竜骨の学者 ──スカイリム漂流記   作:スカイリム愛好家

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第十八話

謁見の間の長い炉に、薪が爆ぜる音が響く。

 

叙任の言葉が下り、広間を包んでいた衛兵たちのどよめきがようやく引いたあとも、マサの耳の奥にはまだあの声が残っていた。遥か世界の喉、その山頂から降ってきた、人の喉では決して出せぬ三つの音節。空気そのものを震わせ、骨の髄を撫でていった声――「ドヴァキーン」。

 

「……肝の据わった顔だ」

 

玉座から身を乗り出し、首長バルグルーフが片頬を歪めた。からかいとも労いともつかぬ笑みだった。「竜を一頭仕留め、声の主に名を呼ばれてなお、震えもしない。よそ者の魔術師にしては、たいした胆力だな」

 

首長の傍らで、軍司令のイリレスが腕を組んだまま、赤い瞳だけをこちらへ向けている。短く、「腕は確かよ」とだけ。ダークエルフの女が他人をそう評するのは、滅多にないことだった。

 

階段の脇では、黒髪を後ろで結った長身の女戦士――リディアが、鋼の鎧の胸に拳を当てて控えている。命を預けると誓ったばかりの相手を、まだ値踏みするような、生真面目な視線だ。その斜め後ろで、革胴衣に茶のマントを羽織ったレモネードが、髪に挿した簪の蒼石を指先でそっと撫でながら、マサを見ていた。あの呼び声を聞いた時から、彼女の蒼い瞳には、隠しきれない問いが揺れている。

 

炉の熱が、竜の牙が掠めた肩の傷にじわりと染みた。一日の激戦と、竜の魂を喰らった余韻で、体は芯から重い。

 

「さて」首長が杯を置いた。「ハイフロスガーはお前を待っている。だが――今宵は、もう遅い」

 

グレイビアードの招きに応じるべきか。あるいはまず、共に死線を越えたレモネードや、今日から仕えるというリディアと、今後の間合いを整えるべきか。何より先に、この傷と消耗を癒やすために一晩休むのが賢明だろうか。

 

思考が巡る中、マサの口をついて出たのは、もっと現実的な問いだった。

「ドラゴンボーンについてはよくわからない。ただまず聞きたいんだが、その従士というのは給料や年金のようなものは存在するのか?」

「正直、さきほどのドラゴン戦のために薬を買い込んで、ほぼ金がなくてな。まず手元の話をさせてほしい」

 

「給金、年金、ときたか」

バルグルーフが喉の奥でくつくつと笑った。侮りではない。むしろ、こういう男は信用できる、とでも言いたげな笑いだった。

「正直でよろしい。竜を斬った直後に『で、実入りは』と訊く従士は、お前が初めてだ」

 

首長が顎をしゃくると、玉座の脇に控えていた痩せた中年の男――執政が、帳簿でも繰るような口ぶりで前へ出た。算盤と書類の匂いがする男だ。

「お答えしましょう、従士殿。率直に申し上げれば――従士という位に、定まった俸給も年金もございません」

男は事務的に、しかし丁寧に言葉を続けた。

「これは禄を食む役職ではなく、名誉でございます。首長がその者の働きを認め、『この者はホワイトランの友である』と公に示すための位。代わりに、いくつかの実利が付きます。――一つ、あなたには既に私兵(ハウスカール)が一人。そこのリディアです。命を預ける家来を一人、城が抱えてくれる。雇い賃はこちら持ちと思えばよろしい」

 

階段脇のリディアが、わずかに背筋を正した。

 

「二つ、城下で多少の悶着を起こしても、衛兵は大目に見ます。位ある者ですからな。三つ、この街に家を構える権利――城下の空き家ブリーズホームを、正規の値で買い取れます。よそ者には普通、許されぬことです。四つ、首長の謁見に、列を待たずに通れる。――これらが『従士であること』の値打ちでして」

 

執政は一度言葉を切り、それからやや声を落とした。

「……ですが、財布の話となれば、別でございます。竜退治の即金の褒賞は、もうお渡し済み。あなたが薬代に消されたのは、それでしょう。今、あなたの巾着に残っているのは、せいぜい二百と少し――違いますかな」

 

図星だった。マサが黙っていると、バルグルーフが割って入った。

「で、だ。叙任の褒賞が、まだ一つ残っている。俺の武具庫の一振りだ。約束したろう。鋼でもエルフの業物でも、好きなものを持っていけ。――佩いてもいい。気に入らなければ、街の鍛冶に売り払っても、文句は言わん。あれなりの値にはなる」

首長は杯の縁を指で叩く。

「それと――お前、竜の骨と鱗を担いでいるそうだな。イリレスから聞いた。あれは金になる。スカイフォージのエオルンド爺か、城下のアドリアンヌ……鍛冶を打つ連中なら、喉から手が出るほど欲しがる素材だ。骨の一本も売れば、当面の暮らしには困るまい。もっとも――」

