双月の狩人レイラ ―夜明けへ至る狩り― 作:麗羅-reila-
原作:Bloodborne
タグ:R-15 オリ主 残酷な描写 転生 クロスオーバー クロスオーバー オーバーロード Bloodborne 転生 二次創作 キャラ改変 男主人公 ヤーナム シリアス 狩人 ダークファンタジー 勘違い 原作キャラ登場 独自設定あり 独自解釈あり
獣が人を喰らい、人が獣へ堕ちる終わらぬ夜。
そこで狩人として生きることになった彼は、やがてレイラ・フォン・ノクスヴァインと名乗り、数多の悪夢を越えていく。
老狩人ゲールマンに鍛えられ、人形に見守られながら、血と月に彩られた夜を歩み続けるレイラ。
だがある日、ヤーナムは街ごと異世界へ転移してしまう。
現れたのは未知の大地。
存在しないはずの都市。
そしてヤーナムを調査しようとする異世界の国家や勢力。
中でも、世界最強と謳われる地下大墳墓ナザリックは、この異常な街へ調査隊を派遣する。
しかし彼らはまだ知らない。
ヤーナムとは攻略する場所ではなく、生きて帰ることすら困難な悪夢であることを。
獣。
上位者。
悪夢。
血族。
そして最初の狩人。
血に濡れた街で、異世界最強達は何を見るのか。
これは、一人の狩人が夜明けへ辿り着くまでの物語。
第1章 終わらぬ夜の街
真鳥麗羅が最後に覚えているのは、スマートフォンの画面に映った暗いゲーム画面だった。
夜更けの部屋。机の上には飲みかけの炭酸飲料。安物のイヤホンからは、鐘の音にも似た低い効果音が流れていた。高校の課題は開いたまま手つかずで、画面の向こうでは血と霧に沈んだ街を、一人の狩人が歩いている。
麗羅は十七歳だった。
特別に不幸だったわけではない。けれど、特別に幸福だったとも言えない。
学校では必要以上に目立たず、友人と呼べる相手も多くはない。誰かと深く関わることが苦手で、面倒事を避け、できるだけ波風を立てずに生きてきた。
誰かに嫌われたくない。
けれど、誰かに踏み込まれるのも嫌だった。
だから麗羅は、現実よりも画面の向こうにある暗い世界の方が、少しだけ息がしやすいと感じていた。
獣がいて、血があり、夜が終わらない世界。
普通なら恐ろしいはずの場所に、彼は奇妙な安らぎを覚えていた。
そして、その日。
いつものようにゲームを起動し、いつものように狩りの夜へ向かったはずだった。
だが、次に目を開けた時。
麗羅は自分の部屋にはいなかった。
鼻を刺すのは、鉄錆びた血の匂い。
肌を撫でるのは、湿った冷たい霧。
耳に届くのは、遠くで鳴る鐘の音と、獣の唸り声。
見上げた空には、濁った月が浮かんでいた。
「……どこだ、ここ」
声が震えた。
足元は石畳だった。濡れている。雨かと思ったが、違う。赤黒い液体が、隙間に染み込んでいる。
周囲には古びた建物が並んでいた。尖った屋根。煤けた窓。錆びた鉄柵。まるで十九世紀の悪夢を切り取ったような街並み。
街灯は弱々しく揺れ、道の奥には人影が見えた。
助けを求めようとして、麗羅は一歩踏み出した。
その瞬間、人影が振り返った。
人ではなかった。
いや、かつては人だったのかもしれない。
背は丸まり、腕は異様に長く、顔の半分は獣毛に覆われていた。口元からは鋭い牙が覗き、手には血に濡れた鉈のようなものを握っている。
それが、低く唸った。
「……嘘だろ」
麗羅の足がすくむ。
獣は笑ったように口を歪め、次の瞬間、石畳を蹴った。
速い。
考えるより先に身体が動いた。麗羅は横へ転がり、獣の振り下ろした刃が、さっきまで自分の頭があった場所を叩き割った。
石片が頬を切る。
痛み。
本物の痛みだった。
「夢じゃ、ない……!」
獣が再び迫る。
麗羅は必死に逃げた。
知らない路地を走る。肺が焼ける。足がもつれる。背後で獣が吠える。扉を叩いても開かない。窓の向こうには怯えた目だけがあり、誰も助けてはくれなかった。
行き止まり。
麗羅は壁に背を打ちつけた。
獣がゆっくり近付いてくる。
死ぬ。
そう思った。
その時だった。
乾いた銃声が、夜を裂いた。
獣の頭が弾ける。血が飛び、巨体が石畳へ崩れ落ちた。
麗羅は息を止めたまま、銃声のした方を見る。
そこに、一人の老人が立っていた。
長い外套。古びた帽子。手には銃。もう片方の手には、折り畳まれた大鎌のような奇妙な武器。
老人は麗羅を見下ろし、穏やかに言った。
「まだ人でいるようだな」
「……あなたは」
「ゲールマン。狩人だ」
老人はそう名乗った。
それが、麗羅と最初の狩人との出会いだった。
それからの日々は、地獄だった。
ヤーナム。
その街の名を、麗羅はすぐに知った。
血の医療によって栄え、血によって狂い、血によって滅びつつある街。
人は獣になり、獣は夜を徘徊する。
鐘が鳴れば狩りが始まり、灯りは死と帰還を繋ぐ。
そしてこの街では、死は終わりではなかった。
麗羅は何度も死んだ。
獣に裂かれた。
銃弾に倒れた。
炎に焼かれた。
毒に沈んだ。
巨大な怪物の爪に潰され、名も知らぬ路地で血を吐き、地下水路で腐った獣に食われた。
痛みは毎回あった。
恐怖も毎回あった。
それでも、目を覚ます。
狩人の夢と呼ばれる白い花の庭で。
そこには工房があり、灯りがあり、車椅子に座るゲールマンがいた。
そして、人形がいた。
動くはずのない人形。
優しい声で語りかけてくる、美しい作り物。
「お帰りなさいませ、狩人様」
初めてそう言われた時、麗羅は泣きそうになった。
この街で、彼を迎えてくれる声はそれだけだったからだ。
人形はいつも変わらなかった。
血に汚れて戻っても。
恐怖に震えて戻っても。
何度死んで戻っても。
彼女だけは静かに待っていた。
「貴方が望むなら、私は力をお貸しします」
麗羅は少しずつ狩人になっていった。
ゲールマンは厳しかった。
無駄な慰めは言わない。甘やかしもしない。武器の扱い、銃の撃ち方、獣の動き、血に酔わない心の保ち方。
彼は老人とは思えぬ鋭さで、麗羅を鍛えた。
「獣を恐れるのは悪いことではない」
ある夜、ゲールマンは言った。
「恐れを忘れた狩人から死ぬ。あるいは、もっと悪いものになる」
「もっと悪いもの?」
「獣だ」
麗羅は黙り込んだ。
ゲールマンは静かに続ける。
「狩人は獣を狩る。だが、狩り続ければいずれ自分も血に近付く。だから覚えておけ。武器を握る理由を失うな」
「理由……」
「生きるためでもいい。誰かを守るためでもいい。帰るためでもいい。だが、ただ殺すために狩るな」
その言葉は、長く麗羅の中に残った。
彼は弱かった。
最初は、ただ生き残るだけで精一杯だった。
それでも死んで、学んで、また立ち上がった。
やがて、彼は初めての武器を手にする。
ノコギリ鉈。
粗野で、無骨で、獣を裂くためだけに作られたような武器。
初めて握った時、その重みで手首が軋んだ。
だが、不思議と手に馴染んだ。
振るう度に血が飛び、骨が砕け、獣が倒れる。
恐怖は消えなかった。
けれど、恐怖の中で動く術を覚えた。
銃声で敵の動きを崩し、懐へ踏み込み、内側から命を抉る。
それは狩人の技だった。
人の技ではない。
麗羅はそれを理解しながらも、やめることはできなかった。
やめれば死ぬ。
死ねばまた目覚める。
目覚めればまた狩りが始まる。
終わらない夜。
終わらない死。
終わらない狩り。
それでも、彼は少しずつ変わっていった。
髪は白くなり、毛先だけが黒く残った。
瞳も変わった。
右目の角膜は赤く染まり、結膜は黒く沈む。
左目の角膜は白く濁り、同じく黒い結膜に囲まれた。
鏡を見た時、麗羅はもう自分が真鳥麗羅なのか分からなくなった。
現代日本の少年。
それは遠い記憶になっていた。
「名を持て」
ある日、ゲールマンが言った。
「名?」
「狩人としての名だ。ここでは名前が楔になる。お前が自分を見失わないためのな」
麗羅は長い時間考えた。
真鳥麗羅。
それは元の世界の名。
けれど、この街で呼ばれるにはあまりにも遠い。
彼は新しい名を選んだ。
「レイラ」
その響きだけは残した。
そこに、血族の古い名を与えたのは、後に出会うカインハーストの女王だった。
フォン・ノクスヴァイン。
夜の葡萄酒。
血と月を宿す古い家名。
以来、彼はレイラ・フォン・ノクスヴァインとなった。
ヤーナムの街で、狩人達は彼を奇妙な目で見た。
白黒の髪。
左右で異なる異形の瞳。
中性的な顔立ち。
十七歳の少年の面影を残しながら、すでに人ではないものへ近付きつつある雰囲気。
身長は百七十三ほど。
細身。
だが、獣の群れの中を平然と歩く。
銃声。
鉈の音。
血飛沫。
そして、二つの月を背にしたその姿。
