竜骨の学者 ──スカイリム漂流記   作:スカイリム愛好家

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第三話

地下の暗渠を指した商人の言葉が、市場の喧噪の奥で低く反響していた。盗みは産業——その言葉の重みを、マサは肌で感じていた。この街は、見えるものだけがすべてではない。今は深入りすべき時ではない。旅の目的は、ここリフテンの探索ではないのだ。

踵を返し、来た道を引き返す。活気ある市場を抜け、マサは再び街の正門を目指した。昨夜、因縁をつけてきた革鎧の男の姿はもうない。代わりに、本物の衛兵が長い槍を手に、退屈そうに欠伸を噛み殺していた。

 

門の外、街道の脇に、幌をかけた一台の荷馬車が停まっていた。繋がれた痩せた老馬が、時折轡を鳴らしながら道端の草を食んでいる。御者台では、毛皮の外套を着込んだ中年のノルドが、所在なげに手綱をいじっていた。マサの姿を認めると、品定めするような目を細める。

 

「乗合かい、旦那? どこへなりと運ぶぜ。スカイリムの首府なら、どこへでもな」御者は親指で幌を示した。「ホワイトランまでなら三十ゴールド。ウィンドヘルムでも同じくらいだ。遠出——ソリチュードやマルカルスとなりゃ、もう少し弾んでもらうがね」

 

「ホワイトランまで、どのくらいかかる」

 

「天気と運次第だが、朝に出りゃ日暮れ前には平原が見えてくる。半日ちょいってとこさ」男は肩をすくめた。「ただし約束はできねえ。リフトの山道にゃ追い剝ぎが出るし、検問で足止めも食う。最近は……まあ、空から物騒なのが降ってくるなんて噂もあるしな。だが俺はもう何年もこの道を往復してる。たいていは無事に着くもんさ」

彼は手綱を軽く叩いた。「今すぐ出てもいいし、昼過ぎの便にしてもいい。客が二、三人も乗りゃ、もう少し早く出すぜ。どうする、旦那」

 

金貨三十枚。二日歩く手間を思えば、妥当な値段だ。だが、マサの頭の片隅では、もう一つの算盤が弾かれていた。この街を発てば、金庫に預けた一万ゴールドという大金は、再びここへ戻るか、遥か西のソリチュードかマルカルスに辿り着くまで引き出せなくなる。万一の備えは、ここで整えておくべきだろう。

 

「少し待ってくれ。支度をしてくる」

 

マサはそう言い残し、再び門をくぐって市場へ戻った。

 

 

目指すは、市場の一角に構えられた両替商だ。頑丈な鉄格子で守られた窓口の奥に、ブラック=ブライア家の蜜蜂の紋章をあしらった重厚な金庫が据えられている。このリフテンの富は、すべてかの女主人の甘い蜂蜜酒の香りから逃れられないらしい。

窓口の痩せた帳簿係に預り証を示すと、彼は無感情な目でそれを検め、マサの差し出した革袋に銅貨を数える音とともに金貨を流し込んだ。ずしり、と二千枚分の重みが腕に伝わる。

 

「またのご利用を。……このご時世、金は持ち歩くより預けておくのが利口ですがね」

 

背中に投げかけられた言葉が、皮肉なのか忠告なのかは判然としなかった。

 

次に薬だ。市場の片隅で、薬草と色とりどりの小瓶を几帳面に並べた屋台が目に留まった。店番は女だった。深い茶の髪を無造作に束ね、地味な装いをしているが、その立ち姿には隠しきれない豊かな肢体が見て取れた。化粧気のない顔に、ブレトンには珍しい淡い緑の瞳が、どこか遠くを見ている。客あしらいは丁寧だが、一枚壁を隔てたような、影のある佇まいだった。

 

「回復薬を、三つ」

 

マサが告げると、女は小瓶を三本、手早く布で包みながら抑えた声で応じた。

 

「中級のもので、お一つ百ゴールド。……旅の方ですか」

 

値踏みではない。むしろ深入りを避けるような、用心深い問いかけだった。

三百ゴールドを支払い、受け取った小瓶の一本を、マサは何気なく陽光にかざした。澄み切った赤い液体、雑味のない沈殿。指先に伝わる魔力の編み目が、妙に整っている。市場の片隅の薬売りにしては、腕が良すぎる。学者としての目が、無意識にその質を分析していた。

こちらの視線に気づいたのか、女はわずかに身を引くようにして、薄く微笑んだ。

 

「……あまり、じろじろ見ないでください。ただの薬です」

 

言葉は柔らかいが、それ以上の詮索を拒む響きがあった。

マサは礼を言って包みを受け取り、その場を辞した。リフテンには、見た目どおりでないものが多すぎる。スリの子供、地下を牛耳る組織、そしてこの腕の立つ薬師。昨夜、タレン=ジェイが漏らした忠告が、また一つ裏付けられた気がした。

 

