フットコロニーから帰還した夜。
海賊島ハチノス。
巨大な髑髏岩の前では、奪った酒樽や食料が山のように積まれ、盛大な宴が開かれていた。
「ヴォハハハハ!!」
ロックスが酒樽を片手に笑う。
「今日は飲めぇ!!」
『おおおおお!!』
リンリンは巨大なケーキを平らげ、カイドウは酒樽を抱えて飲み続け、ジョンは宝の山を眺めながら上機嫌だった。
ニューゲートとシキは酒を酌み交わし、島中が笑い声に包まれていた。
隣にはステューシーがニューゲートに張り付いていた。
マーロンは新しい葉巻が気に入ったのかご執心でガンズイはフルーツを頬張り、王直とジョンは宝の分前について言い争いながら話している。
皆思い思いに楽しむ中で、その賑わいから静かに離れる一人の青年がいた。
シロウだった。
誰にも気付かれないように宴を抜け出し、ハチノスの外れにある切り立った崖へ向かう。
そこは波音だけが響く、人の気配のない場所だった。
シロウは空を見上げ、小さく息を吐く。
「…やはり、無理をしましたか」
フットコロニーで魔術を使わずに戦い続けた反動が、少しずつ身体を蝕んでいた。
「この世界では、魔術を使う機会は極力避けたいのですが…」
静かに目を閉じる。
やがて右手を胸へ当て、小さく詠唱を始めた。
「──主よ我が身を巡る命の流れを正し給え」
淡い金色の魔力がシロウの身体を包み淡く輝き始める。
風が止み、海面が静かに波打つ。
崖の周囲には幾何学的な光の紋様が広がり、空気そのものが震え始めた。
シロウは静かに祈りを続ける。
「傷を癒し乱れを鎮め明日もまた、人を救う力を──」
黄金の粒子が夜空へ舞い上がっていく。
その光景は、この世界の悪魔の実や覇気とは明らかに異なる力だった。
シロウはこの世界に来てまず最初に試したのが"魔術の行使"だった。
試行錯誤の末に行使はできたのだが世界が異なる為か、最初の使用後は使用しない期間が続くと体の魔術回路が熱を持つように痛むことが増えた。
たまにこうしてガス抜きしてはいるが、ロックス海賊を結成後はあまりガス抜きができていなかった。
故に周囲への警戒が甘くなっていた。
「…やっぱりな。なんか隠してるとは思ってたが」
突然、背後から声がした。
シロウの肩がわずかに揺れる。
振り返ると、そこには腕を組んだロックスが立っていた。
「覗きとは趣味が悪いですねロックス…いつからそこに?」
ロックスはニヤリと笑う。
「最初からついて来てたぜ?他の連中にバレないように宴を抜け出したと思ったら、こんな所で一人遊びか?」
ロックスは崖の岩へ腰を下ろす。
「面白ぇもん見せてもらった」
しばらく沈黙が流れる。
ロックスは夜空へ視線を向けたまま尋ねる。
「…それは何だ?お前とは長い付き合いだが、お前は平然と海を泳げるし海楼石が効かねぇから悪魔の実の能力ってわけじゃねぇよな?…ましてや覇気でもねぇ。その力はなんだ?言え」
シロウは答えを探すように海を見つめる。
そして静かに口を開いた。
「私は魔術と呼んでいます」
ロックスは興味深そうに笑う。
「魔術?初めて聞くな」
「えぇ…生まれた時から使えていましたが行使できるのは今のところ自分しかいません。ロックス…あなたと遭うまでの旅の中で様々な人達を救う傍ら同じ力を持った存在を探していましたが、見つかりませんでした。それ故に今まで誰にも話していません」
ロックスは立ち上がり、シロウの目の前まで歩く。
「隠してた理由は?」
シロウは少しだけ目を伏せる。
「恐れられると思ったからです。理解されない異質な力は、人を遠ざけます。私はせっかく出来た仲間を失いたくありませんでした」
ロックスは数秒黙っていた。
そして突然、大笑いした。
「ヴォハハハハハハハ!!」
シロウはきょとんとする。
「…ロックス?」
「あぁ笑った笑った。シロウ…お前本気でそんな事考えてたのか?」
ロックスはシロウの肩を叩く。
「俺の船には魚人もいる。ニューゲートやリンリンみたいな怪物もいる。カイドウみたいな鬼もいる。空飛ぶ芸人野郎もいる…今さら魔術くらいで驚くか」
シロウは思わず苦笑した。
「…そう言われると、その通りですね」
「あぁ!?誰が芸人じゃい!!俺は獅子だ!」
「シキ?急にどうした?」
「いや…なんかこう…言わないといけない気がした」
「すぐに突っ込むのは自分に自覚あるって事なんだろ?」
「ロックスに雑に扱われてるから慣れて来たんじゃねぇか?」
「とうとう頭が逝ったか?」
「…人間は歳取るとこうなるのか」
「グラララ…不憫な野郎だ」
「そっとしといてあげましょ」
「ぶっ殺すぞ!?テメェら!?」
⸻
ロックスは真剣な表情になる。
「一つだけ聞くぞ?お前のその力にリスクはあるのか?」
シロウは静かに首を縦にへ振った。
「万能ではありません…力を使う際は覇気の消耗のようにだんだん少なくなる感覚があるのでそれが代償でしょうね。この力だけで世界を変えられるとは思っていませんので魔術以外も鍛えて来ました」
