「いやぁ受け取りに関して話を聞きに行ったら文句を言われるとは思わなんだ」
再度兵舎へと足を運び飲み物を啜っていた黒騎士に声を掛けたのだが、又来たのかと愚痴を挟みながら話を進める事になった。
仕事の一部なのだから仕方ないと割り切ってくれても良いだろうにとは言えず話を聞いていたのだが此方の女騎士が其の態度は何だと怒りを露わにすれば向こうの黒騎士もやるのかと腰の剣に手を伸ばす。互いに何時でも殺せるぞと言わんばかりに空気が張り詰めわらわらと周りに兵士が集まってきたので協力してもらい何とか抑える事が出来た。
「其れで、言い残す事はあるか?」
「くっ殺せ!」
「するか阿呆が。腹立たしいのは俺も同じだが彼処で目立つ行為を、其れどころか警戒される様な事をするな」
「しかし……」
「もしだ、もし街への立ち入りを禁止されたら如何するつもりだった?別の街を目指すのか?」
「其れは……」
「言う事は?」
「……すまなかった」
最初からそう言えば良いものを面倒な事をさせるな。
「そろそろ……」
「んあ?」
「足が……」
地面に座る女騎士、其の足は折り畳まれており辛そうだ。
「其の座り方は我が祖国の古の時代から伝わるもの。地に足を着ける、相手より下に位置する、長時間続ければ苦痛を生む。謝罪の際に必ずといって良い程に相手を許す気にさせる事の出来る至高の座り方なのだ」
「……まださせるという事は許す気は無いと?」
別に許す気が無い訳ではない、寧ろ許している。だが此れで終わらせるのもつまらないのだ、という事で少し悪戯させてもらおうか。
後ろに回り込み皮のブーツを視界に収め狙いを付ける。無言で背に回った事を不審に思った女騎士から苦しそうな言葉が届くが無視し爪先で足の裏を踏む。
「い、一体何をフギィ!」
ぐりぐりと爪先を場所を変えながらめり込ませていく。
爪先。
「フギャアッ!」
土踏まず。
「フッングゥ!」
一度は声が出るのを抑え様とした所で更に踏み付けられた事で抑えた口から声が漏れる。
此れは、なかなかに楽しい。嗜虐的な趣味は無かったのだが良い。
「ウッググ……わ、私を辱めたいか!」
「あ、いや。つい楽しくなってしまってな」
「楽しむ!?やはり辱めフギャアッ!」
再度踏み付け黙らせる。そろそろ止めてやるか、周りの目が増えてきた。
「此れからは馬鹿な真似はしない、良いな?」
「あ、はい……」
「良し立て」
「はい……」
立ち上がろうとした女騎士が蹌踉めき此方に倒れそうになって来たのを受け止めてやり肘鉄を腹に食らい今度は俺が地面に蹲る。支える支柱が無くなれ支えられた物は倒れる、其の例に漏れず女騎士が俺の上に倒れてきた事で重い一撃を背中に食らう。
「て、テメェ…!」
「ただでは、ただではやられん…!」
「ぐぬぬ」
「ぐぬぬ」
此の後ガキ二人に変な物を見る様な目を向けられ何とも言えない気持ちになった。おふざけが過ぎたらしい、女騎士も一緒になって頷いているがお前も乗ってただろうに。
巨大な扉を抜けた先、大通りに通じる広場で繰り広げられた茶番劇は好評らしく道行く人間の殆どが足を止め此方を見ていたらしい。らしいというのは二人に聞いたからだ。恥ずかしかったと言われ『恥や名誉はかなぐり捨てろ、其れが生きる秘訣だ』と胸を張って言えば女騎士に『姫に何という事を』と小言を受け取った。
「さて、此れから如何する?もう日が暮れるのだから飯にするか?」
「宿を先に見つけましょう。今日はゆっくりとしたいと思います。金には限度があるから明日からは住居に金策にと忙しくなるだろう」
歩き襲われ話をして、いつの間にやら時間が経ち日が壁の向こうへと消えていっている。金策か、適当に働ける場所はないだろうか。村の人間に此の世界を教えてもらっているがまだ拙い。文字を読まないで稼げる仕事はないだろうか、力仕事が良い。
「取り敢えず宿を探しましょう」
「安くてそこそこ良い所にしてくれよ?馬小屋の様な所は遠慮したい」
「そんな宿があればですけど」
痺れが引いたのを確認し歩き出す女騎士の後ろに付いて行く。大通りには出店が並んでおり食い物や土産等が目に入る。美味そうな匂いが鼻腔を擽る、懐に手を伸ばすが財布は見つからず。そういえば渡したのだったな、屋台に向けていた目を女騎士に向ければ。
「駄目ですよ」
拒否されてしまった、まだ何も言っていないというのに。此奴、考えていた事を読んだとでもいうのか?
