竜骨の学者 ──スカイリム漂流記   作:スカイリム愛好家

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第三十三話

ホワイトランの市場は、収穫期らしい喧騒に満ちていた。

干し肉と熟れた林檎の匂い、鋳鉄を叩くエイドリアンの槌の音、露店の女が客と値を競る声。ウステングラブの沼の冷気をまだ肌のどこかに残したまま、マサは古代墳墓から持ち帰った戦利品をあらかた金に換え終えたところだった。錆びた古鉄と魂のこびりついた品々が、革袋の中で小気味よく重さを変えていく。

だが、懐の温かさとは裏腹に、胸の奥には冷たい小石がひとつ残っている。

あの最奥。声でしか越えられぬ回廊の、そのまた先。本来そこに在るべきユルゲンの角笛は、台座から消えていた。代わりに残されていた一枚の書付——リバーウッドの〈眠れる巨人亭〉で『友』が待つ、屋根裏部屋を借りろ、と。

誰が、どうやって、あの声の試練の奥まで先回りしたのか。グレイビアードのアーンゲールに課された試しを、横から掠め取るように。

 

隣で、リディアが鋼の盾を背に負い直した。日に焼けた横顔は相変わらず生真面目に引き締まっているが、長い墳墓行を経て、その佇まいには「荷を負う家来」ではなく「剣を執る戦友」の落ち着きが宿っていた。

「……売り買いは済みましたか」彼女が短く尋ねる。「次はどちらへ。あの書付の宿——リバーウッドへ向かわれるなら、日のあるうちに発つのが賢明かと。あそこまでは、半日とかかりません」

言葉を切って、わずかに眉を寄せた。

「ただ……正直に申せば、気に入りません。『友』などと名乗る者が、なぜわざわざ盗んだ角笛の在処をこちらに教える。罠でなければ、よほどの企みがある」

午後の陽が、城下の石畳に長い影を落としている。リバーウッドへ向かうにせよ、このままでは備えが心許ない。マサは思考を巡らせ、頷いた。

「いや、少し準備を整えよう。薬を補充し、今夜はここで宿を取る。万全を期してからだ」

 

錬金薬店〈アルカディアの大釜〉は、乾いた薬草と蒸留酒の匂いが鼻を突く薄暗い店だった。棚にぶら下がった干し草、煮立つ坩堝の湯気。店主のアルカディア——シロディール訛りの抜けない中年のインペリアル女——は、マサが扉をくぐると顔を上げ、ローブの仕立てを目で値踏みした。

「あら、城のお偉い従士さま。竜殺しの噂はこっちまで届いてるわよ。……で、何が入り用ですか。傷薬か、それとも頭の中身を回す方か」

「魔力の戻る方を。上等なやつを二つ」

「目利きね。素人には過ぎた代物よ」

彼女は奥の戸棚から、青く澄んだ液の詰まった硝子瓶をふたつ取り出し、布で拭って台に並べた。マジカの巡りを太く速くする、上質の一本。懐には痛くもない額だが、アルカディアは値引きするそぶりも見せず、当然のように手を差し出した。打算と取引が当たり前の街だ。冷たい硝子瓶を受け取り、革袋の柔らかい所に収めた。

 

陽が傾き、風の高台に炊煙が立ちのぼる頃、マサとリディアは〈バナード・メア〉に部屋を取った。先夜、レモネードと祝杯を交わしたのと同じ宿だ。女将のフルダから鍵を受け取り、隅の卓に陣取った吟遊詩人ミカエルが、竜殺しを当て込んだ即興の戯れ歌をかき鳴らしている。リディアは「物見高い連中です」と小さく鼻を鳴らし、それでも壁を背に、入口の見える席を確保することは忘れなかった。

 

夜半。

屋根裏の私室で、マサは背負い袋から一冊の書を取り出した。黒く脂じみた革表紙。墳墓の死霊術師から奪ったスペルトーム——〈死の従徒〉。頁を繰れば、退色した竜語まじりの古ノルド文字と、人体図の上に走る術式の線。死者に魂の代わりとなる楔を打ち、亡骸を恒久に繋ぎ止める術理。

囲炉裏の残り火を頼りに、彼は指先でマジカの流れを辿りながら、術式の節理をひとつずつ自分の中に写し取っていく。死霊作成、幽鬼作成——既に手の内にある下位の蘇生と、根は同じだ。違うのは「繋ぎ止める強さ」と「期限の有無」。一度きりの仮初めの息ではなく、終わらぬ隷従を亡骸に刻む。サイノッドで派閥の顔色ばかり読んでいた頃には、ついぞ落ち着いて向き合えなかった種類の、純粋な術理の手応えがあった。

夜が更けるほどに、指先の感覚が確かになっていく。やがて術式の最後の環が、かちりと音を立てて噛み合った——気がした。

 

朝。窓の隙間から差し込む末蒔月の朝日に、マサは目を開けた。墳墓行の疲れは芯から抜け、マジカは満々と巡っている。傍らの卓には、閉じられた術書と、もう用済みとなったその抜け殻のような頁。新たな力が、確かに手の中にあった。

