濁った心にヒーローを   作:イズモ様 カワ(・∀・)イイ!!

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歳に挑むは囲碁士の誉よな

電子音は演習施設全体へ乾いた余韻を残しながら響いている、その音には勝者を祝福する歓喜も敗者を悼む優しさも存在せず、ただ定められた結果だけを無機質に告げる機械らしい公平さがあって、人間社会というものは最後の最後だけ妙に感情を切り捨てたがる傾向があるらしいし、当然戦闘というものも終わる瞬間だけは驚くほど味気なく訪れるものだから仕方ない事でもある。

 

『ヒーローチームの勝利!』

 

オールマイトの声は放送設備を通じて演習施設へ響き渡っていた、その声色はテレビ越しに聞く時と何一つ変わらず明るく力強かったのだけれど、それまで空間を満たしていた緊張や恐怖や高揚をたった一言で現実へ引き戻してしまう辺り、平和の象徴という肩書は伊達ではないのだろうし、人間というものは安心できる声を聞くだけで思考を切り替えられる生き物なのだから不思議な話でもあった。

 

障子はゆっくりと瞬きをしている、その動作は極めて自然で誰も気にも留めない程度のものだったのだけれど、彼自身の内側では先程まで広がっていた暗い海が静かに遠ざかっていて、青黒い海水も巨大な巻き貝の視線も泡の弾ける音も、目覚めた直後の夢のように少しずつ輪郭を失っていき、やがてそこへ残されたのは演習施設らしい無機質な廊下だけだったし、理性というものは随分と遅れて現実へ戻って来るものらしい。

 

胸の奥ではまだ何かが引っ掛かっていた、それは恐怖だったのか安堵だったのか、それとももっと別の名前を持つ感情だったのか本人にも説明出来なかったのだけれど、少なくとも先程まで見ていた景色がただの幻覚だったと簡単に切り捨てられるほど人間の心は単純ではなく、理解した事と納得した事は別問題なのだから当然そういう曖昧さも残るのである。

 

尾白は拘束されたまま苦笑している、その笑みには敗北を受け入れた潔さと、自分達の判断ミスを理解してしまった者だけが浮かべる苦々しさが混ざっていて、正面から現れた濁水へ意識を集中し過ぎた結果、最も警戒すべき透明な味方を完全に見失ってしまったという事実を認めざるを得なかったし、戦闘というものは目立つ敵ほど囮である事も珍しくないのだから、実戦経験の浅い学生達が引っ掛かるのも仕方ない事でもある。

 

「参ったな……完全に意識を持っていかれた。」

 

その言葉は悔しさより納得の方が強かった、負けた理由が分からない敗北ほど人は納得出来ないものだけれど、今回に関しては理由があまりにも明確であり、自分達は濁水心という存在へ視線も思考も奪われ、その隙を葉隠透に突かれた、それだけの話だったからこそ余計に反省点も見えやすく、だからこそ尾白は言い訳を口にしなかったのである。

 

「ご、ごめんね?」

 

何処からともなく葉隠の声だけが聞こえてくる、その声音には勝った喜びと申し訳なさが絶妙な割合で混ざっていて、姿が見えないにも関わらず照れているのだろうと分かってしまう辺り、人間という生き物は案外声だけでも感情を読み取れるものなのだろうし、透明という個性は身体を隠せても性格までは隠してくれないらしい。

 

「その……上手くいっちゃった!」

 

嬉しそうだった、本当に嬉しそうだったし、恐らく本人に悪意など一欠片も無く、純粋に作戦が成功した事を喜んでいるだけなのだろうけれど、その無邪気さもまた葉隠透という少女らしい魅力なのだろうと私は考えていたし、戦闘中であろうと喜ぶ時は喜ぶ辺り、彼女達はヒーロー候補生である以前にまだ十五歳前後の少女達なのである。

 

私は二人を眺めている、その様子を見ていても勝ったという実感は不思議と薄く、むしろ障子が見たものの方が気になっていたし、私はただ歌って故郷を教えただけなのに皆が怖がる理由は未だによく分からないのであり、人間社会というものは安心を与えようとした結果でさえ恐怖として受け取られる事があるらしい。

