俺だってなりたくて女の子になったわけじゃないんだ! 〜天下無敵の女子中学生・葛葉ちはやの知られざる悲哀より〜   作:蘇芳ありさ

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幕間『とある少年の勇気ある歩み寄りと、能天気なようで思慮深い少女』

 

 

 

 ──このままじゃいけない。そんなコトは姉貴に言われるまでもなくわかってる。

 

 かなりしつこく勧誘というか、気がついたらそういう運びになったのは事実だが、最終的にアイツの頼みを聞き入れたのは俺だ。

 

 だから俺にはこの仕事を最後までやり遂げる責任がある。だったら、俺は──。

 

 

 視線を上げる。視界の隅に映るのは、確実に地球外起源種の戦闘民族。見た目と優しい性格以外褒めるところの見当たらない同じクラスの女子。

 

 俺こと新海悠二(しんかいゆうじ)は、とうに出した結論とあらためて向き合うのだった。

 

 

 

 

 

 ……さて、まずはこれまでの経緯を確認しよう。

 

 とある企業事務所入りを熱望するちー(・・)の妙な拘りにより、株式会社高華院大学中等部所属VTuber研究会、通称ぶいけんっが設立され、それにあたってアイツの使うVTuberのガワを作ることになった俺はある問題にぶち当たったわけだ。

 

 

 今さら言うまでもないが、ちー(・・)の奴は世に二人といないとまで評されるほど容姿に優れた女子である。

 

 マスコミ曰く、国民的美少女。高華院の生徒曰く、無敵すぎる学園のアイドル。

 

 そんな見た目だけで食っていける女子が顔出しの配信者ではなく、二次元のガワを前面に押し出すVTuberになりたいと言うのだ。

 

 

 ならば下手なシロモノを世に出そうものなら、これなら素顔の方が良くねとファンの酷評は確実。

 

 イラストレーターを志望する自分の将来はお先真っ暗になろうと、俺は思い悩んだのである。

 

 

 ……問題はまだある。

 

 かかるプレッシャーだけでも相当なものだが、同じ中等部に通う生徒の大半がそうであるように、俺は──もう白状しちまうが、ちー(・・)の奴にに淡い恋心を抱いる。

 

 そのため、アイツの目を見て話すことが未だにできないのである。

 

 

 さすがは俺。これでは納得のいくまでアイツをデッサンして、アニメ調のキャラクターに落とし込むなんて出来やしない。

 

 さらに、俺自身の特殊能力も足を引っ張った。

 

 

 それは瞬間記憶能力と完全複写能力。

 

 瞬間記憶能力とは、見たものをその場で瞬時に、かつ鮮明に記憶でき、また記憶の混同が起こらず、見たままに思い出せる能力であり。

 

 完全模写能力とは、手本となるイラストを寸分違わず再現する能力だが、俺はこの二つの能力を使いこなすことにより、見たものを、いつでも、完璧に描き切ることができた。

 

 

 どちらも数万人に一人と言われる大変希少な能力であると言われ、それこそが偶然そのことを知る機会があったちー(・・)の奴が自分のデザインをプロに発注せず、だだのクラスメイトに過ぎないこの俺をぶいけんっに引き摺り込んだ理由でもある。

 

 ……だが、これらの能力はファンアートを描くだけならともかく、葛葉ちはやという本人のいるデザインを完成させるにあたっては大変不利に働いた。

 

 

 これが完全に『架空の人物』であるのならば特に問題ない。瞬間記憶能力は自由なイメージを阻害しない。

 

 だが実在の人物をモデルにしたキャラクターをデザインするとなると話は別だ。そのイメージの前には常に記憶にある実像が立ち塞がる。

 

 

 ましてや、今回の比較対象は絶世の美少女とまで言われる葛葉ちはや本人……これでは何度やり直してもアイツのデザインを完成させるなんてできやしない。

 

 ……ならばどうするか。答えはどちらの能力も発揮しえない環境を整える。これに尽きる。

 

 

 やり方もデザイナーの基本に立ち返り、本人をモデルにしてデッサンを繰り返し、その中で少しずつ納得できるデザインを模索する。

 

 とどのつまり、どうあっても現実の葛葉ちはやと向き合わないかぎりこの仕事を完成させることはできない──その結論をあらためて突きつけられた俺は、アイツの広すぎる自宅に設けられた部室で上擦りそうになる声を抑えてこう切り出した。

 

 

「……ちー、ちょっといいか?」

 

「ん? なぁにゆー君」

 

 

