竜骨の学者 ──スカイリム漂流記 作:スカイリム愛好家
外界の光は、石段を下るにつれてたちまち遠ざかり、やがて背後の闇に呑まれて消えた。レモネードが掲げる松明だけが、剥き出しの岩肌と、そこに斑に張りついた苔や霜を赤黒く照らし出す。下りの石段は湿って滑りやすく、一歩ごとに細心の注意を要した。空気は重く、黴と、何か乾いて古いものの匂い——何世紀もの歳月が埃と化して淀んだような匂いが、肺腑を満たした。どこかで水滴が落ち、その音が闇の奥へと吸い込まれていく。
しばらく下ると、前方にぼんやりと橙色の光が見えた。同じ松明の灯りだ。広間に出る手前の、崩れた石柱の陰。レモネードが素早く手で制し、二人は壁際に身を寄せた。
広間では、二人の盗賊が何かを物色していた。一人が苛立たしげに壁を蹴り、その声が石の反響に乗って微かに届いてくる。
「くそっ、アーヴェルの奴、自分だけ先に奥へ行きやがった。お宝を独り占めする気だ。あの金の爪さえありゃ、奥の扉が開くって話だろうが」
「やめとけよ……」もう一人の声は、明らかに怯えの色を帯びていた。「俺はもう、これ以上奥に行きたかねえ。見ろよ、あの棚に寝てる干からびた連中を。動くって言うじゃねえか。アーヴェルだって、あの蜘蛛の巣の方へ消えてったきり、声一つしねえ。……戻ってこねえんだ」
「黙れ。臆病風に吹かれてんじゃねえ」
彼らはまだ、こちらに気づいていない。マサが目を凝らすと、広間の奥、暗がりの安置棚に、確かに干からびた人型がいくつも横たわっているのが見て取れた。古き死者、ドラウグル。今はまだ、ただの骸として眠っている。
レモネードがマサの耳元へ、声を殺して囁いた。
「二人。奥の亡者は、まだ起きていません。……ここは、わたし一人で十分です。気づかれる前に仕掛けましょうか? それとも、あなたの一撃で静かに片付けますか。ご指示を」
マサは黙って頷き、レモネードに視線で促した。彼女に任せる、という合図だった。
レモネードの影が、闇に溶けた。
松明はマサの手に預けられている。光の輪の外側を回り込み、彼女はほとんど足音を立てずに口論する二人の背後へ滑り込んだ。鋼の刃が、橙色の灯りを鈍く反射して一閃する。臆病風に吹かれていた方の盗賊が、驚きの声を上げる間もなく、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。完璧な奇襲だった。
だが、苛立っていたもう一人——その男は、相棒が倒れる気配に獣じみた勘で反応したらしい。咄嗟に身を捻る。レモネードの刃は脇腹を深く抉ったが、心の臓には届かなかった。
「うわァッ——!」
男の絶叫が、石の聖堂に反響した。低く、長く、闇の奥へと転がっていく。
その残響が消えやらぬうちに——安置棚の暗がりで、乾いた音がした。
ぎち、ぎちり、と。何百年も折り畳まれていた関節が、軋みを上げて伸びる音。一対、また一対と、闇の底に青白い光が灯った。眼窩の奥で燃える、冷たい燐光。干からびた巨躯がゆっくりと身を起こし、錆びついた古代の剣をその手に引き抜く。
ドラウグルが、目覚めたのだ。
レモネードは身を翻し、脇腹を押さえてよろめく盗賊の喉元へ、返す刃を一閃した。男の悲鳴が、ぐ、と途切れる。二人目も、物言わぬ骸となって石床に伏した。
ほぼ同時に、マサの指先から炎の礫が唸りを上げて飛んだ。起き上がりかけた一体目のドラウグルの胸を直撃し、干からびた肉と古い経帷子が一瞬で燃え上がる。亡者は声なき咆哮の形に顎を開いたまま、炎に包まれて崩れ落ち、二度と動かなくなった。橙色の火明かりが、聖堂の壁に刻まれた古代の彫刻を不気味に躍らせる。
