冒険クエスト:模擬宇宙「輪廻と永遠」プロローグ
火追いの英雄譚、オンパロスの物語はひとまずのピリオドが打たれた。因果は輪廻から抜け出し、生命たちは新たなる明日を待ち望む。例え名残惜しくとも、未来で彼らが待っている。オンパロスの中で唯一実体化した「紡がれた物語」を腕に抱えて彼らを思うたびに、それは前へと進む活力をくれるのだ。
金属製のドアが三回叩かれる。といっても強くはないし、部屋に入る前の儀式のようなもので特に意味はない。例え返事がなくとも、ノックの主は部屋に入ってくる。
「
黒髪のショートウルフの青年が、自動で開いたドアをくぐって中に入ってくる。ハイネックの黒いインナーに翠玉色の鎧を所々につけた白いパーカーを羽織っていて、手にはざらざらとした表紙の本を携えている。
「丹恒」
私は列車の護衛である彼の名前を呼ぶ。目と口を引き結んだまま、丹恒はため息をついた。
「姫子さんが呼んでいた。宇宙ステーションからの入電があるようだ」
「え〜今取り込み中なのに〜丹恒が代わりに出てきてよぉ〜」
そういうの得意でしょ、と言い放ってオレンジ色のリクライニングチェアに腰掛け、四肢を上下左右に振り回して暴れ回った。彼の視線が一気に氷点を下回る。
「発信者はヘルタだ。そして相手にお前を指名している」
ガバッと起き上がった。灰色の寝癖がはねる。
「てことは、オンパロスの実体化に進展があった?」
「それはわからない。ともかく下に降りてきてくれ」
要件は伝えたと言わんばかりに、丹恒は部屋から出ていく。末っ子戦法が効かないと悟り、私は抱いていた冊子を丁寧に机に置いて、彼についていくことにする。
星穹列車、ラウンジ。小さな妖精(比喩なし)が毎日手入れしているふかふかで腰に優しいソファ、ホコリひとつない床や調度品、適度に整えられた観葉植物。ここはいわゆる客間であり、訪れた客人や外部との
『遅かったね、お子ちゃま』
青いホログラムで虚数鯨の真下を陣取っていたのは、私の頭二つ分ほど小さい少女だった。黒と紫を主体としたベレー帽とマントを羽織り、均整の取れた顔をした少女。白磁の肌に惹かれた線や間接に組み込まれた球体から、彼女が人間でないことを物語っていた。
「今日は大人の姿じゃないんだね、ヘルタ」
『当たり前でしょう、あれは滅多にお目にかかれないものなのよ。普段からありがたっておくべきだったわね』
宇宙の「天才」ヘルタ。同時に数々の功績をもって知恵の星神に認められた「使令」の一人。「魔法」とまで揶揄される科学技術をもって多くの星を救った、自他ともに認める「百万年に一人の大天才」。
「で、何の用?」
『……あなた、まさか本当に気づいていないの?』
「ええ……?ヘルタ関連で思い当たることなんて、オンパロスと模擬宇宙のことぐらいしか……あっ」
普段は表情の固い彼女の目と口が、やけににっこりとした表情を作る。目の端は痙攣したように引き攣っていた。そんな表情の再現もできるのか、と感心していると。
『あなたと来たら階差宇宙にお熱で、ちっとも模擬宇宙に来てくれないんだもの。どれだけ寛容な天才といえど、そろそろ堪忍袋の尾が切断寸前よ』
「あ、最近はマネーウォーズってやつをやってて……」
『あなた、私の研究をカンパニーのゲームと同列に語らないでくれる?』
ぷんぷん、と湯気が出ているように頬をいっぱいに膨らませて腕を組み、そっぽを向いている。可愛い。
『まぁ、安心しなさい。どうせそんなところだろうと思って、オンパロスのデータを元に模擬宇宙にアップデートを加えたわ』
表情こそ真顔だが、ない胸を張り腕を組むその姿から相当自信があるのだと思われる。
『毎度の如くだけど、あなたをテストプレイヤーとして招待する。光栄に思いなさい』
宇宙ステーション、ヘルタ。主人の名を冠し惑星ブルーの衛星軌道上に浮かぶその施設は、ヘルタの抱える数々のコレクションの一つでありながら、一切の怪異――具体的には、遺物や奇物と呼ばれる珍妙な物品の数々――を封じるための場所。鉄墓討伐の直後ということもあり、多くの宇宙ステーションの職員から溢れんばかりの歓待を受けた。いつもなら素直に喜んで、なんならそれに乗じていたずらの一つや二つでも考えつくものだが、今回はどうしても「彼女」の笑顔が頭をよぎって、そこそこに受け流すことしかできなかった。
アスターやアーランといった久々の顔ぶれとの再会もそこそこに、すでに話が通っているのかヘルタのオフィス――模擬宇宙の入り口に通される。
「あ、スクリューガム」
