どれ程大きな氷でも瞬く間に溶けていくのではないかと思う程に暑い日が続いていたが、今日も今日とで其れは変わらない様で蒸し暑さが発汗を促しじりじりとした太陽の光が降り掛かり肌を黒く焦がしていく。一昨日から始めた鍛錬は今日で三日目を迎えるのだがもう既に肌は黒くなり始め風呂に入ればひりひりとした痛みがする。そういえば居候も仕事が仕事なだけに肌が焼けていたと思い卓袱台を拭いている居候に目を向ける。初めて出会った時のあの白い肌も良かったが今の小麦色の肌もなかなかに良いと思う。
「なんですか?」
「いや、お前との生活にも慣れたもんだなと」
掃除をする姿を見ながらぼけっとそんな事を考えていると此方を向く居候。視線に気付いたかと適当に返して誤魔化し掃除に戻る。
ハタキで棚の上の埃を落とし箒で一纏めにしてゴミ箱に捨てる。雑巾掛けする居候に倣い縁側を雑巾掛けしに行く。
「此れだけで汗が滝の様に出る。早く秋になってはくれんものか」
「夏は暑いと言い季節が過ぎたら今度は寒いから季節が変われと言うんでしょうね」
「其れは当たり前だろう」
一通り掃除を終える事が出来たのは朝飯を食い終わってから一刻程経ってからだった。また昨日と同じ様に修行方法を行いに行くのだが掃除という面倒な仕事を終えた後という事で、正直に言うと行くのが面倒臭い。
「くたくたになるまで頑張ってきたら晩御飯は兎肉を使った鍋にしようかと考えていたのですが」
「ちょっくら鍛錬に行ってくる」
兎肉は好物だ。
「お兄さん昨日振りだね〜。あ、別に襲おうとか思ってないからそんなに警戒しなくてもいいよ〜?」
「……昨日の今日だ、信じられる訳がなかろう」
あれから昨日以上に走り鍛錬場にやってきて模擬刀を振るっていた俺に話し掛けてきたのは昨日の蟲妖怪であった。本当に何もしない雰囲気だが山の天気の次に考えを変える奴をそう簡単には信じられる訳がない。
「本当に本当なんだよ〜?蟲たちがいないでしょ?それが証拠さ〜」
「飛んでいないだけで隠れているかもしれんだろう?」
「近づくためには飛んでこなきゃいけないから音で気付くと思うんだ〜」
「少しずつ移動させるか歩かせれば良い」
今もゆっくりとだが確実に近付いているかもしれん。『かもしれない』と思う事が生命線に成る。生き残る為の知恵の一つだ。
「ぐぬぬ……」
「ぐぬぬも椚も狗奴國も無い」
「ど〜してこんなにも安心安全だって言ってるのに信じてくれないんだよ〜!」
「昨日の自分を思い出せ」
腕を組み考える素振りを見せながらむ〜っと唸る蟲妖怪を警戒しながらも時間の無駄だと刀を構え素振りを行う。
「む〜……う〜……って何してるのさ!こっちが頭を捻っている間に!」
「自分の行いを振り返れん奴など無視をするに限る」
「蟲だけに?って無視しないでよ〜意地悪〜。でも昨日の自分を振り返っても特に無いかな〜」
「昨日お前が何を言って何をしてきたのか言ってみろ」
刀を振りながらそう言えば「え〜と〜」と呑気な声で話し出す。
「私の物になってくださ〜いって言って〜いい事しよ〜って話して捕まえようとしたらいきなり石を顔に向かって蹴ってきて〜。女の子の顔に攻撃とか最低〜!それで逃げ出したから追いかけて〜見つからないから巣に帰って〜」
「其れだ其れ。お前の言動行動全てが駄目だ。其れで信じてもらう?頭に蛆でも湧いてんのか」
「自分の体に蟲は飼ってないよ〜?」
違う、そうじゃない。
「ま、お兄さんが警戒してる理由は分かったから〜。何もしないのは本当の事だから信じてほしいな〜って」
まぁお前が襲ってこないのだろうという事は何となく分かる。其れでも近付いたら斬り掛かるのだが。
「見て分かる通り修行中だ。用が無いのなら他へ行け、気が散る」
「も〜!女の子が会いに来てあげたのにそんな事言うとか信じられない〜!」
「頭の可笑しい台詞を吐いて襲い掛かってくる奴を『女の子』扱いする気など無い」
そんなに構ってほしいのなら俺以外の顔見知りに会いに行け、此れからまた仮想敵と仕合うのだから他の事に気を付けている暇が無いのだ。
「え〜お兄さんが鍛えてるところ見てみたいのに〜!見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい〜!!」