「齧り付く様に見ていたのです、食べたいのだと直ぐに分かります。金を渡されているので此方に頼んでくるとは想像出来ます」
「では何故駄目なのだ」
「宿でどれ程の金額を消費するのか分からないのだ、今日は無駄な所では使えない」
今日は駄目なのだろう?明日なら良いのだな?
明日は好きなだけ食べるかと明日の事を考える。芳ばしい香りが漂っていた串に刺された肉、あれは何の肉だろうか。蜜か何かでコーティングされた果物も美味しそうだった。見た事のある物もあったのだ明日が楽しみだ。
道を進み、出店の店員に宿が無いかを聞く女騎士の後ろ姿から目を離しガキ共を見れば案の定目を輝かせて辺りを見渡している。おい其の手に持つ串肉は何だ?え、貰っただと?ガキだからタダで貰えるとは俺は何故妖怪なのにこんな見た目なのか、他の妖怪の様に子供の姿をだったのなら楽に生きられたかもしれないのに。
「安い宿屋の情報を幾つか手に入れた、部屋が空いていると良いのだが。おいお二人の物を盗もうとするな」
「年長者を敬うものだろうが」
「偶に見せる優しさを此処で発揮してほしいのだが」
「あぁん?そんな都合良く優しくされてると思うなよクソガキがぁ!」
「私までガキ呼ばわりか!わたしは外せ!」
「私は?」
「あ、いや言葉の綾だ」
あぁ食べ物に食欲を誘われて腹が減ってきた、さっさと宿を見つけて飯を食いたい。
歩く事数分、大通りの一つ隣の通りにやってきたのだが此処も人間が多い。大通りなど人、人、人、とまるで人間の川であった。だが此処は比較的少なく立ち止まる事なく進めてしまい目的の宿屋に付いた。
「外で待っていてくれ、部屋が空いているのか聞いてくる」
そう言い残し宿屋に入っていく女騎士。やる事もなくガキ共の城での暮らしがどんなものなのかを聞けば豪華絢爛な暮らしぶりに思わず『お前等に婿入りしてぇなぁ』と呟いてしまい道行く人々の視線を再度集めてしまった。冗談だって冗談、おう警備員大丈夫だから来るんじゃない。
呼び出されたのかやってきた警備の人間にお帰り願いまた王子様が如何たらと話し出すお姫様方のはしゃぎ様に頭を痛める事数分、女騎士が戻ってきたが。
「駄目でした」
「出てきた時の顔で分かった」
まぁ他にもあるのだろう?其方は空いているかもしれん。
「そう、ですよね。多寡が一件目のです他もあるのだ大丈夫だろう」
「おう行こうか」
また歩き出し次の宿へ。同じ通りにある宿屋に入っていく女騎士を見送りまた話して時間を潰していると女騎士が出てきて。
「駄目でした」
「ま、まぁまだあるのだろう?平気だ平気」
何だか嫌な気がしてきた。此処で俺の勘が告げている、都合良く空いていないと。
一行宿探索中…
此れで何軒目だろうか。十軒目を超えてから此れは駄目かも分からんなと高い店にするか野宿かの何方かだと考えてしまい数えるのを忘れてしまったので覚えていない。
ガキ共二人はこんな時にも話をしている。其の一方俺と女騎士はあきらめ掛けてしまい静かになってしまった。其の女騎士曰く『安くてきちんとした宿屋は此れで最後です』と言い宿屋に入っていった。頼む。
待つ事数分。
「やっとか」
「やっとです」
遂に空き部屋が有る宿屋を見つける事が出来た、だが一部屋しか空いておらず仕方なく男女相部屋となった。宿屋内で食事を摂れるという事で出店の食物は諦めろと言われ渋々従うが俺は諦めてはいないからな。
