竜骨の学者 ──スカイリム漂流記   作:スカイリム愛好家

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第十五話

咆哮が炸裂し、灼熱の息が奔流となって塔の残骸を舐め尽くした。マサが側面へ散るよう叫んだにもかかわらず、突出していた衛兵二名が炎に呑まれ、甲高い悲鳴を上げて地面を転がる。鎧は赤熱し、その隙間から覗く肌は見るも無残に爛れていたが、幸運にも、辛うじて息はあった。

「下がれ! 弓兵が前に出るな!」

マサは思わず舌打ち混じりに怒鳴った。

「傷んだ者は薬を飲め! 他はブレスの届かん距離まで引いて射ろ!」

彼の声は、炎の轟音にかき消されかけたが、衛兵たちはその的確な指示に弾かれたように動いた。側面へ大きく回り込んでいたレモネードとイリレスは、マサから渡された薬の加護で、熱波を皮膚一枚でやり過ごしている。衛兵たちが距離を取って放った矢は、しかし、竜の分厚い鱗にことごとく弾き返され、からん、と虚しい音を立てて石畳に落ちた。

 

だが、マサが呼び出した雷のアトロナックは違った。その両腕から放たれた雷球が、古竜の脇腹で青白く爆ぜる。バチ、と肉の焼ける音が響き、硬い鱗の隙間を抉った。

ミルムルニル、と名乗った古強者が、初めて明確な苛立ちを滲ませて首をもたげた。炎をものともせぬその身も、雷の衝撃は確かに骨身に堪えるらしい。燃え盛る双眸が、眼前に立ちはだかる目障りな雷の精霊を、ぎろりと睨め据えた。

次の瞬間、竜は翼で凄まじい風を巻き起こしながら、巨体を地へと降ろした。地響きが足元を揺るがす。狙いは明白、あの雷の精霊をその顎で噛み砕くつもりだ。

好機、とマサは判断した。

地に降りたということは、剣の間合いに入ったということだ。

「今だ!」

竜がアトロナックへ牙を剥いた、その隙を突いて、左右からイリレスとレモネードが同時に斬り込んだ。イリレスの剣が悪意に満ちた銀光を放ち、鱗の継ぎ目を見事に捉えて浅くも確かな一閃を刻む。だが、レモネードの一撃は、竜が身じろいだ拍子に硬い鱗に阻まれ、甲高い音を立てて弾かれた。

「硬い……!」

レモネードが悔しげに呟く。

 

そして、後方に控えるマサの番だった。

彼は射程の限界に立ち、両の手の平にありったけのマジカを集中させる。空気が震え、指先に稲妻が集束していくのが肌で感じられた。

「滅びろ」

呟きと同時に、一条の雷霆が放たれた。サンダーボルト――轟音とともに空気を引き裂いて走った白光は、竜の胴を真横から寸分違わず貫いた。

古の鱗の下で、凝縮された雷が暴れ回る。古強者の巨躯が、初めて苦悶に満ちた咆哮を上げ、大きくのけぞった。煙を上げる傷口から、黒ずんだ血がぼたぼたと滴り落ちる。確かな、そして深い手応えだった。

 

その瞬間、ミルムルニルの燃える双眸が、ぐるりと後方を向いた。雷の精霊でも、剣を振るう戦士たちでもない。あの小さな魔術師こそが、己を最も深く傷つける脅威であると、幾多の戦を生き抜いた竜の本能が即座に見抜いていた。喉の奥が、言葉のような不気味な唸りを上げる。

 

「――――、―――。――――――。―――――――――――――」

 

 

だがそこに、雷のアトロナックの放電が竜を直撃する。アトロナックが常に帯電している雷が、竜を嬲り続ける。

竜は、まず目障りな羽虫から潰すことにしたらしい。執拗に、雷のアトロナックへ顎を打ち下ろす。青白い精霊の体躯が抉れ、放電が乱れるが、それでも霧散するには至らない。それどころか、噛みつかれるたびに鱗へ放電を返し、間断なく雷球を撃ち込み続ける。その鬱陶しさは、まさに人を刺す虻のようだ。

苛立ちに身を捩る竜の巨体は、イリレスとレモネードの剣をことごとく弾き返す。

「くっ、当たらん……!」

イリレスが忌々しげに舌打ちした。

だが、その隙がマサに二度目の好機を与えた。再び彼の両手から放たれた雷が、古竜の胴を深々と灼く。黒い血が飛沫となって地に散り、竜の動きが目に見えて鈍り始めた。確実に、命を削っている。

だが同時に、マサは己の体内で魔力の源泉が枯渇しかけているのを感じていた。マジカが足りない。あの一撃を、もう一度放つ力は残っていなかった。

 

そのマサの消耗を見透かしたかのように、竜の喉が再び赤熱し始めた。ブレスの予兆だ。

だが、マサが構築した布陣は完璧だった。竜が炎を吐き出した時、その正面に立っていたのは、いまだ健在の雷のアトロナックのみ。熱波が精霊を舐めたが、致命傷にはならない。衛兵はとうに圏外へ下がり、イリレスとレモネードは側面に控え、そしてマサ自身は大きく後退していた。誰一人、炎に巻かれることはない。

その隙に、レモネードの剣がついに竜の鱗の隙間を捉え、黒い血を噴かせた。

「一太刀、入った……!」

彼女の声に、わずかな安堵が滲む。

マサはその間に革帯の小瓶を抜き、苦い味のする青い液体――上質のマジカポーションを一気に呷った。冷たい力が全身を駆け巡り、空になった魔力の器が再び満たされていく。指先に、雷を編む力が戻ってきた。

 

だが、竜はもはや雷の精霊にも、剣士たちにも興味を失っていた。

憎悪に燃える双眸が、後方で力を溜め直すマサを、ただ一点、見据えている。

羽虫の相手はもう十分だ、とでも言うように。

巨大な翼が緊張し、地を蹴るための予備動作に入る。古強者は、空へ舞い上がってでも、あの忌々しい雷の主を喰らうつもりだった。

「まずい、飛ぶ気だ!」

マサは即座に判断した。飛翔されれば、剣は届かなくなる。そうなれば、全ての攻撃が自分一人に集中する。

彼は詠唱を切り替えた。雷ではない。両手で印を組み、呪文を二重に編み上げる。狙うは威力ではない、敵の阻害。彼の指先に、凍てつく冷気が収束していく。

「怯め……!」

狙いは、氷の楔を叩き込み、竜の動きを一瞬でも止めること。

レモネードとイリレスも、マサの意図を察して竜の注意を惹きつけようと剣を構え直した。だが、マサへの殺意に凝り固まった古竜は、二人の戦士など意にも介さない。

 

マサが氷の呪文を完成させる、その刹那。

竜の動きが、わずかに速かった。

ミルムルニルは咆哮とともに地を蹴り、巨大な翼で空へと舞い上がる。そして―――眼下のマサめがけ、一直線に急降下してきた。

開かれた顎が、死の影となって彼に迫る。

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