いつしか、誰かが彼をこう呼んだ。
双月の狩人。
レイラはその名を好まなかった。
大仰すぎると思った。
彼は英雄になりたかったわけではない。
ただ、生き残りたかった。
できれば、誰とも深く関わりたくなかった。
面倒事は嫌いだった。
争いも嫌いだった。
それでも、目の前で誰かが獣に襲われていれば、身体が勝手に動いた。
見捨てれば楽だった。
けれど、見捨てた後で自分が壊れると分かっていた。
だから彼は狩った。
血に酔わぬように。
獣へ堕ちぬように。
自分がまだ人であると確かめるように。
ある夜、狩人の夢で人形が言った。
「貴方は、良い狩人になられましたね」
レイラは苦笑した。
「良い狩人なんているのか?」
「はい」
人形は迷わず答えた。
「少なくとも、私はそう思います」
その言葉に、レイラは何も返せなかった。
ただ、白い花畑に吹く風を聞いていた。
ヤーナムの夜は終わらない。
血の匂いも消えない。
獣も、人の狂気も、夢も悪夢も、彼を解放してはくれない。
けれど、レイラは歩き続けた。
ノコギリ鉈を背負い、短銃を腰に差し、血に濡れた石畳を踏みしめる。
遠くで鐘が鳴る。
狩りの始まりを告げる音。
彼は静かに息を吐き、帽子のつばを下げた。
「行くか」
誰に言うでもなく呟き、双月の狩人は夜の街へ消えていく。
その時の彼はまだ知らない。
この終わらぬ夜の街そのものが、やがて異世界へ転移することを。
そして自分が、もう一つの世界の運命さえ背負うことになるなど。
まだ、何も知らなかった。
ただ一つだけ。
彼の胸には、ゲールマンから教わった言葉が残っていた。
武器を握る理由を失うな。
それが、後に世界を救う誓いの始まりだった。
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第2章 異世界へ転移したヤーナム
ヤーナムに朝は来ない。
それは昔から変わらない。
夜。
血。
獣。
鐘。
それらがこの街の日常だった。
だから異変に気付いた者は少なかった。
最初に気付いたのはレイラだった。
狩人の夢から戻った直後のことである。
いつもの灯り。
いつもの石畳。
いつもの冷たい夜気。
何も変わらない。
そう思った。
だが違った。
静かすぎた。
「……?」
レイラは足を止める。
ヤーナムは静寂の街ではない。
遠くで獣が吠える。
誰かが悲鳴を上げる。
鐘が鳴る。
風が建物を叩く。
どれだけ深夜でも何かしらの音があった。
だが今は。
何も聞こえない。
不気味なほどに。
静かだった。
ノコギリ鉈を肩へ担ぎ、周囲を見渡す。
異変はそれだけではなかった。
空だ。
月が違う。
ヤーナムの月は血を帯びている。
だが今夜の月は。
青白かった。
「おかしいな……」
嫌な予感がした。
狩人としての勘。
これまで何度も命を救ってくれた感覚。
それが警鐘を鳴らしていた。
レイラは高台へ向かった。
大聖堂を越え。
古い石段を登り。
街を一望できる場所へ出る。
そして。
絶句した。
「……何だ、これ」
街の外が消えていた。
正確には。
存在しなくなっていた。
ヤーナムを囲んでいた森。
山脈。
谷。
全てが消えている。
代わりに。
見知らぬ大地が広がっていた。
草原。
河川。
遠くに見える巨大な都市。
どれも見覚えがない。
レイラはしばらく黙ったまま景色を眺めた。
獣の襲撃より理解できない。
上位者の悪夢より理解できない。
街が丸ごと別の場所へ移動していた。
そうとしか思えなかった。
「……また面倒なことになったな」
思わず溜息が出る。
狩人になってからというもの。
平穏とは無縁である。
血の月。
上位者。
悪夢。
禁域。
そして今度は街ごとの転移。
誰かが笑えない冗談を言っているようだった。
その時。
後方から足音が聞こえた。
「レイラ様」
振り返る。
現れたのは銀髪の女性だった。
カインハースト騎士団の一人。
彼女も異変に気付いたらしい。
「確認しました」
「街の外か?」
「はい」
騎士は真剣な表情で頷く。
「周辺一帯が未知の土地です」
「やっぱりか」
「さらに」
そこで騎士は言葉を区切る。
「獣が怯えています」
「……は?」
「街の獣達です」
レイラは眉をひそめた。
獣は恐怖を知らない。
理性を失った怪物だ。
そんな存在が怯える?
「何を見たんだ?」
「分かりません」
騎士は首を振る。
「ただ異常に興奮しています」
嫌な予感しかしなかった。
獣すら恐れる何か。
そんなものが存在していて欲しくない。
レイラは空を見上げた。
青い月。
知らない星座。
知らない空。
そして。
知らない世界。
一方その頃。
ヤーナムから数百キロ離れた場所。
リ・エスティーゼ王国。
帝国。
法国。
竜王国。
そして。
ナザリック地下大墳墓。
全ての勢力が異常を観測していた。
存在しないはずの都市。
一夜にして出現した巨大な街。
その周囲を覆う濃霧。
不気味な鐘の音。
近付いた魔物が消える現象。
そして。
戻ってきた冒険者達の証言。
「化け物がいました」
「獣です」
「人間じゃない」
「街が生きているみたいだった」
証言は支離滅裂だった。
しかし共通している。
全員が恐怖していた。
ナザリック地下大墳墓。
玉座の間。
アインズ・ウール・ゴウンは報告書を眺めていた。
「ふむ」
珍しく眉をひそめる。
異常だった。
ナザリックが情報を集められない。
そんな事態は極めて珍しい。
「アルベド」
「はっ」
「どう思う?」
「危険です」
即答だった。
「少なくとも通常の国家ではありません」
「同意見だ」
アインズは頷く。
そして窓のない天井を見上げた。
知らない都市。
未知の現象。
理解不能な霧。
理解不能な怪物。
嫌な予感がする。
それも、とびきり大きな。
「調査隊を出そう」
静かに命令する。
「ただし無理はするな」
「御意」
守護者達が一斉に頭を下げた。
──
その頃。
ヤーナム。
高台に立つレイラは。
遠くの平原を見つめていた。
誰も気付いていない。
まだ誰も知らない。
だが確実に。
世界は変わった。
そして。
この街は。
再び血と悪夢を世界へ広げようとしていた。
遠くで鐘が鳴る。
ゴォォォォォン――
その音は。
まるで新たな狩りの始まりを告げるようだった。
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第3章 ナザリックの探索(前編)
ヤーナムが異世界へ現れてから七日が経過した。
その七日間で、多くの者が街へ足を踏み入れた。
冒険者。
傭兵。
盗賊。
学者。
王国の兵士。
好奇心に駆られた者。
名声を求めた者。
財宝を求めた者。
理由は様々だった。
しかし、共通していることが一つだけある。
帰ってきた者が、ほとんどいなかった。
そして帰還した者も、まともではなかった。
夜になると突然叫び出す。
見えない何かに怯える。
自らの腕を噛み千切ろうとする。
血を見て笑い出す。
誰もが何かに壊されていた。
その異常性は瞬く間に世界へ広がった。
そして当然のように、その情報はナザリック地下大墳墓へも届いていた。
◇
玉座の間。
豪奢な装飾に囲まれた巨大な空間。
その最奥に座る絶対支配者。
アインズ・ウール・ゴウン。
彼は静かに報告書へ目を通していた。
玉座の下には守護者達が並んでいる。
アルベド。
デミウルゴス。
シャルティア。
コキュートス。
アウラ。
マーレ。
そしてセバス。
誰もが真剣な表情をしていた。
「ふむ……」
アインズは報告書を閉じた。
「改めて聞こう。諸君はこの都市をどう見る?」
最初に口を開いたのはデミウルゴスだった。
「極めて危険です」
即答だった。
「情報が少なすぎます。加えて内部から帰還した者の証言も統一性がありません」
「なるほど」
「ですが、一つだけ共通点があります」
デミウルゴスは眼鏡を押し上げる。
「彼らは皆、恐怖していました」
沈黙が落ちる。
恐怖。
その言葉は重い。
人間ならば理解できる。
だが高位冒険者や軍人までもが怯えている。
それは単なる強敵では説明できなかった。
「精神攻撃の可能性もあります」
アルベドが言った。
「それも高位の」
「私もそう考える」
アインズは頷いた。
だが違和感がある。
魔法による洗脳や精神支配とは何かが違う。
報告書から感じるのはもっと原始的な恐怖だった。
理屈ではなく、本能が拒絶するような。
「アインズ様!」
元気よく手を挙げたのはシャルティアだった。
「行ってみたいでありんす!」
「お前は本当に……」