受付の前を通り奥へと進む。一階は入り口近くに受付、其の奥は丸い机と椅子が並ぶ食堂になっていると言われたが此れは食堂ではなく酒場だろう。此処に居る殆どが柄の悪そうな面をしている、机の上には杖や剣が無造作に置かれ出ている物は料理より酒の方が多い。受付の男がガキ共に向かって奇異な目を向けていたのは此の為か、こんな所にガキが来るのは間違っているだろうな。
部屋が有る二階へと向かう為には如何しても広間の真ん中を突っ切らなくてはならず視線を集める集める。色んな視線が飛んできて思わず道を引き返し野宿の支度を始めたくなってしまう程だ。
「こりゃあ降りてきたら絡まれる五十銭賭ける」
「嫌な事を言わないでください。銭とは何ですか?」
「此方の世界の金だ」
廊下を進み教えられた部屋の前までやってきた。鍵を受け取っていた女騎士が鍵で扉を開け中に入っていく其の後ろに続いて入っていく。
中は悪くない、絵が壁に飾られている以外装飾も無い質素な部屋。ベッドと呼ばれる西洋の寝具が二つ部屋の奥に鎮座し其の枕元に明かりが一つずつ置いてある。他には箪笥や衣装棚があるだけだが掃除もきちんとされていて良い。安い宿だと言われていたが思いの外良いではないか。此れで飯が良ければ文句の無い事なのだがあの中で飯を食うのは心配だ。
「お二人に不埒な真似をしようものなら斬り刻み燃やし尽くす」
「誰がこんな小便臭いガキに手を出すか間抜け!」
「お二人を愚弄するか!」
「煩ぇ!さっさと飯にするぞ!」
こうして荷物を置き一階に降りてきたのだが何十という目が此方を見てくるのは精神的に堪える。
「大丈夫ですよ、何かあれば私が斬り捨てる」
「斬り捨てちゃ拙いだろうが。こんな狭い所で二人を守ってなど戦いたくないぞ」
腰に携えた剣に手を掛け只ならぬ威圧感を出す女騎士を止めさせる。というか剣を持ってきたのか、大事な刀を置いてきてしまった事を悔やむ。有事の際に獲物が無ければ困る。
「すまん、刀を持ってくるから先に食べていてくれ。俺の分は適当に頼んでおけ」
「はい、出来るだけ早く来てくださいよ?」
「何だ?不安なのか?」
「一人でお二人を守り切れるかとう事なら不安ですね」
てっきりこんなゴロツキ共の吹き溜まりに置いていかれるのが怖いのだとばかりに。
「すまん俺が悪かった、だから足を踏むな」
「馬鹿な事を考えていた事と先程の仕打ちに対する罰です」
さっさと行って来いと睨まれ急ぎ足で階段を上がる、部屋に入り立て掛けられる愛刀を手にし来た道を戻る。扉の鍵を閉めておく事は忘れない。
階段を降りていき一階が視界に広がった際に先程は無かった筈のものが見える、人集りが出来ているではないか。そして見えない三人組。俺が居ない数十秒の間に何が有ったのか、先ずは割り込んだ後に話を聞こうか。
「はい御免よ〜ちょいと通らせてくれよ〜」
「何だお前」
「あぁん?」
「此奴一緒に居た奴じゃねぇか」
何か言われるが応える事なく人間の群れを掻き分け中心へと向かう。其処には案の定我が一行の一員、いや三員が居た。加えて此の無数の男たち、どう見ても嫌な予感しかしない。
「あぁ?何だテメェ、あぁ一緒に居た野郎か」
睨みを効かせてくるが数々の修羅場を潜り抜けてきた俺には其の程度微風程度にも効かぬわ。俺がどれ程の力を持った化け物と相対してきたのか教えてやろあ。あれは今から二十年前だ、いきなり連れ去られた先で襲撃作戦を教えられ知らない内に────。
「──巫山戯るのなら貴方も一緒に斬るが、文句はないだろう?」
「おう如何したお前等何が有ったんだ」
俺の話など今は要らんのだ、あまり調子に乗っていると本当にやりかねん。此処は真面目にいこうか。
