竜骨の学者 ──スカイリム漂流記 作:スカイリム愛好家
マサは並べられた薬瓶を、学者が古文書を検めるような冷徹な目で見定めた。命のやり取りを金で買う。戦場とは、そういう市場だ。
竜の最大の脅威は炎の息——ブレス。ならば、炎への耐性を得る赤みがかった薬は必須。彼は迷わず四本の小瓶を指で示した。次に、己の生命線である魔力を満たす青い薬。これも、最も濃度の高い上質なものを二本。そして、万一の切り札として、深い傷を一息に塞ぐという最上級の治癒薬を棚にあるだけ、三本。念のため、中程度の治癒薬も二本追加する。
「……これだけ」
彼の短い言葉に、アルカディアは頷き、手早く薬を革袋に詰めていく。ずしりと重かった金貨袋が、支払いを終えると嘘のように軽くなった。ほとんどの財産を、これから始まる数十分かそこらの時間のために投じたことになる。だが、マサの心に後悔はなかった。死んでしまえば、金貨などただの黄色い金属だ。
城門前で待っていたイリレスと合流すると、屈強な衛兵たちが既に馬を揃えていた。一行は誰ともなく頷き合うと、土煙を上げて西へと馬を駆る。平原を渡る風が生暖かく、その向こう、西の監視塔の方角から立ち昇る一本の黒煙が、空を不吉に汚していた。
塔が見えた時、そこはマサが想像した以上の地獄だった。
石造りの塔は半ばから無惨に崩れ落ち、燻ぶる梁や砕けた石材がそこかしこに散らばっている。瓦礫の間には、見慣れたホワイトランの意匠をまとう衛兵たちが、ありえない角度に体を折って事切れていた。血の匂いと、何かが焦げる臭いが混じり合って鼻をつく。
「来るなッ……!」
瓦礫の陰から、かろうじて生き残ったらしい衛兵が顔を出し、絶望に染まった声で叫んだ。「まだだ、まだ近くに……いるんだ!」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、空が翳った。
太陽を覆い隠す巨大な影。平原を吹き抜けていた風が、巨大な翼が空気を叩く音に塗り替えられる。ずしり、と大地を揺るがすほどの衝撃と共に、それが塔の残骸の上に降り立った。
鈍く光る苔むしたような鱗。溶岩のように赤々と燃える双眸。墓所の壁画で見た竜とは、明らかに纏う空気が違っていた。ただの獣ではない。その眼差しには、人間を値踏みするかのような、冷たい知性が宿っている。マサの学者の勘が、背筋に氷を滑らせるように警鐘を鳴らした。これは、ただ蘇っただけの竜ではない。永い時を生きた、古強者だ。
「散れ! 固まるな!」
イリレスが鞘から剣を抜き放ち、衛兵たちに怒鳴った。
「あれの炎に、まとめて焼かれるぞ!」
マサは即座に動いた。革帯に差した薬瓶から、炎耐性のものを引き抜く。
「飲め!」
自ら一口で呷ると、残る二本をレモネードとイリレスへ正確に投げ渡した。
「炎が、半分になる」
レモネードは彼の意図を即座に汲んで小瓶を傾け、イリレスも一瞬の躊躇ののち、それに倣った。三人の肌の表面に、まるで陽炎のような熱の膜が薄く張るのが感じられる。衛兵たちはイリレスの指示通り、散開して瓦礫の陰に身を隠し、弓を番えた。
塔の残骸の上で、竜がゆるりと首をもたげた。古い双眸が、ぎろりと一行を見下ろす。その喉の奥深くが、鍛冶場の炉のように赤熱しはじめるのが見えた。ブレスの予兆だ。
マサは詠唱を開始した。指が空中に複雑な紋様を描き、足元の大地に青白い魔法陣が浮かび上がる。彼が相手取るのは、神話そのものだ。ならば、こちらも理の外にある力をぶつけるまで。
「側面へ!」
マサは短く叫んだ。その声は、魔法陣の輝きに呼応するように響く。
「奴の的は、俺が作る!」
レモネードとイリレスは、マサの意図を汲んで即座に動いた。二人は竜の左右へと分かれ、その巨大な体躯の側面に回り込もうと駆ける。散開した衛兵たちは、矢をつがえたまま、息を殺して好機を窺う。
そして、魔法陣の光が極まった瞬間、マサの眼前に空間の亀裂が走った。裂け目から溢れ出たのは、純粋な雷光そのものだった。稲妻を編み上げて作られたかのような人型の精霊——雷のアトロナックが、バチバチと音を立てて姿を現す。
召喚された精霊は、主の命令を待つまでもなく、眼前の巨大な敵へと向き直った。竜の正面に敢然と立ちはだかり、その両腕に凝縮させた雷球を明滅させる。
マサ自身は、召喚を終えるや否や、精霊と射線が重ならない位置まで素早く後退した。古の竜と、異界の雷。二つの神話的な存在が睨み合う、その戦場の支配権を握るために。彼は冷徹な瞳で、今まさに炎を吐き出さんとする竜の顎を見据えていた。