『神に悪魔に人間に、赤子から化け物まで全てが敵。霊もUMAも∇⊇”も、不死身だとしても死ぬまで殺す!絶望で明日を塗り潰し、塵芥になるまで逃しはしない。
最低最悪劣悪凄惨、幸福と希望を犠牲にしたアンハッピーライフ!命の対価に勇気の記し!
24時間365日、あなたは戦えますか?』
「ナメとんのかコレ」
初めてそのビラを見た時、ついそんな言葉が口をついて出た。
確かにゴミみたいな場所だ。劣悪な環境に凄惨な景色。見事に目の前に広がるこの場を現しているだろう。とは言えだ、こんなものでは……
「集まるものも集まらんだろ……ガキのイタズラじゃねんだから」
文明崩壊でも起こしたのだろうか。倒壊したコンクリートと土砂の山が小さな丘を形成している。そんな瓦礫ばかりの中、何とか形を保っている錆び付いた鉄骨に、そのビラは貼り付いていた。怪しさだけで構成された文言とけばけばしい色調。しかしまとまっているようにも見えるのは全体的な構成や細部の統制が効いているからだろう。
妙にクオリティの高いイタズラ。上手く作られてるだけでやってることは子供の発想と変わらない。それが我が社の勧誘広告である。これでホントに社員集める気あんの?労働者ナメてんの?
全てが間違っている広告に呆れ、逃避気味に横を向けばこれまた特徴的な光景が目に入る。
丘の先、眼下に映るのはよく分からない大量の化け物。そう、化け物だ。バイオハザードか新手のテロか、それとも自然発生の何かかもしれない。そんなことはどーでもイイことかもしれないが、どーでも良く無いのはこれが現実だということ。真っ当な人生の先には化け物がいるらしい。イカれてやがる。
灰色をベースに所々緑がかった人の形をした異形。悪霊かゾンビか、それとも屍人か。答えは知らん。分かりたくもない。毎回毎回新種の化け物に対して種別や定義を測るのはメンドーだ。二度と出会わない奴の名前なんて覚えなくても困らない。ましてやただの有象無象。思うところもないし感慨深くもならない。似たような奴らはいくらでも見てきたし、別に思い出すこともねえんだろーな。どーせ今から殺すんだし。
そんなことを考えながら瓦礫の山を下っていく。こんな荒廃した場所でも全く傷ついていない謎のビラを剥がして胸ポケットにしまいながら、もう一度よく目の前の光景を眺める。丘を下りた先、少し開けた場所に悪霊かゾンビかよく分からない大量の化け物共……と、その更に先に馬鹿が一人。
「田中ー」
「何スかーっ!?」
「…いや、終わったかなと思って見に来たんだけど……」
「えーっ!?なんてー!?」
現在絶賛逃走中。化け物共の先頭で全力疾走しているその男の名は田中。真っ黒な地毛に何処のメーカーか分からんようなツバ付きキャップがトレードマーク。一応、俺の後輩である。アレが今凄い形相で腕を振っている理由は単純だ。自分で自分の武器を壊すようなバカだから。んでもってそのまま化け物共に隠れもせずに直行。結果、アレは何も出来ずに俺を呼んだのである。バカという言葉を体現したようなバカ、それが田中という人間だ。
「うん、まだみたいだな」
この様子じゃあ聞くまでも無かったか。化け物共は田中に引き連れられて、まるで一つの生き物のようにワラワラと移動していた。こっちも化け物を片付けたばかりだというのに、少しは自分でやってほしいところだ。
「ちょ、聞こえないんで手伝ってくださいっス!!」
「はいはい、わかりましたよっ、と」
このバカはどうしてこう……。まるで成長を感じられないことに頭を痛めながら、俺は仕方なく足を進めた。
◆◆◆
田中と出会ったのは一年程前。久し振りに本社の方へ顔を出した時のこと。
「新人を付ける?」
「いやー、そうなんですよ。頼めます?」
業務手続きや知り合いへの顔見せを行っていたらばったり情報部の奴らと出会してしまった。平時なら良かったが今回は違う。こいつら、出会い頭から随分と不吉な顔をしていたのだ。『あ、こいつでいいや』と見た瞬間に伝わってくる絶妙に感じ悪い表情。会った瞬間にハズレクジだと直感した。案の定、情報部の親玉のところまで連れてこられたと思ったらこの有り様。何だそのニコニコ笑顔。いつもの薄ら寒い微笑はどうした。お前そんな顔出来たのかと言いたくなるキラキラ笑顔だ。もうこの時点でおかしい。凄いおかしい。