階下に下りると、リディアはとうに起き出し、二刀の手入れを終えていた。「いつでも発てます」と、彼女は鋼の鞘を鳴らした。

 

ホワイトランの城門を出て、街道は白い川に沿って南へ下っていく。平原の乾いた草が金色に波打ち、やがて道は松の影が落ち始める谷あいへと入る。先日、古強者の竜を討った西の見張り塔の崩れた影が、右手の丘の上に遠く小さく見えた。あの日の咆哮を思えば、川のせせらぎと鳥の声ばかりの今日の道は、嘘のように静かだ。

その静けさを破ったのは、行く手の橋のたもとに立つ、磨いた鉄の輝きだった。

帝国軍の哨戒隊。赤い房飾りの兜をかぶった六人ほどが、街道を塞ぐように展開している。先頭の、肩当てに古参の徽章をつけた隊長格の女が、片手を上げてマサたちを止めた。レッドガードの、苛立ちと退屈を半々に滲ませた顔。

 

「止まれ。ホワイトランからか」彼女の視線が、マサのローブからリディアの二刀へ、無遠慮に滑る。「街道の検めだ。名と、行く先を聞こうか。……この御時世、武装して南へ下る連中には、いちいち用向きを尋ねる決まりでね」

リディアの肩が、わずかに強張った。彼女の首には、サルモールに同胞を連れ去られるのを見送った夜の苦さが、まだ薄く残っている。帝国の徽章は、彼女にとって決して心安いものではない。だが従士の務めとして、口は固く結んだまま、判断をマサに委ねる視線を寄越した。

隊長の後ろでは、若い軍団兵が二人、退屈そうに槍の石突で地面をつついている。橋の向こうには、縄で繋がれた青い装束の男——ストームクロークの捕虜が一人、うなだれて座らされていた。

帝国は、こちらを敵とは見ていない。ただの街道の検め。だが、答え方ひとつで風向きは変わる。

マサは懐から、首長バルグルーフの紋を打った小ぶりの証を取り出し、隊長の目の高さに掲げた。蝋の封と、風の高台の印。

「ホワイトランの従士だ。首長の用向きで南へ下る。リバーウッドまでだ」

レッドガードの女の目つきが、ほんの一拍で変わった。退屈と職務的な威圧が引っ込み、代わりに用心深い計算が滑り込む。中立を保つホワイトランは、帝国が喉から手が出るほど引き入れたい要だ。その首長の従士を、街道で足止めして機嫌を損ねる——上官にどやされるのは目に見えている。

 

「……失礼を、従士殿」彼女は短く顎を引き、片手を振って部下に道を空けさせた。槍を手にした若い兵が、気だるげに半歩退く。「形ばかりの検めでね。竜が空に戻ってからこっち、街道は物騒だ。盗賊も、その……他の連中も、嗅ぎつけて湧いてくる」

言葉を切って、女はマサの顔を——竜殺しの噂をなぞるように——わずかに見つめた。

「ホワイトランの竜殺しの従士殿、と見える。よけいな口かもしれんが——いずれホワイトランも、どちらに付くか腹を決める日が来る。その時は、賢い側を選ばれることだ」打算の混じった世辞とも、勧誘の地ならしともつかぬ調子で、彼女はそう付け足した。「南は静かだが、リバーウッドの先、ファルクリース寄りの森にゃ熊が出る。お気をつけて」

それ以上の詮索はなかった。縄に繋がれた青装束の捕虜が、通り過ぎるマサたちを濁った目で一瞬だけ見上げ、また地面に視線を落とす。リディアはその青い背を横目に捉えたが、何も言わず、ただ歩調を緩めなかった。橋を渡りきると、帝国の鉄の輝きはやがて松の影に呑まれて消えた。

「……賢い側、ですか」しばらくして、リディアが低く吐き捨てた。「あの手の物言いは、どちらの陣営も同じ顔で言います。腹立たしいことに」

 

街道はそこから森へと分け入り、白い川のせせらぎが次第に近く、太くなっていく。陽がいくらか傾いた頃、川向こうに製材所の水車が見えてきた。丸太を組んだ慎ましい家並み、立ちのぼる鍛冶の煙——リバーウッドだ。〈黄金の爪〉を返しに来た、あの小村に戻ってきた。

村のただ中、街道に面して建つ一軒の宿。古びた看板に、横たわる巨人の絵——〈眠れる巨人亭〉。書付の「友」が、屋根裏部屋で待つと記した場所。

リディアが、鋼の盾を肩から外して腕に通した。声をひそめる。

「着きました。……どう出ますか。正直、私はあの扉が気に入りません。盗んだ角笛の主が、こうも丁寧に居場所を教える——餌でなければ、相当の自信があるということ。どちらにせよ、油断はなりません」

軒先の灯りが、夕暮れの村道に温かい色を落としている。だが扉の奥に何が待つのかは、まだ見えない。

「お前はここに」マサは短く命じた。「何かあれば、すぐ動けるように」

リディアは無言で頷き、入口の死角になる壁際にすっと身を寄せた。退路は確保された。マサは一人、息を整え、宿の古びた木の扉に手をかけた。

 

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