「こんにちは、
オフィスの出入り口付近に立っていたのは、鉄面皮に機械仕掛けの頭、そして紳士的なスーツのような服装にシルクハット、革の手袋に耳を包んだ男。ヘルタと同じ宇宙の「天才」 「天才クラブ」のメンバーにして機械生命体の星スクリュー星の王、スクリューガムである。
「あなたも来てたんだね」
「模擬宇宙は私とヘルタさんの共同研究ですから」
その類まれなる頭脳と引き換えに非人間で協調性のかけらもない天才クラブの中でも、最も人間らしく温厚な人だ。ついついこっちの態度も軟化してしまう。機械生命体の方がこの場にいる中で一番人間らしい性格だなんて、何も知らない人が側から見たら誰も思わないだろう。
「やっと来たわね」
私たちの背後に現れたのはホログラムと寸分違わぬ少女の人形。ヘルタは低身長ゆえに二人の顔をそれぞれ見上げて睨む。
「来てたのなら早くしてちょうだい。天才の時間は貴重なんだから」
「ごめんごめん、それで今回のは今までの模擬宇宙と何が違うの?」
「それを今から説明するのよ」
ヘルタは人形の左腕部に格納されたデバイスを操作し、部屋内にホログラムの画面を表示させる。
「鉄墓討伐がひと段落したあと、『紡がれた物語』の解析をしたじゃない」
「そうだね。急に言われるもんだからびっくりしたけど」
「『紡がれた物語』はオンパロスそのもの、それを調べればオンパロス再生に役立つ情報が手に入るかもしれない。あなたにとっても、悪い話じゃなかったでしょ」
画面には3Dスキャンされた『紡がれた物語』のモデルがゆっくりと横回転し続けた状態で表示されている。サイズ、素材、構造、ページ数……さまざまな情報が一目でわかるように整理されており、その横に格納された情報が横書きで羅列してあった。
「そして解析した情報をインデックス化……キーワードとかタグ付けとかの方がわかりやすいかしら。とにかくそのキーワードに当てはまる星や星系……つまりオンパロスに類似した例がないかを宇宙ステーションの観測範囲内で検索した」
はたまた画面には無数のキーワード、「予言」や「英雄」、「輪廻」や「壊滅」、「黄金の血」……オンパロスを構成する要素の名前が並んでいき、該当した数の多い星が赤い点で示される。一通りヒットすると今度は割合の低い順から赤い光が消えていき、最後に残った一点が拡大表示される。
「その中で最も該当の割合が多かったのがこの星」
いつの間にかもう一人のヘルタ人形が四つん這いになって、画面を指差すヘルタの踏み台にされている。人形とはいえ自分と同じ姿をした(厳密には違うが)ものを足蹴にして何も思わないのだろうか。
「何者かによる電子妨害を受けて大抵の情報は得られませんでしたが、その名前だけは判明しました。その世界の名は、アイオニオン」
すいっと脇から出てきたスクリューガムが自分の領分のためヘルタに代わり説明する。彼も腕のデバイスを操作して画面に新たな情報を追加していくが、そのほとんどが「不明」だった。
「我々のいる銀河系からは五百万光年以上も離れた場所にあり、さらにそこまでには多数の“虚数エネルギー”*1の壁に阻まれるようになっています。たとえ星穹列車といえども、複数回の連続跳躍は燃料に莫大な負担がかかることでしょう。結論:我々の調査のために列車の方々にそこまでの負担を強いるのは、総合的な合理性に欠けると判断します」
「私も同意見。鉄墓との戦いで御旗印として頑張ってもらったあなたたちに、さらに面倒そうなことをやらせるほどマッドではないわ」
モニターを閉じ、ヘルタは踏み台から降りて壇上の方へ足を向ける。
「そこで、模擬宇宙のシステムを使ってあなたをアイオニオンへ転送する方法を思いついた」
人差し指を立て得意げに語るヘルタ。対して
「そんなことできるの?」
「応用すれば出来ないわけじゃないわ。模擬宇宙はコンピュータ上に架空の星を再現して、そこに電子データとなったあなたのアカウントを送ってる。つまりこれなら実際にその星に行ったわけじゃないけど、その星に赴いて実際に干渉できるようになるの」
「へー」
興味なさげに返してしまったため、鉄製のチョップが頭部を襲った。顔を上げればヘルタが半目で、それでいて眉間に皺を寄せてこちらを見つめている。
「人が真剣に説明してやってるっていうのに、聞く態度がなってないようね?」
「わわわ分かった……すごいことは分かったから……!ちょっと待って、顔掴むとき爪立てないであがががが」
ヘルタ の アイアンクロー! こうかは ばつぐんだ!