アインズは思わず頭を抱えた。
予想通りの反応だった。
「未知の敵ですよ! 強いかもしれません!」
「弱いかもしれないだろう」
「それでも楽しそうでありんす!」
全く反省しない。
デミウルゴスが苦笑する。
「ですが実際、現地調査は必要でしょう」
「そうだな」
アインズも同意した。
未知の脅威を放置するのは危険だ。
ナザリックは慎重でなければならない。
「では調査隊を編成する」
守護者達が姿勢を正した。
「ただし深入りはするな」
「はっ!」
全員が一斉に頭を下げる。
こうしてヤーナム探索が決定した。
◇
翌日。
ヤーナム外縁部。
濃い霧が大地を覆っていた。
視界は悪い。
空気は冷たい。
そして妙に重い。
「気味の悪い場所ですね」
アルベドが眉をひそめる。
周囲を見渡しても草原しかない。
だが霧の向こうには巨大な影が見えた。
ヤーナム。
一夜にして出現した都市。
近付けば近付くほど異様さが増していく。
建築様式。
空気。
匂い。
何もかもが異質だった。
「血の匂いがするでありんす」
シャルティアが呟く。
吸血鬼である彼女は特に敏感だった。
微かな鉄臭さ。
腐臭。
獣臭。
それらが混ざり合っている。
「不快ですね」
アルベドも同意した。
普通の街ではない。
明らかに。
何かがおかしい。
やがて一行は街の入り口へ辿り着く。
巨大な門。
黒い鉄柵。
そして石畳。
まるで古い墓地のような雰囲気だった。
誰もいない。
人の気配もない。
それなのに。
見られている気がする。
「……」
デミウルゴスが足を止めた。
「どうした?」
「いえ」
周囲を見回す。
「誰かに監視されている気がします」
その言葉に全員が警戒した。
だが姿は見えない。
気配もない。
ただ。
確かに何かがいる。
そんな感覚だけが残る。
◇
街へ入った直後だった。
シャルティアが足元を見て立ち止まる。
「死体でありんすか…」
石畳の上。
一体の獣が倒れていた。
巨大な狼にも似た怪物。
だが狼ではない。
腕が異様に長く。
顔は人間に近い。
鋭い牙と爪を持つ異形。
「魔獣か?」
アインズが確認する。
「違いますね」
デミウルゴスがしゃがみ込む。
死体を観察する。
「これは……」
切断面を見た瞬間。
彼の目が細められた。
「人為的です」
「何?」
「鋭利な刃物で一撃です」
周囲が静まり返る。
これほど巨大な怪物を。
一撃。
しかも正確に。
「街の住人が倒したのか?」
「恐らく」
デミウルゴスは頷いた。
「ですが問題はそこではありません」
「何だ?」
「この怪物を狩る存在が、この街にはいるということです」
空気が重くなる。
怪物がいる街。
その怪物を狩る者がいる街。
どちらが危険なのか。
一瞬だけ分からなくなった。
◇
ゴォォォォォォォォォン――
突然。
鐘の音が響いた。
街全体が震えるような低音。
誰もが反射的に空を見上げる。
「何ですの?」
シャルティアが眉をひそめる。
答える者はいない。
分かるはずもない。
鐘はもう一度鳴った。
ゴォォォォォォォォォン――
まるで。
誰かへ知らせるように。
侵入者が来たと。
夜の街へ新たな獲物が来たと。
そう告げているかのようだった。
そしてその頃。
街の高台。
古びた建物の屋根の上。
一人の狩人が街を見下ろしていた。
白髪。
毛先だけが黒い。
右目は赤。
左目は白。
長い外套を風になびかせながら、彼は静かに侵入者達を観察していた。
「……珍しいな」
腰には獣狩りの短銃。
背にはノコギリ鉈。
そして胸元には双月の紋章。
レイラ・フォン・ノクスヴァイン。
双月の狩人。
彼は遠くの鐘の音を聞きながら小さく呟く。
「また面倒事か」
その視線の先では。
ナザリックの調査隊が、まだ何も知らずにヤーナムの奥へ進んでいた。
獣のことも。
悪夢のことも。
そして。
本当の恐怖が何なのかも。
まだ知らないまま。
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第3章 ナザリックの探索(後編)
ヤーナムの街は静かだった。
静かすぎた。
誰もいない。
誰も歩いていない。
窓は閉ざされ、扉は固く封じられている。
それなのに。
どこかから視線を感じる。
監視されているような感覚。
街全体が生きているかのような不気味さがあった。
「嫌な街でありんすね」
シャルティアが眉をひそめた。
彼女ほどの存在がそう口にするのだから相当である。
「警戒を」
デミウルゴスが言う。
その瞬間だった。
路地裏から低い唸り声が響く。
全員が反応した。
現れたのは獣だった。
いや、正確には人だったもの。
全身を毛で覆われ、背骨は歪み、口元からは獣の牙が覗いている。
十体。
二十体。
さらに増える。
路地裏。
屋根の上。
窓の中。
いつの間にか囲まれていた。
「ほう」
アインズが興味深そうに眺める。
「これが報告にあった怪物か」
「弱そうでありんす」
シャルティアは退屈そうだった。
事実、弱い。
ナザリックの守護者から見れば取るに足らない存在だった。
獣達が一斉に飛び掛かる。
しかし。
次の瞬間には肉塊へ変わっていた。
シャルティアの槍が貫き。
コキュートスの刃が切り裂き。
アウラの矢が頭部を吹き飛ばす。
数秒。
それだけで戦闘は終わった。
「弱いでありんす」
「同感だ」
アインズも頷く。
確かに脅威ではない。
少なくとも今のところは。
だが。
デミウルゴスだけは違和感を抱いていた。
「妙ですね」
「何がだ?」
「弱すぎます」
全員が彼を見る。
「この街の異常性に対して、住人が弱すぎるのです」
その言葉に誰も反論できなかった。
確かにそうだ。
これではただの怪物の街でしかない。
そこまで考えた時だった。
「……?」
アウラが首を傾げる。
「どうした?」
「死体がない」
全員が振り返った。
さっきまで転がっていた獣達。
その死体が消えていた。
「何?」
アインズが目を細める。
痕跡すらない。
血だけが残っている。
まるで最初から存在しなかったかのように。
空気が変わった。
嫌な予感。
その正体が徐々に輪郭を持ち始める。
◇
探索を続ける。
だが街の奥へ進むほど異常性は増していった。
誰もいないはずなのに声が聞こえる。
泣き声。
笑い声。
祈り。
悲鳴。
どれも一瞬だけ聞こえて消える。
建物の窓には人影が映る。
近付くと消える。
誰もいない。
いるはずなのに。
いない。
まるで悪夢だ。
「精神系の攻撃でありんしょうか?」
シャルティアが珍しく真面目な顔をしていた。
「分からない」
デミウルゴスが首を振る。
「ですが、この街は普通ではありません」
その時だった。
遠くで銃声が響く。
乾いた音。
続いて獣の咆哮。
そして。
男の笑い声。
狂気を孕んだ笑い。
誰もが反射的に音の方向を見る。
「行くぞ」
アインズの号令。
一行は走った。
◇
広場へ出た。
そこには一人の男がいた。
黒い狩人帽。
長い外套。
巨大な斧。
そして銃。
男は獣達の死体に囲まれていた。
血まみれだった。
だが負傷しているわけではない。
全て返り血だった。
「獣を狩る者……?」
デミウルゴスが呟く。
男はこちらを見た。
笑った。
狂気に満ちた目。
「おお?」
男が首を傾げる。
「見ねぇ顔だなァ」
低い声。
危険だ。
全員が理解した。
この男は危険だ。
理屈ではない。
本能がそう告げていた。
「貴様は何者だ」
アインズが問う。
男は斧を肩へ担いだ。
「神父さ」
笑う。
「ガスコイン神父だ」
その瞬間。
猛烈な殺気が放たれた。
◇
戦闘は一瞬で始まった。
ガスコインが消える。
そう見えた。
次の瞬間には目の前にいた。
「速い!」
シャルティアが驚く。
斧が振り下ろされる。
大地が割れる。
普通の人間ではない。
間違いなく。
だが魔法も感じない。
それなのに異常な強さだった。
銃声。
ガスコインの短銃。
弾丸が飛ぶ。
シャルティアが回避する。
しかし。
「っ!」
一瞬だけ動きが止まった。
その隙を狙い斧が迫る。
コキュートスが割り込み防御した。
轟音。
凄まじい衝撃。
広場の石畳が砕け散る。
「面白い」
コキュートスが呟く。
強敵。
それを認めた。
◇
だが。
本当の悪夢はここからだった。
ガスコインが突然苦しみ始める。
身体が膨張する。
骨が軋む。
肉が裂ける。
「何だ!?」
アウラが叫ぶ。
次の瞬間。
神父は獣になった。
巨大な狼。
いや。
狼よりも遥かに巨大な何か。
理性を失った怪物。
血に飢えた獣。
咆哮。
衝撃波。
空気が震える。
広場が揺れた。
「これが……」