「俺のやり方知ってますよね?そんなに優秀なんですか、そいつ」
「いや、というか…うーん……」
駄目な奴だコレ。優秀かどうかは置いておいてそれ以外に難があるらしい。これはメンドーな案件だろう。他の奴らがお手上げ状態で俺にお鉢が回ってきたと。大体そうだろ、経験則だ。
「取り敢えず、良い子ちゃんではないんでしょ?」
「そんなことはないかも…」
「ええ?」
良い子ちゃんなのか?そっちなのか?いやだとしたら他の奴らは受け入れるだろーよ。そういう新人はボコボコにしたいだろうし。真面目一辺倒な堅苦しいのなんて、あいつらからしたら格好の餌だ。同僚とやらは新人をオモチャか何かだと勘違いしてやがる。
「じゃあ真面目さは?」
「まあ、本人はいたって真面目だろうし…なあ?」
成る程、情報部内では随分とこの話で揉めたと見える。情報部の長ともあろう存在がここまで煮え切らないようじゃ、何も結論が出てないっつーことだ。
「そう、ですね、はい。本人は一生懸命やってる思いますよ。ただ、あれなんですよ、その…」
「まあ、あれだね、あれ…」
「あれですね…」
なんだなんだ、二人してそんな顔見合わせて。そんな大層なことなのか?たった一人の新人程度が?いやいやまさかそんな
「さっきからなんなんです?さっさと言って下さいよ」
「なら、受けてくれます?」
ズイ、と長は机から身を乗り出して顔を近づけてくる。気付かなかったが目の下の隈をメイクで隠しているらしい。地雷だ。もうここまで地雷だと分かる要素が揃っていて受ける馬鹿は居ないだろう。
「だが断る」
「「ええー」」
booo と周りからブーイングが響き渡る。こいつら…
「そりゃそうでしょーよ。俺はやり方を変える気はありませんし、向こう一年は戻る気もありません。新人が本当についてこれるんですか?」
「たぶん?」
たぶんって……
「貴重な人的資源をオシャカにするつもりで?」
「いやいやいや、そんなことは言ってないですよ。ただ……んーと…色々難しいんです。不思議と生きて返ってこれる気がしますし、何より気に入ると思いますよ?」
「俺が?」
「はい貴方が」
「……」
着いてこれずとも生きて返ってはこれる。それが五体満足かとか精神汚染がどうとかは置いておいて、これだけ勧めてくるなら見込みはあるんだろーな。
「そもそもですね。私と貴方の関係もありますし、今回は快く受けていただきたいところなんですが…」
「それは…」
今日は随分と痛いところを突いてくるな。何時にも増して押しも圧も強い。まー、それだけ必死っつーことか。
「はぁ…貸しイチですよ」
「いやいや、これで精算ということで」
おいおいおい、そりゃナイでしょーよ。
「それは流石に強欲すぎりゃしませんか?フツーの新人教育じゃないんだ。今までを考えてもあり余る。それに俺に割り振られたアレらは他が担当出来ないからやってるんです。普段から精算してるも「分かりました」
ヨシ。こっちもこっちで苦労してんだ。それを無償ではいそうですかなんて、んな都合の良い話はない。いくら俺の要求を通して貰ってると言えどな。そう、俺は情報部に常日頃からお世話になってはいるし、無理言って様々な許可を捩じ込んで貰っている。しかしだ。それには黒い外宇宙の深淵よりも深い、それはもう果てしない理由があるのだ。まあ今はそれどころでは無いし、件の理由とやらはゴミ箱行きである。
「条件着き、ということでどうですか?」
「乗った」
「では、そういうことで。仔細は追って伝えますが、向こう一年か二年は普段とは違う担当になると思います。貴方なら大丈夫ですよね?」
「自慢ですが、俺に出来なきゃ誰も出来ない」
「ですね」
「…それで条件っていうのは?」
「融通以外で」
「チッ」
「それじゃあ田中君、この人がこれからお世話になる方です。挨拶を」
「田中ッス!よろしくお願いしまっス!」
「………!」
こいつ……マジか……?
