに、わたしの取り分は、もう三百ゴールド頂きましたから」

だが、ふと何かを思い出したように、遠慮がちに付け加えた。

「ただ……もし、いくらか分けていただけるのでしたら。大層な額でなくて構いません。——村の備えに、回したいのです。見回りの矢や、冬越しの蓄え、子供らの薬。わたし一人の懐より、そちらに。情けない話ですが、田舎の守りというのは、いつも台所が寂しいもので」

決まり悪げに苦笑する。その蒼い瞳には、しかし、自分の欲ではなく、守るべき者たちへの確かな責任感が滲んでいた。金で動く傭兵とは違う、確かな矜持がそこにはあった。

 

マサは革袋から、墓の主が抱いていた上質な古代ノルドの大剣を取り出した。

「ではこの大剣を渡そう。おそらく四百ゴールドほどの価値があるだろう。売ればよし、売らなくとも村の戦士に使わせるという手もある。これでどうだ?」

レモネードは目を瞠った。「……よろしいのですか。こんな、上物を」

彼女は両手で恭しく受け取り、刃の反りを確かめる。その目は、紛れもない武人のものだった。ふっと表情が緩む。

 

「ええ、良い剣です。売れば冬の蓄えになりますし、村の若い衆に持たせれば、見回りの心強い相棒になる。……どちらにせよ、村が助かります」

「あと、これも」

マサは続けて、拾い集めた他の古代ノルドの剣や兜の数点を、まとめて彼女の前に置いた。レモネードは、しばし言葉を失ったように、差し出された武具の山とマサの顔を交互に見つめる。

「……こんなに。よろしいのですか、本当に」彼女の声が、わずかに揺れた。「これだけあれば、村の見回り組の装備が、ひと冬まるごと賄えます。古い剣も、研ぎ直せば立派に使える。……正直、こんなに気前のいい雇い主は、初めてです」

彼女は武具を大切そうに革布で包みながら、ふと、照れと感謝の入り混じった、やわらかな笑みをこぼした。鎧の似合う武人の顔に、年相応の——いや、それより幾分幼い、素直な喜びが滲んでいる。

 

「村の子らに、自慢できます。良い人と、良い仕事をした、と」

その言葉に、マサはふと疑問を口にした。

「村、か。そういえば、あなたについてあまり聞いていなかったが、あなたは同胞団の戦士ではないのか?」

「ああ、それは。……いえ、わたしは、同胞団の正式な団員ではないのです」

彼女は武具の包みを膝に置き、少し背筋を正した。「ジョルバスクルには、客分として出入りを許されているだけで。腕を見込んでくださる方が何人かいて、たまに仕事を回してもらったり、稽古をつけてもらったりしています。あの赤毛の——アエラさんなどは、口は悪いですが、根は気のいい方ですよ」

彼女は遠い目をした。蒼い瞳に、故郷の風景が映っているかのようだ。

 

「わたしの本当の務めは、別にあります。ホワイトランの平原の外れに、ロリクステッドという小さな村がありましてね。わたしの生まれ故郷です。そこの見回りと、街道の守りを束ねているのが、わたしの役目。……父が遺した役目、と言った方が正しいかもしれません」

彼女の指が、無意識に腰の剣に触れた。

 

「父は、元は帝国の軍団兵でした。傭兵として各地を渡り歩いて、最後に故郷へ戻って、わたしに剣を仕込んでくれたんです。『生きて帰る剣』を。……流行り病で逝きましたが。わたしが二十一の時です。それからは、わたしが村の守りを継いで、今に至ります」

ふと、彼女は自嘲気味に笑った。「だから、今日のような遠出は、本当は久しぶりで。村を長くは空けられない身ですから。……いつか一度、命懸けでない、気軽な冒険というものを、してみたいものですが。贅沢な夢ですね」

彼女の語る故郷の話は、素朴で、どこか懐かしい響きを持っていた。

 

「ロリクステッドは、ここから西へ向かう街道の途中にある、小さな農村です。不思議な村でしてね。スカイリムは痩せた寒い土地なのに、あそこの畑だけは、なぜかいつも青々と実る。おかげで、貧しいなりに、飢えだけは知らずに済んでいます」

夕陽が、彼女の漆黒の髪を橙色に縁取っていた。

 

「わたしの仕事は、その畑と人を守ること。追い剝ぎを追い払い、狼を狩り、たまに山から下りてくる厄介な獣を退ける。派手な手柄とは無縁の、地味な毎日です。……でも、子供らが無事に大きくなって、年寄りが穏やかに畑を眺めていられる。それを守れているなら、地味で結構だと、わたしは思っています」

彼女はふと、剣の柄を撫でながら、声を落とした。

「父は、もっと広い世界を見た人でした。シロディールも、ハンマーフェルも、海の向こうも。……死ぬ前に、よく話してくれました。シロディールの黄金の都のこと、南の海の色のこと。わたしに、いつか自分の目で見てこい、と。村を継いだ今では、なかなか叶わぬ夢ですが」

そこで言葉を切り、彼女はマサを見て、少しはにかんだ。

「……だから、今日は楽しかった。久しぶりに、村の外の空気を吸えました。あなたのような、変わった——いえ、面白い方とご一緒できたのも。竜の話に、古代の墓所に、声で人を吹き飛ばす亡者。村に帰ったら、何日も話の種に困りませんよ」

 

日は西の山際に沈みかけ、リバーウッドの家々に夕餉の灯がともりはじめていた。川面が、最後の陽光を映して、静かにきらめいている。ただの腕利きの戦士ではない。故郷に根を張り、守るべきもののために剣を振るう、土の匂いのする人間。マサは、隣に立つ女戦士の横顔を、改めて見つめていた。

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