濁った心にヒーローを   作:イズモ様 カワ(・∀・)イイ!!

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結合忘れてましたごめんなさい


皆は導灯の試練#6はやりましたか?あんまりウミウミしてなかった(´・ω・`)

「わーたーしーがー!!! 普通に教室のドアから来た!!!」

 

オールマイトの豪快な声が教室中へ響き渡る、昼休みの余韻を引きずっていた空気はその一声だけで吹き飛ばされてしまい、生徒達の視線は一斉に教壇へ集まったのだから、平和の象徴という肩書きは伊達ではないのだろうし、何なら存在そのものが一種の個性なのではないかとさえ思えてくる。

 

そして彼は笑っていた。

 

テレビで見たままの笑顔だった。

 

むしろテレビより元気だった。

 

人間というものは映像越しより実物の方が迫力がある場合と無い場合があるのだけれど、少なくともオールマイトは前者であり、あの巨体と声量と圧倒的な存在感を実際に目の当たりにしてしまえば、生徒達が浮足立つのも当然であるし、ヒーロー社会が彼を象徴として扱う理由も少し理解出来る気がした。

 

しかし私は眠かった。

 

とても眠かった。

 

満腹だった。

 

それはもうどうしようもないくらい満腹だった。

 

昼食とは本来午後の活動のための燃料補給である筈なのだが、どういう訳か私の場合は活動エネルギーではなく睡眠欲へ直接変換されるらしく、食堂で未知の食材について思索を巡らせていた頃の知的好奇心はどこへやら、今では机に頬杖をつきながら船を漕ぐだけの存在へと成り果てていた。

 

視界が揺れている、昼食をしっかり食べた後の教室というものは人類史の中でも屈指の睡魔発生装置なのではないかと私は割と本気で思っていたし、実際に周囲を見渡せば何人かは似たような状態になりかけているのだから、これは個人の怠慢ではなく生物としての仕様なのだろうと勝手に納得していた。

 

意識はゆっくりと沈んでいた、黒板も教壇もクラスメイト達の姿も少しずつ遠ざかっていくような感覚があり、それは何処か懐かしくもあって、海底へ沈降していく時の静けさを思い出させるものだったのだから、環境が変わっても人間というものは結局安心出来る場所を無意識に求める生き物なのかもしれない。

 

声だけが遠く聞こえていた、誰かが話している事は分かるし教室が存在している事も理解しているのだけれど、その全てが水越しに届く音のように曖昧で輪郭を失っていて、まるで深海だったなと後から振り返れば思うのである、もっとも実際の深海はこんなに騒がしくないしオールマイトも居ないので厳密には全然違うのだけれど。

 

海は静かで心地良い、少なくとも私にとってはそうだったし、波の音や水圧や暗闇というものは恐怖の対象ではなく帰る場所の記憶に近いものであり、だからこそ眠気に引き摺られた意識がそちらへ向かおうとするのも当然だったし、仕方ない事でもある、人は安心出来る場所を知ってしまうと時々そこへ逃げ込みたくなるものだからだ。

 

「早速だが今日はこれ! 戦闘訓練!!」

 

その瞬間、教室が沸いていたのである、先程まで昼食後特有の気怠さに支配されていた空間が嘘のように活気付き、歓声が上がり机が鳴り誰かが勢いよく立ち上がる音まで混ざり始めるのだから、ヒーローを志して雄英へ集まった少年少女達にとって戦闘訓練という単語がどれほど魅力的なのかは説明するまでもない話だった。

 

眠気に沈みかけていた私の意識も流石に引き上げられていた、いや正確にはまだ少し眠かったのだけれど、それでも深海の底へ沈みかけていた思考が水面近くまで浮上する程度には効果があり、オールマイトという存在は声量だけで人を覚醒させる特殊能力でも持っているのではないかと少しだけ疑いたくなる。

 

戦闘訓練。

 

なるほどと思った。

 

確かにヒーロー科らしい授業だったのである、国語や数学も必要だろうし社会や英語も重要だろう、ヒーローだって社会の一員なのだから当然学力は必要になる、しかしそれでもヒーロー科へ入学した少年少女達が本当に期待しているのは恐らくこういう授業なのだと教室中の空気を見れば誰にでも分かる話であり、むしろ期待していなかったら何故ヒーロー科へ来たのかという話になるので仕方ない事でもある。

 

オールマイトは教壇の前で腕を組んでいた、その姿は堂々としていて実に絵になっていたし、テレビ越しに見ていた時よりもずっと楽しそうに見えたのである、教師として授業をする事そのものを楽しんでいるのか、それとも若い世代へ何かを伝える事を嬉しく思っているのかは分からないが、とにかく彼自身がこの時間を楽しんでいる事だけは伝わってきた。

 

教師というより巨大な子供に近い気もした。

 

しかしそれでいて誰も軽んじない辺りが彼の凄い所なのだろう、普通ならあれだけ感情を表に出していれば威厳が削れそうなものなのに、オールマイトの場合は逆だった、楽しそうにしているだけで周囲まで楽しくなるし、堂々としているだけで安心感まで生まれるのだから、平和の象徴という肩書きは伊達ではないらしい。

 

