竜骨の学者 ──スカイリム漂流記   作:スカイリム愛好家

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第四話

揺れる幌の縁に背を預けたまま、マサは御者とオークの傭兵に水を向けた。車輪が乾いた土を噛む音の合間に、その声は静かに響いた。

 

「ホワイトランの、竜について知っていることがあれば教えてくれないか?」

 御者は手綱を握ったまま、しばらく道の先、丘の上に霞む都の影を見つめていたが、やがて重々しく口を開いた。

 

「竜の話となりゃ、ホワイトランは確かに、よそより縁が深い土地ではあるな」彼は丘の上の宮殿を顎でしゃくってみせる。「あの宮殿——〈ドラゴンズリーチ〉だ。昔々、ノルドの王が本物の竜を捕らえて、あの大広間に鎖で繋いだって伝説でな。そんな名がついてる。城に入りゃ、捕らえた竜の頭を据えた仕掛けが今も残ってるって話だぜ。本当かどうかは知らんがね」

 

 一拍置いて、彼は声を低めた。街道を吹く風にすら聞かせぬような、密やかな響きだった。

 

「それとな、ここだけの話、ヘルゲンの惨劇があってから、ホワイトランの衛兵が殺気立ってる。物見の塔の番を倍にして、平原の空ばかり見上げてるんだと。首長のバルグルーフも気が気じゃねえらしい。中立を気取ってる場合かって腹の内だろうよ」

 

 幌の奥で腕を組んでいたオークの傭兵が、低く口を挟んだ。錆びた鉄を擦り合わせたような、ざらついた声だった。

 

「竜について知りたきゃ、一つだけ教えてやる、魔術師。——戦うな。逃げろ」

 ぎろり、と血走った目がマサを射抜く。

 

「俺はオーク要塞で族長の話を聞いて育った。あいつらの吐く息は、鋼を蝋みてえに溶かす。鱗は槍を弾く。声一つで人を吹き飛ばす。昨日お前が呼んだ氷の化け物? あんなもん、竜の前じゃ氷柱(つらら)と変わらん。まともにやり合って生きて帰った奴の話は、伝説の中にしかねえ」

 

 その言葉には、ただの脅しではない、種族の記憶に刻まれた畏怖が滲んでいた。御者が苦笑して付け足す。

 

「まあ、そう脅かすな。……旦那が学者先生なら、城のファレンガーって宮廷魔術師を訪ねるといい。あの御仁、竜だの古い墳墓だのを調べるのが三度の飯より好きでな。変わり者だが、竜の知識ってんなら、スカイリム中探してもあれ以上の物知りはいねえだろうよ。ドラゴンズリーチに籠もってるはずだ」

 

 

 話すうちにも、馬車は黄金の平原を進み、都の城壁が刻々とその姿を大きくしていく。跳ね橋を渡り、厩を横目に城門前へ——だが、そこで御者が「おっと」と手綱を引き、馬を止めた。

 門は固く閉ざされ、その前に二人の衛兵が槍を交差させて立ちはだかっていた。鉄兜の奥から、警戒に満ちた声が飛ぶ。

 

「止まれ。城内は今、立ち入りを制限してる。竜が出るかもしれんって時に、素性の知れん余所者をほいほい通すわけにはいかん。……用件は何だ。手短に言え」

 

 マサは幌から身を乗り出し、衛兵の目を真っ直ぐに見据えて告げた。

 

「竜の知識を持つ魔術師だ。ファレンガー殿を訪ねたい」

 

 交差していた槍が、わずかに揺れた。鉄兜の奥で、衛兵が相棒と素早く視線を交わす。

 

「……竜の知識、だと」最初に誰何した方の衛兵が、値踏みするようにマサのローブを眺めた。それは旅人を狙う盗賊の目ではなく、都を守る者の、本物の警戒心だった。「魔術師ってのは本当らしいな。その身なりを見ればわかる」

 

 彼は槍を引き、しばし思案に沈んだ。竜の影に怯える都にとって、その手の知恵を持つ者は、得体は知れずとも無下にはできない。そんな葛藤が、兜の隙間から見て取れた。

 