「いきなり絡まれました、其処で貴方が来ました」
「何故絡まれたのか其処を知りたいのだが」
知りませんよと首を振る女騎士、ガキ共に顔を向けるがふるふると首を横に振るだけだ。
此れは三人では無く野郎共に聞かんとならないかと顔を向け。
「こっちを無視してんじゃねぇぞゴラァ?」
体を向けたと同時に胸元を掴まれた。如何やら怒らせてしまった様だ、やってしまった。こういう酒の入ってそうな柄の悪い奴は不機嫌になると手が付けられなくなる奴がいるのだ。ねちねちと絡み続けてくる奴など殴り飛ばすしか解決方法は無いだろう。
「何だ此の手は?」
「出てきてもらって悪いが」
「此の手を離せ」
「野郎は要らねぇんでな」
「服に皺が出来るだろうが」
「とっとと消えて」
「俺の話を聞け」
「お前が話を聞けぇ!」
話の初めは俺なのだから俺が先に話すものだろうがおい。
「女の手前気丈に振る舞いたいのは分かるがよぉ、無様姿晒したくなきゃ大人しく退がれや」
「あぁ?お前と同じに考えないでほしいのだがなぁ。俺はそんなガキみたいな事はしねぇんだ」
「ガキだとぉ?」
お前等が絡んできて、其れに対応しているだけだ。何処に間違った事が有るというのだ。
「お前等は四人だ、其の内の三人は女子供。こっちは男が十人。此れが分かんねぇのか?」
「他人に頼らなきゃ何にも出来ないのか?やる事考える事全てがしょぼい。小物は小物らしく大人しく退がれや」
俺たち二人は兎も角ガキ二人が心配だ。此の人数なら二人で如何にかなるがガキがなぁ。
魔法の事も気になる、手に持っていないが服の内側に杖が有れば俺でも危険。相手が大した事のないゴロツキなのがせめてもの救いか。
そうこうしていると胸倉を掴む男が腰に差すナイフを取り出す。
「目を潰されたくねぇよなぁ?」
文字通り目の前に持ってきたナイフ、眼球に当たるギリギリで止まるナイフの後ろに見える男の顔は腹の立つ表情をしていて殴りたくなる。
「心配すんなって、お前が居なくなっても三人の面倒は俺たち──」
──ドゴォ、鈍い音を立て目の前に存在していたナイフが視界から消え其の代わりに脚が映る。
「なっ!?」
「え、ちょっと、もう知らん!」
「お前何をグヘェ!」
目の前の男の顔が驚愕に染まり序でに俺も驚く。何が起きたのか理解出来ず棒立ちになってしまったが直ぐに理解出来た、だが如何すれば良いのか分からず困惑し如何にでも成れと男を殴り飛ばす。胸倉から手を離し面白い様に飛んでいく男、俺の横でツルギを抜く女、吹き飛んだ男に視線を向けて呆然とする野郎共。
「喧嘩だぁ!!」
一瞬の内に静寂に包まれる酒場に誰が発したのか叫びが上がる、だが其の一言が始まりだった。
「「「「「ウォォォォォォオォォォォオオオ!!!」」」」」
次の瞬間には酒場中の男共の歓声が上がる。其れに更に困惑する野郎共と俺。
やるしかないのかと逃げたくなるが隣はやる気で満ち満ちている。
「クソガキ共!机の下に隠れてろ!オルァ!!」
「「ッ!?」」
「グピャァ!?」
ガキに指示を出し男共の群れに飛び蹴りを仕掛ける。避けられる事も出来ずに近くに居た禿げ面に当たり上手い具合に後ろに居た奴等にぶつかり押し倒す。其の上に飛び乗り目に付いた顔を踏み付ける。
「て、テメェ!?」
「フッ!」
「アガッ!?」
山の上に重なる何人かを気絶させている所を狙いナイフで斬り掛かる男の顔を剣の腹で殴り飛ばす女騎士。