「じゃあ全員戦闘服コスチュームに着替えて、グラウンドβに集合!!!」

 

指示が飛んだ。

 

その瞬間、生徒達は一斉に立ち上がっていたのである、鞄を開く者も居れば箱を抱える者も居るし、友人同士で盛り上がりながら戦闘服の話を始める者まで居て、教室全体が遠足前日の子供達みたいな空気になっていたのだから、少なくともこの時間を退屈だと思っている者は誰一人居なかったのだろう。

 

反応は様々だったが共通している事が一つだけある、それは誰もが少なからずこの時間を楽しみにしているという事であり、教室中に漂う期待感を見れば説明するまでもない話だったし、ヒーローを志して雄英へ辿り着いた少年少女達が自分専用の戦闘服という響きに胸を躍らせない筈も無かったのである。

 

当然である、ヒーローという存在は個性だけで成立するものではなく、その個性を最大限活かす装備や衣装もまた重要な要素であり、テレビ越しに見ていた憧れのヒーロー達も皆それぞれ独自のコスチュームを纏っていたのだから、自分だけの戦闘服というものには特別な意味があるのだろう。

 

私も気になっていた、いや正確には少し不安だったと言うべきかもしれないし、期待と不安が半々くらいで混ざり合った妙な感覚だったのだけれど、それにはちゃんと理由が存在していた。

 

更衣室へ向かいながら私は自分のケースへ視線を落としている、その中には戦闘服が入っている筈だったし、少なくとも学校側はそう説明していたのだから疑う理由も無いのだが、問題は中身ではなくそこへ至る過程の方だった。

 

私はデザイン案を提出している、確かに提出しているし提出したという事実そのものに偽りは無かったのだけれど、問題はその内容であり、世の中というものは時として結果より過程を問われる事があるのだと後になって理解する事になる。

 

確かに提出していた。

 

しかしその内容が問題だったのである、いや問題だったというより設計担当者からすれば頭を抱える案件だったと言った方が正しいのかもしれないし、読者諸君も恐らく同じ反応をするだろうから先に言っておくが私は別にふざけていた訳ではない、本当に真面目だった。

 

「ドレス」

 

それだけだった。

 

本当にそれだけだったのである、色も無ければ装飾も無いし用途の説明も無ければ素材指定も存在せず、ただ一言だけが記されていたのだから、設計担当者がその紙を見た瞬間に遠い目をしたとしても責める事は出来ないだろうし、むしろよく受理してくれたものだと今なら思う。

 

読者諸君も思うだろう、流石に情報量が少な過ぎるのではないかと。

 

私も今ならそう思う。

 

今思えば色だとか装飾だとか機能性だとか素材だとか、そういう設計に必要そうな情報をもう少し書くべきだったのだろうし、発注というものは案外具体性が求められるらしいという事も理解している、しかし提出した当時の私はドレスと書けばドレスが出てくるものだと思っていたのである、何故ならドレスはドレスだからだし、魚を頼めば魚が出てくるようにドレスを頼めばドレスが出てくるのではないだろうかと本気で考えていた、その辺りの認識が一般社会と少々ずれていたとしても仕方ない事でもある。

 

発注とはそういうものではないらしい。

 

社会勉強である。

 

やがて更衣室の前へ到着した。

 

周囲では既に期待と不安が入り混じった声が飛び交っていて、自信満々な者も居れば緊張している者も居るし、友人同士でどんなデザインになっているか予想し合っている者まで居たのだから、戦闘服というものが彼らにとってどれほど特別な存在なのかがよく分かる。

 

私も箱を抱えている、その中には私専用の戦闘服が入っている筈なのだけれど実際に確認した訳ではない以上確証は無く、そして未知というものは時として深海よりも恐ろしいのである。

 

中身はまだ見ていなかった、当然ながら見ていない物の正体など分かる筈もなく、だからこそ期待と不安が同時に膨らんでいくのだろうし、人間というものは案外そういう曖昧な時間を楽しむ生き物なのかもしれない。

 

見ていないからこそ怖いのである、何せ私はデザイン案に「ドレス」としか書いていないのだから設計担当者がどのような解釈をしたのか全く予想が付かず、むしろ予想出来る方がおかしいと言えるだろうし仕方ない事でもある。

 

しかし同時に少し楽しみでもあった、箱の中にはまだ知らない自分が居るような気がしていて、それは新しい服を買った時とも違う妙な高揚感を伴っていた。

 

何が出てくるのだろうかと私は考えている、優雅な舞踏会用のドレスなのかもしれないし、ヒーロー活動に耐えられるよう改良された戦闘用ドレスなのかもしれないし、あるいは設計担当者が私の雑過ぎる注文に頭を抱えた末に全く別の何かへ進化させてしまった可能性だって否定出来ない。

 

更衣室へ入り、自分に割り当てられたケースを開ける、戦闘服というものはヒーローにとって第二の顔とも言える存在らしいのだけれど、私の場合は提出したデザイン案があまりにも雑だったので期待と不安が半々くらいであり、読者諸君も通販サイトで説明文を一文字しか書かなかった商品が届く瞬間を想像してもらえれば近い感覚かもしれない。

 

そして蓋を開いた私はしばらく言葉を失っていた。

 

