濁った心にヒーローを   作:イズモ様 カワ(・∀・)イイ!!

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シーボーンって美味しいのかな?

地上に上りゴミだらけの海岸に少女は一人で立っていた、一般的な倫理を持ち合わせた人間ならば、それが異常であることに容易に気が付くであろう

 

しかし少女はそれが異常という感覚がないほど世間の常識と認識が乖離していたしかし仕方ない事でもあるまだ少女は6歳であって義務教育を受けているとは口が裂けても言えない。

 

そんな少女は今110にも満たない肢体を隠す物を探していた彼事イシャームラに会ってから服を着ていないのである、

 

「イシャームラ?何か私でも着れる服ない?あの辺り服でいっぱいよ、」

「」

「え?どれも腐ってる?服って腐るんだね、裸がよろしくない事ぐらいはわかるしな…むう」

しかし現実は無情である当然海辺にある服など潮風と虫達によって見事にダメージ加工が入っていた為に着ることなど叶いそうにない

 

少女は海岸に散乱する衣類を何枚か手に取った。

どれも駄目だった。

触れただけで布地が崩れ、指先に砂のような繊維が残る。

 

「イシャームラ?着られそうな服ないかな」

「」

「うん、分かってる。裸は良くないもん」

 

少女はそう言って腕を組んだ。誰に教わった訳でもない。それでも服を着るべきだという認識は持っている。

人の居る場所で裸なのは良くない。

理由を説明しろと言われれば困るが、それが駄目な事くらいは分かる。

 

「困ったなぁ」

 

波打ち際に腰を下ろす。

すると足元の海水がゆっくりと集まり始めた。

少女は驚かない。

イシャームラだからだ。

大人が子供の肩を叩くようなものだと知っている。

海面から現れた薄い膜状の器官が静かに広がる。

 

「それ、くれるの?」

「」

 

少女は少しだけ笑った。

父親に服を買ってもらう子供はこんな気持ちなのだろうか。

分からない。

分からないが、悪くない気分だった。

膜は彼女の手の中で形を変え、布に近い質感へと変質していく。

少女はそれを身体に巻いていく。

 

「似合う?」

「ふふ、ありがとうイシャームラ。」

 

一枚の白い布を上手く身体に纏わせ最低限みすぼらしくはない格好になった

少女は立ち上がった、どうやら服という問題は一応の解決を見たらしい、勿論一般的な衣服の観点から言えば大いに問題がある格好ではあるのだが少女もイシャームラも人類社会における衣服の役割について深い理解を持っているとは言い難いので致し方ない事でもある、少なくとも裸ではない、それだけで少女にとっては十分な進歩だった。

 

白い布は腰から肩へと斜めに巻かれていた、露出という概念を知っている者が見れば色々と言いたくなる格好ではあったが少女は満足そうに胸を張る、何故なら隠すべき場所は隠したつもりだったし何よりイシャームラから貰った物だからである。

 

「これで街にも行けるね」

 

「」

 

「うん」

 

少女は頷いた、イシャームラが実際に何と言ったのかはさておき少なくとも彼女には肯定に聞こえたのである、家族というものはそういうものだろう、多分。

 

海風が吹き白布の端が揺れる、その度に本来なら隠れていて欲しい部分までちらちらと顔を覗かせていたが当人達は気付かない、少女は服を着るべき事は知っていたがどの程度着れば良いのかは知らなかったしイシャームラに至っては海底に沈んだ死体からしか人間を学んでいないのである、期待する方が酷というものだろう。

 

「さて」

 

少女は辺りを見回した、そこにはゴミ山があり漂着物があり壊れたペットボトルがあり漁具の残骸があり、そしてその向こうには舗装された道路が見える、文明というものは意外と海の近くまで来ているらしい。

 

「人がいる場所ってあっちかな」

 

「」

 

「だよね」

 

少女は再び頷いた、実際にイシャームラがどのような意思表示をしたのかは不明だが少なくとも少女にはそう思えたので問題はない、問題があるとすれば人間社会に向かう六歳児を止める大人が誰も居ない事だろうか、もっとも少女自身はその事実を問題とは認識していない。

 

