竜骨の学者 ──スカイリム漂流記   作:スカイリム愛好家

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第二十七話

苔むした石段を下ると、外の霧と湿気が、墓特有の乾いた冷気に変わった。マサがたいまつを掲げる。揺れる炎が、低い天井と、そこにびっしりと張り巡らされた灰白色の糸を照らし出した。

 蜘蛛の巣だ。それも、尋常な大きさではない。巣というよりは、墓所そのものを包み込む巨大な繭のようだ。

 足元の石床には、最近のものらしき乱れた足跡と、踏み消されたたいまつの燃え滓が残っていた。マサより先に、誰かがここを通っている。一人や二人ではない。

 そして奥の方――暗がりの彼方から、くぐもった物音が漏れ伝わってきた。人の詠唱らしき低い声。古い鋼の打ち合う音。そして、ぱきり、と凍てつく魔法の弾ける気配。誰かが、この墓の奥で、何かと戦っている。

 

 リディアが声を潜めた。

「……先客が、いるようですね。それも、揉めている」

 だが、目の前の脅威が先だった。頭上の糸が、ざわりと揺れる。天井の闇から、人の胴ほどもある毛むくじゃらの塊が、糸を伝ってぞろりと数匹、降りてきた。こちらのたいまつの熱を嗅ぎつけ、鋭い牙を鳴らしている。奥の一匹は、ひときわ大きい。

 フロストバイト・スパイダー。その毒と、糸ごと焼き払う炎が有効なことは、魔術師の基礎知識だった。狭い前室だ。密集した群れは、範囲魔法の格好の的になる。

「リディア、前を!」

 マサの短い指示に、彼女は即座に応じた。盾を構えて狭い墓道を塞ぎ、毒牙の群れを受け止める。鋼の剣が二閃。一匹の腹を裂いて脚をもがせ、返す刃がもう一匹の頭胸を断ち割った。二匹が、粘つく糸を引きながら床でのたうつ。

 だが、毒蜘蛛は壁を這う。リディアの盾を嫌った一匹が、天井を回り込み、後方のマサめがけて滑り降りた。火球を錬む腕に、毛むくじゃらの脚が絡みつき、牙が防具の隙間を掠める。鋭い痛みと共に、冷たい毒が肌の下に滲んだ。

 

「ちぃ……っ」

 マサは舌打ちしつつも、詠唱を止めなかった。腕の蜘蛛は後回しだ。狙うは、前方で密集する塊。指先で膨れ上がった紅蓮を、リディアの肩越し、群れの只中へ叩き込む。

 火球が炸裂した。狭い前室が、一瞬、真昼のように輝く。張り巡らされた糸が瞬時に燃え上がり、瀕死の二匹は炎に呑まれて灰になり、巨大個体の毛皮も激しく焼け爛れた。墓室に、焦げた甲殻と毒液の臭いが満ちる。

 巨大蜘蛛は、燃えながらも、まだ脚を蠢かせている。そしてマサの腕には、もう一匹が、しがみついたままだ。毒が回る前に、終わらせる。

「リディア!」

 叫ぶまでもなく、彼女は動いていた。燃え崩れる巨大蜘蛛へ、鋼の剣が深々と振り下ろされる。焼け爛れた甲殻は、もう一撃に耐えられなかった。一閃のもと、毒袋ごと両断され、脚がわずかに痙攣したきり動かなくなる。

 残るは、マサの腕に取り付いた一匹。その牙が再度迫るが、マサは身を捻ってそれをかわした。

「離れろ」

 腕の蜘蛛へ、喉の力を点で叩き込む。

「Fus!」

 至近距離で放たれた声の衝撃波が、毛むくじゃらの塊を腕から引き剥がし、壁へ叩きつけた。床に転げて脚をばたつかせる蜘蛛へ、すかさず火の槍を放つ。毒蜘蛛は炎に包まれ、甲高い断末魔を残して焦げ塊と化した。

 

 静寂が戻った。焼けた糸の燻る匂いと、毒液の饐えた臭いだけが、前室に残った。

 だが、マサの腕の咬み傷から、冷たい痺れが、じわりと這い上がってくる。毒だ。リディアがすぐに駆け寄り、傷口を布で強く縛った。

「動かないで。……幸い、深くは入っていません。あの手の蜘蛛の毒は、命取りにはならない。じきに抜けます。解毒薬があれば早いのですが」

 手持ちに毒消しはない。低い毒だ、しばらくの辛抱で薄れていくだろう。

 奥の物音は、まだ続いていた。むしろ、近い。詠唱の声、古い鋼の打ち合い、凍てつく魔法の炸裂音。松明の灯が、奥の広間からちらちらと漏れている。

「……どうします。あれに、関わりますか」

 

「いや」マサは首を振った。「このまま進むのは得策じゃない。毒が抜けるまで待つ」

 物陰に身を潜め、しばし時を待つ。リディアが見張りに立つ間、マサは壁に背を預け、呼吸を整えた。回復のポーションを一本呷ると、墓道の冷気で強張っていた体に、温かいものが巡り、咬み傷も塞がってゆく。短い瞑想で、火球に費やした魔力も練り戻した。

 腕の痺れが、四半刻もすると潮が引くように薄れていった頃、奥の物音が、変わった。

 激しかった鋼の打ち合いが、間遠になり、やがて途絶える。代わりに、勝ち誇ったような男の笑い声と、何かを引きずる音。詠唱の声は、まだ低く続いている。どうやら「先客」たちは、起こしたドラウグルを概ね片付け、戦いを制したらしい。漁夫の利を得る好機は、半ば閉ざされた。

 だが、向こうはまだ、こちらの存在に気づいていない。

「片がついたようですね」リディアが、剣の柄に手を添えたまま囁いた。「連中、奥へ進む気でしょう。……こちらに気づく前に、どう出ますか」

 

「まず、正体を見る」

 マサはリディアを数歩後ろに待機させ、単身、足音を殺して墓道の物陰へとにじり寄った。暗がりから広間を見透かす。学者の目には、連中の正体は一目で知れた。

 三人の術者。黒いローブを纏い、不浄な魔力を漂わせている。二人は、ドラウグルとの戦いで消耗した魔力を練り直し、もう一人は、倒したドラウグルの骸に手をかざしている。死霊術師だ。周りには、番兵として起こされた白骨兵が数体、ぼんやりと突っ立っている。

 厄介な相手だ。術者自身の体は脆いだろうが、放置すれば氷の魔法で動きを封じられ、蘇る死者の軍勢に削り殺される。鍵は明白だ。術者を先に、速やかに断つこと。

 幸い、三人は広間の中央に固まり、次の進路を相談している。奇襲をかけるには絶好の配置。だが、頭目格の一人が、しきりに辺りを警戒している。好機は、ごく短い。

 仕掛けるなら、今しかない。

 背後で、リディアが音もなく剣を抜く気配がした。彼女は、マサの決断を待っている。

 マサは物陰から身を引くと、両の手のひらを静かに掲げた。右手に、そして左手に。二つの魔力の源流から、同時に破壊の力を汲み上げる。指先に灯った小さな火種が、瞬く間に膨れ上がり、一つの、より強大で禍々しい火球へと練り上げられていった。

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