中に入っていたのは真っ赤なドレスだった、肩を大胆に露出した意匠でありながら裾は動きやすいよう調整されていて、見た目の華やかさと実用性を両立させようとした努力が見て取れるし、その傍らには片手で持てる小ぶりな鞄まで添えられていたのである。

 

私は数秒ほど黙っている。

 

正直な話をするなら少し驚いていたし、少しどころではなくかなり驚いていた、何せ提出したデザイン案には「ドレス」としか書いていなかったのであり、色も形も装飾も機能も何一つ指定していないのだから、これでまともな物が出て来る方がおかしいと言えばおかしいし、逆にここまで完成度の高い物が出て来るのは設計担当者の執念を感じるレベルだった。

 

人間社会には阿吽の呼吸という文化が存在するらしい。

 

しかし流石にこれは阿吽が過ぎる気もした。

 

もしかすると担当者は私の脳内を覗ける個性でも持っているのではないだろうかと一瞬だけ考えてしまう、当然そんな訳は無いのだろうけれど、そう疑いたくなる程度には情報不足な依頼だったので仕方ない事でもある。

 

それにも関わらず実際に完成してきた戦闘服は妙に完成度が高かった。

 

人類社会の技術力は時折こういう方向で恐ろしい。

 

当然設計担当者も仕事なのだから適当に作った訳ではないのだろうが、それにしても情報不足にも程がある依頼からここまで形にしてしまう辺り、もしかすると雄英高校には読心能力者でも所属しているのかもしれないと一瞬だけ考えてしまった。

 

私は鞄を開く、その動作自体に大した意味は無かったのだけれど中身を確認しないまま戦闘服を着るほど私は楽観的ではないし、何より設計担当者が私の曖昧極まりない注文から何を読み取ったのか純粋に興味があったのである。

 

中には消毒液が入っている。

 

包帯も入っていたし、止血用具も収められていて、更には応急処置に用いる様々な器具まで綺麗に整理された状態で並べられているのだから、これはもはや単なる小物入れではなく簡易救護所をそのまま持ち運べるようにした代物と言った方が正しいだろうし、ヒーローコスチュームというより医療従事者の装備に近い気さえした。

 

私はその中身を一つ一つ確認していたのだけれど、確認すればするほど設計担当者が私の提出資料を妙な方向で真面目に読み込んだ事だけは理解出来たし、当然と言えば当然なのかもしれない、入試やら何やらで怪我人を見る度に応急処置をしていた記録くらいは残っているだろうし、個性による治療補助についても申請書類へ記載した覚えがあるのだから、こういう方向性になるのも仕方ない事でもある。

 

私は少しだけ目を瞬かせる。

 

そして納得した。

 

入試の時もそうだったし、その後の諸々でもそうだったのだけれど、どうやら周囲には私が怪我人を見ると放っておけない人間だという認識が広まりつつあるらしく、個性による補助治療についても申請書類へ記載した覚えがある以上、この装備構成になるのはある意味当然だったのかもしれない。

 

合理的だった。

 

実用的でもあった。

 

そして少しだけ嬉しくもあった。

 

誰かに期待されるというのは案外悪くないものであり、期待というものは時として重荷になる反面、自分の存在価値を肯定してくれる側面も持っているのだから、人間社会というものは面倒なようでいて案外そういう部分が温かい。

 

私は鞄を閉じる。

 

肩へ掛ける。

 

鏡の前で軽く身体を回してみる。

 

赤いドレスは思った以上に動きやすく、見た目だけではなく実戦も考慮されているらしかった。

 

その時だった。

 

「わあ!濁水さん可愛い!」

 

不意に声が飛んでくる、その声音は昼休みの食堂で聞いた時と同じく妙に明るく弾んでいて、更衣室全体へ広がる賑やかな空気の中でも不思議と埋もれない存在感を持っていたから、私は自然とそちらへ意識を向けている。

 

私は振り返ったのだった、もっとも振り返った先に何かが見えるとは限らないのがこのクラスの面白い所であり、ヒーロー科という場所は常識という物差しを頻繁にへし折ってくるので、いちいち驚いていては身が持たないというのもまた事実だった。

 

そこに居たのは葉隠さんだった、いや正確には居る筈だったと言うべきだろうか、当然ながら彼女は透明人間であり姿そのものは見えないのだけれど、それでも声や仕草や空気感というものは確かに存在していて、人間という生き物は案外視覚以外でも相手を認識出来るものなのだなと私は少し感心していたし、読者諸君も経験がないだろうか、姿が見えなくても何故かそこに誰か居ると分かる瞬間というものを、もっとも葉隠透の場合はその現象が常時発生しているだけなのだが。

 

しかし声だけは元気だったし、むしろ見えない分だけ感情表現が声へ集中しているような気さえするので、人間というものは案外視覚以外でも相手を理解出来る生き物なのだろう。

 

私は少しだけ照れながらドレスの裾を摘まんでいる、褒められる事そのものには慣れていない訳ではないのだけれど、それでも自分の為に作られた物を肯定されるというのは妙にくすぐったい感覚があって、だからこそ無意識に視線は鏡へ向かっていた。

 