デミウルゴスが初めて表情を変えた。
「獣化」
理解した。
この街の本当の恐ろしさを。
◇
戦闘は激化する。
守護者達ですら油断できない。
倒せないわけではない。
だが異常だった。
強さではない。
狂気だ。
理解できない理屈。
理解できない存在。
理解できない世界。
それがヤーナムだった。
「一旦退く!」
アインズが判断する。
情報が足りない。
今は危険だ。
一行は撤退を開始した。
獣は追ってくる。
咆哮を上げながら。
血を撒き散らしながら。
◇
逃げる。
石畳を駆ける。
路地を曲がる。
それでも追ってくる。
異常な執念。
異常な速度。
まるで悪夢そのものだった。
そして。
逃走の果てに。
一つの屋敷が現れた。
巨大な鉄門。
高い塀。
古い洋館。
周囲だけ妙に静かだった。
獣の気配がない。
異質なほどに。
その時。
鉄門が音もなく開いた。
中から一人の青年が現れる。
白髪。
毛先だけ黒。
右目は赤。
左目は白。
黒い外套。
背にはノコギリ鉈。
腰には獣狩りの短銃。
そして胸元には双月の紋章。
青年は逃げてきた一行を見て。
続いて追ってくる獣を見た。
数秒。
沈黙。
そして。
深い溜息を吐いた。
「……何やってるんだ、お前達」
その声は呆れていた。
まるで。
毎回同じ失敗を見ているように。
双月の狩人。
レイラ・フォン・ノクスヴァイン。
ナザリックと彼の出会いは。
最悪の形で始まった。
───────────────────────────────────
第4章 双月の屋敷
獣が咆哮する。
広場を揺らすほどの声。
理性を失ったガスコイン神父。
巨大な獣となったその姿は、初見の者なら恐怖するしかない。
だが。
白髪の青年は違った。
「そこをどけ」
レイラは静かに言った。
獣は答えない。
血走った目でレイラを睨む。
そして跳んだ。
石畳を砕きながら。
巨大な牙を剥き出しにして。
アインズ達が反応するより早く。
レイラが動いた。
腰の短銃が火を吹く。
乾いた銃声。
獣の動きが一瞬だけ止まる。
ほんの僅かな硬直。
だが狩人にとっては十分だった。
「眠れ」
レイラが踏み込む。
ノコギリ鉈が変形する。
金属音。
伸びた刃が月光を反射した。
そして。
一閃。
獣の首が宙を舞った。
静寂。
あまりにもあっけない決着だった。
巨大な獣の身体が崩れ落ちる。
血が石畳を染める。
誰も言葉を発せなかった。
ガスコインと戦った者達だからこそ理解できる。
今の一撃がどれほど異常なのか。
「……強いでありんすね」
シャルティアが呟く。
レイラは答えなかった。
ただ獣の亡骸を見下ろしていた。
その目に勝利の喜びはない。
哀れむような。
諦めるような。
そんな色だけがあった。
「良い狩人だった」
小さく呟く。
そして帽子を下げた。
まるで墓前に立つように。
◇
「立ち話をする場所じゃない」
レイラが振り返る。
「来い」
そう言って歩き出した。
アインズ達は警戒した。
当然である。
正体不明。
実力不明。
この街を知る人物。
危険人物である可能性も高い。
だが。
デミウルゴスが先に口を開いた。
「従いましょう」
「理由は?」
アインズが問う。
「少なくとも彼は我々を助けました」
その言葉に反論はなかった。
結果として。
一行はレイラの後を追った。
◇
屋敷は大きかった。
古い洋館。
高い塀。
広大な庭園。
そのどれもがヤーナムらしい不気味さを持っている。
だが不思議と獣の気配はない。
静かだった。
あまりにも。
「ここは?」
アインズが問う。
レイラは扉を開きながら答えた。
「フォン・ノクスヴァイン家の屋敷だ」
その名を聞いても誰も知らない。
当然だった。
異世界の名家など知るはずがない。
レイラもそれを理解している。
「古い血族の家だ」
それだけ説明した。
◇
応接室。
暖炉。
長椅子。
重厚な家具。
壁には双月の紋章が飾られている。
白い月。
赤い月。
二つの月が重なった紋章。
それがフォン・ノクスヴァイン家の印だった。
レイラは椅子へ腰を下ろす。
ノコギリ鉈は壁へ立て掛けた。
だが短銃は手の届く場所に置いている。
完全には信用していない。
お互い様だった。
「さて」
レイラが口を開く。
「まず聞こう」
異色の瞳がアインズを見る。
「お前達は何者だ」
◇
数十分後。
互いの情報交換が終わった。
もちろん全ては話していない。
だが最低限は共有した。
そして。
レイラは頭を抱えていた。
「つまり」
「うむ」
「ヤーナムが別の世界へ飛ばされた」
「その可能性が高い」
レイラは深く溜息を吐いた。
予想はしていた。
だが現実として突き付けられると気が重い。
「面倒だな」
心底そう思った。
◇
デミウルゴスがレイラを見る。
「一つ質問を」
「何だ」
「この街は何なのですか」
その問いに。
レイラは少しだけ黙った。
どう説明するべきか。
考える。
そして。
「悪夢だ」
短く答えた。
誰も理解できない。
当然だった。
レイラは続ける。
「ここは獣の病が蔓延した街だ」
「病?」
「ああ」
暖炉の火が揺れる。
「人は獣になる」
静かに語る。
「理性を失い」
「血に酔い」
「最後には怪物になる」
誰も口を挟まない。
「そして」
レイラの声が少し低くなる。
「獣より恐ろしいものもいる」
部屋の空気が変わった。
◇
レイラは壁の紋章を見る。
双月。
フォン・ノクスヴァイン家の象徴。
そして家訓を思い出す。
「覚えておけ」
異色の瞳が守護者達を見る。
「この街では強さは意味を持たない」
シャルティアが眉をひそめる。
だがレイラは続けた。
「慢心した奴から死ぬ」
静かな声だった。
しかし重い。
経験から出た言葉だと分かる。
そして。
レイラは家訓を口にした。
「我ら血に生きず、誓いに生きる」
誰も意味を理解できない。
だが。
その言葉だけは妙に心へ残った。
◇
その時だった。
ゴォォォォォォォォォン――
鐘。
また鐘。
屋敷の外から響く。
レイラの表情が変わる。
初めて。
明確な緊張が走った。
彼は立ち上がる。
短銃を手に取る。
ノコギリ鉈を背負う。
「何が起きた?」
アインズが問う。
レイラは窓の外を見た。
夜空。
血月。
そして。
遠くで蠢く巨大な影。
「最悪だ」
珍しく本音が漏れた。
「狩りの時間が始まった」
その言葉と共に。
───────────────────────────────────
第5章 王国軍侵攻
リ・エスティーゼ王国。
王城。
会議室には重い空気が漂っていた。
机の上には大量の報告書。
その全てが、突如出現した都市――ヤーナムについて書かれている。
「結局、何なのだ」
貴族の一人が苛立った声を上げる。
「誰もまともな報告を持ち帰らんではないか」
「生還者の証言も支離滅裂です」
文官が答える。
「獣がいた、怪物がいた、街そのものが悪夢だった……そのような話ばかりです」
部屋に失笑が広がる。
だが笑えない者もいた。
調査隊の損耗率は異常だった。
失踪者も多い。
それでもなお、王国貴族達は危機感を持っていなかった。
未知の都市。
未知の技術。
未知の財宝。
彼らの目には利益しか映っていなかった。
「攻略すれば良い」
誰かが言った。
その一言が全ての始まりだった。
◇
一方。
フォン・ノクスヴァイン家の屋敷。
レイラは窓から外を眺めていた。
嫌な予感がする。
いや。
予感ではない。
確信だった。
「来るな」
小さく呟く。
だがその願いは届かない。
人間は未知を恐れる。
そして同時に。
未知へ手を伸ばしたがる。
だからこそヤーナムは滅びた。
だからこそ多くの狩人が死んだ。
だからこそ血は呪いになった。
レイラは知っている。
人は忠告を聞かない。
実際に痛い目を見るまでは。
◇
三日後。
王国軍五千。
騎士団。
魔法詠唱者。
冒険者。
それらを含む大部隊がヤーナムへ進軍を開始した。
彼らは自信に満ちていた。
相手は都市だ。
どれほど危険でも攻略できる。
そう考えていた。
だが。
ヤーナムは違う。
◇
侵攻初日。
被害なし。
獣を数十体討伐。
順調。
あまりにも順調だった。
兵士達は笑う。
「噂ほどではないな」
「ただの怪物退治だ」
「帰ったら酒だ」
誰もが油断していた。
そして。
その日の夜。
鐘が鳴った。
ゴォォォォォォォォォン――
低い音。
嫌な音。
兵士達は眠れなかった。
理由は分からない。
ただ落ち着かない。
心がざわつく。
そして。
夜明け前。
悲鳴が響いた。
◇
最初の被害者は見張りだった。
首がなかった。
次は騎士。
胸を引き裂かれていた。