 

「ありがとう、葉隠。」

 

そう口にすると姿の見えない少女は「えへへ」と笑っていた、その笑い声は本当に楽しそうであり、姿が見えなくてもそこに居る事だけは嫌というほど伝わって来るのだから、人間というものは視覚だけで他人を認識している訳ではないらしいし、逆に言えば透明という個性を持ちながら存在感だけは隠せない辺り葉隠透という人物は随分と賑やかな性格なのだろう。

 

私はゆっくりと障子へ視線を向ける、その表情にはまだ整理し切れていない困惑が残っていて、敵意とも恐怖とも言い切れない曖昧な感情が揺れているように見えたし、だからこそ少しだけ申し訳なくもなっていた。

 

「ごめんなさいね。」

 

謝罪は自然に口から出ていた、それは勝者が敗者へ向ける余裕でもなければ皮肉でもなく、本当に少し怖がらせてしまったかもしれないという純粋な反省であり、私は誰かを傷付けたい訳ではないのだから当然そういう気持ちになるのである。

 

「少し怖がらせてしまったかもしれないわ。」

 

障子はしばらく返事をしなかった、その沈黙は言葉を選んでいるというより自分の中で感情を整理しようとしている時間だったのだろうし、人間というものは理解出来ない体験をした直後ほど何を口にすれば良いのか分からなくなるものだから仕方ない事でもある。

 

「……ああ。」

 

短く返って来た声には迷いが残っていた、それは敵を警戒する声ではなく、自分自身の心を信用出来なくなった者の声音に近く、海を見た記憶も故郷へ帰りたいという安心感も確かに残っているのに、それが本当に自分の感情だったのかどうかすら判断出来なくなっているようであり、人間の心というものは一度揺らぐと案外脆いものなのだと私はぼんやり考えていた。

 

「正直、今でも何を見せられたのか分からない。」

 

彼はそう呟いていた、その言葉は決して責めるものではなく純粋な疑問だったし、私もまた何を見せたのかと聞かれてしまえば困ってしまう、何故なら私は歌を歌い故郷を教えただけであり、その先で何を見るのかは相手自身が決めている事だと思っているからである。

 

私は少しだけ首を傾げる。

 

「私は歌っていただけなのだけれど。」

 

それは本心だった。私は帰る場所を示しただけであり、障子が何を故郷として見たのかまでは私にも分からないし、生き物それぞれに帰る場所が違うのだから見える景色も違って当然なのではないかと、本気でそう思っていたのである。

 

「えーと……何がダメだったかわかる人……いる?」

 

オールマイトは後頭部をぽりぽりと掻きながら困ったような笑顔を浮かべている、その様子は先程までヴィラン役として暴れ回っていた人物と同一人物とは思えないほど親しみやすく、教壇へ立つ教師らしい空気へ自然と切り替わっていたのだけれど、しかしその問い掛けが発せられた瞬間にモニタールーム全体を包んでいた空気は僅かに重く沈み込んでしまい、生徒達は互いの顔を見合わせながらも誰一人としてすぐには答えようとしなかったのであるし、人間というものは正解が分からない質問を投げ掛けられた時ほど急に静かになる生き物なのだから仕方ない事でもある。

 

誰も口を開かなかった。

 

それは単純に答えが思い付かなかったからでもあるし、目の前で行われた試合そのものがあまりにも鮮やかに終わってしまったからでもあったのだろう、ヴィラン側は二人とも拘束され、ヒーロー側はほぼ無傷で勝利しているのであり、結果だけを見れば文句の付けようが無い筈なのに、それでも教師が「何がダメだった」と尋ねる以上、そこには見落としている何かが存在するのだと誰もが理解していたし、理解しているからこそ迂闊な答えを口に出来なかったのである。

 

私は皆を眺めている、正直なところ何を指摘したいのかは何となく予想出来なくもないのだけれど、それでも私は黙っていた方が良いような気がしていたし、人間社会というものには教師が誰かへ考えさせる為に敢えて沈黙を待つという文化が存在するらしく、海の底ではあまり見掛けなかった種類の時間だったので少し興味深く観察していたのである。

