竜骨の学者 ──スカイリム漂流記   作:スカイリム愛好家

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第二十九話

轟音。

 炸裂した火球は、床に張り巡らされた油の海に火を放った。浅い溝を伝って炎が一斉に走り、黒い液体が紅蓮の蛇となって墓室の隅々までを舐め尽くす。壁龕から這い出しかけていたドラウグルたちは、逃れる間もなく足元から業火に呑み込まれた。乾ききった古布と、千年を生き永らえた朽ち肉が、まるで巨大な松明のように燃え上がる。声にならぬ軋みを上げて不死の戦士たちは炎の中でのたうち、次々と崩れ落ちては黒い灰と化した。墓室全体が、ごうごうと唸りを上げる灼熱の空間へと変貌する。

 

 ただ一体、油の届かぬ奥の高い壁龕に潜んでいた白骨の弓兵だけが、その炎を逃れていた。骨の指が古びた弓をきりきりと引き絞り、燃え盛る炎の海越しにマサへ矢を放つ。だが、距離と熱気で勢いを殺がれた一射は、ローブの裾をかすめて背後の石壁に当たり、かん、と乾いた音を立てて弾かれた。

 揺らめく炎の向こう、生き残りはわずか。

 マサは右手に再び魔力を集める。床の炎が収まるのを待つまでもない。指先に灯った小さな火種が、槍の形を取る。炎の海を一直線に駆け抜けた火の槍は、狙い過たず白骨兵の胸郭を貫いた。骨で組まれただけの脆い体は、炎の魔力を浴びて木っ端微塵に砕け散る。乾いた骨片が、ぱらぱらと燃え盛る床に降り注いだ。

 

 油の炎は、しばらく猛り狂った後、やがて燻る煙へと勢いを鎮めていった。墓室は静寂を取り戻したが、焦げ付いた臭いが鼻を刺す。一気に焼き払った代償に、ドラウグルたちが身に着けていたであろう古代の武具も装束も、そのほとんどが灰になってしまっていた。マサは焼け残った奥の壁龕を検め、古代ノルドの剣を一振り、そして熱を帯びた宝石を二つだけ拾い上げる。手早い掃討だったが、得られたものは少ない。炎の魔法は強力だが、欲深く戦うことには向かない。彼らしい割り切りだった。

「派手な戦い方ですね」

 燻る床を慎重に避けながら、リディアが半ば呆れたように言った。

「……敵には、これ以上ないほど効きますが」

 

 焼け落ちた墓室を抜けると、道は二手に分かれていた。

 右手は、本道と思しき下りの石段。さらに奥深く、墓の核心へと続いているのだろう。冷たい風が、地の底から這い上がってくるような気配があった。

 左手は、狭い横道。その奥から、見覚えのある光が漏れ出していた。ハイ・フロスガーの修練場で、そしてブリークフォール墓地の最深部で見た、あの青白い燐光。脈打つように明滅する光は、竜語の壁の存在を示していた。だが、その光の手前には、ひときわ大きな石棺が不気味に鎮座し、濃密な死の気配を放っている。強力な番人が眠っているに違いない。

 リディアが、左右を見比べてマサに視線を向けた。

「……奥へ急ぐか。それとも、あの光を見るか。光のある方は、何かが待ち構えていそうですが」

 マサは答えず、燻る墓室の手前、まだ炎の温もりが残る石床に腰を下ろした。今は進む時ではない。彼は目を閉じ、乱れた魔力の流れを鎮めるべく、深い瞑想に入った。リディアは何も言わず、彼の背後で剣の柄に手をかけ、油断なく周囲への警戒を続ける。一時間ほどそうしていただろうか。墓の奥から聞こえるのは、底冷えのする風の音と、時折遠くで石が軋む音ばかり。消耗した力が、内奥からゆっくりと満ちてくる。戦うには充分な量が戻ってきた。

 彼は立ち上がると、迷いなく左の横道へ足を向けた。竜の言葉が、彼を呼んでいる。番人が待ち構えていようと、行かねばならない。リディアもまた、心得たとばかりに盾を構え、彼の後に続いた。

 

 青い光の中へ踏み込む。

 狭い石室の正面に、竜語を刻んだ古代の壁が、燐光を明滅させていた。だが、その光に照らし出され、壁の両脇に据えられた二つの巨大な石棺の蓋が、内側から、ずず、と重い音を立てて押し上げられ始める。乾いた咆哮。千年の眠りから覚めた、王級の番人だった。

「来るぞ!」

 マサの鋭い声と同時に、リディアが盾を構えて彼の前に立ちはだかった。

 石棺から現れた上位のドラウグルの一体が、錆びた古代の大剣を振りかぶり、リディアへ襲いかかる。鋼の刃が、ブナの盾に火花を散らして滑った。だが、もう一体が狙うのは術師であるマサだ。軋む喉から、古の声を絞り出す。

 

「Fus・Ro……!」

 揺るぎなき力の衝撃波が、まっすぐマサめがけて床を走った。

「させ……っ」

 リディアは、それを己の背で受けた。踏ん張ろうとするも、王級の声はあまりに重い。彼女は盾ごと後方へ吹き飛ばされ、片膝を石床に強く打ちつけた。だが、その身を挺したおかげで、マサは無傷のまま詠唱を止めずに済んでいる。彼の両手には、すでに二重に練り上げられた紅蓮の球体が、眩い光と熱を放っていた。