 呼ばれて近づく女子の距離感はかなりバグっている。

 

 この辺りはちー(・・)奴が柔道をやっていることも関係しているのだろうが、未だにコイツの顔をまともに見れない俺は必然的に俯き、結果として形の良い胸の膨らみを至近距離で直視することになった。

 

 

 季節はまだお盆前だ。フリルのついた上品な(そして高そうな)ブラウスは夏物ということもあって布地が薄く、薄っすらと下着の線が浮かび上がりそうだ。

 

 咄嗟に視点を下に逃がすも、そちらはさらに拙かった。

 

 腰と鼠蹊部のラインが丸わかりのホットパンツから伸びる見事な太ももに目を奪われて息が詰まり、説明なんてできやしない。

 

 俺は一事が万事この調子なので、他の部員たちも苦笑気味だ。

 

 

「たぶん新海君はデザインのことでちはやさんに相談があるのでしょうから、向こうでコーヒーでも飲んで落ち着いて話してきたらどうでしょうか?」

 

 

 空気の読める道隆が奥を見ながら提案したことで、ちー(・・)の奴も俺の顔を覗き込もうとする動きを止めて「なるほど」と納得した。

 

 

 よっしゃ、さすがは親友。奥の小部屋なら悪魔のようなメイドも居ないし、俺も落ち着いて話せる。

 

 そう思った直後にちー(・・)の奴が俺の手を無許可で握り、引っ張りやかった……!!

 

 

「だってさ。向こうに行こうか、ゆー君」

 

 

 そう言われて連行される俺は誰の助けも得られなかった。

 

 親友の道隆。幼馴染のあかね。腹違いの姉貴──どいつもこいつも捕食寸前の俺を見て暢気に笑うだけだった。

 

 

「彼、何とかなると思いますか?」

 

「なるんじゃない? 普通の配信者だったらファンを納得させるのが大変かもしんないけど、ちーが適当でいいっていってるからねえ……下手に文句をつけてたらどうなるか、ファンもアンチも分かってるし、どんだけ時間が掛かってもいいっていうなら、悠ちゃんもそのうち納得のできるものを描きあげるっしょ」

 

「そうね。ようは悠二が納得できるかどうかだから、あまり自分を追い詰めないといいんだけど……」

 

 

 何が自分を追い詰めるな、だ。

 

 俺を追い詰めてるのはちー(・・)の奴なんだから、さっさと助けろ薄情者。

 

 俺は結局あまりの出来事に動転するだけで、何も言えないまま連行されるのだった。

 

 

 ……そして、盛大にやらかす。

 

 リビングのソファーに座らされて、ちー(・・)の奴が豆から挽いたコーヒーに口をつけた俺は、それなりに落ち着いたように見えたかもしれない。

 

 

 少なくとも向かいのソファーに腰掛けたアイツはこっちを見ても何も言わなかったし、俺自身の主観でもみずから退路を絶ったことに加えて、周囲の視線がなくなったことも手伝ってか気持ちの上では落ち着けたと思っている。

 

 相変わらず向かって正面のちー(・・)を視界に入れるのは照れくさいが、そちらはいつものように焦点をずらせば何とでもなる。

 

 

 大きく息を吐いた俺はもう一度コーヒーに口をつけた。

 

 世話焼きの女子が淹れたものは、練乳とシロップがたっぷりのコーヒー牛乳とでも呼ぶべき代物だが、その点に不満はない。純粋に糖分の補給は有り難いと、もう一度深呼吸してから視線を戻す。

 

 すると頃合いと判断したのだろう。ちー(・・)の奴がいつもの能天気な口調で尋ねてきた。

 

 

「それで、わたしに相談って何なのかな? 現金だったら、たしか1000億ドルぐらいあるから幾らでも貸せるよ?」

 

「馬鹿、借金の申し入れじゃねえよ」

 

 

 咄嗟に出た憎まれ口は苦笑半分だ。俺もコイツに苦手意識があるわけじゃない。目のやり場に困っているだけで、会話自体は普通にできる。

 

 ここまで時間を稼げたおかげで、依頼の要件もかなり纏まった。

 

 口に出して頼むこともとてもシンプル。最終的にモデルになってくれと、これだけでいい。

 

 

「で、肝心の頼み事なんだが………」

 

「あっ、ごめん落としちゃった! ちょっと待ってもらえる?」

 

 

 だが、ここでノイズが混ざった。

 

 おやつのショートケーキを口に運ぼうとしたちー(・・)が珍しく目測を誤り、上唇に当ててしまった苺が服の上を転々としてしまったのだ。

 