だが、二体目はもう間合いにいた。錆びた古代の剣が、燐光を引いてレモネードへ振り下ろされる。彼女は半歩も退かず、鋼の盾でそれを受け流した。鈍い金属音とともに、刃が逸れる。盾の陰から、彼女の蒼い瞳が冷静に亡者を見据えていた。
「一体! こいつはまだ動きます——!」
マサは魔力を練り上げる手を止め、静かに構えた。レモネードならば、一人で仕留められる。その信頼が、彼に魔力の温存を決めさせた。
鋼の刃が、燐光を放つ亡者の肩口へ深々と食い込んだ。古い骨と乾いた腱が裂ける鈍い手応え。それでもドラウグルは倒れず、燃える眼でレモネードを睨み、錆びた剣を振り上げる。が、彼女の足捌きはその一撃の先を読んでいた。半身を引き、盾の縁で柄を打ち上げ、亡者の刃を空へ逸らす。
「もう、終わりです」
体勢の崩れた敵の喉元へ、彼女は迷わず刃を突き入れた。燐光がふっと掻き消え、干からびた巨躯が糸の切れたように石床へ崩れ落ちる。それきり、動かなくなった。
松明の炎が、静寂を取り戻した聖堂で、ぱちりと爆ぜた。レモネードは荒い息を一つ吐き、剣の血脂を払って鞘に納める。
「……三段で仕留めるはずが、四つかかりましたね。父に見られたら、小言の一つももらうところです」
彼女は小さく苦笑した。その体には、傷一つなかった。
マサとレモネードは、灯りを手に広間をくまなく検めた。倒した盗賊の懐からは、奪い集めたらしい金貨と、粗末な道具類。安置棚の脇の朽ちた骨壷や、壁龕に供えられた供物の中からは、古代ノルドが死者に持たせた副葬品が出てきた。
レモネードが、埃をかぶった石の小箱から紫の石を摘み上げ、灯りに透かす。
「これは……紫水晶ですね。磨けば、街でそれなりの値がつきます」
彼女はそれをマサへ手渡した。
「わたしの取り分は、生きて帰ってからの話です。今は、あなたが束ねて持っていてください」
マサは黙って受け取り、革袋に仕舞った。
あらかた漁り終えると、二人の目は自然と広間の奥へ向いた。通路の手前に、奇妙な造作がある。床から生える三本の石柱。それぞれの側面に、蛇、鯨、鷲といった獣の意匠が彫られていた。石柱は回転するらしく、傍の壁には引き手のレバーが一つ。そして頭上には、無数の小さな穴が穿たれた石の天井が、ぽっかりと口を開けていた。罠だ。
マサは松明を近づけ、崩れた壁の彫り板に顔を寄せた。風化で半ば潰れた図像——だが、サイノッドで古代の刻文を相手取った目には、磨り減った線の奥に元の意味が透けて見える。
通路の上に倒れ落ちた石板の意匠に、レモネードが気を取られたようだった。「これでは?」とレバーに手を伸ばしかけるのを、マサは「待て」と制した。
「……違う。順番が刻まれているのは、こっちの壁の方だ」彼は三つの図像を指でなぞった。「蛇、蛇——そして鯨。手前から、この順だ」
三本の石柱を、彫られた意匠が正面を向くよう一本ずつ回していく。蛇。蛇。鯨。最後の石柱がごとりと噛み合うと、傍のレバーがわずかに沈んだ。マサが頷くと、レモネードがそれを引く。
重い石の擦れる音とともに、通路を塞いでいた落とし格子が、ゆっくりと巻き上がった。頭上の無数の穴——毒矢の仕掛けは、ついに火を噴かなかった。
「……見事なものです」レモネードが感心したように息をついた。「腕っぷしだけでなく、頭の方も。これは、ますます頼りになる」
開いた通路の奥は、さらに深く地下へ下っていた。だが数歩進んだところで、二人は足を止めた。通路の壁に、床に、白く粘ついた糸が——だんだんと密に——絡みついている。奥から、饐えたような、虫の巣の匂いが漂ってきた。盗賊が言っていた、「蜘蛛の巣の方」だ。
「おそらく蜘蛛がいるな」マサは低く言った。「気をつけろ」
レモネードは無言で頷き、剣の柄を握り直した。二人は再び警戒を固め、粘つく糸が垂れ下がる闇の奥へと、慎重に足を踏み入れていった。