其れからは混戦だった。狭い、障害物、ゴロツキが多いと悪条件の中一箇所に固まるのは拙いと店の中を駆け回り襲いくる男共を殴り蹴り、時には投げ飛ばした。中には杖を取り出し魔法を飛ばしてくる奴も居たが敵味方入り乱れる場で撃ったのが拙かった。
「アギャァァァァ!」
「な、嘘だグベフェ!」
俺の目の前に躍り出た鎧を着込んだ男の背中に当たり吹き飛ばした。吹き飛ばされた先に居る俺は当然ながら巻き込まれ鎧男の体当たりを諸に食らい背中を床に強打し痛みで涙が出た。
其の隙を突き走り寄って来る残りに鎧男を蹴り飛ばし隙を作り走り出す。
「鎧を着込んだ大男を倒れた侭蹴り落とすとは……」
通り過ぎた机に着く男がそう呟いたのが聞こえた。だが知った事か、後ろから飛んでくる魔法と罵声を無視し階段を駆け上がる。
「待てやゴラァ!」
「逃げんなやオルァ!」
「ちょっ待てよ!」
「落ちろ!」
「「「なっ!?グボバァ!!」」」
俺の後を付いてきた三人が階段を上がったのを見て段上から飛び降り纏めて蹴り落とす。読み通り三人仲良く床へと落ちていく。
だいぶ片付いてきた、残りは女騎士に向かう五人だけだ。階段を駆け下り近くの机に手を掛ける。
「ちょいと此れを貰うぞ」
「ん?別に良いが」
先程呟いた男の机を手にし、投げ飛ばす。宙を舞う机に視線を向ける周りで騒ぐ男たち。其れに気付いた女騎士が下がり気付かぬ男たちは一歩前に出て。
ドグシャア!!
「「「「「ゲパァ!!!」」」」」
机の下敷きになる五人組、此れで最後か。
「テメェ等良くも俺の部下を!?」
まだ終わらないのかと声がした方を向けば最初に蹴り飛ばした男がガキ二人を連れて其処に居た。人質か。
「此奴等が如何なっても良いのかぁ!?」
二人の内の片方の首元にナイフを突き付ける男。此れは拙い、男たちに気を取られた隙を狙われてしまった。
俺としてはさっさと逃げたいのだが見捨てる事など出来ない。ならば如何すれば良いのか。此処は話をして隙を突き一撃で気絶させるか。其の為にはナイフを離させなくては誤ってナイフが首に突き刺さるかもしれん。先ずは話をしよう。
何もしないという事を示す為に両手を天井へと伸ばす。話すのは苦手なのだ下手な事を口走らない様にしなくては。
「おう落ち着け、先ずは其の危なっかしい物を退けろ」
「ふんっどうせ隙を突こうとでも思っているのだろう?だが其の手には──」
「──ッ!」
「な、此奴──」
「──エリーフ!」
「アギャァァァァ!」
一瞬だった、俺は話をしようとしていた。此方の考えを読んで慎重になる男だったが次の瞬間には顔が火達磨になり倒れた。ナイフを突き付けられたガキが俺に意識を向ける男の隙を突き腕を退けてしゃがむ、其れに反応して顔を向けた男に向かい反対のガキが魔法を浴びせる。まさかガキが此処までやるとは。
床を転げ回る男が可哀想に思い未だ無事であった机の上の水を掛けてやる。気絶した男たちを意識が戻った連中が外へと運び出していく。『覚えてろよぉ!?』というお決まりの台詞を残してだ。そして訪れる静寂、酒場の中心は荒れに荒れ机や椅子に初期や酒が転がり酷い有様に成っている。片付けが大変そうだなと呑気な事を思う反面此の街では平和に暮らせそうにないなと思ってしまう。
「マジかよ……彼奴等を二人で追い払っちまった」
「怪我を負わせてたがありゃ誰も死んじゃいなかったしな」
「まだ余裕がありそうだ」
ガヤガヤと煩くなる店内、此れから如何するかこんなにしっちゃかめっちゃかにしたんだ店員から何か言われるかもしらん。今の内に出て行くか?