「うるせぇ!分かった分かった!静かにしてりゃ見てても良い!だから黙れ!!」
「イェ〜イ、ブイブイ」
両手を鋏の形にし喜ぶ蟲に舌打ちをし離れる。近くに居られちゃ邪魔にしかならん。
「離れて見てろ、静かにな」
「これから何するの〜?」
黙って見ていろ。
「今日は蟷螂で良いだろう」
「蟷螂?」
ちょっとした独り言にも反応してくるな。此れだけ離れているのに聞こえたのか。一々此方の気を削いでくるのは何とかならんものか。
「落ち着け……集中だ集中」
周りを気にするな。意識するのは一つだけ、敵を作り出す事に集中するのだ。
今回相手をするのは以前生み出した初代影闘相手である蟷螂だ。前回勝てたのは仮想敵ではなく本物であり其れ以上の強さと想定し戦う。
『キシャァ……』
「来いよ」
『キシャァァァァ!』
想像によって生み出された巨大蟷螂は仕合いが始まる前から威圧感と殺気をぶつけてくる。想像だというのに。地面を踏み込み、あの細身の巨体の何処に此れ程の瞬発力が有るのかと疑問に思う程の速さで接近してくる蟷螂。右の鎌が俺に振り下ろされる。
「シッ!」
左足を軸に右足を背に回す。其れに連動し右半身が後ろに向かい体が横を向く。其処で体を反らせ紙一重で避ける。
避けられたと今度は左の鎌が横に振るわれる。
「フッ!」
上に飛び此れをやり過ごす左の鎌を引きながら地面に突き刺さった右の鎌を抜き振るうので空を蹴り離れる。
此方の行動の一挙手一投足に警戒しているのか其の場から動かない蟷螂に此方も警戒し腰の刀の鍔を掴んだ侭動かない。じりじりとした緊張感に包まれた空気が流れどれ程経ったのか。数秒だったのか数分だったのか、長かった気がする。
先に動いた方はどちらだったか。
『ッ!』
「ッ!」
いや、どちらからではなく、どちらとも同時だった。互いが互いを殺す為に地を蹴り武器を構え振るった。
『キシャァァァァ!』
両方の鎌を振り被り射程範囲に入れば即斬り殺すという蟷螂の、其の範囲へと一片の迷い無く踏み込む。
遠慮無く振り下ろされる命を刈り取る死神の鎌を左に擦れる事で避ける。ギリギリで避けた事で右肩を持って行かれるが気にしない。鍔を掴む手に力を込め。
「デリャァッッ!」
一気に引き抜き斬り掛かる。横を通り過ぎながら胴を斬り裂く。だが。
『キシャッ!』
斬ったという手応えは有ったが倒したという手応えは無く。後ろを振り返り攻撃を行おうとする蟷螂。
「分かっている!」
片腕を使えない今二振からなる攻撃を防ぐ事は困難。ならば攻める他無い。
振り返りつつある蟷螂の懐に潜り込み全身全霊の力を込めて斬る。
「ふぅ、こんな程度か。動ける様に成ってはきた」
そういえば、あの蟲はまだ居るのかと最後に見た場所に顔を向ければ何時もの活発そうな笑顔は鳴りを潜めぼうっとした顔で此方を見ていた。此れは此れで怖い。
「……」
「おい、どうした。まさか俺の剣に見惚れたか」
「……」
「おい、本当にどうした。其れ程大した事の無いものだっただろうに」
「……」
「おい、おい!意識は有るんだろ、さっさと返事をしろ。怖いから」
其れから少ししてはっと意識を戻してきた蟲が又ぎゃーぎゃーと喚き出し煩くなった。戻さなくとも良かった。
「さ、さっきのはなんだい?いきなり現れたあの大きな蟷螂は!普通に考えてあのサイズの蟷螂は居ないだろうから妖怪だろうさ。でも妖力は感じなかった。それだけじゃなくて気配も何も存在しなかった。なのに、そこに居た!威圧感と殺意を放っていた!」
「煩い」
本当に煩い。今迄話してきた中で一番なのではないかと思う程に煩い。
「一旦深呼吸でもして落ち着け。そうすれば話して──」
「──スーハー……スーハー……教えてくれるよね?」
まだ言い終わっていないのだが。
「まぁ良いだろう。先の蟷螂、確かにお前の言う通り妖怪の蟷螂だ。だが本当じゃあない。あれは本物を真似して生み出したものだ」
「生み出す?お兄さんが?」
俺の子供じゃないからな。目の前でいきなり現れたのを見たから分かるだろうが。
「もしやお兄さんの能力なの?【生み出す程度の能力】とか【惑わせる程度の能力】とか?」
