リアルが忙しスギィ!お兄さん許して!
お遊戯会からお人形遊へと移り変わり、妹殿は未だに前任と遊んでいて大人しい。其の甲斐があって多少の枷が有るものの自由に過ごしている。
一日三回の飯、快適な住居。一月前の俺ならば惰眠を貪っていただろう、然し此の二週間で更生させられてしまった俺には唯怠惰な生活を送れる訳もなく……。
「ッ!」
「迷い無く目潰しですか!」
土を顔へと蹴り飛ばし視界を遮ろうとする、だが腕を交差され防がれる。其の隙に距離を縮め拳を放ち蹴り飛ばす。
「効かぬか……」
彼奴との二人での生活によってこうして門番と試合っている訳だ。何時始まるかも分からぬ死闘の為に出来るだけ鍛えておこうという判断だ。一人で作戦を練り、策を講じ、手札を増やす。其れに加えて手合わせだ、身体を鍛えながら門番の動きを見て自らの糧とする。一人で行うよりも随分有意義である。
「行きますよォ!!」
「弾幕か」
弾幕が周囲を囲み襲い掛かる、其れを細心の注意を払いながら避ける。
「此処ォ!」
「やはり此処で来るか!」
光の嵐の中、針の穴程の隙間を見つけ飛び込もうとすれば向こうより現れる門番。放たれる蹴りを避け、掴む。其の勢いを利用し弾幕の中へと投げ飛ばす。
「な、ちょっ──」
──爆発。光と音と衝撃を辺りに撒き散らす。
先ずは頭程の大きさの小さな弾とぶつかり爆発。次に更に他の弾幕迄もが誘爆した。其の結果が此れだ。
「イテテテ……。普通人を弾幕の中へと投げますか」
「馬鹿正直に飛び込んで来る方が悪い」
煙が晴れた先、爆心地には服をボロボロにしながらも平然とした門番が居た。自らの攻撃ならば傷を負うだろうと思い投げ飛ばした、大して効かなかったのだが。
朝飯を食って直ぐに始めた鍛錬、朝から今迄只管に動き続け喉が渇いた。近くの木の根元に置かれた水筒を二つ手に取る。
「ほら」
「あ、どうも」
門番はたった侭、此方は木の根元に腰掛け水を飲む。緩くなった水が渇いた喉を潤し身体に染み渡っていく。
「はぁ…………疲れた。其れにしても随分とやられたものだ。殴られ蹴られ撃たれ、何処も彼処も痣だらけ」
「私も良いのを何発か食らいましたよ。相手が女の子でも躊躇いなく顔を狙ってくるとは、しかも土で目潰し迄してくるとは」
「一方的にやられるのは好かん」
気に背を預け空を見上げる。何時も通り濃霧が太陽の光から湖を覆い隠している。肌寒さする島の上での鍛錬、悪くはない。
「後少しで昼ですね、休憩にしましょう」
「そうか、其れでは続きは昼過ぎだな」
「はい」
ではな、そう一言声を掛け門へと向かう。若干の力を込め重たい門を開き向こう側へ。額から鼻先へと流れ落ちる雫を袖で拭い部屋へと……。
「……何故付いてくる」
「喫食場で昼を摂る前に汗を流しますか?」
「汗か、流そうか……ん?喫食場とは?」
扉を開き屋敷の中を進む。其の道すがら門番は話し始めた。
昨日は与えられた部屋の中で飯を食った、だが此処で働くモノ達は皆一つの場所で食事を摂るという。其処が喫食場。
「其処彼処で見かけたモノ達を正確には数えていなかったが、かなりの数を見てきた。だが其れだけしか居ないとは思えん。其れ程の数の食事を用意する事もそうだが、一堂に会する事の出来る広い部屋が有るのか?」
其処なのだ。妖精が何を食べるのかは知らぬが食事を与えるのならば、一日三度其処だけがごった返すだろう。そんな所でゆっくりと食事など出来るのか?
