竜骨の学者 ──スカイリム漂流記   作:スカイリム愛好家

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第二十話

「でも――『世界は広い』。それは、本当にそうなのでしょうね。わたしはロリクステッドと、その周りの街道しか知りません。父が見たという南の海も、東の灰の大地も、見たことがない。あなたの言う化け物じみた大魔導師も、きっとどこかに、本当にいるのでしょう」

 椀をことりと卓に置いて、彼女はマサの方へ少し顔を寄せた。傾いていた肩が、とうとう袖に触れる。革鎧の下のやわらかな温もりが、布越しにじんわりと伝わってきた。本人は、やはり気づいていないらしい。

 

「……でも、今のお言葉で、安心しました。『自分はそこまで強くないから、一人では挑まない』。――それが聞けて」

 ほう、と甘い息を吐く。火と酒で上気した頬が、炉の灯にとろりと照らされていた。

「強い方ほど、自分を過信して、一人で死地へ歩いていってしまうのです。あなたが、ご自分の丈をちゃんと測れるお方で、本当に、よかった」

 言ってから、彼女は自分の言葉が思いのほか素直に出たことに気づいたのか、慌てて姿勢を立て直そうとした。だが、酒がそれを許さない。少しよろけて、結局また、こてんとマサの肩へ寄りかかる形になった。

「……あ。……失礼、しました。少し、回ったみたいです。二杯目は、いけませんね。本当に」

 それでも、離れようとはしなかった。蒼石の簪が、すぐ間近で小さく光っている。黒髪から、甘い蜂蜜と、ほのかに汗ばんだ肌の匂いが立った。

「マサ殿。……一つ、伺っても。さっき、城で言いかけて、やめたのですが」

 声が、少し小さくなる。

「わたしが、村へも同胞団へも足が向かないのは――たぶん、その、『それとも』の先が、理由なのだと思います。自分でも、もう、薄々」

 そこで言葉が、また途切れた。続きを言うべきか、迷っている。蒼い瞳が、伏せられたり、ちらりと上げられたりを繰り返した。マサは黙って彼女の言葉を待ったが、酒の力を借りてなお、次のひと言は容易に出てこないようだった。彼は静かに口を開いた。

 

「その先を、聞かせてくれ」

 炉の薪が、ぱちりとひとつ爆ぜた。

 促されて、レモネードは口を開きかけた。けれど、出かかった言葉は、喉の手前で詰まったようだった。彼女は簪に指を添えると、少し気恥ずかしそうに目を伏せた。

「『それとも』の先は……たいした話では、ありません」

 しかし、続く声には嘘のない熱が籠っていた。

「わたし、冒険なんて、子供の頃に棚の上へ放り上げた夢だと思っていたんです。父が見たという南の海も、東の灰の大地も、もう自分には縁のないものだと。村と街道を守って、それで一生を終えるのだと――そう、得心していたつもりでした」

 椀の縁を、指がなぞる。

「なのに、あなたに雇われて、墓所を抜けて、竜と渡り合って……気づいたら、棚の上の夢が、すぐ目の前まで降りてきていた。あなたの隣を歩けば、わたしはあの夢の続きを、見られるかもしれない。――そう思ったら、足が、村へ向かなくなってしまったのです」

 そこで彼女は、自分の言葉に照れたように、ふっと笑って肩をすくめた。

「……まあ、ただの、田舎者の身の程知らずな憧れです。竜殺しの旅に、村の剣士がついて回りたい、という。それだけのこと。重く受け取らないでくださいね」

 蒼い瞳が、酔いと憧れとで潤んで、炉の火を映してきらきらと揺れていた。

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