「あっ、この子が前に言ってた…」
「…あー、あぁ…うん。それは分かってる」
あれから数日、また仕事をこなしながら本社にちょくちょく顔を出しつつ連絡を待った。こんな頻度で戻るなんて初めてだと珍しい体験をしていればあっちの準備も出来たらしいということで。情報部の人間からの案内と共に、例の新人に今挨拶されたわけだが。開いた口が塞がらないというやつだ。そう言っても過言ではない。
「正気か?」
「しょうき……?」
「えっと……」
ダメだこいつら。何のことか分かってない奴が一名。そもそも言葉の意味が分かってない奴が一名。どうすんのこれ。
「…えー、情報部の…すいません、名前伺っても…?」
「あっ、リヴァルスコッチです。長いのでリヴァで」
「ありがとうございます。何分こっちには戻ってこなくてね」
「ああはい。事情は少し聞いてるので」
リヴァルスコッチ、リヴァさんね。人型ではあるが青い肌に金色の髪。人間なのか?だとしたら何処の世界にこんな人類が居るというのか。余り見かけたこともないから情報部の中でも新人だろう。もう会うこともないかもしれないが、出来るだけ覚えておくか。目いっぱいあるし、手に目ん玉あるし。覚えやすいだろ、たぶん。
「ならありがたいが。で、リヴァさん。彼はどこまで説明されてる?」
「ここ一年程で一通り訓練は受けています」
「そっか。そうねえ……じゃあ訓練教程は終わらせて他の奴らに回されたわけだ。それでこんなところまで?」
「まぁ、はい」
一通りやることやってこの状態な訳だ。じろっ、と上から下まで新人を観察する。黒い髪にツバ付きキャップ。それから、アロハシャツにビーサン。
「成る程なぁ……先ず、田中さん」
「はいッス」
「サンダルはやめようか、な?」
「えっ」
少し、仕事の説明をしよう。そう、少しだ。そんな大したことはない。俺達の仕事は簡潔に言えば異世界の破壊だ。この世には果てしない程多くの次元、世界が存在する。そして時折、その世界の中に、謎の空間が生まれることがある。外界とは断絶され、外の法則や理が歪められた空間。これを局所的超常現象特異点と呼ぶ。長いし言いにくいから局異点とか局象とでも呼んでくれ。そんでつまるところ、これは結界のよーなもんで、これらを破壊することが俺達の仕事だ。
「……と、こんな感じだな。どうだ、少しは頭に」
「………」プシューーーボンッ
あ、爆発した。
◆◆◆
そんな初対面から一年。俺は田中にノンストップで仕事のやり方を叩き込んだ。危険な目には何度もあった。あいつが三途の川を見たのも一度や二度じゃない。しかしそれでもあいつはバカだ。何なんだあいつ?