ロックスは満足そうに笑う。
「そうか、いい答えだ。自分の力に溺れてねぇ証拠だな」
ロックスは夜空を見上げながら言った。
「安心しろ、相棒。その秘密は誰にも話さねぇ」
「…ロックス」
「お前の力は、お前自身が話したいと思った時まで俺だけの秘密だ」
シロウは少し驚いた表情を見せた。
「…信じてくださるのですか」
「当たり前だ。俺が信じたのは力じゃねぇ…お前自身だ」
その一言に、シロウは静かに目を閉じた。
「ありがとうございます、ロックス」
遠くでは、宴の笑い声がまだ夜空に響いている。
ハチノスの崖で交わされたこの秘密は、ロックスとシロウだけが知る、二人だけの約束となった。
ふとロックスが持ってきた酒瓶をシロウへ放り投げた。
「飲め」
シロウは受け取り、小さく笑う。
「ありがとうございます」
ロックスも岩へ腰を下ろし、珍しく真剣な表情になった。
「…なぁ相棒」
「お前だけ秘密を話すのは不公平だ」
シロウはロックスを見る。
「俺も一つ話しておく」
ロックスは夜空を見上げる。
「俺の本当の名は"ロックス・D・ジーベック"じゃねぇ」
「本当の名前は"デービー・D・ジーベック"だ」
シロウは静かに頷く。
「"デービー"…それは」
「知ってたか?」
「いえ…確信はありませんでした。旅をしている中で古文書などで見かける事があったくらいです」
ロックスはゆっくりと話し始めた。
「俺達デービー一族は遥か昔にいた伝説の海賊"デービー・D・ジョーンズ"を先祖に持つ一族だ。政府にとっちゃ都合が悪い一族らしくてな?徹底的に歴史から抹消されてる」
続けてロックスが話すも声が少し低くなる。
「仲間も、船も、財宝も、命すら賭ける。それがデービー一族の流儀だった。勝者がすべてを奪い、敗者はすべてを失う。そんな恐れからか海賊達の間で神格化されたのかしらねぇが、今じゃ海賊どもはそれらを賭けるゲームと称して『デービーバックファイト』なんてもんを作ってる」
シロウは静かに耳を傾ける。
ロックスは拳を握る。
「世界政府が生まれるより前。デービー一族は、海の覇権を握ろうとした事で世界中から恐れられた。流儀のこともあり後々世界政府によって歴史から消された」
ロックスはシロウを真っ直ぐ見る。
「俺たちは”D”の名を受け継いでる。海軍のガープの野郎もDの一族だが、このDがデービーの”D”なのか、別の意味なのかは知らねぇ。だが、この名を持つ者は、たいてい世界を引っ掻きまわしてる」
シロウは静かに問いかける。
「だから、あなたは世界政府を倒そうとしているのですか?自身達一族の繁栄や安全の為に」
ロックスは笑った。
「そんなご大層なもんじゃねぇが、あいつらが気に入らないの事実だしな。それに世界の王になろうとしてんだぜ?結果として、政府が相手になっただけだ」
シロウは少し微笑んだ。
「あなたらしいですね」
ロックスも笑う。
「ヴォハハハ!難しいことは苦手だからな。考えるのなんざ性に合わねぇ」
少し間を置いて、ロックスは真剣な表情に戻る。
「だが、一つだけ確かなことがある。“D”を持つ奴らは、時代を動かす奴が多い。ガープのように海軍の急激な戦力アップなんかもそうだが、あのロジャーだって"D"の名を持ってる。善人も悪人も関係ねぇ」
「"D"の名前を持つ奴らは世界中にいて、その誰もが世界をひっくり返す力を秘めてる」
シロウは海を見つめながら呟く。
「…不思議ですね。私も旅をしている中で歴史の裏で名を消された人々はいました。古い文献でしたが"ルナーリア族"、"バッカニア族"、他にもいくつか滅んだ、または衰退した一族はいたそうですが…」
一呼吸おきシロウが話し出す。
「勝者が都合の良い歴史を書き、敗者は忘れ去られる。この事から世界政府の設立や情報統制には並々ならぬ理由があるように感じます」
ロックスは鼻で笑う。
「だったら俺達が勝てばいい。勝った奴が正しい歴史になる!」
シロウは静かに首を横へ振った。
「勝つだけではダメでしょうね…世界政府が気付きあげて来たものを壊すのは骨が折れるでしょうが、まずは空白の100年やそれよりも前の歴史を知り、正しい歴史が語り継げられるようにしないとですね」
ロックスはしばらくシロウを見つめる。
そして、豪快に笑った。
「ヴォハハハハハ!周りくどいなお前は相変わらず!なら役割分担だ!俺は今の歴史をぶっ壊すからお前が歴史を残せ!」
シロウも穏やかに笑う。
「ええ…それが私たちらしいのでしょうね」
二人は杯を軽く合わせた。
夜風が崖を吹き抜ける。
この夜、魔術というシロウの未知の秘密と、“D”を受け継ぐロックスの秘密は、互いに預け合う約束となった。
それ以来、ロックスはシロウを単なる右腕ではなく、「誰にも明かせない秘密を託せる、唯一の相棒」として見るようになっていった。