砂浜を歩く、朝日を背に受けながら、肩には小さな海獣を乗せながら、その姿を客観的に見れば通報案件の一言で済むだろうが少女にとってはごく自然な日常の延長線上だった。

 

途中で一羽のカラスが少女を見た、少女もまたカラスを見る、しばらくの静寂の後にカラスは飛び立った。

 

「嫌われちゃったかな」

 

「」

 

「違う?」

 

「」

 

「そうなんだ」

 

少女は安心した、安心した理由は本人にもよく分からないがイシャームラがそう言うのならそうなのだろう、少なくとも彼は今まで少女を騙した事がないのだから。

やがて砂浜は終わり舗装された道路へと変わる、その瞬間少女の視界を横切ったのは一台の軽トラックだった。

少女は目を丸くする、車という物自体は知っている、テレビでも見た事があるし絵本にも載っていた、しかし知識として知っている事と実際に見る事の間には少なからぬ差異が存在するのである。

 

「速い」

 

それが率直な感想だった、魚みたいだなと少女は思う、もっと正確に言えば陸を泳ぐ大きな鉄の魚だった。

 

「乗ってみたいな」

 

「」

 

「駄目?」

 

「」

 

「そうだね」

 

少女は素直に納得した、理由は分からないが納得した、子供というものは信頼している相手の言葉に驚くほど素直なものなのである。

少し進むと今度は老人が見えた、犬を連れて散歩しているらしい、海底では滅多に見かけない生きた人間だったので少女は少し嬉しくなる。

少女は元気よく手を振った。

 

「おはようございます!」

 

挨拶は大切だと知っているからだ、誰に教わったのかはよく覚えていないが少なくとも朝は挨拶をするものだという程度の常識は持ち合わせている。

 

老人は振り返った。そして固まった。無理もない、白布一枚を纏った銀髪の幼女が肩に正体不明の生物を乗せたまま海から歩いて来たのである、普通に怖い。

老人は数秒ほど停止した後にようやく言葉を発した。

 

「ハァッ?」

 

老人は固まった、無理もない話である、早朝の海岸から現れた銀髪の幼女が白布一枚という限りなく挑戦的な格好で歩いて来た上に肩には見た事もない生物を乗せているのだから、むしろ悲鳴を上げなかっただけ理性的だったと言えるだろう、しかし少女にそんな発想は存在しない、何故なら彼女の認識では挨拶もしたし服も着ているし暴れてもいないのである、人間社会という採点基準において何点になるかは知らないが少なくとも彼女自身の中ではかなりの高得点だった。

 

少女は首を傾げた、何がおかしいのだろうかと考える、考えると言っても大した時間ではない、何せ自分の行動に問題があるという前提そのものを持ち合わせていないのである、勿論常識が無い訳ではない、裸は良くない事も知っているし挨拶が大切な事も知っている、だがどの程度隠せば服として成立するのかだとか、朝の海岸に保護者も居ない幼児が一人で現れるのがどれほど異常なのかだとか、そういった細部を学ぶ機会に恵まれなかっただけである、そして人間社会というものは案外その細部によって成立しているのだから難しい。

 

老人の顔色が変わる、驚愕から困惑へ、困惑から心配へ、心配から若干の恐怖へと実に忙しい、人間の表情筋というものは見ていて面白いほど正直である、もっとも少女はそこまで分析していない、ただ何だか忙しそうな顔だなぁ程度の感想しか抱いていなかった。

 

「お嬢ちゃん?親御さんは!?」

 

そうして飛び出した質問に少女は少しだけ考え込む、親という単語自体は知っているし意味も理解している、だからこそ少し困った、血統上の父親なら居る、しかし親かと聞かれると首を傾げたくなる、母親も居る、泣いていた、いつも謝っていた、その姿は覚えている、覚えているが親という言葉を思い浮かべた時に最初に出てくる顔ではない、では誰か。

 

少女は自然と肩の上を見る。

 

そこには海獣が居た。

 

考える必要は実のところ無かったのかもしれない、誰が自分を守ったのか、誰が自分に居場所を与えたのか、誰が服をくれたのか、誰が名前を呼んだのか、そういう問いを並べていけば答えは最初から決まっていたのである。

 

「いますよ」

 