そんな出会いを思い出しながら眺めていると、化け物共は今や目の前まで迫ってきていた。このままではあわや大惨事。しかしそうなる前に手は動く。
慣れた手つきのような、染み込んだ動きで体が反応する。疲労を無視しながら掠れた電気信号を身体が拾う。疲弊した脳からの情報不足を補うように体は自然と動いていた。感覚の鈍化した手で握る1.43kgの拳銃。構え、弾く。撃鉄を下ろし、23gの物体を化け物にブチ込む。腕がイカれるような衝撃と、鼓膜をぶち破るような炸裂音。体の軋む音を感じながら五発、装填してまた弾く。
霊的存在でさえも消し飛ばす摩訶不思議なリボルバー。元は威力が高いだけの回転式拳銃だったが、今では得体のしれない怪異じみた何かだ。反動も大きく、使っている弾自体も拳銃用マグナム弾の中では最大。こんなバカみたいな銃を使うのが俺にとっての当たり前。俺の日常は、この銃声が構成していると言っても過言ではない。
しかし、それにしても数が減らない。確実に数を減らしているのだから何れ終わりは来る。ただ効率が悪い。もっと手早く行きたいところだ。それがこんなチンタラと…どうすりゃこうなるって、そりゃあそこの馬鹿があの様子で仕事をしてないからなんだが…
「埒が明かん……田中ー!ちったあ頑張んなさいよー!」
「ええっ!?何か言ったッスかーっ!?」
「クッソ、あいつ…」
あいつが移動するせいで照準を合わせづらい。広範囲攻撃で一気に片付けることは出来るが、今回は田中の特訓も兼ねている。それに万が一にも仲間を巻き込んだら面倒だ。今更そんなミスはしないと思うものの、可能な限り不安要素は省きたい。一旦合流するしか無さそうだ。そんなわけで仕方なく化け物達の最前線まで移動すると、そこには例のバカが見えた。
「田中!」
「あっ、先輩」
「お前もう少し何とかしなさいよ!」
「いやー、案外数が多いっスね!」
「笑ってる場合かっ!?」
この状況でケラケラ笑えるその胆力は評価してるが…だからといって何もしなければジリ貧になる。
「打開策は!?てか前見て走れ前っ!」
「ん~分かんねっス。それにしても凄い数っスねー!」
このバカ…俺が数を減らした影響で余裕が出てきたのか後ろ走りを決行し始めた。
「いや言ってる場合じゃないでしょう!?お前不死身じゃないんだし!」
「そうっス!自分不死身じゃないっス!」
「だったら少しは……」
「うおおお!!!」
言っても駄目だろうなこれ…。
「そういえば質問があるんスけど!これって何すればいいんスか?」
「はぁ?」
この前説明したことをもう忘れたのか…。防護服どころかマトモな服一つ着てこなかった奴に打開策なんて聞く方が馬鹿だった。
「もういいよっ!お前これ使え!」
「なんスかこ重っ!?」
手っ取り早く手に持っていた愛銃を投げた。突然だったから落としそうになっているが、どうやら無事受け取れたようである。
「俺のだから壊すなよ!」
「んーー了解っス!!」
「返事は良いな、ホントっ!」
「はい!よく言われるっス!」
「おし!取り敢えず説明してやるから!足だけは止めんな!分かった!?」
「任せて下さいッス!この田中、足動かすのは得意なんで!」
あまり期待出来そうも無いが、仕方ないだろうな。
「……今度は少しぐらい頭に入れろよ────俺達が今居るここは局所的超常現象特異点。略して局異点。局超や局象とも呼ばれる閉鎖空間だ。お前が見てきた通り局象に外の常識は通じない。怪奇現象、心霊、オカルト、都市伝説、あらゆることが起こり得る。これは時間の流れ、空間の構造、世界の法則が捻じ曲げられているからだ。お前の目ん玉が濁ってねえなら分かりやすいのが見えてんだろ。あれだあれ。お前にご執心な怒涛の人でなし共が見えるだろ。そして俺達の仕事はここの処理、その為には────とまあ、こんなところだな。どうだ少しは……お前どうやっとるんだそれ」
煙だ。黒煙が田中の頭から出てる。変な音鳴ってるし、額から滝のような汗も流している。口も半開きで目の焦点も合っていない。トビキリのバカに常識は通じないのか?それとも何か?俺の知らないうちに人類ってのはこんな機能を追加されていたのか?