 

戦闘訓練と言われていた。

 

それにも関わらず私が行った事は力による制圧ではなく言葉による降伏勧告であり、障子君は戦意そのものを失って投降し、尾白君も葉隠によって拘束されたので結果だけ見れば極めて合理的だったし、実戦なら怪我人も出さずに終わる理想的な勝利と言って差し支えない筈なのだけれど、授業というものは結果だけで評価される訳ではないのだろうという予感くらいは私にもあった。

 

しかし誰も答えなかった。

 

当然と言えば当然なのかもしれない、戦闘で相手を戦わずして無力化出来るのであればそれ以上望ましい事など本来存在しないのであり、むしろヒーローという職業を考えれば被害を最小限に抑えるという意味では満点に近い結果だった筈だからであるし、人間社会というものは実戦と教育で求められる答えが時折食い違うので、その辺りは少し面倒な所でもあった。

 

しばらく静寂が続いていた。

 

皆が考え込む時間をオールマイトも急かさず待っていて、その姿勢からも単に答えを教えるのではなく、生徒自身へ考えさせようとしている意図が伝わって来たし、教師というものは案外忍耐力の要る仕事なのだろうなと私はぼんやり思っていたのである。

 

やがて一人の少女が静かに手を挙げていた。

 

その動作は決して目立つものではなく、けれど迷いだけは一切存在していなかったし、クラスメイト達の視線も自然とその人物へ集まっていく辺り、発言するという行為そのものが一つの勇気なのだと改めて感じさせられる光景でもあった。

 

八百万百だった。

 

彼女は背筋を真っ直ぐ伸ばしたまま立ち上がっている、その立ち居振る舞いには育ちの良さが滲み出ていて、焦って答えを口にするのではなく一度頭の中で整理してから言葉へ変換している様子がよく分かったし、知識だけではなく考え方まで丁寧なのだろうという印象を受ける辺り、流石は推薦入学組と呼ばれるだけの事はあるのかもしれない。

 

「ヴィランの捕縛としては良くとも、戦闘訓練なのですから授業の趣旨には沿ってはいないのではないでしょうか?」

 

彼女はそう答えていた。

 

その声音には誰かを責める響きは無く、あくまでも授業という枠組みで考えた場合の疑問として口にしているだけなのだろうし、だからこそ教室全体も静かにその言葉へ耳を傾けていたのである。

 

私は少しだけ瞬きをする。なるほど、と私は思っていた。

確かにこれは戦闘訓練だった。

 

敵を倒す技術、味方と連携する技術、個性を扱う技術、それらを学ぶ為の授業である以上、言葉だけで終わってしまえば戦闘能力そのものを確認する機会が失われてしまうし、教育という観点から見れば少々勿体ないという考え方も理解出来るのである。

 

しかし私は少しだけ首を傾げてもいた。

 

戦わずに済むなら、それが一番良いのではないかしら。

 

そんな疑問が胸の奥で静かに浮かんでいた。

 

海でも陸でも、生き物というものは本来傷付かずに目的を達成出来るならその方が良いに決まっているし、私にはその方が自然な生存戦略に思えるのだけれど、人間社会には時として「学ぶ為に戦う」という少し不思議な価値観も存在するらしく、その違いこそが私と皆との距離なのかもしれないと、私は静かに八百万さんの横顔を眺めながら考えていたのである。

 

「うん! そうなんだね、実際に言葉で止まってくれるならそれに越したことは無い。」

 

オールマイトは大きく頷いている、その笑顔には八百万の回答を肯定する教師としての満足感が滲んでいて、間違いを指摘するというよりは考え方そのものを評価しているような穏やかさがあり、だからこそ教室全体の空気も少しだけ和らいでいたし、優れた教師というものは正解だけではなく正解へ至る思考そのものを褒めるものなのだろうと私はぼんやり眺めていたのである。

 

彼は一度周囲の生徒達をゆっくり見渡していた、その視線は誰か一人を責めるものではなく全員へ授業として伝えようという意思が込められていて、戦闘訓練という名前が付いている以上、ただ勝敗だけを確認して終わる授業にするつもりは最初から無かったのだろうし、平和の象徴である以前に教師でもある彼は、生徒達へ何を学ばせるべきかという点について実によく考えているらしかった。

