「おぇぇえええぇぇぇぇぇええぇぇええええ。うぐぉ、おえぇぇええぇえぇぇ」
「辛いと思いますが吐けば楽になれる。頑張ってください」
昨日と同じく朝が来た事で解散となり帰ろうかとなったのはいいのだが。二日連続の飲みだ、身体の中に残っていた前回の分が今日の分に合わさり歩く事すら困難になってしまった。気持ち悪い、口の中を酸味が支配し気持ち悪さが増していく。吐きたくはなかったのだが、一度吐けば楽になると言われ渋々帰り道の途中で立ち止まり木の下に酒とつまみを吐き出す事になった。どの道ここで吐こうが吐かなかろうが関係なく途中で吐いていたのは明白だ、早い内に済ませられて良かったと思っておこう。この吐くという感覚、何度も体験してはいるのだが不快感が凄まじく未だ慣れない。慣れたら慣れたで嫌なのだが。うぇぇ……気持ち悪い。
「弱いとは聞いていましたがまさかこれ程になるとは思わなかったです」
「うぉえ……申し、訳ない」
酒の席に連れてきたくせに酔った自分の介抱をさせるなど、しかも大の男が少女に介抱されるとは。今まで生きてきた中で上位に入る醜態っ振り。こいつは少女と呼ばれる歳じゃあないのは分かるが気持ちの問題で駄目だこれは。
「貴方を責めている訳じゃありません。上に立つモノに言われては断るに断り切れないのは分かります。私にも経験がありますよ、限界まで飲まされる経験が」
「本当に、すまん」
愁いを帯びた目で遠くを見つめる横顔を見て察した、こいつもか。組織というのも考え物だな、上下関係なんてものは本当に面倒なものだな。
「今は私の事ではなく自分の事を気にしてください。もう大丈夫なんですか?」
「あ、あぁ。吐けるだけ吐いた。気分は優れないがもう吐き気は薄れた」
懐から手拭いを出し口元を拭いもしもの為にと屋台の女将に渡された硝子瓶の蓋を開け中の水を口に含む。口の中の胃液と酒と食べ物の残りかすを水と共に吐き捨てる。
吐いた事で一旦落ち着いたがまだまだ辛い事には変わりなく、肩を貸してもらいながらのろのろとまるで亀の如く帰路を進んでいく。家に着いたら直ぐに床に就こう、悪酔いした後はさっさと眠るに限る。
「寝る前にまずはお風呂に入って身体に着いた臭いを取ってくださいよ。明日は人里に買い物に行くんですから」
「……そうだったな、買い物があった。風呂に入らないと」
昨日同様家に帰ってきたのは太陽が昇り切ってから。途中で一人でも歩けるくらいにはなり二人並んで家に帰ってきたところで待っていたのは風呂を沸かす仕事だった。普段なら面倒臭いと風呂に入らず布団に入っているのだがもう一人の住人に寝るなら先に風呂に入れと言われた手前寝るに寝れない。家主である俺が寝ると言えばそれに従うのだろうが前後不覚な自分を介抱してくれた相手である、拒む事などできる訳がない。
「私お風呂沸かしてきますね」
玄関で下駄を脱ぎ捨て辿り着いた茶の間、どかりと座布団に座り込み一息吐いたところでそう声を掛けられた。顔を上げた時にはもう遅く先まで近くにいた居候の姿は消えていた。手伝う為に足音を追いかけ風呂場に向かう。
「私がやるので茶の間で休んでいてください。眠くても寝ないでくださいよ?」
と言われしょうがなく茶の間に戻る。戻ってきたのは断じて手伝うのが面倒だったからではない、本当にしょうがなかったのだ。出番がやってきた事が嬉しいのか笑顔を浮かべていたのだ、あいつは。流石に無駄に自信に満ちた笑みを浮かべるモノを止める事はできなかった。
痛む頭で読書はできない、する事もないので昼の時と同様に横になる。眠るなと言われたが横になった途端に睡魔が襲ってきた抗う事ができない。
拙い、このままでは眠ってし…ま……う………。
「先…、寝………に…言…………すが?……てくだ……」
んあ、なんだ、ねむい、だれだ。
「誰だ……、私…居候の………で……忘…たん…すか?しっか……………さい」
あぁ、そうだった、居候。
「そうですよ……う…風呂が湧きました……入ってください。後が…えてるんです…ら」
風呂がなんだって?湧いたのか、先に入ってくれ後で入る。
「私は良いですから先に入ってください、先に入ったらその間に本当に眠ってしまい目を覚まさない気がしますしね。早く準備してください」
分かった分かった、後もう少し待ってくれ。直ぐ起きるから。
「引き摺ってでも連れていきますか、いや私の力なら簡単に持ち上げられますね。もういっその事お風呂に入れちゃいましょう」
「あぁ分かった、分かったから抱き上げるな。風呂は一人で入るから早く下ろせ、これは恥ずかしい」
いきなり首の後ろと膝の裏に手を回し抱き上げられ拙いと声を掛ける。連れて行かれる前になんとか床に下ろされ乱れた服を正し持ち上げやがった相手を見上げる、にやにやとした笑みを浮かべていた。その笑みを止めろ。まるで文屋の姉ちゃんの様だ。天狗は似るのだろうか。
「準備してください」
「あぁ分かった。だが先に入ってもいいのか?お前が先に入ってもいいんだぞ?」
「家主より先に入るなんて居候の身でできません」
そういうものか。居候とはいえそこまで徹底しなくても良いと思うが。
「それじゃあ先に入ってくる。待っていてくれ」
「はい分かりました」