鏡の中には赤いドレスを纏った少女が映っていた、肩を大胆に露出した意匠は一般的なヒーローコスチュームと比べればかなり異質であり、腰には武器ではなく医療鞄が提げられていて、戦うより助ける事を前提に設計されたのだろうという意図が嫌でも伝わってくる。

 

私は改めてその姿を眺める、読者諸君も経験があるかもしれないが自分の為に作られた服というものは不思議なもので、客観的に見れば派手だとか大胆だとか色々感想は出てくるのに、いざ自分が着てみると案外しっくり来てしまうのであるし、当然このドレスも普通のヒーローコスチュームとはかなり方向性が違っていたのだけれど、それでも不思議と嫌な気持ちはしなかった。

 

むしろ悪くなかった。

 

悪くないどころか結構好きだった。

 

何故ならこれは私の為に作られた服だからであり、誰かが私という存在を見て考えて形にしてくれた結果だからである、そしてそういう物を嫌いになれるほど私は捻くれていなかった。

 

「そうかしら?ありがとう」

 

自然とそんな返事が出るのだから人間というものは案外単純であり、褒め言葉を向けられれば反射的に嬉しくなってしまう辺り私も例外ではないらしかった。

 

お世辞かもしれないと頭の片隅では理解している、しかし理解している事と感情が納得する事は別問題であり、当然ながら褒められて嫌な気持ちになる人間はそう多くないのである。

 

少なくとも私は少し嬉しくなっていたし、その事実を否定する理由も無かった、仕方ない事でもある、人は誰しも自分を肯定されれば多少なりとも機嫌が良くなる生き物なのだから。

 

「どう?どう?かっこ良いでしょー!」

 

今度は芦戸さんがその場でくるりと一回転してみせた。

 

彼女のコスチュームは実に彼女らしかったのである、派手で明るくて目立つ事を前提に作られているようなデザインであり、遠くから見ても誰なのかすぐ分かるだろうし、ヒーローという職業が時として広告塔や芸能人に近い側面を持つ事を考えれば理に適っているとも言えた。

 

そして何より元気だった。

 

いや服が元気という表現は少々おかしいのだけれど、着ている本人の性格がそのまま反映されたような印象を受けるのであるから仕方ない事でもある、少なくとも私にはそう見えていた。

 

見ているだけで騒がしい。

 

しかしそれが妙に似合っているから不思議である。

 

「八百万さん結構大胆な格好するんだね」

 

葉隠さんがそう言う。

 

八百万さんは少し照れたように目を逸らした。

 

「葉隠さんがそれ言うの?」

 

当然の反論だったのである、何せ葉隠さんは透明なのであり服を着ていようが着ていまいが外見上の差異というものが極めて分かり辛く、一般的な羞恥心や露出の概念を当て嵌めようとすると途端に議論が難しくなるのだから、むしろ最も大胆な格好をしているのは彼女なのではないかという指摘には一定の説得力が存在していたし、実際その場に居た誰も強く否定出来なかった辺り人間社会というものは案外理屈で動いているようで感覚で動いている部分も大きいのだろう。

 

その言葉を聞いた葉隠さんは「えー!?」と楽しそうな声を上げていたし、八百万さんは少しだけ顔を赤くしながらも反論出来ずに視線を逸らしていて、芦戸さんに至っては腹を抱えて笑っていたのだから、更衣室という空間は既に戦闘訓練前の緊張感など何処かへ吹き飛んでしまっており、誰も彼もが年相応の少女として騒いでいたのである。

 

更衣室は笑い声に包まれていた、誰かが笑い誰かが突っ込み誰かが自慢し誰かが他人のコスチュームを褒めていて、その光景を客観的に見ればごく普通の女子高生達の日常なのだろうが、海底で育った私からするとこういう何気ない騒がしさは未だに少し新鮮であり、しかし嫌ではないしむしろ心地良いと感じている辺り、私も少しずつ人間社会へ馴染み始めているのかもしれない、もっともそれが良い事なのかどうかはまだ分からないのだけれど。

 

高校生という生き物はこういう時に忙しいのである、戦闘服という非日常的な装備を前にしても結局話題になるのは可愛いだとか格好良いだとか似合っているだとかそういう事であり、しかし仕方ない事でもある彼女達はまだ十五歳前後の少女達なのだから、世界を救うヒーロー候補生である以前に普通の学生であるという事実は変わらないのである。

 

そして私は案外そういう空気が嫌いではない、海の底には存在しなかった種類の騒がしさであり誰かが笑えば誰かがそれに応じて笑い、誰かが失敗すれば誰かが茶化しながらも手を差し伸べるという人間社会特有の雑多な温かさがそこにはあって、正直なところ少し前の私なら煩わしいと感じていたかもしれないのだけれど、今となってはこういう時間も悪くないと思える辺り環境というものは人を変えるらしい。

 

全員が着替え終わっていた。

 

それぞれが思い思いの戦闘服を身に纏い、自慢げに見せびらかす者も居れば照れ臭そうに視線を逸らす者も居て、まだ実戦経験など殆ど無い筈なのに皆どこか誇らしげだったのだから不思議な話であり、しかし当然と言えば当然でもある、自分だけの装備というものは子供だろうが大人だろうが心を躍らせるものだからだ。

 

やがて私達はグラウンドへ移動する。

 