さらに兵士。
身体の半分が消えていた。
何が起きたのか。
誰も分からない。
敵が見えない。
だが確実に殺されている。
恐怖が広がる。
その時だった。
獣の群れが現れた。
路地裏。
屋根。
窓。
至る所から。
数百。
いや千を超える。
人だったもの。
獣となった存在達。
狂気に満ちた咆哮。
血への渇望。
そして殺意。
軍は初めて理解した。
ここは戦場ではない。
狩場だ。
そして自分達は狩る側ではなく。
狩られる側なのだと。
◇
王国軍は必死に応戦した。
魔法が飛ぶ。
剣が振るわれる。
槍が突き出される。
だが。
終わらない。
倒しても。
倒しても。
倒しても。
獣が現れる。
まるで街そのものが敵だった。
「退却!」
指揮官が叫ぶ。
だが遅い。
獣の群れが軍を分断した。
悲鳴。
絶叫。
血飛沫。
夜の街に響き渡る。
◇
その光景を高台から見ている者がいた。
レイラだった。
隣にはアインズ。
デミウルゴス。
シャルティア達。
「助けないのでありんすか?」
シャルティアが問う。
レイラは答えない。
少しだけ沈黙する。
そして。
「忠告はした」
静かな声。
感情はない。
「聞かなかったのは向こうだ」
アインズも何も言わない。
ナザリックならどうしたか。
答えは簡単だ。
同じことをした。
未知の都市を放置などしない。
だから責められない。
◇
その時。
空が赤く染まった。
血月。
今まで以上に濃い赤。
誰もが空を見る。
そして。
現れた。
巨大な影。
教会より大きい。
塔より高い。
人の形をしているようで。
していない。
理解を拒む何か。
「……上位者」
レイラが呟く。
その声には緊張があった。
アインズが気付く。
初めてだ。
この狩人が明確に警戒している。
「強いのか?」
レイラは少し考えた。
そして。
「強いとか弱いとか」
空を見上げる。
「あれには意味がない」
その言葉に。
守護者達の表情が変わる。
レイラは続けた。
「あれは理解した時点で負ける」
◇
その瞬間。
世界中の空に文字が浮かんだ。
誰も見たことのない文字。
だが不思議と読める。
【特殊イベント発生】
【最初の悪夢】
【侵入者を確認】
【敗北条件:世界の崩壊】
静寂。
世界が凍り付く。
王国。
帝国。
法国。
竜王国。
そしてナザリック。
全てが同じ文字を見た。
「……は?」
誰かが呟いた。
誰も理解できない。
だが。
一つだけ分かる。
最悪だ。
それだけだった。
◇
レイラは静かに立ち上がる。
ノコギリ鉈を背負う。
短銃を腰へ差す。
狩人の帽子を被る。
その動作は慣れたものだった。
まるで。
何度も経験しているかのように。
「行くのか?」
アインズが問う。
レイラは振り返らない。
「当たり前だ」
そして。
血月の下へ歩き出す。
双月の狩人。
レイラ・フォン・ノクスヴァイン。
その背中を見ながら。
誰もが理解していた。
これから始まる戦いは。
王国軍や獣との戦いではない。
もっと古く。
もっと深く。
もっと理解不能な何かとの戦いなのだと。
遠くで鐘が鳴る。
ゴォォォォォォォォォン――
まるで。
世界の終わりを告げるように。
───────────────────────────────────
第6章 最初の悪夢
血月が空を染めていた。
世界中の人々が見上げている。
王国。
帝国。
法国。
ナザリック。
誰もが空を見ていた。
そして恐怖した。
巨大な影。
空の向こうに浮かぶ異形。
それは生物という言葉では説明できなかった。
神。
悪魔。
怪物。
どれも違う。
ただそこに存在しているだけで、人の理解を拒絶する何か。
それが最初の悪夢だった。
◇
レイラは静かに歩く。
ヤーナム中央大聖堂。
そこで立ち止まった。
誰も近付かない。
いや。
近付けない。
悪夢の圧力が空間を歪めていた。
アインズ達ですら無言だった。
「これが……最初の悪夢か」
アインズが呟く。
レイラは頷いた。
「ヤーナムに蓄積した全ての悪夢」
短く説明する。
「狩人達の死」
「獣の呪い」
「上位者への恐怖」
「全部だ」
そして。
悪夢が動いた。
◇
肉塊が蠢く。
骨が軋む。
血が噴き出す。
巨大な影が姿を変えていく。
最初に現れたのは。
巨大な獣。
捻じれた角。
異常なまでに発達した腕。
聖職者の獣。
ヤーナム最初の悪夢。
その咆哮だけで建物が崩れた。
「来るぞ!」
レイラが叫ぶ。
獣が飛んだ。
戦闘開始。
◇
聖職者の獣は倒された。
しかし終わらない。
肉塊が再び蠢く。
変形。
再構築。
そして。
帽子を被った男が現れた。
斧。
短銃。
狂気を宿した目。
「獣なんて狩ってるとな……」
ガスコイン神父。
「自分も獣になるんだよ……!」
銃声。
斧撃。
狂った狩人が襲い掛かる。
◇
ガスコインが消える。
次。
細長い獣。
血に塗れた牙。
毒を撒き散らす怪物。
血に渇いた獣。
周囲の兵士達が悲鳴を上げる。
毒が空気を汚染した。
だがレイラは止まらない。
狩る。
ただ狩る。
◇
次。
ヘムウィックの魔女。
黒い霧。
無数の使者。
幻覚。
狂気。
視界そのものが歪む。
冒険者達が発狂し始める。
デミウルゴスが魔法で抑える。
それでも止まらない。
悪夢が増殖する。
◇
黒い雷。
夜空を裂く稲妻。
黒獣パール。
全身を覆う雷撃。
咆哮。
爆発。
街区が吹き飛んだ。
アインズですら表情を変える。
「これが連続で出るのか……」
誰も答えない。
◇
再誕者。
星界からの使者。
エーブリエタース。
次々と現れる。
誰も休む暇がない。
悪夢は終わらない。
倒しても。
倒しても。
倒しても。
終わらない。
◇
そして。
ルドウイーク。
月光の聖剣。
青白い光。
狂気と理性の狭間。
騎士の誇り。
悲しき狩人。
レイラは一瞬だけ目を伏せた。
「……ルドウイーク」
だが刃を向ける。
躊躇はない。
狩人だからだ。
◇
次。
ローレンス。
炎。
炎。
炎。
街が燃える。
ヤーナムの始まり。
全ての元凶。
初代教区長。
その炎が世界を焼く。
◇
そして。
海の匂い。
赤子の泣き声。
誰も知らない海。
誰も知らない浜辺。
そこから現れた。
ゴースの遺子。
全てが静まり返る。
レイラですら緊張する。
最悪の悪夢。
最も悲しい狩り。
その象徴。
◇
激戦の末。
ゴースの遺子も倒れる。
だが。
終わらない。
まだだ。
悪夢はまだ終わらない。
◇
最後。
月が降りてきた。
赤い月。
巨大な腕。
上位者。
月の魔物。
ヤーナムを支配する存在。
その姿を見た瞬間。
世界中が沈黙した。
理解できない。
理解してはいけない。
そんな存在だった。
◇
そして。
月の魔物が消える。
静寂。
誰も動かない。
終わったのか。
そう思った。
だが。
レイラだけは動かなかった。
いや。
動けなかった。
気付いていたからだ。
まだ終わっていない。
◇
肉塊が再び蠢く。
ゆっくりと。
ゆっくりと。
形を作る。
今までとは違う。
異様なまでに静かだった。
やがて。
一人の老人が現れる。
古びた帽子。
長い外套。
手には鎌。
懐かしい姿。
忘れられるはずもない姿。
◇
老人はゆっくりと顔を上げた。
そして。
レイラを見た。
穏やかに。
優しく。
昔と同じように。
笑った。
「ああ……」
レイラの口から声が漏れる。
◇
老人は鎌を構える。
夜風が吹く。
血月が揺れる。
そして。
こう言った。
「ようやく会えたな」
最初の狩人。
ゲールマン。
その姿を見た瞬間。
レイラは理解した。
本当の戦いは。
今から始まるのだと。
───────────────────────────────────
老人はゆっくりと立っていた。
古びた帽子。
長い外套。
手には仕込み杖。
懐かしい姿。
忘れることなどできない姿。
レイラの瞳が揺れる。
「……師匠」
その声は小さかった。
老人は微笑む。
昔と同じように。
優しく。
どこか寂しそうに。
「ああ」
ゲールマンは頷く。
「久しぶりだな」
静寂。
世界中が固まっていた。
アインズも。
守護者達も。
王国軍も。
誰も動けない。
この空気が異常だと理解していた。
今までの怪物達とは違う。
明らかに。
何かが違う。
ゲールマンはゆっくりと立ち上がる。
そして。
鎌を構えた。
「さぁ」
風が吹く。
血月が揺れる。
「狩りの時間だ」
その瞬間だった。
世界が停止した。
◇
光。
白い光。
誰も反応できない。
レイラだけが包まれる。
「なっ――」
シャルティアが声を上げる。
しかし遅い。
光はレイラを飲み込んだ。
次の瞬間。
彼の姿が消える。
◇
