開拓に交渉はつきもの。今は交渉上手な姫子やヴェルト、丹恒やサンデーといったメンバーはいない。彼らの交渉手段を思い出しながら、なんとかノアたちに信用してもらおう。
篝火が立ち上るノポンキャンプ。焚き火を囲み、簡素なチェアに各々腰掛けて互いに自己紹介を済ませた上で、今自分が置かれている状況を説明する。遥か遠い場所からこの世界を調査するためにやって来たこと、本来「天才」たちからのバックアップがあるはずだったが今は受けれないこと、特殊なやり方でここに来たので帰り方がわからないこと、そして自分はケヴェスとアグヌスとやらのどちらにも属していないことを、包み隠さず全て話した。
彼女の話を聞いているノアたちの表情は真剣そのものだったが、そこに疑惑と困惑が混じっているのは星にも容易に察せられた。
「……しっかり聞いてみても、やはり信じられない。この世界に“外”があるだなんて」
ノアが顎に指をかけ、考え込むような仕草をとる。
「でも確かに、服装や武器もケヴェスやアグヌスじゃ見かけないようなものだ。ケヴェスだとしたらパワーアシストなしでアレだけの膂力があるのはおかしい。だがアグヌスだとすれば、同胞であるはずのアグヌス兵に襲われていたのは奇妙だ」
「そーゆー作戦かもしれねーぜ?アタシは見たことはねーけど、実際に騙し討ちみたいな戦法を好むアグヌスの部隊がいたって話は聞いたことがある」
口調は軽いが冷静な指摘がユーニから溢れる。頬杖をついてリラックスはしているものの、何かあった時いつでも動けるよう普段と違って足は組んでいない。
「つまり、彼女はアグヌスのスパイだと?」
「まだ言い切れねーけどな。疑っとくぐらいはしといたほうがいいだろ」
「……まぁ、可能性は払拭しきれないな」
そのやりとりを聞いている星の目線は、ランツとムンバ、そしてノポンという種族のリクの集まりに向く。
「外の世界からやってきたなんて、信じられるかよ。ノアが助けちまったから、そん時はなんとも思わなかったけどよ」
ランツは腕を組み、星を睨む。明らかにこちらを警戒していた。
「そうかぁ?堅実さを重視するケヴェスの戦い方にしては大胆すぎるし、手数を重視するアグヌスの戦い方にしては大振りすぎる。俺は見たことないぜ、あんなスタイルの兵士は」
対してムンバは星に対してそこまで懐疑的でなく、むしろ興味が勝っているように見えた。経験豊富な彼の見たことがある・ないは貴重な証言になる。
すると、リクがてくてくと星の方に近づていく。遅れて気づいた四人はすぐさま彼を止めようと席を立ちかけたが、すでにリクは彼女の手が届く範囲まで近づいていた。
星の両目がリクの方を向く。
「お前の
「ブレイド?ああ、バットのこと?」
彼女は何もない場所からバットを取り出し、あっさりリクに預ける。ブレイドは兵士たちにとって命と同等であり、仲間以外に自分のブレイドを渡すというのは御法度のはずだが、彼女の価値観では違うようだ。それとも、極端に警戒心が薄いのか。
バットを受けとり、それをまじまじと観察し始めるリク。時々何かしらの機械を取り出してスキャンしたり、小さなハンマーで軽く叩いて音を確かめたり、頭上に持ち上げて重さを測ったりしている。
「……信じられないも」
一通り見終わって彼女に武器を返したリクは、そう溢した。
「信じられない、って?」
ムンバが少し食い気味に聞く。
「この武器の組成、アイオニオンにある金属じゃないも。そればかりか、金属でできてるかどうかすらわからないも」
「アイオニオンにない素材……どうしてそう言い切れるんだ?」
椅子に座り直したノアが、取り乱しているリクを珍しがっている。おかれている状況を淡々と、しかし冷静に分析するのが常の彼であったので、ここまで感情を抑えきれないリクにリク自身も驚いていた。
「あれだけの衝撃波を発生させたら、この細さだと地面にぶつかった瞬間に折れてるはずだも。でも実際このブレイドは折れてない、これは金属的な硬さだけじゃなくて柔軟性も兼ね備えている証拠だも。リクの知る限り、アイオニオンにはそんな素材も技法もないも」
「へー、そうなんだ」
当の使用者はリクの話を聞いて感心している。肌身離さず使っていた相棒のような存在であるため、武器としての性能などにはそこまで興味がなかったのだ。
「それに、ここが一番大事なとこなんだけども……この武器、命の日時計と接続されてない━━ブレイドじゃないも」
「……何だって?」
心底信じられないと言いたげにランツが聞き返す。
「つまりこの武器じゃ、ケヴェスにもアグヌスにも命を送れないも」
聞きなれない言葉の連続に耐えきれなくなって、星は身を乗り出した。
「さっきから気になってたんだけど……ブレイドとか、命の日時計とか、ケヴェスとか、アグヌスとか……私の知らない単語がいっぱいあるんだけど、それについては教えてくれないの?」
「あ、ああ。ずっとこっちからの質問に答える形になっていたからな、すまなかった。じゃあ、一つずつ説明していこう」
面食らったかのようにノアは慌ててから、
「なるほどなぁ……」
星は腕を組み、ノアの話を黙って聞いていた。話終わりに彼女は目を開き、姿勢を整える。
(これが、この世界の本来の姿なんだろうか?でも人を殺さなきゃ生きられない世界なんて絶対おかしいし……もう少し情報が欲しいところだけど、彼らはこれ以上知らなそうだしなぁ……)