「生み出すと言ったから。幻覚の類だと思ったから。そう考えたのはこんな理由だろう」
だがそんな能力を持っている訳がない。そんな能力があれば逃走の際どれ程助かるか。
「違うの?」
「違う。あれは能力を使って生み出した物ではない」
「じゃあどうやって?」
「想像した」
そう唖然とするな。言葉が足らなかったのは申し訳ないが本当の事なのだ。
「敵を想像した。其処に居ると、存在していると強く思う事で生み出し練習相手にしていたのだ」
「凄いのかよく分からないけど凄いんだろうね〜」
そう凄い事なのだ。此れを習得するのにどれ程の年月を掛けたか。
「でもでも〜。お兄さんは想像した本人なんだから見えるのは分かるけど〜。ど〜して私に見えるの〜?」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
確かに、そうだな。
男妖帰り支度中…
「どんな原理で出来てるのか分からないのに詳しく調べなくていいの〜?」
「考えても分からない事は考えても無駄なのだから考えない。友の言葉だ」
「其れはただの面倒臭がりなんじゃないの〜?修行方法を理解しないのは〜」
「煩い」
何も思わずに説明していたが最初に何故他のモノに迄見えているのか気付くべきであった。普通気付くものじゃないのか。疲れているのだろう、今日は此の位で止めておくか。
「もう帰っても良いのだが昼も食べていない時間に帰るのも手を抜いたとどやされるだろうし、どうするか」
「鍛錬すれば〜?」
「疲れた、無理にやるのも身体に悪い。其れに好き勝手やるのが俺たちなのだろう?日が暮れるまで暇でも潰す」
だが帰り位は走って帰るさ。
「それまで暇なんでしょ〜?だったら──」
「──昨日お前が言っていた事は無しだぞ」
「わ、分かってるって〜そんなに睨まないでよ〜。暇ならお話ししようよ〜。何処かに出かけるのもいいけど〜」
「俺に危害を加えないと約束すれば付き合ってやらん事もない。言っておくがお前が危害だと思っていなくとも俺が危害だと思えばお前を殺す」
殺すなんて事はせず尻尾を巻いて逃げるがな。
「も〜お兄さんは物騒だな〜」
誰の所為だと思っているのか。殺すという言葉にも大した反応を示さず軽く返してくる此奴はある意味凄いのかもしれん。もしくはただの能天気か馬鹿か。
「それじゃあ何を話そうかな〜昨日もらった餌の残りを持って帰って巣に運んで蟲たちに加工させた時の話でもしようかな〜」
申し訳ないがそういった話は断る。精神的に堪える類の話は妖怪には辛いものがある。
「え〜それじゃあ一昨日蜜を貰いにお花畑に行った時のことでも話す〜?」
「そういう話を待ってたんだよ」
「む〜、なんで私のことじゃなくて他の女の子の話を聞こうとするの〜?」
は?
「まぁ私は心が広いから許してあげるけど〜他の子にはしちゃダメだぞ〜」
片目を瞑り可愛らしく格好を決める蟲に一瞬何をしているのか分からず固まってしまったが、片目を瞑り合図を送ったり親しい仲の者に好意を示す際に使うウインクだと思い当たった。
「お、おう。そうだな」
「こんなに優しいのは私ぐらいなんだから〜感謝してよね〜?」
「分かった。そんなことより話は?」
「そんなこと呼ばわりは酷いな〜。ええっと〜確かお花畑のことだったよね〜」
一昨日、増えた蟲たちの餌が少ないという事で餌になるものを求めて色々な場所へ大移動している時に立ち寄ったのが幻想郷で最も広く美しい花畑【太陽の畑】なのだとか。とある妖怪が治める此の辺り一帯には多種多様な花が咲き、季節と共に姿を変える。季節が変わり花が咲き誇った頃を見計らい人里から人間がやって来るだけではなく妖怪も来る。俺もその内の一妖である。其の妖怪だが関わりを持たず邪魔をせず戦おうとせず管理する土地に対して手を出さなければ機嫌が悪かったりしなければ無害なので対処は容易い。
此方は蟲で彼方は花、蟲と花とは切っても切れない関係があり何かと関わる事で目障りにならなければ蜜を分けてくれるそうな。あれとある程度の関係を築いているのは幻想郷広しと言えど両手の指の数で足りるかどうか。お前はやはり凄い奴なのかもな。