そこで告げられた内容は二人一組による模擬戦だった、オールマイトは実に楽しそうな顔で説明していたし周囲の生徒達も期待に満ちた表情を浮かべていたのだから、ヒーロー科へ入学した少年少女達にとって戦闘訓練というものがどれほど魅力的な響きを持つのかは説明するまでもないだろう。

 

内容そのものは驚くほど単純だった、二人で組み敵味方に分かれて戦う、それだけである、しかし単純だからこそ誤魔化しが利かないのであり、個性の使い方も判断力も連携能力も嫌というほど露呈するのだから、教育という観点から見れば実に合理的な訓練だったと言える。

 

そして私は少しだけ胸が高鳴っていた、勿論戦う事自体は珍しくも何ともないし海の底で生きていた頃から危険とは隣り合わせだったのだけれど、人間社会のルールに則った戦闘訓練というものは初めてだったのである、だから仕方ない事でもある、未知の環境というものは誰だって多少なりとも興味を惹かれるものなのだから。

 

戦闘とは個性の本質が最も露骨に出る場面であり、普段は隠れている性格や癖や判断基準までもが極限状態では嫌というほど表面へ浮かび上がるので、観察する側からすればこれほど有益な教材も存在しないだろうと私は考えていたし、読者諸君も経験があるかもしれないが人間というものは追い込まれた時ほど素が出る生き物なのである。

 

どれだけ優秀な成績を取ろうと、どれだけ理論を知っていようと、実際に身体を動かしてみれば机上では見えなかった癖や判断力や性格までもが露骨に表へ出てくるものであり、戦闘というものは能力測定であると同時に人格診断でもあるのだから、ヒーロー科の授業としては実に理に適っているのだろうと私は考えている。

 

だから私は少し楽しみだった、いや少しどころではないのかもしれないが、あまり期待している顔をすると周囲から変な目で見られる事もあるので表面上は平静を装っていたのであり、もっとも観察という行為そのものが私にとっては娯楽に近いのだから仕方ない事でもある。

 

すると飯田君が勢いよく手を挙げた、その動作には一切の迷いが存在せず、教師が説明を終える前から質問内容を整理していたのではないかと思えるほど見事な挙手だったのだけれど、読者諸君も彼を見ればきっと同じ感想を抱くだろう、真面目という概念を人型へ加工したら多分ああなる。

 

「先生!我々は二十一人なので一人余りますが!」

 

教室というより会議室で発言しているような声音だった。

 

オールマイトはそんな飯田君を見て頷いていた、恐らくこういう生徒には慣れているのだろうし、むしろ教師という職業からすれば質問をしてくれる生徒はありがたい部類なのかもしれない、当然質問内容が常識的である場合に限るのだが、その辺りは私に向けて言われている気がしなくもない。

 

「残った一人は順番を最後にして、希望者か余裕がありそうな生徒をこちらで指名するよ」

 

オールマイトはそう答えた。

 

そしてくじが引かれる、その瞬間だけ教室の空気は妙な緊張感を帯びていて誰がどの組み合わせになるのかと皆が結果を気にしていたのだけれど、こういう時に限って運命というものは妙な悪戯をするらしく、私の手元へやって来た紙には見事に余り枠が記されていたのである。

 

結果として余りを引いたのは私だった、周囲からは「あっ」という納得とも驚きとも付かない声が幾つか漏れていたが、何故そんな反応をされたのかは正直よく分からないし、もしかすると昨日からの言動を踏まえて「何となくそうなりそうだった」と思われていたのかもしれない、しかし人間社会というものは案外そういう曖昧な予感が当たる事も多いので仕方ない事でもある。

 

運命とは時々雑である、もっと劇的な組み合わせや因縁めいた展開を用意してくれても良さそうなものなのに現実は案外淡泊であり、しかし悪くないどころかむしろ都合が良かったので私は特に不満も抱かなかった、何故なら皆の戦いを落ち着いて観察出来るしオールマイトについても情報を集められるし、何より戦闘というものは参加するより見ている方が分かる事も多いのだから。

 

皆の戦いを観察できるし、オールマイト自身の動きや癖も観察できるのだから、順番が最後になったという結果は一般的な学生からすれば少し損をしたように感じるのかもしれないが、私にとってはむしろ当たりくじに近かったのであるし、情報というものは集められる時に集めておいて損をする事など滅多に無いのである。

 

モニタールームへ向かう列へ混ざった私は周囲と同じように歩いていたのだけれど、その実意識の半分ほどは既に観察へ向いており、誰が誰と話しているのか、誰が緊張しているのか、誰が自信満々なのかを何となく眺めながら、それとなく位置取りを変えていた、当然露骨にやれば怪しまれるし、怪しまれれば観察の意味が薄れるので本当に少しだけである。

 

私は歩いている、モニタールームへ向かう生徒達の列は自然と一つの流れになっていて誰もそれを疑わないし、教師の後ろを付いて行くという行為そのものが学校という共同体において極めて当たり前の光景なのだから、そこへ紛れ込む事自体に不自然さは存在しなかった。

 

皆も歩いていた。

 