「いいだろう。宮廷魔術師に会いたいなら、ファレンガーは丘の上のドラゴンズリーチにいる。首長のお膝元だ」槍の石突きで、城内の坂道の先を示す。「だが余所者、忠告だ。城内で揉め事を起こせば、容赦はしない。武器も魔法も、納めたままにしておけ。……それと、首長は気が立っておられる。下手な世迷い言を吹き込めば、牢に放り込まれても文句は言えんぞ」

 

 重い門扉が、軋みを上げて内側へ開いた。

 ホワイトラン——平原に築かれた古き都は、夕陽に石壁を朱に染めていた。坂に沿って木組みの家々が連なり、市場の喧噪、鍛冶場から響く槌の音、どこからか漂う囲炉裏の匂いが混じり合う。坂を上った先、風の吹き抜ける一角には、巨大な枯れ枝を天に広げた古木と、瓦を反り返らせた戦士団の館らしき大きな建物が見える。さらにその上、雲を衝くように、巨大な木組みの宮殿〈ドラゴンズリーチ〉が街全体を見下ろしていた。

 御者とオークの傭兵は門前で荷を解き、それぞれの用へと人波に紛れていった。

 マサは一人、都の坂道に立った。日はまもなく落ちる。彼は宿を探すでもなく、市場に目をくれるでもなく、ただまっすぐ坂の上を見据えると、迷いなく足を踏み出した。求める知識は、あの雲を衝く宮殿にある。

 

 

 風の高台を抜け、戦士団の館の喧噪を背に、雲を衝く大宮殿への長い階段を登りきる。

 〈ドラゴンズリーチ〉の大広間は、巨大な木組みの梁が薄闇に交差する、荘厳にして武骨な空間だった。中央の囲炉裏で炎が爆ぜ、奥の玉座には、白髪混じりの精悍なノルド——首長バルグルーフが、肘掛けに頬杖をつき、苦々しげに虚空を睨んでいる。その傍らには、浅黒い肌の女戦士が一人、抜け目なく広間を見渡していた。ダンマーだ。隻眼の鋭さが余所者の侵入を即座に捉え、腰の剣に手をかけかける。

 だがマサが「宮廷魔術師に用がある」と告げ、衛兵の通行の証を示すと、女戦士は値踏みするように一瞥して、顎で広間の脇を示した。

 

「……ファレンガーなら、そこの書斎に籠もってる。首長の御前だ、粗相のないようにね」

 

 示された一角は、古書と巻物、煤けた魔導具と、得体の知れぬ標本めいた物で雑然と埋め尽くされた工房だった。石机に屈み込み、何かの刻文を食い入るように検めている痩せた男がいる。フードの魔術師ローブ。マサが歩み寄っても、男は顔も上げずに口を開いた。早口の、衒学的な調子で。

 

「もし首長の言伝なら、後にしてくれたまえ。今、それどころでは——」

 

「いや」マサは静かに遮った。「竜のことで、あんたを訪ねてきた」

 

 その一言で、男の手がぴたりと止まった。ゆっくりと顔が上がる。知的だが世間ずれした眼が、初めてマサを——いや、マサのローブと、その奥にある魔力の質を——まじまじと捉えた。

 

「……竜。今、竜と言ったか」彼は石机を回り込み、歩み寄ってくる。煤と古書の匂いが濃くなった。「君は誰だ。その身なり、その魔力の編み方——スカイリムの田舎魔術師ではないな。帝国の、それも相当の修練を積んだ手だ」

 

「サイノッドにいた。マサという。今は一人の旅の魔術師だ」

 

「サイノッド!」ファレンガーの声が裏返った。失礼なほど露骨に、その目が輝きだす。それは人の死より資料的価値に心を奪われる類の、純度の高い好奇の光だった。「これは……これは僥倖だ。あの政治屋どもの巣窟にも、まだ本物の探究者が残っていたとはな。ふむ、興味深い、実に興味深い」

 彼は早口でまくし立てた。

 