 二度目のバウンドを許さずキャッチしたのはさすがだったが、一度目のバウンドでクリームが付着したブラウスはどうにもならなかった。

 

 とりあえず、フォークに刺さったままのケーキと右手の苺を口の中に放り込んだちー(・・)は、ティッシュで指先を拭うとブラウスの汚れた部分を目の前まで引っ張り出して、「あちゃー」と嘆くのだった。

 

 

「うーん、着たばかりだけどこれはエミリアに直行かな。こういうのはゴシゴシ擦ると繊維を痛めちゃうもんね」

 

「………」

 

 

 その光景を目にした俺の喉が大きく鳴る。

 

 さもあらん。何しろ見事に引っ張り出されたブラウスはちー(・・)の胸元まで捲り上げられているのだ。

 

 チラチラと下着に包まれた胸の谷間が見え隠れして、薄っすらと肋骨が浮かび上がる脇腹からホットパンツの上まで丸見えとなる。

 

 思春期の男子であるこの俺が煩悩に塗れても責められまい……。

 

 

「まあ、こっちは後で着替えるとして……何度もごめんねゆー君。用件をどうぞ」

 

「お、おう……」

 

 

 要件。要件は、そうだ。こいつの裸が見たいんだった。でも正直に言ったら張り倒されそうだからな。それでモデルよ。ヌードなら芸術だし、まさに一石二鳥だな。

 

 

「たのむ、ちー。お前のヌードを描かせてくれ」

 

 

 俺はテーブルに両手を突いて、土下座やむなしの勢いで頼んでみたが、するとどうしたことだろうか。葛葉ちはやともあろう女子が珍しく目を丸くしている。

 

 それはまさに青天の霹靂を目の当たりにしたような。そんなマヌケ面を視界の端に捉えてしまったのである。

 

 

 ……なんだろう。

 

 俺もいきなりモデルになってくれって頼み込んだわけだから、いつもより格段に踏み込んだコトは認めるが、そこまで驚くか?

 

 俺は釈然としない気持ちを抑えてその理由を説明するのだった。

 

 

「つまりな。俺はお前のデザインを完成させるに当たって、もっとお前のコトを知らなきゃいけないんだ。お前がどんなときに笑うのか、怒るのか……お前の喜怒哀楽をきちんと直視して、夢で魘されそうなほどデッサンを繰り返さないと納得できるデザインなんてできない。でも、す……、ど、同級生の女子の顔をガン見するなんて気まずいだろ? だから……」

 

「だからわたしが裸になれば顔しか見れなくなる、って言いたいんだね?」

 

 

 その指摘に自分が何を口走ったか、今さらながらに気付かされた俺の顔が際限なくが熱くなる。

 

 やらかした事を自覚した俺の姿に、葛葉ちはやは完璧な笑顔まま大きく息を吐くのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 ──何かと奔放でフリーダムな印象のある葛葉ちはやだったが、彼女は頭脳面も優秀で、文武両道の天才である。

 

 また、特殊な出自から思春期男子の心理についても無知ではなく、目の前の少年が自分を一途に想っていることにもそれとなく気付いていた。

 

 さすがに何でいきなり裸を見せろと言い出したのかはさっぱり分からないが、たぶん、彼なりに追い詰められた結果のだろう、と納得する。

 

 

 ならばどうするか。少なくともこの少女は、気の置けない男友達の失言をあげつらうという発想にはならない。

 

 なんと言ってもとある企業事務所のVTuberになることに拘り、自身のデザインを彼に依頼したのはちはや本人なのだ。

 

 それが大きなプレッシャーとなっているなら、彼の要望は可能な限り取り入れたかった。

 

 

(だからってヌードモデルかぁ)

 

 

 仮に目の前の男子中学生が自分の裸を見たがってるだけならここまで悩まない。

 

 葛葉ちはやは新海悠二に恋愛感情こそ持ち合わせていないものの人間的には信用しており、もし将来的な結婚を前提とした交際を持ちかけられたら真剣に考慮するつもりもあった。

 

 だからこそ彼女の理性は拒否とは反対の方向にまとまりつつあった。

 

 

「別にわたしの裸なんて大したもんじゃないし、ゆー君が見たいって言うなら見せてあげても構わないけど……それでちゃんと描ける? 鼻血を出しすぎて救急車で運ばれるのは、さすがにヤだよ?」

 

 

 だが、その結果がこれである。

 

