天童ケイ×先生カップリング短編集   作:チビサイファー

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アリスが姉としてケイちゃんを一押しする話

「先生! いつまでモモイに熱くなってるんですか!」

 

 ゲーム開発部室内でケイの声が張り上がる。

 

 明くる日。先生を交えたゲーム開発部内対抗ゲーム大会が開催されたはいいが、肝心な先生はまだ仕事を抱えており、見かねたケイが探しに来たのだった。

 

「だ、だって……今戻ってもリンちゃんたちが待ち構えてるし、ここなら俺がいても受け入れられるし……」

「だってもなにもありません! 休息も必要でしょうと少しばかり見逃してたら、もう夕方ですよ!! 教師なんですから示しをつけてください!」

「だめだよ先生! 私達に示しをつけるということは、勝ち抜き戦に勝つことでしか成し得ないんだから!」

「モモイ……! そう、私の役目は、ゲーム開発部をより大きく、強くして次のステージに運ぶこと。ユズクイーンに頼らずとも、強くあるゲーム開発部を目指して、頂点に向けてすすめる可能性を育て上げ……!!」

 

 こんの大人は……! ケイの拳からぶちぃっ!! となにかが切れる音がした。それを見たミドリはできるだけ部屋の隅に、ユズはロッカーに隠れ防御姿勢を取った直後。ルミナス・ノヴァが地面に突き立てられ、その砲身が展開した。

 

「いいから早いところ仕事に戻れって、言ってるでしょうがぁああああああ!!」

 

 ドゴォオンン!!! と壁と窓が悲鳴を上げ、床に転がってたゲーム機たちは恐れおののきガタガタと揺れ、無防備な背中を晒していた先生とモモイはひっくり返った。

 

「……く、空砲でも……すごい威力だね……」

「今度わがまま言ったら実弾込めますからね……?」

 

 ギロりとマゼンタの瞳が光り、二人を睨みつける。その迫力に、先生とモモイは「ヒェェェ!!」と縮み上がった。

 

「せ、戦術的撤退……」

「モモイ……力ない私を許しておくれ……」

「……よろしい。ほら、先生は解散です。部室の掃除を終えたら私もそっちに行きますから。今日こそ終わらせますよ」

 

 パンパンとケイが手を叩き先生は体を持ち上げ、涙目になりながらも荷物をまとめる。

 

「うぅ……しんどい」

「分かりますけど、徹夜しないためにこの後徹底的に追い込みますからね。代わりに夜食を作ってあげます」

「俺の好きなやつでいい?」

「特別に許します」

「ソーセージ胡椒仕立てでお願いね」

「……ま、揚げ物よりはいいでしょう」

「えー先生いいなー! 私も食べに行きたい!」

「残念ながらモモイ……これは戦う男の……私だけの特権さ」

「あなたはさっさと寝てください。今日ほぼ徹夜してるのはアリスから聞いてますから」

「ぐえー! バレてる!」

「ほら、さっさと行ってください!」

 

 はいはーい、と先生は離脱。ゲーム開発部の面々に手を振り、重い足を上げて廊下へと消えていった。その後姿を見つめ、ケイはほうと息をつく。

 

「全く……ちょっと息抜きさせたらすぐこれなんですから」

 

 と、ケイは掃除の前に一息入れようと、自分のカップを手に取り、白湯を入れて口に含む。それと同時にモモイが口を開いた

 

「ケイってさー。いつ先生に告白するの?」

「っぶっほっ!!??」

 

 盛大にむせるケイ。その口からさながら噴水のごとく水が飛び出そうとする。が、かろうじて間に合ったケイの右手が飛翔を防ぎ、電子機器への被害をどうにか抑えることに成功した。

 

「ケイ、しっかり!」

「っげっほ……あ、ありがとうございますアリス……モモイ! 急に根も葉もない妄想を、さも現実のように言うのはやめてください! 訴えますよ!!」

「事実陳列罪で?」

「〜〜〜〜!!!」

 

 と、顔を真っ赤にしながら脳天に一撃入れようと拳を振りかざすケイ。アリスが、まあまあ落ち着いてと抑えるも、収まらないケイは言葉を重ねた。

 

「そもそも、なんで私が先生に告白なんてしなきゃいけないんですか! 私があの人に好意を持ってる根拠を教えてもらいましょうか!?」

「え、いいの?」

「当たり前です!! 議論してやりますから!!」

 

 んじゃあ……と、モモイはゲームのポーズ画面を開き、少しだけ考える素振りを見せ、アリスはどこから用意したのか小さなゴングを取り出した。

 

“REDY…FIGHT!!”