「はぁ、まぁいいわ。早速テストを始めるわよ、いつもみたいに転送台に乗りなさい」
ヘルタは手を離した。
「では転送作業を開始します。転送座標の計算を開始、テレポートプログラムの転化確認、宇宙ステーション軌道“アイオニオン”延長線上に固定……」
ちょうど人一人分が乗れるような円形の丸い光の上に足を乗せた彼女は、手術台に立ったような面持ちでじっとその場で待っていた。
「なぁにお子ちゃま、緊張してるの?」
「いや、何度やってもこの感覚は慣れないよ」
「なにそれ、いつも太々しい顔でとんでもないことをやらかすくせに」
ヘルタの言葉に、灰色髪の少女は照れたように頭を掻く。
「褒めてないわ……いい、これは私にとっても重要な研究。いつもより真剣に取り組んでもらいたいものね」
「わかってる。オンパロス再生を今よりも早められるのなら、いくらでも手を貸すつもりだよ」
打って変わって、星の表情からは剣呑さが消え、その瞳には真っ直ぐな光が宿る。その顔つきが、“オンパロス“という世界にかける彼女の想いを物語っていた。
「それなら結構。ほら、もうすぐ転送が始まるよ」
体が軽くなっていく感触を全身に覚える。指先から粒となっていき、粒が量子の海へと流れていくのが肌で分かった。
「転送開始」
スクリューガムの声と共に、ヘルタのオフィスが、宇宙ステーションが、そして星系が、光る小粒大にまで小さくなっていく。まるで走る列車の窓から見る景色のように、前から後ろへ星々が近づいては遠くなりを繰り返していた。
黒塗りされたコンクリートのような虚数エネルギーの壁をいくつも越え、数多の星系を通り過ぎていき、すると、やがて前方に青と黄色の入り混じったような球形の何かが見えてくる。きっとあれこそスクリューガムの話していた世界「アイオニオン」だ。
「な、何っ!?」
突然、彼女の視界は黒い霧に覆われる。
「くっ、どうすれば……!」
アイオニオンまであと一歩、というところで黒い霧が身体にまとわりつき、電子体となった彼女を徐々に侵食していく。武器を出して振り払おうにも、転送中の今は武器が出せない。
「あともう少し……もう少しだけもってくれれば……!」
先ほどから救難信号をヘルタに送っているが、砂嵐のような音が終始聞こえるだけで通信できているかわからない。だがこのまま何もしなければ、いつかこの黒い霧に完全に呑まれてしまう。
「誰か ッ」
助けを求めて手を伸ばす。ただひたすら前へ、先にいる「誰か」へ。
次の瞬間、視界が真っ黒に染まる。体の端から感覚が失われていく。やがて
アッハ!
彼女が意識を失う直前、吹き出したような大きな笑い声が、頭の中に響いた気がした。
補足説明
「模擬宇宙」
宇宙の四人の天才が宇宙そのものをコンピュータ上に再現し、その中にいる神を観察することで神はどうやって作られたのか、なぜ作られたのか、何のために作られたのか、その真相を突き止めることを目的とする研究及び設備。これにより神に直接質問を投げかけることができるが、神は基本的に矮小な存在に興味を示さず、それはコンピュータ上のも同じ。そのためヘルタは