そして。
世界中の空に文字が現れた。
【特殊決闘開始】
【最初の狩人】
【対象】
【レイラ・フォン・ノクスヴァイン】
◇
アインズが立ち上がる。
「待て!」
転移魔法。
発動しない。
守護者達も同じだった。
誰も干渉できない。
誰も入れない。
◇
再び文字が現れる。
【介入不可】
【観戦のみ許可】
◇
世界中が息を呑む。
王国。
帝国。
法国。
ナザリック。
全ての者達が。
ただ見ることしかできない。
◇
レイラが目を開く。
そこは見覚えのある場所だった。
白い花畑。
月明かり。
古びた工房。
狩人の夢。
◇
風が吹く。
花が揺れる。
そして。
目の前。
墓標の上に。
一人の老人が座っていた。
◇
ゲールマン。
最初の狩人。
師。
恩人。
そして。
超えるべき最後の相手。
◇
老人は静かに立ち上がる。
鎌を握る。
月を背負う。
そして。
昔と同じ声で言った。
「良い狩人になったな」
◇
レイラは帽子を深く被る。
ノコギリ鉈を構える。
獣狩りの短銃を抜く。
◇
師弟。
最後の狩り。
◇
鐘が鳴る。
ゴォォォォォォォォォン――
◇
そして。
決闘が始まった。
───────────────────────────────────
第7章 最初の狩人
白い花が揺れていた。
風は穏やかだった。
血月の赤い光ですら、この場所ではどこか優しく見える。
狩人の夢。
全ての狩人が一度は帰る場所。
そして。
多くの狩人が最後に辿り着く場所。
レイラは静かに周囲を見渡した。
変わらない。
工房も。
墓標も。
白い花畑も。
何も変わっていなかった。
まるで昨日までここにいたかのように。
懐かしい景色だった。
目の前には老人がいた。
古びた帽子。
長い外套。
痩せた身体。
だが。
その身体には獣を狩り続けた者だけが持つ凄みがあった。
最初の狩人。
ゲールマン。
老人はレイラを見つめる。
そして少しだけ笑った。
「久しぶりだな」
その声を聞いた瞬間。
レイラは胸の奥が痛くなるのを感じた。
忘れたことなどない。
忘れられるはずもない。
この人がいたから。
今の自分がいるのだから。
「……はい」
小さく答える。
それだけで精一杯だった。
世界中の人々が見ていた。
王国。
帝国。
法国。
ナザリック。
誰もが空に映る光景を見ている。
静まり返っていた。
今までの戦いとは何かが違う。
誰もがそれを感じていた。
ゲールマンはゆっくりと歩き出す。
花を踏みながら。
レイラの前まで来る。
「立派になったな」
老人はそう言った。
「最初は酷かった」
少し笑う。
「獣を見る度に顔を青くしていた」
レイラも少しだけ笑った。
「今でも怖いですよ」
「そうか」
ゲールマンは嬉しそうだった。
「恐怖を忘れないか」
「はい」
「なら大丈夫だ」
老人は頷く。
昔と同じように。
弟子を褒めるように。
しばらく沈黙が続く。
風だけが吹いていた。
花だけが揺れていた。
やがて。
ゲールマンが空を見上げた。
「良い狩人になったな」
レイラは何も言えなかった。
その言葉は。
ずっと欲しかった言葉だったから。
「師匠」
レイラが呼ぶ。
「何だ」
「俺は」
言葉が止まる。
何を言えばいいのか分からない。
感謝か。
謝罪か。
別れの言葉か。
その全てか。
だが。
ゲールマンは察したように笑った。
「分かっている」
穏やかな声。
昔からそうだった。
この老人は。
必要以上に言葉を求めない。
「それで十分だ」
静寂。
そして。
ゲールマンはゆっくりと後ろへ下がった。
距離を取る。
花畑の中央。
月光が最も差し込む場所へ。
レイラも理解した。
時間だ。
これ以上の会話はない。
必要ない。
狩人同士だから。
ゲールマンが仕込み杖を握る。
金属音。
変形。
巨大な鎌。
レイラもノコギリ鉈を抜く。
短銃を構える。
風が吹いた。
世界中が息を呑む。
誰も喋らない。
誰も動かない。
ゲールマンは静かに構えた。
レイラも構える。
そして。
二人は同時に武器を下ろした。
狩人の一礼。
右手を胸へ。
身体を少しだけ前へ倒す。
礼儀。
敬意。
感謝。
そして。
別れ。
それは狩人同士の作法だった。
世界中が見ていた。
王国の兵士達も。
帝国の騎士達も。
ナザリックの守護者達も。
アインズも。
誰も言葉を発しない。
その意味が分からなくても。
その一礼が特別なものだと理解できた。
ゲールマンが微笑む。
「良い礼だ」
レイラも帽子のつばを下げた。
「師匠に教わりましたから」
老人は笑った。
本当に嬉しそうに。
そして。
鎌を構える。
その姿は。
最初の狩人。
全ての狩人の始まり。
レイラは深く息を吸う。
目を閉じる。
思い出す。
初めて獣を狩った日。
初めて死んだ日。
初めて狩人の夢へ辿り着いた日。
全て。
この人から始まった。
だからこそ。
この戦いには意味がある。
超えるためではない。
勝つためでもない。
狩人として。
最後まで歩いてきたことを示すための戦い。
ゲールマンが呟く。
「さあ」
風が吹く。
花びらが舞う。
鐘が鳴る。
ゴォォォォォォォォォン――
そして。
最初の狩人が笑った。
「狩りの時間だ」
次の瞬間。
ゲールマンの姿が消えた。
世界が認識するより先に。
レイラの身体が動く。
銃声。
火花。
衝撃。
花畑が吹き飛ぶ。
最初の狩人。
夜明けの狩人。
師弟最後の狩りが始まった。
───────────────────────────────────
第7章 最初の狩人(後編)
銃声が響いた。
花びらが舞う。
月光が揺れる。
ゲールマンの鎌がレイラの首を掠めた。
あと数センチ。
遅れていれば首が飛んでいた。
だがレイラは驚かない。
知っている。
この速度を。
この踏み込みを。
この殺意を。
何度も見てきた。
何度も叩き込まれた。
目の前にいるのは最初の狩人。
全ての狩人の師。
ゲールマンなのだから。
再び火花が散る。
鎌とノコギリ鉈が激突した。
轟音。
衝撃。
白い花畑が吹き飛ぶ。
世界中が息を呑む。
見えていない。
速すぎる。
ほとんどの者には二人の姿すら追えなかった。
シャルティアが目を細める。
「見えるでありんすか?」
アルベドへ問う。
アルベドは沈黙した。
正直に言えば。
完全には見えていなかった。
それほどまでに異常だった。
魔法ではない。
特殊能力でもない。
ただ純粋な技術。
積み重ね続けた狩りの技。
ゲールマンが笑う。
「良いな」
鎌が振るわれる。
レイラが回避。
直後に銃声。
花畑が爆ぜる。
「成長した」
ゲールマンの声。
レイラは答えない。
答える余裕がない。
目の前の老人は化け物だった。
知っていた。
理解していた。
だが実際に刃を交えると別だった。
強い。
圧倒的に。
これまで戦ったどの獣より。
どの上位者より。
どの悪夢より。
強い。
それが最初の狩人だった。
ゲールマンが踏み込む。
消える。
次の瞬間。
レイラの背後。
鎌が振るわれた。
血が舞う。
レイラの肩が裂けた。
世界中から悲鳴が上がる。
だが。
レイラは笑った。
「そうだ」
小さく呟く。
「この感じだ」
狩人になった日から。
ずっと追い続けていた。
追いつきたかった。
超えたかった。
認めてほしかった。
目の前の老人に。
だから。
痛みすら懐かしかった。
ゲールマンが少しだけ目を見開く。
そして。
笑った。
「馬鹿弟子め」
懐かしい声だった。
その瞬間。
レイラの身体が動く。
銃声。
パリィ。
ゲールマンの動きが止まる。
ほんの一瞬。
だが狩人には十分だった。
踏み込む。
内臓攻撃。
狩人の腕が老人の身体を貫いた。
世界中が息を呑む。
だが。
ゲールマンは倒れない。
笑っていた。
「そうだ」
「それでいい」
そして。
老人の身体から炎が噴き出した。
白い炎。
月光のような炎。
花畑が燃える。
世界が赤く染まる。
第二形態。
観戦している誰もが理解した。
まだ終わらない。
ここからが本番だ。
ゲールマンが空へ跳ぶ。
あり得ない高さ。
そして。
鎌を振り下ろした。
月光が落ちる。
衝撃。
爆発。
花畑が吹き飛んだ。
レイラが後退する。
地面を滑る。
腕が痺れる。
息が荒い。
だが。
笑っていた。
楽しかった。
久しぶりだった。
全力で戦える相手。
全力を出しても届かない相手。
そして。
最も尊敬する相手。
ゲールマンも笑う。
「良い狩人になったな」
再び。
同じ言葉。
レイラは帽子を深く被る。
「まだです」
ノコギリ鉈を構える。
「まだ認めてもらってません」
沈黙。
そして。
ゲールマンが笑った。
本当に嬉しそうに。