 天が二持も三物も与えたような葛葉ちはやであるが、残念ながら彼女は自身の容姿に無頓着だった。

 

 自分の価値をわかっていない。これには思春期の少年と、今は傍観者の立場におさまっている中の人も呆れざるを得ない。

 

 

「……それなら問題ない。俺の目的はお前の裸を見ることじゃなく、その逆だからな。それにもし俺がこの言葉を違えても、お前なら余裕で俺を張り倒せるだろ。そんときは俺と絶好して追い出すなり、あのメイドたちに引き渡して社会的に抹殺するなり、お前の好きにしてくれや」

 

 

 口に出した言葉に偽りはない。

 

 単に少女の裸に興味がないと嘘をつかなかっただけだが、その程度の叙述トリックでこの少女を欺くことはできなかった。

 

 うーん、と半信半疑の表情で腕組みした少女がさり気なくブラウスのボタンを外すのを、気まずそうに顔を逸らした少年は見過ごしてしまった。

 

 

「ゆー君」

 

「ん? 何だよ、ちー」

 

「えいっ」

 

「ブフォ」

 

 

 いきなりブラウスの前をはだけた少女の姿に咳き込むが、彼の視線は決してブレずに意外と豊かな胸の谷間に一直線だ。有罪と言うより他になかった。

 

 

「嘘つき。やっぱりわたしの裸に興味あるじゃん」

 

「あ、あっても見ないように努力するっつってんだよ」

 

 

 なるほど、確かに嘘は言っていない。だが見ないことが目的だという彼の信憑性は地に落ちた。

 

 してやったりの表情で腰に手を当てる葛葉ちはやだったが、彼女の目的は目の前の男子をやり込めることではない。

 

 

「ま、さっきも言ったけど、別に見たかったら見ても構わないよ。ただ、そういうことならモデルをやるのはメイドのお休みと重なる明日にしてもらえる? さすがにゆー君の前で裸になるところを他のみんなに見られるのは避けたいからね」

 

 

 そう言って隣に座り込む少女を極力視界から排除して、少年は目を瞬かせた。

 

 

「……いいのかよ? ぶっちゃけ張り倒されても文句を言えないって思ってたのに」

 

 

 まあ、同じコトを他の女子に言ったら、二言目には「サイテー」の罵倒が返ってくるだろうから、彼が狐か狸に化かされているような気分になるのも無理はない。

 

 

「いいよ。わたし、ゆー君を信用してるからね」

 

「信用って……どうせヘタレの俺には何もできないってタカを括ってるって意味でか?」

 

 

 胡乱げな視線を首から上に向けるが、彼女に自分をからかう様子は見られない。それどころか彼女はにこやかな笑顔で腕を絡めてきてこう言うのだ。

 

 

「ううん。ゆー君ってば今もわたしの身体を見ないようにしてるし、隣に座っても肩を抱いたり太ももを撫でてきたりしてないでしょ? だからね、わたしゆー君なら、わたしに手を出してもちゃんと責任を取ってくれるだろうなって、信用してるんだよ」

 

 

 その言葉に喉がゴクリと鳴る。

 

 この少女は裸を見られることもそうだが、手を出されることも拒否する様子がない。自然と顔色を伺うと目が合ってしまったが、やはりこの少女は意味ありげに笑ってるだけだ。

 

 

 ──それはあまりに危険だ。少年は厭になるほど理解している。自分を挑発するようにブラウスの前を開き、柔らかい胸の膨らみを押し付けてきたこの少女は、しかし、けして無防備ではない。彼女は何が相手であっても、己が貞操を余裕で守り切れる。ここで手を出しても、決して自分の望んだようにはならないと。だが、目の前の少女は口付けをねだってきているかのようではないか。彼女の両肩に手を置いて、ちー、と呼びかける。彼女は無言。されどもその笑みはまるで変わらない。少女の脇腹に触れても寛容と友愛の笑顔が曇ることはない。それどころか文字にできないようなコトをしても、彼女は甘い吐息をこぼしながら照れくさそうに微笑するのみだ。イケる。その確信に最後の選択肢をクリックすると、この上なく愛らしい少女は「頑張ったね、ゆー君」と、たまらない笑顔を見せてくれて──。

 

 

 なんて、脳内の悪魔がしきりにけし掛けるが、騙されてはいけない。天使の忠告を待つまでもなく却下する。

 

 まったく、どこのエロ同人だと、さりげなく膝を組み直してから答える。

 

 

「俺はエロ親父か、って言いたいところだけど……実際居るのか? そんなセクハラじみた真似をしてくるヤツ?」

 

