竜骨の学者 ──スカイリム漂流記   作:スカイリム愛好家

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第十二話

「なるほど、これも何かの縁だ。もう少し話そうか」

マサは言った。彼女の横顔を照らしていた最後の陽光が、西の稜線に吸い込まれていく。

「もう夜も更けてきた。宿に泊まって、そこでささやかな冒険祝いとでもいこうじゃないか。食事代は出すと契約時に言ったからな、これぐらいは当然の権利だ」

無骨な誘い文句だったが、レモネードは目を細めて頷いた。

 

二人が扉をくぐったのは、村の中ほどにある〈眠れる巨人亭〉という宿だった。天井の梁は歳月と囲炉裏の煙で黒光りし、こぢんまりとした空間に温かい空気が満ちている。無愛想だが手際は確かな主人が、香ばしく焼いた川鱒と湯気の立つ鹿肉のシチュー、そしてリバーウッド名物だという蜂蜜酒を運んできた。カウンターの奥では、目つきの鋭い女将らしき女が、布巾でグラスを磨きながら新顔の二人を一瞥したが、それきり手元の仕事に戻っていく。客の顔ぶれにいちいち構うほど暇ではない、という空気があった。

 

囲炉裏に一番近い卓で、二人は琥珀色の満たされた杯を掲げた。

「では、無事の生還に」

レモネードが微笑み、杯がこつんと心地よい音を立てる。

 

ところが、だった。その蜂蜜酒の杯を半分も干さぬうちに、彼女の頬は早くも薄紅色に染まり始めていた。

「……ふぅ。これは、効きますね。リバーウッドの蜂蜜酒は、評判通りだ」

とろん、と蒼い瞳が熱を帯びて緩む。背筋を伸ばした硬さが、酒の温もりにゆっくりと解けていくようだった。

「白状しますと……わたくし、お酒は、あまり強くないのです。一杯で、もう、こう……ふわふわと」

彼女は照れたように笑い、片手で頬をぱたぱたと扇いだ。日中の、あるいは先刻までの凛とした佇まいからは想像もつかぬ、無防備な緩み方だった。

頬杖をつき、彼女はくすくすと喉を鳴らす。

「ねえ、マサ殿。今日一日、あなたのことばかり驚かされていましたけれど……あなた、いったい何者なんです? あんな魔術を操る学者が、なぜこんな北の辺境を、ふらふらと。聞かせてくださいよ。今夜くらいは、ね」

 

マサは杯を傾けながら、問われるままに、ぽつりぽつりと己のことを語った。帝国本土の魔術師組織、サイノッドに籍を置いていたこと。だが、そこが魔法の探究よりも、地位と派閥の駆け引きにばかり熱を上げる場所になり果て、嫌気が差して飛び出したこと。

「魔法を、学問として真っ当に扱う場所があると聞いてな。北の果て——ウィンターホールドの魔法大学だ。そこを目指している。竜の一件は、ほんの寄り道のつもりだったんだが、どうにも厄介なことになった」

 

レモネードは、頬を緩めたまま、しかしどこか真剣な眼差しで聞き入っていた。

「……似ていますね、わたしたち」

とろんとした声で、彼女がぽつりと言った。

「与えられた役目の外に、本当に行きたい場所がある。あなたは学問へ、わたくしは……父の見た世界へ。なのに、足は地面に縛られている」

彼女の目が、揺れる囲炉裏の火を映している。

「でも、今日は、少しだけその縄が緩んだ気がします。……あなたのおかげで」

 

囲炉裏の薪が、ぱちりと爆ぜた。蜂蜜酒の甘い香りと、火の温もりが、一日の戦いで強張った身体を優しく溶かしていく。

「あなたは、そんなに村に縛られる必要があるのか?」

マサは、静かに問いかけた。

「もっと色々な場所へ冒険に出てもいいのではないか? 腕を磨き、金を稼いで、故郷のために傭兵でも雇えばいい。その方が、人生としても面白くなりそうなものだがな。狭い世界で磨ける力など、たかが知れているだろう」

 

その言葉に、レモネードの緩んでいた瞳が、ふと、揺れた。とろりとした酔いの膜の奥で、何か鋭いものが一瞬、頭をもたげる。彼女は杯を卓に置き、しばらく囲炉裏の火を見つめていた。たわいない酔いの座が、不意に、深い場所へと降りていく。

「……手厳しいことを、仰る」

彼女は小さく笑った。だがそれは、少しだけ傷ついた者の笑みでもあった。

「半分は、その通りです。わたくしだって、本当は——夢に見ます。父が見たという南の海を、黄金の都を。この剣で、もっと大きな何かと渡り合うことを。あなたの言うように、金を稼いで、村を富ませる。理屈の上では、それが正しいのかもしれない」

指先が、杯の縁をなぞる。

「でも、ね、マサ殿。雇った兵は、金が尽きれば去ります。あるいは、足元を見て村を食い物にする。それを、わたくしは何度も見てきました。……村の年寄りたちがわたしの名を呼ぶのは、わたくしが強いからじゃない。わたくしが、あの子らのことを、一人一人名前で覚えているからです。誰それの孫が熱を出したとか、どこそこの畑が水に困っているとか。そういうものを、金で雇った剣に、託せますか」

彼女の蒼い瞳が、まっすぐにマサを射抜いた。酔いの中に、揺るぎない芯の光がある。

「それに——父は、世界を見尽くして、最後に故郷へ帰ってきた人です。広い世界を知った上で、あの小さな村を選んだ。狭い世界で磨く力が大したものではない、と仰いましたね。……でも、わたくしは思うのです。守るものが小さくても、それを守り抜く力は、決して小さくはない、と」