少女は少し嬉しそうに答えた、子供が自慢の親を紹介する時というのはきっとこんな顔をするのだろう。

 

「今も一緒です」

 

海風が吹いた、老人の背後に広がる海面が僅かに揺れる、それが偶然かどうかを判断する材料は誰も持っていない、しかし少女は疑わない、何故なら家族というものは一緒に居るものだからだ、見えていようが見えていまいが、その事実だけは変わらない。

少女は続けて言う。

 

「おじいちゃんは長生きしてみたくありませんか?私達は群で一故に命に貴賤は無く、全てが平等に明日を迎えられる、おじいちゃんも私の家族に成りませんか?」

 

老人は言葉を失った、無理もない話である、早朝の海岸で見知らぬ少女に話しかけられるだけでも十分に非日常だというのに、その少女が白布一枚という服飾文化に対する挑戦のような格好で肩に見た事もない生物を乗せながら家族になりませんかなどと勧誘を始めたのである、人生八十年を超えていれば大抵の事には慣れると言われるが少なくとも老人の人生経験にその手の事例は存在しなかった。

 

「……は?」

 

故に出てきた言葉は実に簡潔だった、驚きという感情は時として語彙を奪う、奪われた結果として人は短い音を発するのである。

 

少女は不思議そうに首を傾げた、どうやら冗談ではないらしい、いや実際冗談ではないのである、彼女は至って真面目に家族を増やそうとしているだけだった、問題があるとすればその発想に至る経緯が人類社会とあまりにも乖離している事くらいだろう。

 

犬が老人の足元で鼻を鳴らした、少女はそれを興味深そうに見つめる。

 

「家族は多い方が楽しいですよ?」

 

そう言って微笑む少女に悪意は存在しない、勧誘という行為は一般的に多少なりとも打算を伴うものだが彼女の場合は違った、本当に良い事だと思っているのである、それはそれで対処に困るのだが。

 

老人は少女の肩を見る、そこには確かに何かが居た、海獣にも見える、しかし見れば見るほど既存の生物学から微妙に逸脱している気もする、もっとも老人は生物学者ではないので何処がどうおかしいのか説明しろと言われれば困るだろう、人間の違和感というものは案外そんなものである。

 

「いやいやいや……」

 

老人は額を押さえた、酔っ払いも見た、認知症の老人も見た、奇妙な若者も見た、大暴れするヴィランも見た、しかし自分から家族にならないかと勧誘してくる幼女は初めてだった、人生とは学びの連続である。

 

犬は少女を見ていた、少女も犬を見ていた、しばらく互いに見つめ合った後、犬は尻尾を振る。

 

「ほら」

少女は少し嬉しそうに言った。

 

「この子は嫌じゃないみたいです」

 

老人は思わず犬を見る、犬はいつも通りだった、むしろ少し機嫌が良さそうですらある、動物というものは時折人間よりも適応力が高い。

 

「お前なぁ……」

 

犬に向けられた言葉だったが当然返事は無い、犬だからである、しかし少女は何か納得したように頷いていたので結果として会話は成立しているのかもしれない、少なくとも彼女の中では。

 

老人は頭痛を覚えた、少女は本気で話している、ふざけてもいないし騙そうともしていない、だからこそ厄介だった、悪意のある相手なら怒れば済むが善意しか持たない相手というのは往々にして扱いが難しい。

 

「嬢ちゃん」

 

老人は慎重に言葉を選んだ。

 

「家族ってのはな、そんな簡単になるもんじゃないんだ」

 

少女は考える、その顔は真面目だった、本当に理解しようとしている顔だった。

 

「そうなんですか?」

 

老人は頷く。

 

「そうだよ」

 

少女は少しだけ黙った、海風が白布を揺らし肩の上の生物は微動だにしない、しかし生きている気配だけは確かに存在していた。

 

「でも」

 

「家族って、一緒に居たいと思う事じゃないんですか?」

 

老人は返答に詰まる、単純な問いだった、しかし人間というものは複雑な問いよりも単純な問いにこそ弱い生き物である、犬が欠伸をし、波が寄せては返し、遠くで鳥が鳴いていた、誰も答えを急かさない。