「お客様」
「あ」
背後から掛けられる声、如何やら逃げるという考えは無駄に終わったらしい。何時の間にやら背後に立っていた所と雰囲気を鑑みるにかなりのやり手、逃げられる気がしない。
大人しくする他無いと背後を振り返れば其処に居たのは初老の男。何を言われても受け入れる姿勢を見せ罰を軽くしてもらう為に言い訳を並べようとした時。
「あの者たちを追い払ってくださりありがとうございました」
「「「「「ウォォォォォォ!!!!!」」」」」
「……………………はい?」
数秒思考が止まり反応を示す事が出来なかったのは言うまでもない。
一行移動中…
戦闘痕が残る中心から少し離れた場所に有る丸い机、其処に座るのは女騎士とガキ二人、先程出て来た初老の店員、其れに俺だ。壊れた机と椅子、床に撒き散らされた酒や食物が片付けられる光景を無視して運ばれてくるのは豪華な料理と高そうな酒だ。食べても良いのか食べたら悪いのか分からぬが空腹はいかんと手を付けてしまい女騎士に殴られたが仕方なかろう。
「どうぞどうぞ、遠慮なさらず」
「む、すまん」
向こうも良いと言うのだから問題はないだろうと使った体力を戻す為に口へと料理を運んでいく。先に金は払っているが此れ程の料理が出てくるとは思わなかった、追加料金を請求するなどという事はないだろうな?
「えぇ、ご安心してください。此れは私たちからの細やかなお礼でございます」
先程の礼といい此の礼といい如何いう事だと眼光鋭く問い掛ける女騎士を注意する。こんなに親切な男が何かを狙っている訳がないだろう。
其処から始まったのはあのゴロツキ共と此の店の事。如何やらあの男たちは一月程此の店に滞在していたそうだ。無銭飲食か?と問えば違うと言われた。金は其の分払ってくれたので文句は言わなかった、いや言えなかった。奴等は金を払っている事を良い事に宿で好き勝手な事をし始めた、まるで我が家の様に寛ぎ他の客に喧嘩を売ったり女に手を出そうとしたり飯が不味いだ何だといちゃもんを付けてきた。
「迷惑行為を行っている事を政府に訴えたが最近街の外の異変の所為で全く相手にしてもらえなかった。其れを何処からか聞き付けたのか更に調子に乗り出す始末。こんな事はしたくはないが荒療治に出るしかないと思っていたのです」
其処に来たのが俺たちだった。宿の一階の酒場で乱闘が起こっていると聞き今日こそは追い払ってくれると息巻いてやってきたが、其処で待っていたのは子供連れの男女が荒くれ者たちをたった二人で相手取り大立ち回りを演じている場面だった。
「思わず放心してしまいました。此処最近奴等の噂を聞きやってくる客が減ってしまい如何したものかと思っていた矢先にやってきた四人組。しかも其の内の二人は未だ小さな子供、此れは可笑しいと思っていた所で奴等と戦っているのです放心してしまうのも仕方のない事」
そして遂に追い払ってみせた俺たち。店の人間が客を強制的に退去させるという事態を避けてくれたのだから礼を述べたという。奴等を放り出す事は決定付けられてしたのか。店の者が客を放り出すのではなく他の客が勝手に放り出す事で店の評判を著しく下げる事にはならない、利用されているのは嫌だが騒動で壊れた物の請求はしない事と七日もただで泊める事を提示されては何も言えない。やったぜ。
「俺の予感は当たるだろう?」
「絡まれてしまいましたね」
お、此のデカイ海老の料理は美味い。こっちの酒もなかなかだ。
「其れではどうぞごゆるりと」
話は終わり店の奥へと立ち去っていく男と入れ替わる様に出てくる料理の群れ。かなり食べたと思うが俺はまだ満足していないぞ。運ばれてくる無数の料理が置かれると同時に消え去っていく様を見て、此方の会話に聞き耳を立てていた奴等の困惑の声が溢れるのが聞こえた。
食えや飲めやであっという間に時間は過ぎあれ程の料理の群れは消え去り、代わりに皿の山が聳え立っている。其れを回収に来る店員の女の子たち、丈の短い服なおかげで其の綺麗な脚が目を惹く。
見惚れていればごほんと態とらしく咳が鳴り其方を見れば何か言いたげな女騎士。
「嫉妬か?」