伸びと欠伸をしながら言われた通り部屋で着替えと出掛ける前に着ていた服を手に取りまっすぐ風呂場へ。服を脱ぎ籠へ投げ入れ棚からタオル、手拭い、洗浄剤の一式を持つ。風呂場への戸を開けば沸かしたての風呂が目の前に現れる。
椅子に腰掛け桶に湯を掬い左の肩に掛ける、もう一度掬い反対の手に持ち替え右の肩に掛ける。染み入る様に湯が身体を温める。身体に付いた酒やぶち撒けた物の臭いが取れる様に隅々まで丁寧に洗い泡を流す。洗う時に使ったこの洗浄剤、石鹸と違い汚れや臭いがきちんと取れるのに加え洗った髪が硬くならないのが良い。古道具屋に遊びに行った時外からの物だと言われ試しに買ったのだがこれが中々。
湯に浸かれば凝り固まった身体が解れ無意識に溜め息が出る。二日連続日を跨いで行われた飲みによって身体にこびり付き重く圧し掛かる疲れが湯に溶けていく様だ。
「あぁ、生き返る……」
湯船に浸かりながら天井をぼんやりと見つめる。避ける事ができなかったとはいえ昨日今日で酒に金を掛け過ぎた。これから一月の間同居人が増える、無駄に金を使うのは避けていかなければならない。頭が痛い、これ以上考えても痛みと酔いで普段と同じ様に思考ができない。どうせなる様になる。次が待っている、さっさと出るか。
「待たせた」
「いえ、それでは入ってきます」
「ゆっくりしてこい」
寝巻に着替え茶の間で寛いでいた相手に伝える。読んでいた本に栞を挟み棚に戻す姿をぼんやりと眺める。そういえば洗浄剤について教えなければ。廊下に出ようとするその背に声を掛け止める。
「どうしましたか?」
「脱衣所の棚に二つ見慣れない物があったと思うのだが」
「あぁ二つ見慣れない物がありましたね」
それは外の世界の洗浄剤でその二つはそれぞれの用途があり使い方を教え使う方を間違えない様に気を付けるように言う。
「淡い青色が髪で緑色が身体用ですね」
「そうだ。上の部分を軽く押せば口の所から洗浄剤が出てくる、使う方を間違えるなよ。それじゃあすまないが俺は先に寝ている」
「分かりました。おやすみなさい」
「あぁおやすみ」
眠いさっさと部屋に戻って布団に入り眠りに就く。
「最近夢で昔の事を見るのだが、まるで死ぬ寸前の走馬灯を連想させて不気味に感じてしまう。それに加えてここ最近湖に向かっていれば争いに巻き込まれていたかもしれなかったり勘違いされ殺されそうになったり体調が悪くなるまで飲まされたり。これをどう思う?」
「小説や物語などで死ぬ者が死の直前にこれは間違いなく死ぬだろうと分かる行動や発言をする事があるじゃないですか。昨日読んだ本に載っていたのですがそれを死亡フラグというらしいですよ」
「何故ここでその”死亡ふらぐ”なるものの話題を出したのか……まぁいい。深く考えてもどうせ答えなど出ないのだから」
「あまり良くない事ばかり考えても仕方ないですからね、気にしない気にしない」
布団に潜り込めば忽ち夢の世界に引き込まれた訳だがそこで見たのはまたしても昔の記憶だった。この地に来る前は一カ所に留まる事もせず気の向くままにのんびりと色々な場所を巡り巡ったものだ。行きつく先々で色々な物を見てきた。
轟音を放ち水飛沫を辺り一面にばら撒く滝を。
霧によってその頂上を隠す強大な山を。
朝焼けの光を反射する一面の雪景色を。
この世全てのありとあらゆる色を合わせた様な虹を。
空の彼方から地平線の向こうへと無数に降り注ぐ星を。
自然だけではない。
闇の中を明るく照らしながら進む鳳凰を。
嵐を身に纏い全てを蹂躙する龍を。
人間たちの血で血を洗う大戦を。
空腹と力に飢えた妖怪による共食いを。
強大な力を持つ大妖怪同士の死闘を。
色々なモノを見てきた。
閑話休題。
眠る事数刻、不意に身体を揺すられる感触に重い瞼を開けると視界一面に映ったのは昨日付で我が家の居候となった白狼天狗の顔であった、顔が近い。不機嫌に何だと問えば今日は食料を買いに行く日だと答えられそうだったかと思考を巡らせればそんな会話をしたなと思い出すだがまだ離さないと睡魔に腕を引かれ夢の世界に戻ろうとしたのだがまたしても揺すられ泣く泣く起きる。着替え外に出れば昨日同様玄関の前で待つ姿が。起こしに来た時にはもう既に準備は万端だったのだろう。日はもう既に高い位置、もう昼前だという事で食材を買い人里で昼を採る事に。
「それじゃあ行きましょう」
「そうだな」
面倒だが仕方ない、さっさと買い込んで飯を食って帰って来よう。今日は何もなければいいのだがな。
「何もなければいいですね、何もなければ……」
「さも何かあると言わんばかりの含みある言い方をするんじゃあない。本当に何かあったらどうする。心配になってきた、そこで待っていろ刀を持ってくる」
「これからは外に出る時は常備した方が良いと思いますよ。何があるか分からないですから」
何があるか分からない、それは普段から言えるのだがこれから一か月は気に掛けなければ。自室の壁に無造作に立て掛けられた小太刀を腰に掛け戻る。
「それじゃあ今度こそ」
「はい、行きましょう」
二人肩を並べ歩いていく、目指す場所は人里だ。
一話7700文字、二話11000文字、三話7800文字、今回はギリギリ4200文字に届かず。三話までの平均である9000の半分以下。ペースも文字数も安定しないってそれ一番言われてるから(脳内超会議)でも続けていこうという気はあるから頑張る。
2015年10月25日。追記。更新し4204文字に。