その流れの中で私はほんの少しだけ位置を変えていたのだけれど、それは肩が触れるほど近付く訳でもなく露骨に背後へ回り込む訳でもなく、ただ人混みの中で自然に歩幅を調整する程度の距離感であり、読者諸君も経験があるだろうが人間というものは集団で移動している時ほど周囲への注意が散漫になるのである。

 

私は本当に少しだけ位置を変えていたのであり、それは傍から見れば列の流れに合わせて歩幅を調整した程度の変化でしかなく、少なくとも普通の人間なら意識する事すらない距離感だった。

 

気付かれない程度に近付いたつもりだった、もっとも気付かれないという保証など何処にも無いし、世の中には異様に勘の鋭い人間というものが存在するのだから油断は禁物である、しかしだからと言って好奇心を抑えられるほど私は出来た人間でもなかった。

 

標的はオールマイトだった、平和の象徴と呼ばれ誰もが憧れる絶対的なヒーローであり、その背中を追い掛けて雄英へ来た生徒も少なくないのだろうが、私の場合は憧れというより観察対象に近かったのである、当然一般的なヒーローファンからすれば大変失礼な話なのだろうけれど、未知を知りたいという欲求は案外どうしようもない。

 

そしてその瞬間だった、ほんの僅かに距離が縮まったその時に私の鼻先を掠めるような違和感が通り過ぎていき、だからこそ私は思わず意識を向けてしまったのである。

 

鼻先を掠めるような違和感があった。

 

それは匂いと呼ぶには曖昧で気配と呼ぶには具体的過ぎる何かであり、海の底で長く生きてきた私だからこそ拾えてしまう種類の情報だったのかもしれないし、逆に言えば普通の人間ならまず気にも留めない程度の微細な異変だったのかもしれない、しかしだからこそ私は足を止めず視線も向けず何食わぬ顔を続けながら意識だけをそちらへ向けていたのである。

 

今ここで首を傾げたとしても無理はない、何せ周囲には二十人近い生徒が居て、しかも相手は平和の象徴オールマイトなのである、そんな人物に違和感を覚えるなど普通は考えないし、実際一般人ならまず気にも留めないだろうし、ヒーローであっても恐らく見逃す程度の僅かなものだった。

 

しかし私は知っている。

 

海の匂いを知っている。

 

傷の気配を知っている。

 

死の気配も知っていた。

 

だからこそ気付いてしまったのであるし、気付いてしまった以上は無視出来ないのもまた仕方ない事でもある、好奇心というものは一度火が付くと案外厄介なのだから。

 

私はゆっくりと視線を上げる。

 

そしてオールマイトを見る、その姿は誰が見ても圧倒的だったし実際に圧倒的だったのである、テレビの向こうで何度も見た平和の象徴そのままの巨躯がそこにあり、筋肉は鎧のように厚く背筋は真っ直ぐ伸びていて、少なくとも外見だけを評価するなら健康そのものと言って差し支えないだろうし、むしろ健康の概念が服を着て歩いているような存在だった。

 

しかし違和感は確かに存在していた。

 

私はそれを感じ取っていた。

 

ご存知かもしれないが、人間というものは視覚情報に騙されやすい生き物であり、目の前に強そうな人間が居れば無意識に無敵だと思い込む傾向がある、しかし海の底ではそんな思い込みは命取りだったし、だからこそ私は見た目より先に感覚を信じる癖が付いているのである。

 

違和感だった。

 

本当に微かなものだった。

 

錯覚だと言われれば納得出来てしまう程度には曖昧だった。

 

しかし違う気もしていた。

 

長く生き物達を観察していると説明出来ない異常というものに出会う事があるのであり、当然ながらそれを言語化しろと言われれば困るのだけれど、それでも何かがおかしいという感覚だけは消えなかった。

 

私は少しだけ考える。

 

そして考えていた。

 

違和感があるという事実だけでは意味が無い、人間社会ではそれを理由や根拠へ変換しなければただの勘で終わるし、だからこそ私は感覚を仮説へ変える作業を始めていた。

 

もしもあれが怪我だとしたらと私は考えている、あれほどの英雄が人知れず傷を抱えているというのは少しばかり現実味に欠ける話ではあるのだけれど、現実というものは往々にして物語より奇妙な形をしているので完全に否定する事も出来なかった。

 

もしもあれが古傷だとしたらと私は思った、長い戦いの中で負った傷を隠し続けているのだとすれば納得出来る部分もあるし、むしろヒーローという職業を考えれば身体のどこにも傷が無い方が不自然なのかもしれない、当然それだけで結論を出せるほど私は短絡的ではないのだけれど。

 

もしも平和の象徴が何らかの理由で身体を損なっているのだとしたら、その事実は社会全体を揺るがしかねない秘密になるだろうし、だからこそ隠されている可能性もあるのだろうなと考えていた、もっともこれは私の推測に過ぎず、推測だけで真実を語るのは学者でも探偵でもないただの愚か者のする事なので慎重になるべきだった。

 

当然証拠は無い。

 

証拠は無かった。

 

あるのはほんの僅かな血の匂いと、一瞬だけ交差した視線と、そして私自身の違和感だけであり、それらは状況証拠と呼ぶにも弱過ぎる代物だったのである、しかし人間というものは時として証拠より先に違和感を覚える生き物でもあるらしく、だからこそ私はその疑問を完全には捨て切れなかったし、読者諸君も経験があるだろう、説明出来ないのに何となく引っ掛かる事というものを。