「全ての妖精を収容出来る部屋は有りますよ?ですが頭の悪い妖精の食事を一度に終わらせる事は困難です。なので順繰りに食事をさせています」
「ほう……其れならば満足の行く食事が出来そうだ」
「あ、かなり騒がしいですから」
「……」
「だって妖精ですよ?数少ない娯楽の一つである食事をしながら静かに出来るとお思いで?」
確かにそうだ、あの妖精達が働いているからと大丈夫だろうと考えるのが間違っている。能天気で阿保な妖精を制御など出来ぬ、大方ほんのちょっぴりしか機能していないのであろうと容易に想像が付く。
「はぁ……まぁ良い。さっさと汗を流しに行くぞ、汗臭い侭では飯を食いたくない。其の前に着替えを取って来なくてはな」
「其れでは又此処で」
俺の部屋の前迄やって来た所で話は終わり解散する事に。扉の鍵穴に鍵を挿した所で背後でガチャリと音が聞こえた。
「目の前か」
「はい、ご近所さんですよ」
振り返れば廊下を挟んだ向かいの部屋、其の扉開けている門番が。遊び相手の部屋は監視目的で部屋を向かい合わせにしているのだとか。
お互い自室へと入り替えの服を手にして合流、其の侭汗を流しに向かう。
「使用人用の浴場なのですが、きちんとお湯が出るんですよ。お嬢様曰く『良き環境で良き人材は産まれる』と。いや〜使用人冥利に尽きますよ」
「衣食住、此の三つがきちんと保たれている。其処に危険が付かなければ此処で働きたいものだ」
「ん〜、危険は仕方ないですからね。残念です」
未だに俺の目に痛みと疲れを与えてくる真っ赤な内装。眉間を抑え目を瞑り休ませる。後数日経つ頃には此の赤にも慣れてしまうのだろう。
長い廊下を進みたどり着いたのは大浴場と呼ばれる部屋であった。
「……男湯は?」
「働くモノの殆どが女性なので有りません。ですので一緒に」
「変な事をしてくるなよ」
「……其れは私の台詞では」
する気も起きぬし出来る気もせん。さっさと汗を流したいと足早に扉を開け放つ。
脱衣所に備え付けられた籠へと服を放り、服を脱ぎ籠へ放る。此れ又備え付けられたタオルを手に取り浴場へ。
「ほう、此れはなかなか」
扉を開けた先には熱気と湯煙が充満する広い浴場が広がっていた。使用人用と言われ質素な物かと思ったのだが、考えていた事とは正反対な代物であった。
「如何です、凄いでしょう」
「そうだな……どれ程の時と金を浪費したのか気になる位には凄いな」
後からやって来た門番が其の形の良い胸を張って自慢気な言葉に返してやる。
「腹が減った、早く汗を──」
「──ちょっとちょっと〜!」
「……何だ」
等間隔に設置されたシャワーの前、置かれていた椅子に腰掛けた所で門番の不機嫌そうな、いや不機嫌な声が掛かる。何事だと振り返える。
「如何してそんな無反応なんですか!」
「此れでも物を見る目は有ると自負している。此処に在る全てが良い物だと理解している、先に反応しただろうに」
「お風呂の事じゃないです!私の事です!」
「お前の事?」
肩にタオルを掛け腰に手を当て仁王立ちの門番を見る。もうちと羞じらいを持て。
「何でそう淡白なんですか!」
「……そういう目で見て欲しいのなら羞じらいの一つでも見せろ。隠す事もせずにいたのでな、そういう事は頭に無いのかと思っていたのだが」
「いや〜驚きの一つでも見てみたいと思いまして」
「悪戯なら妖精にでもするんだな」
椅子へ座り熱い湯を浴びる。身体を洗っていく。
隣へと座り同じ様に身体を洗い始めたもんばんに目を向ける事なく、淡々と済ませ風呂場の出入り口へと向かう。
「湯へは浸からないのですか?」
「腹が減った」
「え〜、折角だから浸かって行っては如何ですか?」
「……そうだな」
まだ髪を洗っている門番より先に出たとして、道案内が居ない事には喫食場へと辿り着けん。いや、妖精に聞けば……気まぐれで悪戯好きな妖精に聞いても真面な答えが返ってこないだろう。
門番の言葉に従い湯へと浸かる。天から吊るされる灯りに照らされ、水面を煌めかせる湯。透き通る赤い湯からは花の香りが湯煙と共に立ち込めている。薔薇の香り、此の侭のんびりと一日を過ごしても構わぬだろうか。
「おやおや、随分リラックスしてますね」
「広い風呂というのも良いものだな、手足を伸ばす事が出来る。だが掃除が大変そうだ」
「妖精メイドだけに任せておくと半日掛けて終わらせるか、途中で飽きて遊び始めるかの二択が起きます。いろんな意味で大変です」
負の中へと足を踏み入れた門番は其の儘隣に腰掛け天井を見上げる。何故毎度隣に来るのか。
二人で並びぼんやりと過ごしてどれ程経ったか、あまり時間は過ぎてはいないだろう。お互いに声を掛ける事なく、同時に立ち上がり湯船を出た。
「ふぅ……良い湯であった」
「ふっ、くっ……ぅぁっ……」
上がり湯を済ませ身体をタオルで拭き脱衣所へ。隣で伸びをし悩まし気な声を上げる門番の隣で湯に想いを馳せる。入浴剤だったか、後で作り方でも聞こう。