「意外と多いよ。特に自分の地位と立場が強いって思ってる人ほどね」

 

 

 なるほど。すでにその手の権力者と会う機会のあるこの少女が言うと説得力に事欠かないが、同じ男というだけセクハラ親父と同列に語られては堪らない。

 

 

「言っとくけど、俺の場合はお前に迷惑を掛けないように我慢してるだけだからな」

 

「知ってるよ。だからわたし、ゆー君に何をされてもみんなには内緒にしておいてあげるんだよ」

 

「って、人聞きの悪いことを言うなよ。まったく……」

 

「あはは、ごめんごめん。まあ、今のはわたしの基本スタンスってことで……それに無理を最初に言ったのはわたしだもんね。ゆー君の要望は可能なかぎり聞き入れるよ」

 

 

 あっけらかんとした笑顔を前に、少年は今さらながらにどこまでが冗談か分からなくなった。

 

 まあ、この調子なら、さっきの失言も憶えちゃいないだろう。新海悠二はそう楽観することにした。なんと言っても葛葉ちはやは細かいことを気にしないのだ。

 

 

 ……それに役得もあった。

 

 その後は明日の再会を約束してナイショの会議は解散。一緒のディナーに誘ってくるお嬢さまに謝辞を伝えて、ぶいけんっの仲間とともに退散。

 

 自宅に帰り、独り悶々と寝付けぬ夜が終わり、翌日に彼女の部屋を訪ねても、彼の中から騙されてたまるかという疑念は燻り続けたが……。

 

 

「いらっしゃい。それじゃあわたしの寝室に行こっか」

 

「お、おう……」

 

 

 いつものように完璧な笑顔の少女に案内され、彼女の寝室に通されることになった男子中学生は冗談じゃなかったのかよ、と戦慄を余儀なくさせれた。

 

 

 ……考えすぎだろうか。

 

 ちー(・・)の奴もモデルをやる以外のつもりはない。だが、だとしたらなんで寝室なんだ?

 

 別にいつもの部屋でいいだろうに……それと、今日に限ってスカートを履いてるのも不自然だ。

 

 数少ない例外である学生服のときも、足元がスースーするってスカートを嫌ってるのに……。

 

 

「ゆー君、ゆー君、こっちこっち。そっちはリビング。わたしの寝室はこっちだよ」

 

「お、おう。……いや。今のは、ちょっと考えごとをしちまって……」

 

 

 ヤバかった。本人に言ったら絶交やむなしのヤバい妄想をしかけちまった。我に返った少年は誤魔化すのに苦労しながら少女の寝室に足を踏み入れた。

 

 640平米の超高級マンションの一室にふさわしい少女の寝室には、見るからに値の張りそうな豪奢なベットがあるかと思えば、備え付けのソファーには未使用のバスローブも用意されていた。あれは風呂上がりでもなければ、ヌードモデルの休憩時に着用するしかないはずだが……。

 

 

 ……本気か? まさか本気で脱ぐ気か?

 

 あの葛葉ちはやが。新入生総代として体育館の壇上で挨拶する姿を初めて見たときから、気になって仕方のなかったあの少女が。翌日には下駄箱一杯に詰め込まれたラブレターに業を煮やし、校内放送で逆に呼び出してブロック塀を片手で握りつぶし、惚れた女なら力尽くでモノにして見せろと挑発──懲りずに挑んだ数人の勇者を優しく投げ飛ばし、柔道部の顧問に気に入られて入部するや、瞬く間に全国制覇。今年の夏にはオリンピックにも出場して、なぜか男子の金メダルをも総取り。身の程を弁えて身を引く男子が続出するなか、諦めきれずに遠くから眺めていた少女が、自分の才能を見込んで声を掛けてくれて、いつも近くで笑ってくれたあの少女が自分の前で裸になるつもりなのか。モデルになってくれと頼むつもりが、ついヌードを描かせてくれと言い間違えばかりに……寝不足の少年は自他の正気を疑い、いまだに自分が寝ぼけていると感じるほどだ。

 

 

 だが、これは現実。自分の寝室に同級生の男子を連れ込んだ少女の微笑に意識が一気に覚醒する。

 

 邸内に邪魔をしそうなメイドの気配はなく、喉を鳴らした少年はなんて言ってお暇しよう、と頭を酷使するのだった……。

 

 

 

 

 







実は18歳以上のオトナだけが読める3万字オーバーのバージョンもありますが、こちらは全年齢版なのでちはやさんは脱がないと思います。


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