「いつも通り蜜を貰いに行って〜『花に傷を付けるな、花粉はきちんと飛ばせ』って言われて〜それで蜜を貰いながら花粉も飛ばしたの〜」
蜜を与える代わりに花を咲かせる為に働かせる。蜜も腐る程あるのだろうし利益の方が勝るのだろうか。
「みんなが仲良く蜜を吸ってたら遠くの方が騒がしくなったの〜。他の妖怪が攻めてきたとかで〜あの方が向かったのよ〜『流れ弾を防げ、絶対にだ』って〜。逆らえないからお花畑をひらすら守ってたのよ〜」
僅かばかりの蟲たちが犠牲になったが花を守りきり、花妖怪の方も命知らずたちを消し飛ばしたそうな。花粉の散布が終わり挨拶も済ましそそくさと立ち去った。
「花粉が他の花に飛んでいく所を見てた時はニコニコしてたけど〜変なのがいっぱい来た時は凄い顔だったよ〜」
賢者が幻想郷を回った意味が有ったのかと疑いたくなるがもしや幻想郷中を回るという事は実は偽装であり本当は他の何かの為に回っていたのではないだろうか。幾ら考えようともあの胡散臭い笑みを浮かべる女の思考など分からんのだろうな。
「其れで、終わった後の様子は?」
「少し不機嫌そうだったけどそこまで怖くはなかった〜。暴れたおかげで怒りも薄れてたんじゃないの〜。これから先誰も来ちゃダメ〜ってなると大きな食糧源がなくなるからまたお兄さんを襲わなきゃって冗談だから冗談だ〜!帰らないで〜!!」
話している間に頭の中から抜け落ちた様だが次は無いと思え、そして俺に感謝しろ。
「俺も彼処には度々花を観に行くからな、四季を通して絶景が広がる所に行けぬというのは些か堪える」
「そ〜なのか〜、それじゃ今度一緒に行こうよ〜!」
「何時かな」
後一月程は先になるがな。
「それじゃあ〜お兄さんの番だねー」
「……話せと?」
当たり前だと目で語りかけて来る、暇故に話しても良いが話という話がないのだが。居候の事はなるべく離したくはないし、昔の事でも話そうか。
「それじゃあ何を話そうか。ある国の王様に成り代わっていた偽物の妖怪を退治して姫様に気に入られて求婚された話か、其れとも地獄の揉め事に巻き込まれ戦い死神の女を口説き落として現世へ帰還した話か」
「お兄さ〜ん?嘘をつくのはダメでしょ〜お兄さんに限ってそんな英雄みたいな話が有る訳ないじゃない〜。お兄さんにはギャグしかない物語のお馬鹿な脇役キャラがお似合いなんだよ〜」
「……怒っているのか?何故怒っているのか知らんが、すまん」
笑っているが目が怖い。女というのは笑顔を武器にすると昔から言われてが盾にもなり矛にもなる優れものだと思う。まぁ求婚されたという話は創作だ。女子供はこういう英雄譚が好きだと思ったがよりけりか。
「それじゃあ幻想郷と呼ばれる土地に結界を貼り今の様にした賢者と其れに力を貸した人妖神魔の一人であり、博麗神社で幻想郷を守護する博麗の巫女の原型でもある四代目博麗の巫女の事でも話そうか。四代目について何か知っているか?」
「知らな〜い。今の巫女しか会ったことないし〜」
「其れは好都合、其れでは聞いていくと良い。幻想郷一番の貢献者であるにも関わらず記録にも朧げにしか乗らず語られる事の無い博麗の巫女、博麗 の冒険譚を」
期待に目を輝かすが、あまり期待はしないでくれよ。俺は語るのが苦手だからな。
6367文字、普通だな!
【ほんへの補足】
Q.警戒するなら素振りするなよ。
A.なんだかんだ言って何もしてこないと分かっているから。
Q.蟲妖怪が馴れ馴れしい。
A.顔見知りだし気まぐれだから。
Q.鍛錬見せていいのか。
A.隠す必要がない。
Q.なんで他の奴にも見えるのか。
A.物凄い精神力と想像力によって云々。
Q.蟲に惚れられた?
A.NO。いきなりの事であり未知のものだったから驚いてるだけ。見惚れたわけじゃない。
Q.嫉妬されてるやん。
A.自分の物を取られたくないという子供みたいなあれ。
Q.怒ってるの?
A.何言ってんだこいつって感じで怒ってる。
Q.四代目って誰だよ、ナル○か何か?
A.あらすじ見て、どうぞ。
Q.原作にそんなキャラ居ないだろ。
A.そうだよ(便乗)
Q.巫女の名前は?話の続きは?
A.(記録にも全く残っていない隠された存在、そんな雰囲気を醸し出したかったから)ないです。
でもおまけで書くかもしれないゾ。申期N。