「断じて違う。此れからの事について話そうかと思っていたというのに貴方は何故そうもマイペースなのだ」
「まいぺーすの意味が分からんがあんまり根を詰め過ぎるのもいかんぞ?」
「全く根を詰めていないのですがね。貴方はもう少しだけでも考えてください」
何を考えろと言うのだ。此れからの事など適当にすれば良い。
「適当に仕事を探し適当に稼ぎ適当に過ごす、とでも考えているのか?仕事の事もそうだが先程の男たちの事が大事なのだ」
「倒した奴等か?そうだなぁ……」
強いとはいえ僅か二人に十人以上の男たちが叩きのめされ店から逃げ帰ってきた、自尊心はぼろぼろだろうな。また絡んでコテンパンにされるのは勘弁だ、などとは考えないだろう。仕返しをしてやる!復習してやる!と息巻いているだろう。此の街に居る以上奴等とまた一悶着起こすのは明らかだ。
絡まれたくないと街から出ても化け物やら野党やらがいる、彼奴等も後から追ってくるかもしれん。街に残っても奴等に因縁を付けられる。其れは百歩譲っても良い、だが俺たち四人以外の奴等である此の宿屋が被害を被るかもしれんのは頂けない。如何にかしなければ。
「口では適当な事を言っていても内心ではきちんと考えているのか、何時もそうならばどれ程良いのか」
「面倒だ」
面倒な事は避けるに限るのが俺なのだからな。まぁ今回の件は重要な事だ、少し位は真面目に考えてやろう。
「さて如何する?今から早く帰る為の手段を探すか?俺としては今日はゆっくり寝たいのだがな」
「大陸間の移動方法に世界を渡る方法。直ぐに見つかれば良いのですが」
「奴等の件が有る、あまり悠長にしていては何時襲われるか。返り討ちにしても其れで諦める様には見えん」
「先ずは一晩寝て疲れを癒すという事で。お二人とも其れで宜しいか……」
「ん?」
そういえば二人が静かだと思い顔を向ける。
「「くー……すー……」」
「まだお二人は小さいのだ、私たち以上に疲れてしまうの仕方ないか」
「そろそろ寝るか」
「変な事をしないでくださいよ」
「誰がするか」
席を立ち一人ずつガキを抱き上げる。二人を連れ部屋へと向かう。そんな俺たちに視線を向ける奴等が十数人、だが此処へやってきた当初の値踏みする様な視線に警戒が上乗せされていて気色が悪い。女の子なら兎も角男にじろじろと見られる趣味は持ち合わせていない。
階段を上がる手前、先程机を頂戴した男が同じ位置に居た。新しい机が用意されており其の上には酒やつまみが乗っている。
「いやぁ先程の立ち回りっぷりはなかなかなものでしたよ」
「そりゃどうも、さっきは机をありがとな」
「別に何も無かったので良いですよ、良いものを見せて頂いた」
「そうか、其れじゃあな」
「私も此処に何日か泊まる予定です、また明日」
此奴から感じる気配、悪い奴ではないのだろう。だがこんな荒くれ者の吹き溜まりにこんな礼儀正しい奴が居るのに違和感を感じてしまう。其れを言うなら女騎士やガキ共もなのだが此奴等は何があったのか知っているから違和感も何も無い。関わりを持つ意味が無いのだ、気楽に接していけば良いさ。
男の横を通り過ぎ階段を上がる。無数に存在する硝子の球体が淡い光を放ち暗い廊下を淡く照らしていた。前を通る部屋から話し声や笑い声が漏れているが何を話しているかは分からない。其処まで大きな声を出して話さなければ外に漏れる事はないだろう。
鍵で戸を開け中に入れば先に置いておいた荷物が変わらずに鎮座していた。ガキ二人を一つのベッドに寝かす。
「其れじゃあシャワーで汗と汚れを流してくるか。お前は如何する?」
「帰ってくるまで此処で見張りをしています。盗聴や盗視の魔法が使われていないか一度部屋の中を探ります」
頑張れよと一言掛け部屋を出る。向こう側から鍵が掛かるのを確かめ階下へと降りていく。又しても視線を向けられたが此れを無視して近くに居た店員の女の子を呼び止める。
「ちょいと良いかい」
「あ、はい。御用でしょうか」
「シャワーって使える?」
「シャワーならシャワー室をお使いください。何時でも使える状態になっております」
「場所は?」
「二階へ上がる為の階段の横の扉を通り抜けた先でございます」
「おうありがとう」
