竜骨の学者 ──スカイリム漂流記   作:スカイリム愛好家

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第九話

糸を払い、足を取られぬよう慎重に進むと、通路は広い空洞へと開けていた。天井も壁も、分厚い白い糸で覆い尽くされた、巨大な巣だ。饐えた匂いが鼻の奥を刺す。そして、マサの目は暗がりに揺れる一つの影を捉えた。空洞の奥の壁に、人が一人、繭のように糸に搦め捕られて吊り下げられている。

 

「だ、誰かいるのかッ?! 頼む、助けてくれ! 俺だ、アーヴェルだ! こいつから降ろしてくれりゃ、何だってする! 黄金の爪も、奥の宝も——全部教える、だから——!」

 

盗人アーヴェル。カミラが言っていた男が生きていた。マサの唇がわずかに歪んだその時、頭上の闇で何かが蠢いた。びっしりと糸の張った天井から、家畜ほどもある黒い塊が、長い八本の脚を畳んで、ぼとりと滑り降りてくる。

毛むくじゃらの巨体、ぬめる複眼、ぱくぱくと開閉する毒牙——巨大なフロストバイト・スパイダーだ。

マサの目は、一瞬でその危険を見抜いていた。相手の牙に宿る毒の質、獲物を鈍らせる粘液を吐き出す能力、そして頑強な外皮。一筋縄ではいかない。

 

警告の言葉を発するより早く、レモネードが動いた。彼女は粘つく床を蹴り、蜘蛛の足元へ踏み込むと、鋼の刃をその脚の付け根へと深々と叩き込んだ。粘液が飛び散り、巨体がぐらりと傾ぐ。

怒り狂った蜘蛛は甲高い金切り声を上げ、毒牙を剥いてレモネードへ躍りかかった。しかしその牙は、すかさず突き出された鋼の盾に阻まれ、ぎちぎちと虚しい音を立てて滑っただけだった。

「甘いです」

盾の陰で、レモネードが冷ややかに吐き捨てる。

その一瞬の隙を、マサは見逃さなかった。指先に凝縮した炎が、火の礫となって放たれる。唸りを上げて飛んだそれは、毛むくじゃらの胴を正確に撃ち抜いた。油でも被っていたかのように、蜘蛛の体毛が一気に燃え上がる。

耳障りな叫びを上げ、八本の脚を痙攣させながら、巨体は炎にのたうち回った。複眼が熱で爆ぜ、ぬめる体液が床に滴り落ちる。もはや虫の息だったが、それでもなお本能のままに脚を蠢かせている。

マサは魔力を練る手を止め、顎で示した。レモネードは無言で頷くと、炎にのたうつ蜘蛛へ無造作に踏み込み、燃える複眼の真上から、鋼の刃を脳天へと突き下ろした。

金切り声が、ぶつりと途切れる。巨体は最後に脚を一度大きく痙攣させ、煙を上げながら、どっと床に崩れ落ちた。糸の焦げる臭いが、巣の空洞に満ちていく。

 

「……片付きましたね」

レモネードは刃から粘液を払い、念のため周囲の天井を見上げた。他に潜むものはいない。静寂が戻ると、壁に吊られたアーヴェルの声が、堰を切ったように響き渡った。

「た、助かった……! おい、あんたら、すごいな! なあ、頼む、ここから降ろしてくれ! この糸、自分じゃどうにもならねえんだ!」

彼は必死に身をよじる。その腰の帯に、鈍い金色の光が見えた。竜の爪を象った、掌ほどの黄金の細工物——〈黄金の爪〉だ。

「な、なあ、悪いようにはしねえ。この爪が欲しいんだろ? やるよ、くれてやる! それに、俺はこの墓所の秘密も知ってるんだ。奥の扉——あれは普通にゃ開かねえ。だがこの爪にゃ、開け方の秘密が刻まれてる。降ろしてくれたら、全部教える。なっ?」

その目は必死だが、どこか落ち着きなく泳いでいる。口の上手い男だというカミラの言葉が思い出された。

 

マサはアーヴェルを降ろす素振りも見せず、レモネードに目配せした。彼女は心得たように男の喉元へ剣の切っ先を突きつける。アーヴェルの顔がひきつった。その隙に、マサは吊られた男の帯から、無造作に〈黄金の爪〉を抜き取った。

「お、おい……!」

手のひらに、ずしりと重い黄金の感触。竜の爪を象ったその裏側——掌にあたる部分に、マサは見覚えのある類の細工を見つけた。三つの図像が、円環状に彫り込まれている。指先で埃を拭うと、それははっきりと浮かび上がった。