そこまで言って、彼女は自分が熱くなっていたことに気づいたようだった。ふいと頬を赤らめて俯く。

「……いえ、お説教めいたことを。酔った女の戯言です、聞き流してください」

けれど、すぐに顔を上げ、はにかんで付け加えた。

「でも……あなたのその言葉、嬉しかったのも、本当です。わたしの足の縄を、ほどこうとしてくれた。そんなふうに言ってくれた人は、父のほかには、いませんでしたから」

 

マサは、赤らんだ彼女の頬を照らす火を見つめながら、静かに口を開いた。

「そうか。今日は良い腕だった。今後の旅の良い相棒になるのでは、と思って下心交じりで発破をかけてみたが、余計なお世話だったか」

 

レモネードは、きょとんとした。一拍、二拍。その言葉の意味が、酔った頭にゆっくりと染み込んでいく。

そして——ぼっ、と、頬どころか耳まで朱に染まった。

「し、下心って……そ、そういう」

柄にもなく狼狽え、杯を取り落としかけて慌てて握り直す。

「な、なんですか、もう。そういうことを、そんな、さらっと真顔で仰るから……」

しどろもどろになりながらも、その口元は、隠しきれずに緩んでいた。潤んだ蒼い瞳が、嬉しさと照れで揺れている。普段、村の皆を率いる凛とした統率者の顔は、もうどこにもない。ただ、己の腕を見込まれ、相棒と呼ばれかけたことを、心の底から喜んでいる一人の女がそこにいただけだった。

「……ずるい人ですね、あなたは」

彼女は照れ隠しに蜂蜜酒を一口含み、ふぅ、と熱い息をついた。それから、囲炉裏の火を見つめて、ぽつりと言う。

「相棒、なんて。そんなふうに見込んでもらえたのは……ふふ、悪い気は、しません。むしろ……すごく、嬉しい」

少し舌が回らなくなった声で、彼女は正直に零した。

「村のことは、すぐには、どうにもなりません。守る責任が、ありますから。……でも。あなたがまた、こういう仕事に誘ってくれるなら。わたくしは、喜んで剣を取ります。今日みたいに、ね」

顔を上げ、はにかみながら、まっすぐにマサを見る。

「だから……余計なお世話なんかじゃ、ありませんでした。むしろ——もっと、言ってほしいくらい」

言ってしまってから、自分の大胆さに気づいたのか、彼女はまた真っ赤になって俯き、蜂蜜酒の杯に顔を半分隠してしまった。

 

「そうか」マサは短く応えた。「ではまた何かあれば雇わせてもらおう。どうにも、このスカイリムという土地は冒険に尽きないみたいだからな」

「ええ。……ぜひ」

レモネードは、酔いと喜びで潤んだ目を細めて微笑んだ。

「次は、もっとうまく前で受けてみせます。今日みたいに、あなたの炎の出番を、減らせるくらいに」

彼女は冗談めかして、しかし本気の張り合いを込めて言うと、最後の蜂蜜酒を干した。

「約束ですよ、マサ殿。……ふふ、何だか、明日からの村の見回りが、少し退屈に感じてしまいそうです」

囲炉裏の火が燠になる頃、二人は階上の部屋へと引き上げた。古き墓所の冷たさも、亡者の燐光も、今は温かい宿の寝床と、心地よい酔いの記憶の彼方に溶けていた。

 

 

翌朝、村に異変はなく、二人は朝餉を済ませて街道へ出た。

白い川に沿って北へ向かう。昨日とは打って変わってレモネードの足取りは軽く、「二日酔いは、ないようです」と快活に笑った。

黄金色の平原を一刻ほど歩いた頃、街道の脇に、色とりどりの天幕と、荷を積んだ駄獣の影が見えてきた。猫に似た姿の獣人——カジートの隊商だった。城壁の内に入ることを許されぬ彼らは、こうして街道脇に天幕を張り、旅人相手に商いをするのが常だ。

焚き火を囲む数人のうち、年嵩の一人がこちらに気づき、毛皮に覆われた手を上げて愛想よく呼ばわった。

「おお、旅の御方。少し寄っていかぬか。リサードの隊商は、街の店にはない品も扱っている。……それに、買い取りもする。重そうな袋を提げているようだが、どうかな?」

金色の瞳が、マサの腰の革袋を、抜け目なく値踏みしている。

「カジートの隊商です」レモネードがそっと耳打ちした。「たまに盗品も混じる、と眉をひそめる者もいますが……まあ、街の足元を見る商人よりは、よほど正直に買い叩いてくれますよ」

 

マサが誘いに応じて革袋を開け、墓所で見つけた宝石と魂石を見せると、年嵩のカジート——リサードは、金色の瞳を細めて一つ一つを陽光に透かした。

「ふむ、ふむ……悪くない品だ。墓所の土の匂いがするが、リサードは無粋なことは聞かぬ」

喉の奥で笑い、彼はいくつかの銀貨と銅貨を差し出す。革袋がずしりと重みを増した。

「さて、こちらの品も見ていくがいい」

リサードは色とりどりの布の上に、商品を並べた。

「街の店主のように足元は見ぬ。カジートの言葉に二言はない——まあ、たいていはな」

そこには、様々な色合いの液体が満たされた小瓶や、古びた革装丁の魔法書、そして微かに魔力の光を放つ装飾品の数々が並べられていた。

レモネードが横から覗き込み、感心したように呟く。

「街の魔道具屋より、よほど品揃えがいいですね。……このサークレットなど、あなたに誂えたような品ではありませんか?」

彼女が指差したのは、銀細工の施された簡素な額当てだった。そこからは、マサが扱うのと同じ、破壊と召喚の魔力の気配が微かに感じられた。

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