「其れでは、又何か有りましたらお声を掛けてください」
礼儀正しく頭を下げて去っていく女の子を見送り階段へと向かう。階段の横を抜け扉を潜り進んでいく。向こう側からタオルを頭に巻いた大男がやってきたので横にずれて避ける。
「…………」
「…………」
ちらりと此方を向く二つの目、そろそろしつこい。此方も見てやれば視線がかち合い数秒通り過ぎていく迄互いに視線を逸らす事なく見つめ合っていた。此方の実力を見定める様な目、だが此方に何か仕掛けてくる気はない目だ。しかし悪意や敵意が無かろうとじろじろ見られるの癪に触る、俺は見世物小屋の珍獣ではないのだ。
廊下を進み辿り着いたのはシャワー室。男女で別れた其処は鼻に付かない程度に装飾が施されており感嘆してしまう。
「其れで、如何でしたか?」
「装飾が綺麗だったな、其れ以外は特に無い。シャワーはシャワーで変わりなかったのだからな」
ちゃちゃっと汗を流し終えて戻ってきた所で如何であったのかを問われたが装飾以外は兵舎のシャワー室と大差なかった。
「其れでは行ってきます。直ぐに戻ってきます」
「おう」
部屋を出て行く女騎士を見送る。遠ざかる足跡が聞こえなくなれば壁に飾られる時計のちくたくという音とガキ共の寝息しか聞こえぬ静寂が訪れた。先程の喧騒が嘘の様な静けさ、ガキ共が眠ってしまい手持ち無沙汰になっている。暇だ暇。
ベッドに寝そべり左へ転がり右へ転がり。ベッドから降り硝子の長机の上に置いてある雑誌を手に取りパラパラと捲るが此の世界の言葉を完璧には使い熟していない俺には一行を読むだけでも一苦労だ。
「暇だ」
ならば寝れば良い、腹も膨れ酒も飲めて酔い加減は丁度良い塩梅だ。だが如何してか、何かを忘れている様な気がしてならないのだ。だが其処まで重要ではない事だと思っている自分が居り明日でも大丈夫だろうと告げている。なら寝ても良いと思うのだがこんな事は初めてなのだ、何を忘れているのかを知りたくなってしまい寝るに寝れない。
「何を忘れている?今日の事なのは明らかなのだが思い出せん。一から思い出そうか。
朝飯を食って草原に入った。デカイ鷲に襲われたが倒した。兵たちが現れ連れて行かれ尋問を受けた」
俺が居ない間の三人が如何していたのかを知りたい訳じゃない。
「此の宿を見つけ出し金を払った。指定された部屋へと向かい荷物を置いた。飯を食いに来た途中で刀を取りに戻る。戻れば三人が男共に絡まれており乱闘」
幾ら払ったのかを知らないが興味が無い。刀は使ったが大して使わなかった。男共の中には魔法を使う者が一人だけ。奴等め、コテンパンにされ逃げ帰るという醜態を晒していたが調子に乗っていた結果としか言えない。行ったのは俺たちなのだがな。
────ん?男共?男共、野郎共、ゴロツキ、荒くれ者……………………あ。
「彼奴等がどれ程の規模の組織なのか、強いのか。色々と聞いておきたい事があった。なのに何故忘れていた」
うっかりしていた。街の何処を縄張りにしているのか等聴ける事は聴いておくべきだというのに何を呑気に飯を食っていたのか、此れが分からない。
「戻ってきました……如何した?」
「……何でもない」
もう今日は遅い、さっさと寝るか。残っているベッドは一つ。二人仲良く横になるのは拙いだろう。密着した状態だと不測の事態にお互いの動きを阻害し合ってしまうだろう。他にも色々と理由は有るが此れが共にベッドで寝る事の負の要素だ。
「という事で俺はソファーで寝ようと思う」
「何が『という事』なのか知りませんが、すまない」
「気にすんな。此のソファーもなかなかに良い柔らかさだ」
食事中初老の男から『此の宿で一番良いお部屋に移動しますか?』と問われたのだが『あ、いや、良いです』と答えてしまい今も此の部屋を使用している。高い部屋なのは間違いない、そんな部屋に泊まるのは金を余分に払っていない俺には気が引けた。
「其れじゃあ、また明日だ」
「はい、お休みなさい」
二人寝床に潜り込み最後の言葉を交すと部屋の明かりが消えた。窓から街の明かりと天に輝く月の光が部屋へと入り込んでいる。明日はゆっくりと過ごしたいのだがなぁ。
12563文字、普通だな!