「いいか、よく聞きたまえ。竜が戻った。お伽噺ではない、現実にだ。ヘルゲンが焼かれたのは知っているな? あれは始まりに過ぎん。死んだ竜が、各地の塚で蘇りつつある。これがどれほど興味深いことか——いや、どれほど危険なことか、君になら分かるだろう」

 彼は積み上がった巻物の山から、一枚の古い地図を引き抜いてみせた。

 

「私は確信している。古代ノルドは竜を埋葬した塚の在処を、一枚の石板に刻んで遺した。〈竜の石板(ドラゴンストーン)〉だ。それさえ手に入れば、どこで竜が蘇るか先回りできる。竜語の壁の研究も飛躍的に進む」彼はマサを正面から見据えた。「その石板は、ここからほど近い古代墳墓——〈ブリークフォール墓地〉の最深部に眠っているはずだ。だが、あそこは生半な場所ではない。古き死者(ドラウグル)が眠る霊廟だ。私のような机上の人間の手には余る。……だが、君のような腕利きなら、話は別だ」

 囲炉裏の炎が、彼の痩せた頬に踊る影を落とした。

 

「どうだ、マサ殿。竜の真実に最も近い場所へ、足を踏み入れてみる気はないか。報酬は出す——もっとも、君が本当に欲しているのは、金ではないだろうがね」

 マサはすぐには答えなかった。彼の言葉を吟味するように、しばし沈黙する。

 

「非常に興味深いな。そもそも竜がまだ生きていたということも含めて」

 

 ファレンガーは水を得た魚のように身を乗り出した。失礼なほどの熱が、その痩せた顔に灯る。

 

「そこだ! そこを誤解している者が、学のある人間にすら多い」彼は人差し指を立て、嬉々として遮った。

 

「たしか竜が最後に現れたという報告は第二紀の大戦争あたりまでじゃないか?」

 

「違う、違うとも」ファレンガーはかぶりを振り、巻物の山を漁りながらまくし立てる。「君ともあろう者が、伝承を取り違えているぞ、マサ殿。大戦争——タイバー・セプティムの覇業や、近年の帝国とサルモールの戦い——あれらに竜はいない。人間とエルフが殺し合っただけだ。本物の、生きた竜が空を支配していたのは、もっと遥か昔。メレシック紀から第一紀の初めにかけての〈竜戦争〉の時代だ」

 彼は古い木版の刷り物を引き出し、机に広げた。翼を広げた竜と、その足元に額ずく仮面の司祭たちが彫られている。

 

「かつて竜は神だった。古代ノルドは竜を崇め、〈竜の信仰(ドラゴンカルト)〉を築いた。竜司祭(ドラゴンプリースト)どもが人を支配し、貢物を捧げさせた。だが暴政に耐えかねた人間が反旗を翻す。〈声の使い手(タング)〉——竜の言葉を操る者たちが、竜と同じ武器、すなわち〈声(トゥーム)〉で立ち向かったのだ」

 

 マサの探るような視線を受けて、ファレンガーは続けた。

 

「よくこの時代まで生きていたものだ。詳しく教えてほしい」

 

「だから、生きていたのではない」ファレンガーの声が、一段低く、興奮に震えた。「ここが肝要だ、マサ殿。竜は——死なん。正確には、亡骸が朽ちても、その魂は滅びぬ。竜とは時の神アカトシュの眷属、不死に近い知性体なのだ。古代の英雄たちは竜を斬り伏せたが、殺しきれはしなかった。だから亡骸を各地の塚に埋め、封じた。それが〈竜の塚〉だ」

 

 彼は身を起こし、書斎の薄闇の向こう——遥か北の山々がある方角を、見えぬ目で見据えた。

 

「しかし、この竜騒動だ。もしや、封じられた竜がよみがえったのかもしれん。そしてドラゴンストーンには竜がどこに埋められたかが記載されている。これを先回りすれば、竜が本当によみがえったのかもわかるかもしれない」

 

 彼は肩をすくめ、また早口の調子に戻った。

 

「と、いうわけだ。だからこそ〈竜の石板〉が要る。塚の在処さえ分かれば、どこで次の竜が蘇るか先回りできる。学問的にも、現実の防衛としてもな。……どうかね、私の話は退屈だったかな?」

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