「おい戻ってこいお前」
「はっ!?」
眠気覚ましにビンタをお見舞いしてやれば効果はテキメンのようだ。長ったらしい説明をする俺も悪いが、これは最低限必要な知識だ。少なくとも死の危険があることを承知しておかなければならない。そう思っていたものの、最近こいつには必要ない知識だとも思い始めた。たぶんこいつはなんかよく分かんないけど生き残る。そういう類いの存在だ。時々溶けてるし、バカだし。
「良いか?要はあの化け物共ぶっ潰せば終わりだ。全員殺せ!以上!」
「はいっ!」
「はぁ……つーわけで、俺行ってくるから。お前それ撃ってろ。弾これな」
残りの弾を渡しつつこちらも準備していく。何処で拾ったかも忘れた相棒の鉄パイプと、所々古びた貰い物の機関銃を携えて、いつでも使えるよう生産元の分からない不気味なグレネードを体にくくりつける。
「何処行くんスか?」
「あそこ」
「はい?」
顔を向けることで目標地点を示す。何処って今更何を言ってんだって話だが、そういえばこいつとの掃討任務は初めてだったことを思い出した。
「んじゃ、お前も仕事しろよ」
「いや、いやいやいやっ!何考えてんスか!先輩!ちょっとっ!」
後ろでギャーギャー騒いでいる音が聞こえたがもう意識は目の前の化け物共に向いていた。醜く、あまり直視したくない顔は俺の美的感覚によると下の下。スプラッター映画から出てきたようで、一般的に見ても、いやそもそも化け物であるのだから顔の評価としては論外だったか。正直こちらとしてはもう見飽きた顔だ。同じような奴らは幾らでも見てきたというか、代わり映えしないお馴染みの顔。殴るのに良心の呵責を感じずに済む素晴らしい相手だ。……今更どーでも良いことか。俺のやることはいつも変わらない。
『奴らを殺せ化け物を殺せ鏖だ殺せ殺せ殺せ殺せぇ!!』
そうだ、目の前の化け物を殺せばいい。
「ハハッ!」
◆◆◆
「行っちゃったっす……」
わざわざ突っ込む必要は無いのでは?そう思考する男の脳内には、自分が武器も持たずに敵陣に突っ込んだ事実など欠片も残っていない。この男は鳥頭である。
「しかしこれは……」
田中……もとい田中みどりはやる気で燃えていた。何故かよく分からないけど友達の借金を一緒に背負い、何故かよく分からないけど友達が居なくなり、何故かよく分からないけどここで働くことになってしまった。しかし田中にとってここまでバイト(だと勘違いしているだけの正規社員)が続いたのは初めての経験である。それなりの性格をした先輩にも恵まれ、二年間も続いたバイト。今回新しく覚えることはとても重要ということもあり、田中は一人前になれるよう張り切っているのだ。
「これを……こうして……ムム、行きますぞ!」
なんとなく見よう見まねで受け取った銃を構えてみる。実際には入社してから練習する機会はあったのだが一年以上前の記憶など田中には無く。数回程度では脳みそモンキーである田中の頭には残らない。取り敢えず何処かの映画で見たようなよく分からないポーズで撃ってみる。
「うおぉっ!?」
「いっっ!!何処撃ってんだお前ぇっ!」
バァンッと脳が揺れるような炸裂音。反動で思わず銃を放してしまいそうになるが、壊すなという言葉を思い出して何とか落とさずに済んだ。ほっと一息する暇も無く、怒号が飛んできた方を見れば凄い形相をした男が暴れていた。
「狙う場所考えろ!仲間に撃つって正気か!?」
凪払い、蹴り飛ばし、乱射する。一撃で緑色の頭が消し飛び、腹には無数の穴が開く。田中からすれば先輩にあたる人物によって凄まじい勢いで数を減らされている化け物達。どちらが化け物かと言われても五十歩百歩であった。
「わーっ!すみませんっス!」
バンッバンッバァンッ!