 

しかし仮説というものは証拠が揃ってから立てるものではなく、むしろ証拠を探す為に立てるものなのであるし、読者諸君も推理小説くらいは読んだ事があるだろう、最初から正解へ辿り着ける人間などそう居ない。

 

平和の象徴は無敵である。

 

そう社会は信じていた。

 

しかし本当にそうなのだろうかと私は考えてしまったのである、何故なら目の前の存在は確かに強大だったが、それと同時に何かを隠しているようにも見えたからだった。

 

そしてその瞬間だった。

 

オールマイトがちらりと振り向いた。

 

本当に自然な動作だった。

 

後ろを確認しただけとも言える。

 

しかし視線は真っ直ぐこちらへ向いていた。

 

私と彼の目が合う。

 

ほんの一瞬だった。

 

けれど確かに合っていた。

 

私は微笑んでいた。

 

自然に。

 

何事も無かったかのように。

 

興味も疑念も探究心も全部胸の奥へ押し込めて、ただのクラスメイトとしてそこに居るような顔を作る、人間社会というものは案外こういう演技が重要だったし、秘密を持つ者ほど他人の視線に敏感になるものだから仕方ない事でもある。

 

「どうかしましたか?」

 

私はそう問い掛けた、その声音は出来る限り平静を装っているし少なくとも私自身はそう出来ているつもりだったのだけれど、人間というものは案外自分の感情を隠せていると思い込みながら隠し切れていない事も多いので断言は出来ないし、もっとも今この場で重要なのは私がどう思っているかではなく相手がどう受け取るかなのである。

 

興味は隠していた。

 

疑問も隠していた。

 

そして先程抱いた仮説も表面上は何一つ出していないつもりだったが、だからこそ私は少しだけ楽しくなっていたのであり、読者諸君も経験があるかもしれないが秘密を抱えた相手と会話する瞬間というものは妙な高揚感を伴うものなのだ。

 

相手はどう返すのだろうかと私は観察していた、何を隠そうとするのか、あるいは何も隠していない振りをするのか、それとも本当に何も隠していないのか、その答えはまだ分からない、しかし分からないからこそ面白いのであって、人間も海も未知というものが最も好奇心を刺激するのだから仕方ない事でもある。

 

そういう瞬間にこそ人間の本質は滲み出るのであり、だから私は少しだけ期待しながら彼の返答を待っていた。

 

「ア、イヤ皆ちゃんと付いてきてるね!」

 

返答は実に自然だった、少なくともその場に居た大多数の生徒達から見れば何の違和感も無い受け答えだっただろうし、実際オールマイトという存在は常に周囲へ安心感を与えるよう振る舞う事に長けているのだから、その程度の返答で綻びを見抜けと言う方が酷なのかもしれない。

 

しかし私には少しだけ早く見えている、ほんの僅かな差でしかないし一般人どころか大抵のヒーローですら気付かない程度の違和感だったのだろうが、海の底で生き物達の反応や捕食者の気配を見続けてきた私にとってはその一瞬の間こそが妙に引っ掛かっていたのであり、そして本当に僅かな揺らぎでしかなかったからこそ逆に気になってしまったのだった。

 

それこそ気のせいだと言われれば反論出来ない程度の差異だったのだけれど、人間というものは時として言葉そのものよりも言葉へ至る速度や間合いの方へ本音を滲ませる生き物であり、ましてや私は生存に直結する情報を拾いながら生きてきたのだから仕方ない事でもある。

 

私は内心で少しだけ笑っている、勿論声に出した訳ではないし表情に出したつもりも無いのだけれど、好奇心というものは時として人間の感情を勝手に持ち上げてしまうものであり、ましてや目の前に居るのが平和の象徴などと呼ばれる存在なら尚更だった。

 

面白かった。

 

いや正確には、私は今かなり興味を惹かれているのである、何故なら目の前に居るのは誰もが知る平和の象徴であり、絶対無敵とまで称されるナンバーワンヒーローでありながら、その背後にはほんの僅かだが隠し切れていない違和感が存在していて、そして人間というものは隠されれば隠されるほど知りたくなる生き物なのだから当然だった。

 

実に面白かった。

 

読者諸君も経験があるかもしれないが、完璧だと思われていた存在に小さな綻びを見付けた瞬間というものは妙に目が離せなくなるものであり、それが社会全体の希望として祭り上げられている人物ともなれば尚更であるし、少なくとも私の好奇心は既にその秘密らしきものへ向かって手を伸ばし始めていた。

 

平和の象徴。

 

絶対無敵のナンバーワンヒーロー。

 

誰もが憧れ、誰もが信じ、誰もが安心を預ける存在であり、その存在そのものが社会の安定装置として機能していると言っても過言ではない男だったのに、その背中には確かに説明し切れない違和感が漂っていて、しかも本人はそれを隠そうとしているように見えたのである、当然何らかの事情があるのだろうし事情が無ければ隠す理由も無いのだから、そこに秘密が存在すると考えるのは極めて自然な推論だった。

 

秘密だった。

 