「なら」
鎌を構える。
「証明してみろ」
月光が降り注ぐ。
鐘が鳴る。
ゴォォォォォォォォォン――
二人の狩人が駆ける。
師と弟子。
最初の狩人。
夜明けの狩人。
そして。
決着の時が近付いていた。
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第8章 古い狩人の鐘
月光が花畑を照らしていた。
白い花が舞う。
風が吹く。
そして。
二人の狩人が激突する。
轟音。
鎌と鉈。
火花。
衝撃。
花畑が吹き飛ぶ。
ゲールマンの斬撃は速かった。
速すぎた。
もはや人間の領域ではない。
だが。
レイラは追い付いていた。
師の動きを。
師の癖を。
師の戦い方を。
何年も見続けた。
何百回も死にながら学んだ。
だからこそ。
届く。
ゲールマンが踏み込む。
鎌が閃く。
回避。
銃声。
パリィ。
内臓攻撃。
花畑が赤く染まる。
ゲールマンが膝をついた。
世界中が静まり返る。
誰もが理解した。
決着が近い。
ゲールマンはゆっくりと立ち上がる。
血が流れている。
だが笑っていた。
「見事だ」
レイラは息を整える。
全身が痛い。
骨も軋む。
腕も震えている。
それでも。
目を逸らさない。
ゲールマンだからだ。
「師匠」
老人が顔を上げる。
「何だ」
レイラは少しだけ笑った。
「楽しかったです」
沈黙。
そして。
ゲールマンは大きく笑った。
「そうか」
それだけだった。
それだけで十分だった。
師弟だったから。
ゲールマンが鎌を握る。
最後の構え。
レイラも構える。
ノコギリ鉈。
獣狩りの短銃。
狩人の始まり。
狩人の終わり。
全てを込めた最後の一撃。
鐘が鳴る。
ゴォォォォォォォォォン――
二人が動く。
月光が走る。
銃声。
火花。
衝撃。
そして。
レイラの鉈が。
ゲールマンの胸を貫いた。
静寂。
風だけが吹いていた。
ゲールマンは動かない。
ゆっくりと。
ゆっくりと。
膝をつく。
そして。
レイラを見上げた。
優しい目だった。
初めて会った時と同じ。
あの日。
獣から救ってくれた時と同じ。
老人は微笑む。
「良い狩人だった」
レイラの瞳が揺れた。
ずっと欲しかった言葉。
ずっと追い続けた言葉。
その一言だった。
ゲールマンは空を見る。
血月。
白い花。
工房。
懐かしい夢。
「ありがとう」
誰へ向けた言葉だったのか。
レイラか。
人形か。
あるいは。
狩人達全員か。
分からない。
だが。
確かに聞こえた。
そして。
老人の身体が光り始める。
粒子。
白い光。
少しずつ消えていく。
世界中が見ていた。
誰も喋らない。
誰も動かない。
最初の狩人の最後を。
ただ見守っていた。
ゲールマンが最後に笑う。
穏やかに。
本当に穏やかに。
そして。
消えた。
光となって。
静かに。
狩人の夢へ還るように。
レイラはその場に立っていた。
何も言えない。
ただ帽子を深く被る。
そして。
狩人の一礼をした。
最初の狩人へ。
師へ。
恩人へ。
世界中がその姿を見ていた。
静寂。
そして。
空に文字が現れた。
【第一段階終了】
世界中が息を呑む。
終了。
終わった。
誰もがそう思った。
しかし。
続きが現れる。
【最初の狩人 討伐確認】
【討伐者】
【レイラ・フォン・ノクスヴァイン】
王国が歓声を上げる。
帝国が安堵する。
冒険者達も涙を流す。
だが。
その歓声は続かなかった。
新たな文字が現れる。
【第二段階開始】
静寂。
誰も理解できない。
【残り時間】
【60:00】
空気が凍る。
そして。
【討伐対象】
一文字ずつ現れる。
【最】
【初】
【の】
【悪】
【夢】
世界中が絶句した。
まだ終わっていない。
むしろ。
今までが前座だった。
その事実を理解する。
花畑が揺れる。
狩人の夢が震える。
工房が軋む。
そして。
レイラの前に巨大な肉塊が現れた。
最初の悪夢。
これまで現れた全ての悪夢。
全ての獣。
全ての狂気。
全ての絶望。
その集合体。
圧倒的だった。
世界中が恐怖する。
誰も勝てると思えない。
誰も。
ただ一人を除いて。
レイラは腰へ手を伸ばす。
取り出したのは小さな鐘。
古びた銀色の鐘。
何度も使われ。
何度も夜を越えてきた鐘。
古い狩人の鐘。
アインズが息を呑む。
デミウルゴスが目を見開く。
シャルティアも言葉を失う。
レイラは静かに鐘を見る。
そして。
小さく笑った。
「一人じゃない」
誰へ向けた言葉なのか。
次の瞬間。
鐘が鳴る。
チリン――
小さな音だった。
だが。
世界が震えた。
血月が揺れる。
狩人の夢が揺れる。
空間そのものが震える。
そして。
何かが応えた。
遥か昔。
夜を越えた狩人達が。
チリン――
再び鐘が鳴る。
誰かが応えた。
チリン――
また一人。
チリン――
また一人。
チリン――
最後の一人。
レイラは笑った。
「来てくれたか」
そして。
光が降り注ぐ。
狩人達が現れる。
夜を越えた者達が。
伝説となった狩人達が。
最初の悪夢を終わらせるために。
集い始めていた。
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第9章 夜明けの狩人達
光が降り注ぐ。
白い花畑を照らしながら。
月光とは違う
チリン――
鐘が鳴る。
古い狩人の鐘。
その音は遠くへ響く。
時を越えて。
死を越えて。
悪夢を越えて。
そして。
応えが返ってくる。
チリン――
世界が震えた。
最初に現れたのは女だった。
長い銀髪。
黒い狩装束。
細身の身体。
そして右手に握られた曲刀。
時計塔の狩人。
レディ・マリア。
彼女はゆっくりと周囲を見渡す。
花畑。
狩人の夢。
巨大な悪夢。
そして。
レイラを見る。
少しだけ微笑んだ。
「久しぶりね」
レイラも帽子を下げる。
「助かります」
マリアは肩を竦めた。
「鐘が鳴ったもの」
「応えるのは当然でしょう?」
その姿に世界中が息を呑む。
美しい。
それが最初の感想だった。
だが。
その瞳の奥には。
数え切れない死を越えてきた狩人だけが持つ強さが宿っていた。
チリン――
二度目の鐘。
今度は巨大な影。
馬だった。
いや。
かつて馬だったもの。
異形。
怪物。
それなのに。
その姿には騎士としての誇りが残っていた。
ルドウイーク。
聖剣のルドウイーク。
青白い光が花畑を照らす。
月光の聖剣。
それを握る姿を見て。
誰もが圧倒された。
ルドウイークは月光の剣を見る。
そして。
静かに頷いた。
「まだ導いてくれるか」
剣が輝く。
彼はレイラを見る。
「若き狩人よ」
「今宵もまた」
「共に狩ろう」
レイラは笑った。
「もちろんです」
チリン――
三度目の鐘。
冷たい風が吹く。
花畑の温度が下がった。
そして。
一人の老人が現れる。
銀の鎧。
王冠にも似た兜。
巨大な車輪。
処刑隊長。
殉教者ローゲリウス。
彼は最初の悪夢を見る。
その瞳には怒りがあった。
上位者へ向ける怒り。
血への怒り。
悪夢への怒り。
彼は静かに言った。
「まだ終わっていなかったか」
そして車輪を構える。
「ならば」
「今度こそ終わらせる」
チリン――
最後の鐘。
誰もが息を呑む。
レイラも。
マリアも。
ルドウイークも。
ローゲリウスも。
皆が振り返った。
光が降り注ぐ。
白い花が舞う。
風が吹く。
そして。
一人の老人が現れた。
古びた帽子。
長い外套。
見慣れた姿。
最初の狩人。
ゲールマン。
世界中が絶句した。
アインズが立ち上がる。
アルベドも。
デミウルゴスも。
シャルティアも。
誰も信じられなかった。
確かに死んだはずだった。
確かに消えたはずだった。
なのに。
そこにいる。
ゲールマンは何も言わない。
ただ。
レイラを見る。
そして。
少しだけ笑った。
「一人では足りんだろう」
レイラの目が見開かれる。
その言葉は。
昔。
狩人になったばかりの頃。
何度も言われた言葉だった。
気付けば。
レイラは笑っていた。
「そうですね」
ゲールマンは頷く。
そして鎌を構えた。
マリア。
ルドウイーク。
ローゲリウス。
ゲールマン。
そして。
レイラ。
五人の狩人。
夜を越えた者達。
悪夢を終わらせる者達。
世界中が見ていた。
誰も声を出さない。
ただ。
その光景を見守る。
最初の悪夢が咆哮する。
世界が震える。
空間が軋む。
狩人の夢が悲鳴を上げる。
圧倒的。
絶望的。
誰が見ても勝ち目はなかった。
それでも。
五人は退かない。
誰一人として。
退かない。
ゲールマンが一歩前へ出る。
鎌を構える。
マリアが血刃を展開する。