 好機と見た下位のドラウグル二体が、倒れたリディアへ刃を振り下ろす。しかし、彼女が咄嗟に庇った盾と厚い鎧が、辛うじてその刃を弾き返した。

 その瞬間、マサの両手から巨大な火球が放たれた。

 炸裂。狭い石室を業火が舐め尽くす。下位のドラウグル二体は抵抗する間もなく燃え崩れ、大剣を振るっていた上位の番人も、炎に呑まれて膝から崩れ落ちた。声を放った最後の一体だけが、爆風の縁で全身を焼かれながらも、青い眼に憎悪の光を燃やしてよろめいていた。

 

 残るは一体。炎に焼かれ、怯んでよろめいている。マサは間髪入れず、次の呪文を放った。火の槍が、番人の胸を正確に貫く。青い眼の光が虚空に散り、古代の戦士は音を立てて崩れ落ち、二度と動かなくなった。

 

 リディアが、盾を支えにゆっくりと立ち上がった。鎧には泥と灰が付き、悔しげに口を引き結んでいる。

「……不覚を取りました。あの声に、転ばされるとは」

 だが、その目は務めを果たした者の硬さを保っていた。マサを矢面に立たせなかったこと――それだけは、彼女の揺るがぬ誇りだった。

「庇われたな。助かった」

 マサが短く労うと、リディアは一瞬、虚を衝かれたような顔をした。それから、ぶっきらぼうに顔を背ける。

「……当然のことです。それが、私兵の務めですから」

 先刻、傷を癒やされた借りを返した、とでも言いたげな横顔だった。

 

 マサは番人の亡骸から、見事な装飾の施された古代ノルドの剣と、大きな魂石を拾い上げた。そして、石室の奥――青白く脈打つ壁へと、引き寄せられるように歩み寄る。

 壁の前に立つと、刻まれた古代の文字のひとつがひときわ強く輝き、その燐光が彼の喉へと流れ込んできた。頭の奥に、言葉の形が直接刻み込まれる。

 ――Feim。

 己の身を霊と化し、あらゆる害を一時的にすり抜ける声。霊体化のシャウト、その第一語だ。

 だが、FusやRoの言葉を得た時のような、内側から湧き上がる熱はない。それはただ、冷たい知識として刻まれただけだった。アーンゲールの言葉が脳裏に蘇る。壁から奪った言葉は、竜の魂を喰らうまで、声には宿らない。今のマサに、屠るべき竜の魂の蓄えはない。いつか、あの塚に眠る竜を打ち倒した時――この言葉は、初めて真の力を得るだろう。

 リディアが、壁の燐光を見上げて呟いた。

「……これが、声の言葉。古の竜が遺したもの。あなたのような方にしか、意味を成さないのですね」

 

 横道の用は済んだ。再び短い休息を取り、魔力を練り直してから、マサは焼け残った氷の剣をリディアへ差し出した。

「これを渡そう。存分に活用してくれ」

 リディアは、差し出された剣を一瞬、理解しかねたように見つめた。番人から剥いだばかりの業物。売ればかなりの値が付くであろうそれを、こともなげに自分へ渡そうとしている。

「……よろしいのですか。これは――」

「君が前で受けてくれなければ、俺はとっくに焼かれていた。盾持ちが、鈍らな鋼で戦っていては困る。働きに見合うものだ」

 リディアの硬い表情が、ほんの少しだけ動いた。彼女は、それまで腰に差していた鋼の剣を鞘に納め、代わりに氷の刃を握る。刀身に走る古代の付呪が、彼女の手の温もりに応えるかのように、淡い霜の輝きを帯びた。試しに一閃すると、冷気が空気を裂いて鋭く唸る。

「……良い剣です。重心も、わたしの手に馴染む」

 短く、しかし一つ一つの言葉を噛みしめるように言って、彼女はマサをまっすぐに見つめた。

「荷を運ぶ者ではなく、剣を執る者として、扱っていただいている。……それが、何より」

 務めとしての忠誠の底に、確かな信頼が一つ、静かに積み上がった。世辞の言えない女の、不器用な礼だった。

 

 準備は整った。二人は分かれ道まで戻り、今度は本道である右の下り階段を、さらに深くへと下っていく。空気は墓の底へ近づくほどに古く、張り詰めていった。

 やがて、広い円形の間に出る。床には巨大な石の柱が三本、回転する仕掛けと共に据えられていた。壁には鷲、鯨、蛇の獣の彫りが並び、奥の鉄格子門を固く閉ざしている。古い謎掛けだ。柱の獣を壁の意匠に合わせれば、道は開かれるのだろう。

 だが、部屋の奥――格子門の手前に、ひときわ装飾の凝った石棺が一つ、鎮座していた。炎と雷の文様が刻まれ、他のものとは比較にならぬほど不穏な霊気を放っている。この聖室の、最も篤き番人。近づけば、必ずや目を覚ますに違いなかった。

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