 

 カーンッ。とゴングが鳴る。先制はモモイだ。

 

「例えばだけど、最近のモモトークの履歴見ると、先生の話しかしてないよね?」

 

 ぐはぁ! という声が聞こえた気がした。ダメージは二桁程度だろうか。すかさず、後攻のケイが反撃に入る。

 

「あ、あれは先生にははたはた困ってるところがあるから……」

「と言う割には当番の日は絶対先生のくれた香水つけてうきうきしてるじゃん」

「んなぁ!?」

 

“ケイ に 500ダメージ!”。

 

 いきなりの王手クラスの一撃。バカな、察せられないように先生に会わない日でもつけてカモフラージュをしていたのに何故その事を!? と、ケイは顔を赤くし、後ろにいる自分の私生活を知っているアリスの存在を思い出し……ケイに電流が走る。

 

「アリス!! まさか!」

「はい! 先生に会うときのケイは、とてもおしゃれで可愛いとみんなに教えました!」

「んのぉおおおおお!!!!」

 

“アリス の アシスト! モモイ の 攻撃力が上がった! ケイ は 混乱した!”

 

 膝から崩れ落ち、頭を抱えて悶えるケイ。髪の毛の隙間から見える本来なら色白の彼女の耳は、真っ赤に染まっていた。

 

「ていうか、分からないとでも思ったの? アリスが教えてくれなくてもだいぶ分かりやすいよ?」

 

 ポーズ画面を解除し、ゲームを再開するモモイ。画面から目をそらすことなく、淡々とモンスターを退治しながら余裕の横顔で言い放つ。こ、このお子ちゃまにそこまで言われるなどと……と、ケイはムキになり、よせばいいものを、理由を聞かずにはいられなかった。

 

「さ、参考程度に聞いてあげましょう……」

「まず、先生の仮眠室とかシャーレの休憩室を掃除してるでしょ? それでアリスのご飯のついでにとか言って先生にお弁当作ってたけど、いつの間にか先生の好みのメニューになってるらしいじゃん? んで、先に他の生徒に掃除されてたり、ご飯が既に用意されてたりしたら不機嫌になっちゃうもんね」

 

“ケイ に 9999ダメージ! ケイ は 力尽きた...。”

 

「それでいてユウカに黙って先生の超合金フィギュア買えるように上手く根回ししたり、あと寝言で先生のこと呼んでたり、洋服買いに行く時も『先生はこんな服が好みなのでしょうか……』って呟いてたのみんな聞こえてたし、っていうかさっきのあの夜食のやり取りとか完全に夫婦だよね? なんか私達が思ってる以上に、ケイってシャーレに行って世話焼いてるみたいだし、先生が過労で倒れたときの取り乱し方はヴェリタス経由で私達も知ってるし、あとは……」

「モモイ! それ以上はいけません! ケイをオーバーキルしてしまいます!」

 

 見ると、王手からのチェックメイト、一撃必殺ダメージ9999を受けた上に、追い打ちの連続カンストダメージを受けたケイは、床にうつ伏せになり、その身を硬直させてオブジェクトになろうとしていた。ミドリが哀れんで、よしよしとその頭を撫でている。

 

「まさか自覚なかったの?」

 

 お前まじかよという声色で問いかけるモモイ。自認オブジェクトを目指し、身体を固めてていたケイだったが……叶わなず手で顔を覆い、敗北を認めて口を開いた。

 

「⋯⋯そういう、訳では……ただ、モモイに言われるとは思わなかったので……」

「しれっと私ディスられた?」

「……待ってください、だとしたら……ユズ、あなたにもバレてるんですか?」

 

 ガチャ、とロッカーがほんの少しだけ開き、広くてすべすべなおでこがチラ見えする。

 

「その……この前、ケイちゃんが部室で先生からもらったイヤリングをニコニコしながら付けてるの、中から見ちゃって……」

「…………私は……私は……」

 

 こてこてにデレデレしているじゃないか……。るー、と涙を流しモモイが高笑いをあげて宣言する

 

「ふふーん。先生との付き合いは、私たちのほうが長いからね!」

 

 あ、やばい! とモモイが体を曲げながら言葉を遮る。画面の中は佳境らしく、ボチボチとボタンをたたく音。ミドリが姉の言葉を受け継いで続けた。

 

「やっぱり、みんな先生の事好きだから、そういうとこは敏感だし気づくんだよね」

「そーそー! 新参者にはまだまだ分からぬ感覚……ぎゃぁーーーー!!!」

 

 デレレ〜ン! と言うBGMと共にモモイが天を仰いで倒れ込む。

 

「ああっ! モモイが最後の一撃を前に倒れてしまいました!」

「詰めが甘いなぁお姉ちゃんは」

「違うよ、敵が強すぎるの! これは必要な犠牲!」

「この前別のゲームでは『犠牲をなくしてこなすのが主人公だ!』って宣言してたのに……」

「あれはあれ! これはこれ!」

「モモイ……その思考は構いませんけど、ゲーム開発にまでそのスタンスを持ち込むと、間違いなく波状しますからね」

「うぐっ、しれっと反撃が……ともかく!」

 