「熊、蛾、梟……」

マサは呟いた。学者の直感が、即座にその意味を悟る。

「なるほど。扉の仕掛けに合わせる順序か。鍵そのものに、解き方が刻んであるとはな」

アーヴェルが、観念したように早口でまくし立てた。

 

「そ、そうだ! その通りだよ! 奥の扉は三重の輪っかになってて、その爪の通りに——熊、蛾、梟に合わせて、真ん中の窪みに爪を差し込みゃ開く! 俺はそれを知ってたから、わざわざここまで……くそっ。なあ、もういいだろ? 爪はくれてやった、秘密も教えた! 降ろしてくれよ! このままじゃ、また別の化け物の餌だ!」

涙声で懇願するが、その目の奥には隙あらばという抜け目なさがちらついている。レモネードが小声でマサに囁いた。

「……どうします。情けをかけるのは構いませんが、この手の男は、背を向けた途端に何をするか。奥にはまだ、もっと厄介なものが眠っているはずです」

 

「断る」マサの声は冷ややかだった。「途中で邪魔されてもかなわん。あとで解放してやるから、こっちの用事が終わるまではそこにいろ」

「な——っ、ふざけんな! おい、待て、戻ってこい! こんなとこに置いてくのか?! ……くそっ、覚えてやがれ!」

アーヴェルの罵声が背中に飛んだが、糸に搦め捕られた体ではどうにもならない。マサは一顧だにせず踵を返した。レモネードが肩をすくめ、「賢明です。少なくとも、これで背後を気にせず済みます」と続いた。

 

巣の空洞を抜け、通路はさらに地下深くへと下っていく。空気がいっそう冷たく、古びていく。やがて、左右の壁に死者を納めた壁龕が連なる、長い回廊に出た。古代ノルドの墓室群だ。乾いた亡者の気配が、そこかしこに満ちている。

だが数歩進んだところで、マサは足を止め、レモネードの腕を制した。床の石畳——その一枚だけが、わずかに色が違い、縁に擦れた痕がある。視線を上げれば、回廊の天井の梁に、巨大な斧の刃が三枚、振り子のように吊られているのが、松明の灯りに鈍く光った。

「感圧板だな」マサが低く言う。「踏めば、あの刃が振ってくる仕掛けだ」

レモネードが頷き、慎重に壁際を指さした。「壁づたいに、あの板を避けて進めば抜けられそうです。……ですが、その先を見てください」

回廊の奥、広い墓室の暗がりに、燐光がいくつも灯りはじめていた。一つ、二つ、三つ——安置棚の古き死者たちが、侵入者の気配に、ゆっくりと身を起こしつつある。

 

マサは罠を避ける手間すら惜しんだ。彼の掌の上で、小さな太陽が生まれ、瞬く間に膨らんでいく。彼はそれを、起き上がる燐光の群れの只中へ、無造作に放り投げた。

墓室の中央で、火球が爆ぜる。

轟音と灼熱が、石の墓室を白く塗り潰した。乾ききった亡者の体は、油を浴びた薪も同然だった。爆風の中心にいたドラウグルたちは、起き上がる姿勢のまま炎の柱に呑まれ、瞬く間に崩れ落ちる。傍らの白骨兵に至っては、骨の一本まで爆風に弾け飛び、炎の中で砕け散った。燐光が、ぷつぷつと消えていく。

熱波が引いた後、煙の向こうに一体だけが残っていた。最奥の壁龕から這い出たらしいドラウグルが、半身を焦がしながら、なお燐光の眼でこちらを睨んでいる。古代の剣を引きずり、よろめきながら、それでも墓の番人としての本能で間合いを詰めてこようとする。

マサは動かなかった。その視線を受け、レモネードが半身で詰め寄る。古代の剣が振り下ろされるより一瞬早く、彼女の刃が焦げた首を刎ねた。

燐光がふつりと消え、干からびた巨躯が炎をくすぶらせたまま、墓室の床に崩れ落ちた。

 

静寂が戻る。煙と、焼けた骨と古布の臭いが、ゆっくりと天井へ昇っていく。

「……あなたの炎は、本当に古き死者と相性がいい」レモネードは剣を納めながら、半ば呆れ、半ば感心したように呟いた。「正直、わたしの出る幕は掃除くらいですね」

マサは答えず、墓室を検め始めた。壁龕や石棺の供物からいくらかの金貨と、売れば足しになるであろう武具、そして磨かれた琥珀を革袋に収める。

そして墓室のさらに奥——回廊の突き当りに、ひときわ厳めしい扉が立ちはだかっていた。円形の石扉。三重の同心円に、それぞれ獣の意匠が刻まれ、回せるようになっている。中央には、何かを差し込むための、爪の形をした窪みがあった。

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