そこで初めて、バルグルーフの目に、抜け目のない光が差した。

「ドヴァキンの異名は、もう城下に広まりつつある。竜を斬る男に、仕事は向こうから歩いてくるものさ。賞金首、護衛、厄介事の片付け――名が銭を呼ぶ。お前はもう、ただの食い詰めた魔術師ではない」

 

「では武器庫の一振りを選ばせてもらおう」マサは即決した。「一応これでも剣も扱えるしな。杖などあればもっと嬉しいのだが……」

 

「武具庫か」

バルグルーフが執政に目配せすると、ほどなくして謁見の間の奥にある鉄扉が開かれた。冷えた石室に、松明の灯が揺れる。壁には鋼の剣が並び、隅の棚には布をかけられた数本の杖が立てかけられていた。

 

「剣も使うが、できれば杖が、と言ったな」

聞き慣れた、皮肉混じりの声がした。竜の石板を届けたあの偏屈な学者――宮廷魔術師ファレンガーが、フードの奥から目を細めてこちらを見ている。竜の魂を喰らった男に、純然たる好奇を隠そうともしない。

「ちょうどいい。城の蔵には、いくさで奪った付呪の品が眠っている。首長が宝物庫と呼ぶには、いささか埃をかぶっているがね。――どれも『込め物(エンチャント)』だ。お前のような燃費の悪い破壊術師には、魔力が尽きた時の保険になる」

 

学者は布を一枚ずつ払いながら、品を並べていった。火球を放つ杖、敵の動きを凍てつかせる氷の杖。ダメージこそないが、敵の魂を空の魂石に縛りつけ、付呪の燃料を自給自足できるようになるという珍しい杖もある。剣も二振り。マサの得意とする雷撃を刃に乗せた鋼の剣と、斬りつけた相手の体力を吸い上げて己が傷を癒やすという、優美なエルフの剣。

 

ファレンガーが、氷の杖を軽く回して寄越すように構えた。

「言っておくが、込め物の力は『腕前』が決める。これらは前の持ち主の腕で込められた品だ。お前自身が付呪を磨けば、いずれ己の手でもっと上等を仕立てられる。――今は、当座の一本を選べ」

 

マサの視線は、エルフの剣に吸い寄せられていた。

「杖は欲しいが、それ以上にこれは業物だな……。これをもらおう」

 

「いい目利きだ」ファレンガーが、ほう、と感心したように頷いた。「杖の誘惑を退けて業物を取るとはな。剣士の血も、まんざら錆びてはいないらしい」

学者は鞘ごとその剣を捧げ持ち、刃を半分だけ抜いて灯にかざした。エルフ鋼の薄緑が、松脂の炎を映して鈍く濡れる。刀身に走る古い込め文字が、握り手の体温を吸うように、わずかに脈打った。

「吸命の込め物だ。斬れば、相手の生気が刃を伝ってお前に還る。――守りの薄い術師には、過ぎた拾い物だな」

 

バルグルーフが鷹揚に手を振った。「持っていけ。城の蔵で埃をかぶせておくより、竜を斬る手にある方が、剣も本望だろう」

 

刃が鞘に収まる。マサが受け取ると、思ったより軽かった。片手に馴染む、見事な重心だ。これを佩かずとも、鍛冶屋に持ち込めば当座の金には困らないだろう。骨を売ればなおさらだ。

 

炉の間へ戻れば、夜はいよいよ更けていた。褒賞を受け取り、ひとまずの金策にも目処がついた。マサは向き直り、控えていた私兵に声をかけた。

「で、リディアだったか。あなたは俺の私兵とのことだが、具体的にはどういうことをしてくれるんだ?」

 

名を呼ばれて、リディアは弾かれたように一歩前へ出た。鋼の鎧が小さく鳴る。胸に拳を当てる仕草は、もう体に染みついた兵の礼だ。

「リディアと申します。今日この時より、あなたの私兵(ハウスカール)です」

簡潔で、よく通る声だった。世辞も気負いもない、ただ事実を述べる口ぶりだ。

「具体的に、と仰せなら――まず、剣です。あなたが旅へ出るなら、私は先頭に立ちます。盾を構え、敵の刃はこの身で受ける。後ろから魔法を編むのがあなたの戦い方なら、それを邪魔させぬよう、前を塞ぐのが私の務め。あなたを矢面には立たせません」

 

そこで一度、息を継ぐ。

「次に、留守。あなたがこの街に家を構えれば――首長は風の高台の麓のブリーズホームを勧められるはずですが――その家を、私が守ります。鍵を預かり、戸締まりをし、あなたが竜を追って何月戻らずとも、火を絶やさず待つ。従士とは、そういう者です」

わずかに眉が動いた。次の一言は、少しだけ早口だった。

「……荷も、運びます。命じられれば。剣を執る者を物持ちに使うのは業腹ですが、それも務めの内と心得ています」

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