 

「だけどそれだけでは訓練にはならない。」

 

その一言で教室の空気が少しだけ引き締まる。

 

実戦ならばそれで構わない、いや構わないどころか相手が戦意を失い、誰も傷付かずに終われるのであればそれ以上望ましい結果など存在しないだろうし、ヒーローという仕事は敵を倒す事ではなく人々を守る事なのだから、本来なら流血を避けられるなら避けるべきなのである、しかし学校という場所は実戦だけを再現する施設ではなく、生徒達へ技術を身に付けさせる教育機関でもある以上、そこには実際の現場とは異なる目的が存在するのであり、人間社会というものは目的が変われば同じ結果でも評価基準が変化するから少し複雑なのだろう。

 

私は静かに聞いている。

 

なるほど、と少し納得していた。

 

戦わないという結果そのものではなく、戦えるという前提があって初めて戦わないという選択肢が意味を持つのであり、もし最初から話し合いしか出来ない人間なら、それは平和的なのではなく単純に戦闘能力が不足しているだけという評価にもなってしまうのだろうし、その辺りは海の生き物達とも案外似ているのかもしれなかった。

 

「今回の目標を考えれば、両方とも模範解答って言えるね。」

 

オールマイトはそう締め括っていた。

 

その言葉を聞いた瞬間、教室のあちこちから小さく安堵の息が漏れている、誰かを減点する為の講評ではなく、戦闘そのものと私達の判断、その両方を肯定した上で教育としての意図を説明してくれたからなのだろうし、教師というものは時として正解を教えるより安心させる事の方が大切なのかもしれないと私は考えていた。

 

「ありがとう、八百万少女!」

 

満面の笑みだった。

 

八百万は「い、いえ……」と少しだけ照れたように頭を下げている、その頬は僅かに赤く染まっていて、人前で発言する事には慣れていても教師から真正面で褒められる事にはまだ少し照れがあるらしく、その反応は年相応の少女そのものだった。

 

私はその様子を眺めながら、人間というものは知識を披露する時より認められた瞬間の方が嬉しそうな顔をするのだなと、そんな事をぼんやり考えていたのである。

 

授業終了を告げるチャイムが校舎へ響いている、その音を合図に緊張で張り詰めていた空気は少しずつ解けていき、先程まで敵味方へ分かれていた生徒達も互いに感想を口にしながら教室へ戻り始めていたのだけれど、しかし訓練が終わったからと言って負傷まで無かった事になる訳ではなく、むしろ実戦を想定した授業だからこそ怪我人が出る事など当然想定の範囲内であり、そういう意味では雄英高校という場所は教育機関でありながら同時に戦場への入口でもあるのだと改めて思わされるし、人を救う仕事とはまず自分が傷付く覚悟を持つ事から始まるのだから仕方ない事でもある。

 

私は人混みの向こうで腕を力なく垂らして歩く緑谷出久の姿を見ていた、両腕は赤黒く腫れ上がり指先は震えたままで、本人は平気そうな顔を作ろうとしているけれど一歩踏み出す度に僅かに眉が動くのだから痛みを完全に隠せている訳ではなく、それでも前だけを見ようとするその姿勢はいかにも彼らしいとも思えたし、だからこそ放っておくという選択肢は最初から存在しておらず、彼は自分の身体を軽視し過ぎる傾向があるのだから誰かが止めなければならないのだろうと、私は当然のようにその後ろを歩き始めていた。

 

「緑谷。」

 

名前を呼び力なく垂れる手を掴むと彼は驚いたように肩を震わせながら振り返っている、その笑顔はいつものように少し頼りなく、それでも大丈夫ですと言いたげなものだったけれど、腕がその有様で説得力などあるはずもなく、人間というものは心配を掛けまいとして余計に心配を掛ける生き物でもあるから仕方ない事でもあるし、少なくとも私には彼が無理をしている事くらい容易に理解できた。

 

「濁水さん?! ど、ど どうしたの?」

 