 コントローラーを置き、ケイにビシッ! と指を向けてモモイが言い放つ。

 

「好きなら好きってちゃんと言ったほうがいいよ! じゃなきゃ、一番いいタイミング逃したあとに告白しても、美味しくならないの。鎮火寸前の炭火で焼肉焼いても、ちゃんと焼けないのと同じ!」

(お姉ちゃん……その最後の例えいるのかな……)

 

 と、ミドリは視線で突っ込んでみるか、普通にスルーされてダメだこりゃと諦めた。

 

「……ですが、あなた達はいいんですか?」

 

 ケイは体を起こし、ゲーム開発部の面々の顔を見回して言う。

 

「私だって……キーホルダーの中からアリスを経由してあなた達のことを、そしてこの身体になってからも、見続けてきました。それだけの時間があれば、私だって他人の気持ちを察することだって出来ます」

 

 天真爛漫の塊、まだまだ子供っぽいと言われるも、ここぞという時は誰よりも仲間たちを気遣い、姉としての自覚が強く、女の片鱗を見せるモモイ。

 

 献身的で策士。根回しが上手く、周りにさとられないようにアピールが出来る学生と乙女を切り替えられるミドリ。

 

 奥手と思わせておいて、実のところゲーム開発部の中で、女王の名にふさわしく、最も大胆な覚悟と行動を決められるユズ。

 

 そして……彼女の中にいたからこそ分かる。純情無垢、だからこそまっすぐに、直向きに愛を抱き、伝えることの出来る勇者アリス。

 

「先生は……一人しかいません。彼もまた、誰かと一緒に……生徒の誰かと結ばれるのを、望んでいるようには見えません。それに……」

 

 と、ケイは自身の胸においていた手をきゅ、と握る。その仕草に気づいたのはアリスだけだった。

 

「……ケイ?」

「……いえ、何でもありません。ともかく、私の気持ちをどうこうするかは私が決めます。あ、もちろんこんなこと先生に……」

「流石に言うわけ無いじゃん。そこは信じてくれてもいいよ!」

 

 どんとこい。と胸を張るモモイ。大丈夫そうに見えないが……ただ、ここは女の約束を信じてケイはそれ以上念押しをしなかった。

 

「……はぁ。ちょっと買い物に行ってきますね」

「あ、なら限定の明太チョコポテチ買ってきて!」

「塩分と糖分と油の塊じゃないですか……」

「ゲーム開発のエネルギーとしては最適だからね!」

「……一つまでですよ」

 

 他にも買い出しをいくつか聞き、ケイは部室を後にする。4人になった室内が、ほんの少しだけ静かになった。

 

「……お姉ちゃん、これでよかったのかな?」

「まー、いいんじゃないかな。ミドリだってもう見ていられないって言ってたし、時にショック療法は必要だし」

「ちょっと違う気がするけど……でも、あんなに分かりやすいのに二人の進展がこんなにも遅いとね……」

 

 カチャ、とロッカーが再び開く。

 

「どう考えても……あの二人、両思いなのにね」

 

 うんうんと一同がうなずく。先生に対し、様々な生徒が一定の好意を持っており、あわよくばその隣に自分が……と思うのはもはや日常的なことなのだが。

 

 それにしたって、あの二人の「はよくっつかんかい!!」という両片思いに呆れ果ててる生徒も多く……特に、最も近くでその様子を見ているゲーム開発部からしたら密室に押し込んで告白するまで閉じ込めてやりたいくらいだった。

 

「……でも、アリスは分かります。ケイは、大きく悩んでます。私達が提案したところで、ケイの中には覆りにくい何かがあって、踏み出せずにいるんです。トラウマを抱えた勇者のように」

 

 アリスは立ち上がり、「やっぱり私も行ってきます!」と追いかける。残った三人はその姿を見送り、パタンとドアが閉まって更に静かになった。

 

「……なんかさ。アリス、大人っぽくなったよね」

「うん。本当にお姉さんみたい」

「鋼鉄大陸から……すっごく頼もしくなったね……」

 

 思い返せば、長いようであっという間の出来事だった。廃部寸前のゲーム開発部は、今や5人となり、決して少ない人数ではなくなり……また、新たな段階へと向かおうとしているのを感じずにはいられなかった。

 

 

 

 

 ミレニアムの商店エリア近くの河原。日が傾き、茜色になりつつある河川敷をケイは歩いていた。

 

『好きなら好きってちゃんと言ったほうがいいよ!』

 