間違いなく秘密だった。

 

そして秘密というものは人を惹き付ける、読者諸君も経験があるだろうか、閉じられた扉を見ると中が気になるし伏せられた紙を見ると内容を知りたくなる、人間とはそういう生き物であり、私もまた例外ではない、ましてやその秘密が世界最高のヒーローに関する物ならば尚更であり、だからこそ私は何食わぬ顔を保ちながらも胸の奥で少しだけ期待していたのである。

 

読者諸君も経験があるかもしれないが、人間というものは秘密を見付けると途端に気になり始める生き物であり、それが自分とは無関係な他人の秘密であれば尚更である、当然私も例外ではなく、むしろ好奇心という点では平均より少々厄介な部類に属している自覚があった。

 

知らないものを知りたいと思うのは人間だけではないのである、読者諸君も犬や猫が見慣れない物へ鼻先を向けている光景くらいは見た事があるだろうし、生物というものは本質的に未知へ惹かれる性質を持っているのだから当然海の生き物だって例外ではなかった。

 

深海の魚達は見慣れない餌を見付ければ警戒しながらも近付き、巨大な捕食者達ですら未知の獲物を前にすればまず観察から始めていたし、そうやって情報を集める事こそが生存へ繋がるのだから仕方ない事でもある。

 

私もまたそうだった、海底で生きていた頃から知らない物を知りたいと思っていたし、知らない相手を理解したいと思っていたし、だからこそ今こうして雄英高校へ通っている訳であって、結局のところ好奇心というものは環境が変わった程度では簡単に消えてくれないらしい。

 

だからあの一瞬の反応が気になるのである、ほんの僅かな視線の揺れであり、ほんの僅かな警戒であり、普通の人間なら見逃してしまう程度の変化だったのだけれど、逆に言えば普通なら見逃されるからこそ本音はそういう場所へ現れるものなのだ。

 

あれは勘の良い人間の動きだった、周囲を観察し危険を察知し無意識に反応する者の動きであり、少なくとも何も抱えていない人間の反応ではなかったと私は思うし、実際そういう人間ほど秘密を持っている事が多い。

 

何かを隠している者なのかもしれない。

 

何かを守っている者だったのかもしれない。

 

あるいは何かを悟られたくない者なのかもしれないし、もっと別の理由が存在する可能性だってあるのだけれど、だからこそ面白いのである、謎というものは答えが分からない内が一番魅力的なのだから。

 

そして私の中では一つの仮説が形になり始めていた。

 

平和の象徴は傷付いているのではないか。

 

あるいは過去に致命的な何かを負っていて、それを隠したまま活動しているのではないか。

 

当然ながら現時点では推測に過ぎないし、読者諸君もそんな飛躍した結論を出すなと言いたくなるかもしれないが、仮説とはそういうものなのである、まず可能性を置き、その後で検証する、順番を間違えれば何も見付からない。

 

私は少しだけ口元を緩めている、もっとも傍から見ればただ機嫌が良さそうに見える程度の変化でしかなく、実際に私自身もそこまで大袈裟な感情を抱いている訳ではないのだけれど、それでも胸の奥では確かな興味が芽生えていたし、人間というものは秘密を見付けた瞬間に少しだけ子供へ戻る生き物なのかもしれないと考えていた。

 

平和の象徴は秘密を抱えていた。

 

誰もが知る絶対無敵のヒーローであり、テレビの向こうでは常に笑顔を浮かべ、人々へ安心を与え続ける存在である筈なのに、その背中からは確かに違和感が漂っていて、しかも本人はそれを隠そうとしているらしいのだから、当然ながら好奇心というものは刺激されるし、未知を前にして探究心が疼くのは仕方ない事でもある。

 

そして私はその存在に気付いてしまったのかもしれないし、あるいは単なる思い違いなのかもしれなかったが、少なくとも先程の反応は何も抱えていない人間のそれには見えなかったのであり、だからこそ少し面白かったし、少し興味深かったし、何より観察対象としての価値が一段階上がったような気さえしていたのである。

 

あら。

 

やっぱり感がいいわねと私は内心で少しだけ笑っている、もっともそれは嘲笑でも優越感でもなく純粋な感心に近い感情であり、平和の象徴とまで呼ばれる人間が伊達や酔狂でその位置に立っている訳ではないのだと改めて理解させられていた。

 

彼は僅かな違和感にも反応していた。

 

そして何事も無かったように誤魔化してみせた。

 

しかしそういう反応をしてしまう時点で何かを隠している可能性はむしろ高まるのであり、人間というものは秘密を守ろうとするほど秘密の存在を証明してしまう事があるのだから難しい。

 

本当に面白い人だわ。

 

そんな事を考えながら私は何食わぬ顔でモニタールームへの列へ戻り、これから始まる模擬戦よりも少しだけ興味深い謎と、そして平和の象徴は負傷を抱えているのではないかという未完成の仮説を胸の中へ抱え込んだのだった。

 




在庫は切れテストが眼前なのでしばらく出せません

ここまで投稿前に書いた物なんですが正味どうですか見にくい?

  • 今のまま
  • 地の文をもっと分ける
  • キャラ同士の絡みを見たい
  • セリフ増やして
  • 地の文増やして
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