「……ひとまず基本的なことはわかったから、あんたたちの拠点に連れて行ってくれない?」
星がそう言った瞬間、ノアたちの表情が強張る。
「もちろんタダでとは言わない。受け入れてくれるのなら、あんたたちに全面的に協力するし……この世界にない素材だってあげられる。それでどう?」
今度はそれはそれで……と言わんばかりに微妙な顔に変わるノアたち。
「そ、それは本当も!?」
唯一リクだけはまだ見ぬ異世界の素材に期待を膨らませているような、輝いた目をしていた。「そっちを
「……あーもう、わかったよ。ひとまず行くところなさそうだし、放っておけるほど薄情じゃねーし」
頭を掻きながら一番最初に立ち上がったのはユーニだった。しょうがねぇなぁ、と愚痴りながらも困っている人を放っておけない人の良さが滲み出ている。
「最初に彼女を助けようと言ったのは俺だ。助けた以上、責任をもって受け入れの手助けをするよ」
次に立ち上がったのはノアだった。ツンデレ気味のユーニに対して自分の考えをはっきりと伝えるところに、真っ直ぐで素直な性格が如実に表れている。
「ひとまずは信じてみても良さそうじゃねーか?個人的な見立てだけど、彼女が悪い人のようには見えねぇ」
ムンバもノアに続く形で、隣のランツに語りかけるかのように椅子から立った。年長者がゆえの落ち着きと人を見る目からなる言葉一つ一つが、ランツを納得させるだけの力をもっていた。
「ったく、最後まで残った俺が悪者みてぇじゃねーか」
最後にランツが立ち上がり、星の方を向いて両腕を胸の前に組む。
「裏切ったら全力でぶっ飛ばしてやる。覚悟しとけ」
「うん、わかった」
その様子を見ていたユーニはやれやれと手を挙げて首を振り、リクはため息をつき、ノアとムンバは苦笑しながらも暖かい目で二人を見つめている。異世界同士の交流は、なんとも言えぬ幕開けを迎えた。
翌朝。ノポンキャンプを発った一行は、渓谷を抜けて平原の方へ歩いている。
「今から向かうのは、俺たちが所属しているコロニー9ってところだ。そこで君は、記憶喪失のケヴェス兵として保護されたって設定で過ごしてもらう」
ノアは歩きながら話す。身元不明の人間を易々と受け入れるほど、彼らの所属する場所は甘くはないようだ。
「それがいいね、さっき白い格好の奴らと戦った時もあんた達と間違われてたし。確かに黒っぽい格好ではあるけどさ……」
彼女の格好は黒を基調としたコートにタイトスカート、そして各所を彩る黄色いリボンが特徴的な服装である。記事は薄そうで、装甲も見当たらず、防御力は低そうに見える。
「でも実際はすごい丈夫なんだよ。仲間の力で強化されてるから防御力も高いんだ」
今まで見てきたことが見てきたことなので、そう言う彼女の言葉は不思議と嘘に聞こえなかった。
「そういや、ふと気になったんだがよ。それなんだ?」
ユーニの目を引いたのは、金と赤に塗装された、長方形をしたアクセサリーのようなもの。コロニー9の配給所でも見かけたことがない、腕輪とも指輪ともネックレスとも違うもの。なんらかの方法でコートの胸元あたりの裾に留められており、陽光を受けてキラキラと輝いている。
「これはわたしの真の所属を示すもの。星穹列車の乗員であることの証明だよ」
「昨日も言ってたな、そのセイキュウレッシャってやつ。そいつは一体なんなんだ?」
んー、と唇に人差し指を当てて星はしばらく考え込んだ後、やがてユーニの方を見る。
「世界を開く者達、かな」
「世界を、開く……?わけわかんねー」
はぐらかされたような回答に、ユーニは不満を漏らすのだった。
「……ふむ、外からの来訪者、か」
とある場所、電飾のついていない巨大な劇場。巨大なスクリーンにセピア調で、星がノアたちと共に歩く姿が映し出されている。
その一番見やすい場所、二階席を含めた三段構造の真ん中の段、その一番前の席に腰掛け、物憂げにそれを眺めるものがいた。一見すると白く長い髪の毛に赤と紫が混じったような燕尾服に身を包む初老の男性であるが、その顔はひどくひび割れていて額の両端からは悪魔の角のように紫色の炎が吹き出している。明らかに人のそれではなかった。
「一体何者だ?“瞳”をもってしても、存在を図りきれない」
心底不思議そうに呟く。男は指で顎を撫で、先を憂うような光を目に帯びていた。
「しかし所詮は一人の命。一人で巨大な“流れ”に打ち勝つことはできん」
足を組み、スクリーンを見据える男。その声には怯えはない。恐れはない。震えはない。ただ淡々と事実を確かめるように口にする。
「誰も“世界”には敵わない。我らメビウスこそ“世界”なのだから」
劇場内が暗転する。一面が影で覆われていく中、男の両眼を蠢く「∞」の文字が、いつまでも赤い光を放っていた。
補足説明
「星穹列車」
開拓の神「アキヴィリ」によって造られた列車であり、虚数の壁を越え長距離の宇宙航行「跳躍」が可能。これにより星穹列車に所属する者、すなわち「ナナシビト」は数多の星々を渡り歩くことができる。なんらかの理由で困窮した世界に現れ、数々の問題を解決してみせた功績は宇宙の多くの組織から高く評価されている。
直近では知恵の神に認められた者たちで構成された「天才クラブ」、宇宙一の企業である「カンパニー」、戦艦型スペースコロニーの艦隊群「仙舟同盟」などと協力し、全宇宙を滅ぼしうるほどの力を持つ「壊滅」の直属の部下「鉄墓」を苦難の末討伐に成功した。