老人は海を見る、少女も海を見る、その瞬間だけ会話が途切れた、まるで何かを待っているようだった。

 

「……嬢ちゃん、とりあえずだ、まず服を買いに行こう」

「それから警察だ」

 

少女はさらに首を傾げる。

 

「それは家族になる為ですか?」

 

老人は盛大にむせた、犬が驚いて飛び退く、人間社会の手順を説明しようとしただけなのだがどうやら相手は全く別の文脈で理解していたらしい。

 

老人は咳き込みながら思う、やはりこの少女はおかしい、しかし同時に放っておいてはいけないとも思った、少女は老人を心配そうに見ている、その瞳には打算も悪意もなくただ純粋な善意だけがあった、それが老人には少しばかり眩しかった。

 

海面が揺れる、それに老人は気付かない、少女は気付いている、そして肩の上の存在もまた静かに老人を見ていた、もっとも老人がその視線に気付く事は無いだろう、少なくとも今はまだ、しかしそうも言って居られない、老人は己のヒーローとしての矜持からこの少女を助けてやらねばと決意する、酉野空彦には嫁も居なければ、子供も居ない、しかし守るべき子供達に関しては人一倍敏感であった。

 

「取り敢えず、警察だな」

 

そう告げる老人の声音には有無を言わせぬ強さがあった、もっとも少女にとって警察という単語は知識として知っているだけの存在であり、強制力だとか保護だとか補導だとかそういった諸々の意味までは把握していない、故に返答は実に素直だった。

 

「警察?」

「ああ」

「何する所?」

 

実に純粋な疑問をぶつけられ、老人は一瞬言葉に詰まる、人間社会に長く居ると当たり前になっている事ほど説明が難しい、空を飛ぶ鳥に何故飛ぶのかと聞くようなものだろうか、いや流石に違うかもしれない、少なくとも鳥は飛ばなくても死にはしない。

 

「困ってる人を助けたりする所だ」

少女の瞳が少しだけ輝いた。

「じゃあヒーロー?」

老人は思わず笑った。

「まあ似たようなもんだな」

 

厳密には違うのだろう、職務も権限も責任も違う、しかし六歳の少女に説明するには十分な表現だ、少なくとも老人はそう判断した。

少女は何度か頷く。

 

「なら良い人だ」

「大体はな」

「じゃあ会ってみたい」

 

老人は少しだけ安心した、少なくとも逃げ出したり反発したりはしないらしい、人間というものは得てして自分の常識を基準に物事を考える生き物である、故に保護されるべき子供は保護を求めるものだと考える、もっとも目の前の少女はその常識からかなり外れていたのだが。

 

「それで嬢ちゃん、名前は?」

「ありますよ」

 

少女は少し得意げにむふーとでも言いたげな顔だった。

名前とは大切な物である、少なくとも彼女にとっては。

 

「なんて言うんだ?」

 

少女は一瞬だけ肩を見る、まるで確認するように。確認する必要など無い筈なのだが、それでも確認したかったのだろう、子供というものは親から貰った物を自慢したがるものだ。

 

「濁水 心です」

 

海から現れた謎の幼女が訳の分からない名前を名乗り始めたら流石に対応に困る、人間というものは案外些細な事で安心する生き物なのである。

 

「良い名前だな」

 

少女は嬉しそうに笑った、その笑顔は年相応だった、先程まで家族になりませんかなどと言っていた少女と同一人物とは思えないほどに。

 

「イシャームラがくれた名前もあるんだけどね。」

 

老人の笑みが固まる。 

 

「あ?」

「名前」

少女は当然のように続ける。

「最初に呼んでくれたから」

 

老人は理解を諦めた。

正確には理解しようとしても理解出来ないと判断した。長く生きているとそういう瞬間がある。分からない物は分からない。無理に理解しようとすると疲れる。疲れると血圧に良くない。血圧は大事だ。老人である以上その辺りは切実だった。

 

「そうか」

 

故に頷く。

そうして少女も後ろを付いてくる、その姿は祖父と孫に見えなくもない、見えなくもないが孫の肩に謎の海獣が乗っている時点で大分無理がある、しかし人間の脳というものは案外都合よく出来ているので遠目にはそれらしく見えた。

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