旅支度は整った。門の外へ戻ると、御者はまだ昼過ぎの便を待って煙草をふかしている。マサは金貨三十枚をその手に握らせ、幌の下の硬い板床に腰を落ち着けた。ほどなく、行商人らしい小柄な男と、黙して語らぬオークの傭兵が乗り合わせる。御者は「揃ったな」と短く言うと、手綱を鳴らした。老馬がのっそりと歩き出し、車輪が軋む。リフテンの高い城壁が、ゆっくりと後方へ遠ざかっていった。

 

馬車は紅葉に燃えるリフトの森を抜け、やがて道は岩がちな山あいへと分け入っていく。色づいた木々が途切れ、灰色の岩肌と痩せた灌木が両側に迫ってきた。蹄の音と車輪の軋みだけが、静かな谷間にこだまする。幌の中では、行商人が荷を抱えて舟を漕ぎ、オークの傭兵は腕を組んだまま、鋭い眼光で前方を睨んでいた。

その傭兵が、不意に低く唸った。

 

「……止まれ」

 

御者が慌てて手綱を引くより早く、前方の道に、一本の倒木が横たわっているのが見えた。つい今しがた切り倒されたばかりのように、その切り口は生々しく白い。

罠だ、とマサが察した瞬間、両側の岩陰から人影が躍り出た。ぼろ革と鋲を継ぎ接ぎした鎧、錆びの浮いた剣や手斧。数えて四人。そのうちの一人は弓を構え、その鏃をぴたりと馬車の御者に定めている。

先頭に立つ、毛皮を肩にかけた大柄な男が、欠けた歯を剥き出して笑った。

 

「よう、お早いお着きで。この道は俺たちの庭でな、通行税をいただいてる。荷と、財布と——」男の濁った目が、幌の中のマサと、その仕立ての良いローブにねっとりと絡みつく。舌なめずりをするように、言葉を続けた。「上等な身なりの旦那もいるじゃねえか。身ぐるみ置いていきゃ、命だけは見逃してやるよ」

 

オークの傭兵が、無言で背の大剣の柄に手をかけた。御者は両手を上げて蒼ざめ、行商人はただ震えている。弓を引き絞る盗賊の指が、じりじりと緊張に震えていた。矢は、いつ放たれてもおかしくない。

 

 

マサは動かなかった。ただ静かに右手を上げる。指先が宙に複雑な紋様を描くと、馬車の傍らの空間が、突如としてみしりと音を立てて軋んだ。

冷気だった。真夏の名残を残す山道の空気が、一瞬で凍てついた。地面に霜が走り、幌の中に白い息が満ちる。きしむ音とともに、虚空から青白い氷塊がせり上がり、組み上がり——見上げるほどの巨躯となって地に立った。鋭く尖った氷の四肢、ぎちぎちと軋む関節。眼窩の奥に、冷たい光が灯る。氷のアトロナックが、低く唸りを上げて盗賊どもを睥睨した。

 

「さて」

 

マサの声は、その冷気と同じく静かだった。

 

「俺もむやみに人は殺したくはないのだが、とはいえ、かかってくる火の粉は払わなければならない。今ここで死ぬか、それとも引くか、選ぶと良い」

 

効果は劇的だった。弓を構えていた追い剝ぎが、引き絞った矢をあらぬ方へ取り落とす。

 

「で、デイドラだ……魔術師が、デイドラを呼びやがった!」

 

掠れた悲鳴とともに、手下の二人が我先にと岩陰へ転がり込み、そのまま尻尾を巻いて谷の奥へ逃げ散った。

頭目の毛皮の男だけが、なおも踏みとどまっていた。剣の柄を握る手が、白くなるほど力んでいる。だが、せり出す氷の巨人と、その背後で眉一つ動かさぬ魔術師を交互に見比べ——やがて、ぎりっと歯を鳴らした。

 

「……っ、ちっ! 覚えてやがれ、よそ者の魔法使いめ!」

 

捨て台詞は、もはや虚勢ですらなかった。男は倒木を飛び越え、部下を追って岩場の向こうへ消えていく。後には、ひっくり返った弓と、無様に散らばった矢だけが残された。

オークの傭兵が、背の大剣から手を離し、マサを横目に見て、ふん、と鼻を鳴らした。敵意ではない。むしろ、わずかな敬意の混じった音だった。

 

「……肝の据わった魔術師だ。血を見ずに片付けるとはな」

 

御者は腰を抜かしかけた体勢のまま、引きつった笑いを漏らしている。

大掛かりな召喚術は相応の魔力を消耗させたが、まだ余力は十分にある。マサは軽く指を払い、用済みとなった氷の巨人を霧の中へと還した。冷気が引き、夏の終わりの陽気が戻ってくる。

 

 

倒木を皆でどかし、馬車はふたたび西へ向けて動き出した。やがて岩がちな山道を下りきると、視界が一気に開けた。黄金色に波打つ広大な平原——ホワイトラン・ホールドだ。その中央、緩やかな丘の上に、堅固な城壁に囲まれた都と、ひときわ高く天を突く宮殿の影が見えてくる。〈竜のはらわた〉ドラゴンズリーチ。日が傾きはじめた空の下、その偉容はまだ遥か遠くだった。

 

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