ルドウイークの月光が輝く。
ローゲリウスの秘儀が展開される。
レイラがノコギリ鉈を握る。
そして。
最初の狩人が笑った。
「さぁ」
風が吹く。
白い花が舞う。
血月が揺れる。
鐘が鳴る。
ゴォォォォォォォォォン――
そして。
五人の狩人が駆けた。
最初の悪夢へ向かって。
夜を終わらせるために。
夜明けへ辿り着くために。
───────────────────────────────────
最終章1 夜明けへ至る狩り
五人の狩人が駆けた。
ゲールマン。
マリア。
ルドウイーク。
ローゲリウス。
そして。
レイラ・フォン・ノクスヴァイン。
最初の悪夢は咆哮する。
肉が蠢く。
骨が軋む。
無数の目が開き、無数の口が泣き、笑い、叫ぶ。
それは一体の怪物ではなかった。
ヤーナムに積み重なった全ての死。
獣となった者達の嘆き。
狩人達の絶望。
血に溺れた者達の狂気。
その全てが混ざり合った、悪夢そのものだった。
世界中が見ていた。
誰も声を出せなかった。
勝てるはずがない。
誰もがそう思った。
だが、狩人達は止まらない。
ゲールマンの鎌が空間を裂く。
マリアの血刃が悪夢を刻む。
ルドウイークの月光が闇を焼く。
ローゲリウスの秘儀が無数の剣となって降り注ぐ。
そしてレイラは、ノコギリ鉈を握り締めて走る。
最初の悪夢の中心へ。
夜を終わらせるために。
夜明けへ至るために。
⸻
最終章2 核
悪夢は再生し続けた。
斬っても。
焼いても。
砕いても。
何度でも形を取り戻す。
だがレイラは気付いた。
「違う」
彼は息を切らしながら呟く。
「再生しているんじゃない」
ゲールマンが振り返る。
「増殖している」
悪夢の中心。
そこに核があった。
無数の顔。
無数の眼。
助けを求める声。
終わらせてくれと泣く声。
それこそが最初の悪夢の本体だった。
レイラは歩く。
他の狩人達が道を開く。
マリアが血を燃やし。
ルドウイークが月光を掲げ。
ローゲリウスが悪夢を縛り。
ゲールマンが最後の道を斬り開く。
レイラは核の前に立った。
そして静かに言った。
「我ら血に生きず」
ノコギリ鉈を構える。
「誓いに生きる」
刃が振り下ろされた。
⸻
最終章3 封印
白い光が世界を包んだ。
悪夢の悲鳴が消える。
獣の咆哮が消える。
狂気が消える。
最初の悪夢が崩れていく。
完全な討伐ではない。
世界の外側。
在るべき場所へ還すための封印。
レイラは双月の紋章を地に刻む。
血月。
白月。
二つの月が重なり、封印陣が広がる。
その中央で、レイラは最後の詠唱を始めた。
「我ら血によって人となり」
「人を超え」
「また人を失う」
「知らぬ者よ」
「かねて血を恐れたまえ」
封印が完成する。
最初の悪夢はゆっくりと溶けるように消えた。
狩人の夢が震える。
そして。
世界中に鐘が鳴り響いた。
家の鐘。
教会の鐘。
神殿の鐘。
城の鐘。
屋敷の鐘。
全ての鐘が呼応するように、一斉に鳴った。
ゴォォォォォォォォォン――
⸻
最終章4 狩人達の帰還
光の中で、狩人達が消え始める。
最初にローゲリウスが車輪を下ろした。
「終わったか」
ルドウイークは月光の聖剣を見つめる。
「良い狩りだった」
マリアはレイラへ微笑む。
「貴方は最後まで狩人だったわ」
そしてゲールマン。
老人は静かにレイラの前へ立った。
「良い狩人だった」
レイラは何も言えない。
ただ、狩人の一礼をする。
ゲールマンもまた、一礼を返した。
そして四人の狩人は光へ消えていく。
夜を越えた者達は、在るべき場所へ帰っていった。
レイラだけが残された。
白い花畑に。
朝の光の中に。
⸻
最終章5 システムメッセージ
空に文字が現れる。
【特殊ボス戦:最初の悪夢】
【結果:封印成功】
【世界:存続】
【ヤーナム:夜明け確認】
【狩人達:帰還】
【古い狩人の鐘:応答終了】
【双月の狩人:狩り完了】
世界中が歓声を上げた。
王国も。
帝国も。
法国も。
ナザリックも。
誰もが喜んだ。
だが。
すぐに次の文字が現れる。
【最終段階】
【狩人の死亡】
歓声が止まった。
世界が凍り付く。
アインズが立ち上がる。
アルベドが息を呑む。
シャルティアが叫ぶ。
「どういう意味でありんすか!」
だが、答える者はいない。
ただ文字だけが続く。
【狩人の夢:閉鎖準備】
【対象:レイラ・フォン・ノクスヴァイン】
【状態:夢から覚める】
⸻
最終章6 灯り
白い花畑の中心に灯りが現れた。
小さな灯り。
狩人達が帰るための灯り。
レイラはそれを見て、全てを理解した。
夢から覚める。
それは生きて帰るという意味ではない。
狩人の夢から解放されるということ。
つまり。
死ぬということだった。
レイラは驚かなかった。
怒りもしなかった。
ただ静かに灯りへ歩いた。
「そうか」
小さく笑う。
「やっと、終わるのか」
世界中が見ている。
だが誰も止められない。
介入不可。
観戦のみ。
それがこの戦いの規則だった。
レイラは灯りに触れる。
そして。
狩人の夢へ帰った。
⸻
最終章7 人形
狩人の夢。
白い花畑。
古びた工房。
静かな月明かり。
そこに人形がいた。
「お帰りなさいませ、狩人様」
いつもの声。
いつもの微笑み。
レイラは少しだけ笑った。
「ただいま」
人形はレイラの傷を見た。
破れた外套。
血に濡れた手。
疲れ切った顔。
それでも彼は穏やかだった。
「長い狩りでしたね」
「ああ」
「怖くはありませんか」
レイラは少し考えた。
「怖いよ」
正直に答える。
「でも、悪くなかった」
人形は目を伏せた。
彼女も理解していた。
夢から覚める意味を。
この場所に帰ってきた理由を。
レイラは静かに言う。
「夢から覚めるよ」
人形は小さく頷いた。
「はい」
その声は、少しだけ震えていた。
⸻
最終章8 介錯
レイラは腰から古い狩人の鐘を取り出した。
最後の一度。
小さく鳴らす。
チリン――
光が揺れる。
現れたのは、黒い外套を纏った狩人だった。
死神の狩人。
終わりを与える者。
彼はレイラを見る。
「後悔はあるか」
レイラは空を見る。
白い花。
月。
工房。
人形。
そして遠い夜明け。
「ある」
静かに答えた。
「でも、間違いではなかった」
死神の狩人は頷く。
レイラは人形を見る。
「ありがとう」
人形は微笑んだ。
「こちらこそ」
レイラは狩人の一礼をする。
死神の狩人も一礼を返す。
そして。
介錯は静かに行われた。
痛みはなかった。
恐怖も、もうなかった。
ただ白い光が広がっていく。
レイラ・フォン・ノクスヴァイン。
双月の狩人。
夜明けの狩人。
彼は、夢から覚めた。
⸻
最終章9 墓
人形は白い花畑に墓を作った。
小さな墓だった。
けれど、とても丁寧に作られていた。
墓石には双月の紋章。
そして二つの名。
レイラ・フォン・ノクスヴァイン。
真鳥麗羅。
人形は白い花を一輪置く。
「おやすみなさいませ」
静かな声だった。
「良い狩人様」
その瞬間、空に最後の文字が現れる。
【レイラ・フォン・ノクスヴァイン】
【状態:夢から覚めた】
【狩人の夢:閉鎖】
【人形:役目終了】
人形は墓の前に座った。
もう帰ってくる狩人はいない。
もう迎えるべき者はいない。
役目を終えた人形は、ゆっくりと目を閉じる。
そして動かなくなった。
ただの作り物へ戻った。
⸻
最終章10 夜明けの狩人
ヤーナムに朝が来た。
長い夜が終わった。
血月は消え、空には淡い光が差していた。
世界中の者達が沈黙していた。
歓声はない。
勝利の叫びもない。
ただ、誰もが理解していた。
一人の狩人が世界を救い。
そして消えたのだと。
空に、最後のシステムメッセージが現れる。
【特殊イベント:最初の悪夢】
【完全終了】
【世界:存続】
【ヤーナム:夜明け到達】
【双月の狩人:狩り完了】
【終了】
【Bloodborne】
COMPLETE
【Good Hunter】
Thank you for playing.
その下に。
最後の一文。
【良い狩人だった】
アインズは静かに目を伏せた。
「……お疲れ様だ」
シャルティアは何も言えなかった。
アルベドも。
デミウルゴスも。
ただ空を見上げていた。
白い花畑では、風が吹く。
墓前の花が揺れる。
誰もいない工房。
止まった人形。
朝の光。
そして。
世界はその名を記憶する。
双月の狩人。
夜明けの狩人。
レイラ・フォン・ノクスヴァイン。
彼は最後まで狩人だった。
そして最後まで、人だった。
だから世界は、何度でも同じ言葉を贈る。
良い狩人だった。
――完――