「うおおーっ!?死ぬ!俺が死ぬっ!?」
バァンッ!…カチッカチッ…
「あれ?うてないっすね?」
「おまっ!やり方分からねえならそこで大人しくしてろっ!」
この一年田中に指導を行った男の雑な言葉を左から右に流しつつ、手元の銃をあれこれと悠長に弄ってみる。何を言われようがきっと大丈夫。この一年、凄まじい量の修羅場を潜った田中が唯一理解していることだった。先輩に当たる男は腕がもがれても頭を潰されても死なないし、何ならその状態から敵をタコ殴りにする暴挙を犯す。現在も化け物から相応の傷をつけられているはずなのに嬉々として暴れ続けているのだ。今更銃で撃たれた程度でこの人は大丈夫だと田中は本能的に思っていた。
「だああっ!チッ、○ねぇえええっ!!」「ハッハハハハッ!ブチかませえっ!」「てめっ、このっ、うっとうしいわカスがぁっ!」「○ね!○ね!○ねっ!コロオオオオオオオオオス!!」
やたらと聞くに耐えない暴言が木霊しているが無視し、よく分からないまま銃を弄り続ける。すると銃のシリンダー部分が横にずれて五つの穴が出てきた。その時突如、田中の脳に天啓が走る。
「ムム、これは……こうですな!」
先程装填用に貰っていたスピードローダーを思い出し、奇跡的にも正しい運用方法を田中は実行したのである。スピードローダを抜きシリンダーを戻すことで装填を終えた田中。次こそはとやはり見よう見まねの構えを取った。
バァンッ!
「おお……当たった……」
「っざけんなお前!」
◆◆◆
「はぁ……いしょっと」
そこら中に転がった化け物の死骸を眺めて一息つく。さっきので最後の一体だったらしい。体がよく分からない体液まみれで気色悪いが、取り敢えずは無視だ。どうせすぐに消えるし、この感覚も慣れてしまえば耐えられなくもない。
「大丈夫っすか?先輩」
「まーな。ってか、んなことよりお前!少しは気をつけろよ少しは!」
「スマセン!」
「返事だけはいいな、ホンットに…」
ホントに思ってんのか?しょーじき微妙なところだが、まあ言ってもあまり変わらない。さっきの弾普通に痛かったし、あの銃って撃たれるとあんな感覚なのか。俺以外が使うようなこともなかったしなぁ。
しっかしそれにしても下手だなこいつは。あれだけ敵の数が居て俺に当てるなんて……。拳銃の射撃ぐらい本社で習わなかったのか?一応新人の育成過程には射撃訓練がある筈だが、忘れたとかそんなオチだろうな。そこもこいつの特性に繋がる部分だろうし、こいつはこれで良いんだろう。たぶん。
「うえ、またあった…」
『月月火水木金金!24時間、はるか世界で戦えますか?』
海軍じゃねーんだぞここは……。そこにはさっきのとは文言が少し変わった勧誘広告が貼り付けられていた。確か旧日本軍…何て名前だったか。戦時中のあの国が悲惨だったことは覚えてんのに…天皇陛下万歳、だったか?以前局象で会った奴らが言ってたな。
「先輩先輩」
「あ?どうし……おいなんだそりゃ」
「分からないス!そこで倒れてたっス!」
勧誘のビラを見ている間に随分と面倒そうな拾い物をしてきたらしい。田中は謎の少女を肩に担いでいた。ここに人間なんて居なかった筈だが……どうなってるんだ?ドサッ、と少々荒っぽく降ろされた少女はこんな場所には似つかわしくない清潔な格好をしている。
「人間か?それ」
「まだ生きてるッス!たぶん…」
取り敢えずそこら辺の棒でつついてみる。反応ナシ。
「ばっちいから返してきなさい」
「いや見るからに綺麗ッス」
「あんた飼えないでしょ?お世話しないじゃない!」
「でもぉ~」
「でもじゃない。ほら置いてくわよ」
「ママー!」
冗談言ってる場合でもねえか。
「……」
「先輩?」
「…フゥー……」
「???」
さてな。
「…よし、帰るか」
「……マジスか?」
「あぁ、取り敢えず本社に引き渡す。話はそれからだ」
「ウッス!」
こういうことは時々起こる。珍しくはあるが、事情があれば我が社に身を寄せることもある。まあ、俺達が来た時点で生命体は確認出来なかったんだが。
「……ったく、さっさと退散するぞ。これ以上は何があるか分からん」
「了解ッス!」
未知は闇へと繋がっている。一寸先が闇であるならば、引きずり込まれれば待つのは死。だから、引き際は弁えねばならない。
「えー、現在3時間34分経過…現時点を以て業務及び映像記録を終了し帰還する」
嫌な匂いが彷徨いている。腐臭と不吉さが混ざっているのを認識しながら、俺はその場を後にした。