「治療へ行きましょう、その腕では生活にも困るでしょう?」

 

私がそう言うと緑谷は少し困ったように笑って頭を掻こうとして、その途中で腕が動かない事を思い出したらしく「あっ」と情けない声を漏らしていた、その様子は少しだけ可笑しくもあり同時に危なっかしくもあり、戦闘では誰よりも大胆なのに日常では妙なところで抜けているのだから、英雄というものは案外そういう人間臭さを抱えているものなのかもしれないと私は思ってしまうし、だからこそ放っておけない人もいるのだろう。

 

「はは……確かに、お願いしようかな。」

 

緑谷は苦笑しながら私の隣へ並び、そのまま二人で保健室へ向かって歩き始めていた、廊下には授業を終えた生徒達の話し声が響き窓から差し込む夕方の光が床を長く照らしていて、さっきまで激しい戦闘が行われていたとは思えないほど穏やかな時間が流れているのだけれど、しかしこういう静かな時間ほど戦いの代償は目立つものであり、包帯を巻く者も湿布を貼る者も決して珍しくはない、英雄を育てる学校なのだから怪我人が保健室へ集まる事もまた日常なのである。

 

保健室の扉を開けると独特の薬品の匂いが鼻をくすぐり、その奥では小柄な老婆が眼鏡越しにこちらへ視線を向けていた、白衣姿のリカバリーガールは一目見ただけで緑谷の腕の状態を把握したらしく深々とため息を吐いてから椅子へ腰掛け直しており、その反応には呆れも心配も半分ずつ混ざっていたのだろうし、教師というものは生徒が無茶をすれば叱りたくもなる生き物なのだから当然でもあった。

 

「またあんたかい。」

 

その短い一言には様々な感情が込められていた、治療する側としては何度も同じ怪我を繰り返されれば良い気分になるはずもなく、それでも見捨てるという選択肢は存在しないから今日も治療を施すのであり、人を助ける仕事とは時として甘やかす事ではなく叱る事でもあるのだから仕方ない事でもある。

 

リカバリーガールは緑谷の腕を軽く持ち上げながら状態を確かめていた、その表情は真剣そのものであり医師として怪我を診る目へ切り替わっているのが分かるけれど、数秒もしない内にその眉間へ深い皺が寄っていき、診断が終わったというより呆れが限界へ達したと言った方が正しかったのかもしれないと私は静かに眺めていた。

 

「いいかい坊や。」

 

老婆は緑谷の目を真っ直ぐ見据えながら静かな口調で言葉を続ける、その声音は決して怒鳴るようなものではなかったのに妙な重みがあり、経験というものは時として大声より遥かに人へ響くものなのだと感じさせられるし、それだけ何人もの無茶を見届けてきた人なのだろう。

 

「私の個性は万能じゃない、治せるからといって何度も身体を壊せば、その内本当に取り返しが付かなくなる。」

 

緑谷は肩を小さく震わせながら視線を落としていた、その言葉が正しい事くらい本人も十分理解しているのだろうし、だからこそ反論も出来ず唇を噛み締めるしかなく、人間というものは正論を向けられた時ほど素直になる生き物でもある。

 

「コイツのためにもならないからね、ほどほどにしな。」

 

その言葉と共にリカバリーガールは個性を発動させ、緑谷の身体から少しずつ傷が消えていく、失われた組織が修復され腫れが引き腕が元の形へ戻っていく光景は何度見ても不思議だったけれど、代償として緑谷の表情には僅かな疲労が浮かび上がっていて、治癒とは決して無から有を生む奇跡ではなく本人の体力を消費して回復を促進する技術なのだと改めて理解させられるし、だからこそ彼女は無茶を繰り返す緑谷を叱るのである。

 

私は治療を終えて安堵したように腕を握り開きする緑谷を見ながら静かに息を吐いていた、傷は消えても無茶をする性格までは治らないでしょうと心のどこかで思ってしまうけれど、それでも誰かを救いたいという彼の願いまで否定するつもりはなく、だから次もまたきっと保健室へ来るのだろうと少しだけ未来を予感していた。




落ち着いてきたので一つ
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