新たな服に袖を通し扉を開く。風呂場と隣接する脱衣所にも当然ながら熱が伝わり暖かな空間となっていた。外に出れば如何なるか。
「涼しい」
「そうだな」
風呂上がりの此の温度差が心地良いのだ。長い髪を新たなタオルで包ぬ門番の後に続き廊下を進み喫食場へと足を踏み入れた。
二人食事中…
「う、ぐ……もう食べられません……」
「午後から稽古だと言っていたのは何処の誰だったか」
「いや〜汗を流すとご飯が進む進む」
風呂を済ませた俺達は喫食場へと辿り着いた。だが……。
其処は戦場であった。
いや、本当の戦場ではなくものの例えだ。其処に置かれた料理の山々から手に持つ皿へと料理を乗せていく、ばいきんぐと呼ばれる形式なのだという。だが腹を空かせた妖精に理論も道徳も存在する訳もなく、お玉やらの取り合いが起こっていた。
呆然と立ち尽くす俺を置いて妖精の波の中へと姿を消した門番。其の後を追う事も出来ず案山子と化していた俺。
「明日からはしふと制、だったか。其の合間を狙って食事を摂る事にする」
「え〜そうすると一緒に食べられないじゃないですか」
「一人で食べていろ」
煙の中から満面の笑みを浮かべた門番の手には山の如く積まれた料理が。俺を無視して食い始めた此奴に呆然となり、漸く飯を取りに行ったのだ。修羅場だ、修羅場が其処に在った。
無駄な疲労と阿呆の馬鹿みたいな飯を食う凄まじさに思わず食欲を無くしてしまうのは仕方のない事だろう。腹八分目どころか六分目で限界が来た、残った飯を門番の皿へと移しても気付かれなかったのは幸い。多少増えても変わらんだろうという考えからの行動であった。
「うっ……吐きそう。ちょっと運んでくれませんか?」
「知っているか、自業自得という諺が此の国には在るのだがな」
「困っている少女を置いて行こうと言うのですか!」
「鏡を見て来い」
一歩歩く毎に呻き声を上げ立ち止まる門番によって未だ廊下に居る二人。変哲のない唯の廊下が下克上を叩き付け、俺を陥れようとしているのだろうか。
「あの、ちよっと!私を置いていかないで下さいよ〜!」
「お前と違い此方は命懸けだという事を忘れたか?」
「自分さえ良ければ良いんですか!?鬼!悪魔!フラワーマスター!」
何とでも呼べば良い、俺の心はビクともせんよ。
「歩くのが無理なら飛べば良いだろうに」
「あっ……」
忘れていたのか。
「盲点でした……普段何気なく使っているものの事を忘れてしまうとは。基本に立ち返れという天からの御告げ──」
「──神や仏に罪を擦り付けようとするんじゃない」
隣で宙に浮き同じ速さで廊下を進む門番の得意げに放たれる言葉に被せる様に指摘する、単にお前の浅慮だろうと。
「うっ……浮いていても揺れて気持ち悪い」
「其処等辺で横になっていろ」
「うぅ、其処迄運んで下さい」
「……はぁ。分かった分かった、運んでやる。何処迄運べば良い」
「門の近く迄……あ、肩に担ぐのですか!?お腹が圧迫されて吐いちゃいますって!」
俵の様に担ぎ上げようとすれば拒否されてしまった。注文の多い奴だ。嘆息しながらも思考を巡らせ、これしかないかと再度溜息を吐く。
「我慢していろよ」
「え、あ、ちょ」
頸と膝裏へと腕を回し其の儘持ち上げてやる。腕の中でじたばたと暴れる門番には落とすぞと脅しを掛け大人しくする。運べと言ってきたのはお前だろうに、嫌なのはお前だけではないのだぞ。
「何か、恥ずかしいですね此れは」
「……そうだな」
こんな所を妖精にでも見られてしまえば面白がり群がってくるであろう事は容易に分かる。ならば此処はさっさと外へと向かうべきである。
年甲斐もなく、初心な小童の様な気恥ずかしさを味わい互いに話し掛ける事なく静かに廊下を進んでいく。其の所為で密着した事で腕に伝わる……。
「何を馬鹿な事を考えているのか」
「何がですか?」
「年甲斐もなく恥ずかしさを覚えている自分に辟易としただけだ」
青臭い情動に苦笑いを浮かべると腕の中の門番は小首を傾げた。子供みたいな顔を良く浮かべる奴だと出会ってからの記憶を掘り起こす。話をしている時も、飯を食っている時も、鍛錬の際にも、子供の様な笑みを浮かべていた。
「打撃を打ち込んだ時やお風呂に入っている姿を見た時にも思いましたが、なかなかに鍛えていますね。こう、身体が密着すると筋肉が──痛い!」
はぁ……。
「頭打ちましたよ!」
「其の程度では大した事にはならんだろう」
「怪我するしないではなく!」
「馬鹿な事を口走ったお前の責任だ」
今日だけで何度溜息を吐いただろう。幸せが逃げていく、幸運など既に無に等しいというのにどれ程奪い取っていくのか。
「うっ……大声出したら吐き気が……」
「はぁ……。先程迄考えていた事が馬鹿馬鹿しくなるだろう」
小さく痙攣しながら宙へと手を伸ばし何処かを掴もうとする門番。お荷物と化した其れを再度抱き上げ廊下を進んでいく。
「何だかんだ言って優しいんですよねはい御免なさい口を閉じます落とさないで顔が怖い!」
「…………………………はぁ」
5384文字、普通だな。