 モモイの言葉が頭を巡る。多分、彼女だから言えるどストレートでまっとうな意見は、ケイに深く突き刺さり、思い出すたびに軽くため息を吐く羽目になっていた。

 

(……分かってますよ、そんなこと)

 

 分かってる。分かってるからこそ……先生のことを、愛してやまないからこそ、自分の中で、どうしても納得できない物がある。

 

(この体になって……人として生まれ直して、それなりに時間が経過して……)

 

 AIとして様々な情報を集めていたこともあり、生活に何ら支障はない。

 

 だが、結局のところ身体と明確な感情を持たないと分からないことがいくらでもあることを思い知らされた。

 

 ケイはぺたりと座り込み、ぼんやりと街を眺める。

 

「……先生」

 

 呟いた言葉は思いのほか胸に刺さり、ケイはぎゅっと自分の腕を握りしめ、顔を伏せる。

 

 彼を思うと胸が高鳴る。彼の顔を見ると、自然と口元が上がる。だらしないところ、隠れて自分を犠牲にしようとするところは見ていて辛くなる。だから彼の助けになれると心が躍る。

 

 でも、これは……。

 

 私のこの感情は……。

 

「ケイ」

 

 ケイが顔を上げ、振り向く。そこにはコンビニの袋を片手に、悩める妹の力になりたいと、柔らかい表情で見下ろしているアリスがいた。

 

「アリス……ごめんなさい、少し考え事をしてました。すぐ戻りますから……」

「ケイ。ちょっとお時間いいですか?」

 

 立ち上がろうとしたケイは、え? とアリスを見つめる。がさごそとビニール袋に手を入れた元王女は、ココアを取り出してケイに手渡す。

 

「……ありがとうございます、アリス」

「どういたしまして! お隣失礼しますね」

 

 アリスが隣に座り、自分の缶を開ける。

 

「……アリスは何にしたんですか?」

「ケイのと同じメーカーですが、こっちはチョコレート味です!」

 

 期間限定、カカオ配合率アップだそうです! と笑顔で教えてくれた。

 

「……歯はちゃんと磨いてくださいね」

「うっ、そ、それはもちろん!」

 

 少しバツの悪そうな顔のアリスに、ふっと笑みが浮かんでしまう。ケイはプルタブを開け、一口入れる。カカオと生クリームの調和で整えられた甘みと香りが口いっぱいに広がる。少しだけ、頭のまわりが早くなりそうな気がした。

 

「……アリスには、お見通しですよね」

「はい。ケイの先生に対する気持ちも……そして、ケイの中で何かしらのデバフをかけられ、進めないというのも……それがなんなのか、良ければ、教えてくれますか?」

「私は……」

 

 唇をきゅ、と噛みしめる。好き。彼が。好き。

 

 先生のことが……。

 

「好きなんです。先生のことが」

「はい。その気持ちがとても強いことを、アリスは知っています」

「悔しいことに、私が蘇生される時……真っ先に浮かんだのが先生の言葉でした。なりたい自分になっていいという、アリスにも与えられたあの言葉が、私の大切な原動力となりました。でも……」

 

 ケイは自身の手が震えていることに気づく。この感情を明確に自覚した瞬間から、自分の足に絡みついてくる重りを感じずにはいられなかった。

 

 当初見て見ぬ振りをして、前に進もうとして、時に振り回されかける『それ』は……口にすれば、自分を否定しそうで……ケイは何度も目を背けたくなっていた。

 

 でも、言わなければならない。自分じゃどうにもできない。それを心配して、アリスが来てくれたのだ。ケイはココアを煽り、意を決して口にした。

 

「私の、先生に対する好意は……結局、『アリスを経由して得たもの』なんです」

 

 言ってしまった。それを口にした瞬間、絡みついていた重りが、這い上がってくるのを感じる。

 

「いつから好きだった、というのはもう覚えていません。でも、アリスが先生を好きだったというのも、鍵として見守ってた時から理解し、今こうして彼のことを考えると身体が熱くなります。でも、それは本当に『私の気持ち』と言えるのでしょうか……」

 

 ぎゅ、と手に力が入る。ほんの少しだけ残った缶の中身が揺れる。

 

「アリスの気持ちが分かるからこそ……この好き、を正面から受け止めていいんでしょうか。あの人のためなら尽くすことだって出来ます。どんな困難にも一緒に立ち向かおうと思えます」

 

 目頭が熱くなるのを感じる。彼女にまとわりついていた重りが牙を向き、重くのしかかる。それはケイの心の制御をいとも簡単に奪った。

 

「けど、それはアリスも同じこと。アリスが先に先生に対して、そう有りたいと思ったのを知ってます。私は、その真似事をしたに過ぎないんですっ……!」

 

 しかし、愛してしまったのだ。肉体を生成し、一人の学生として過ごして、一人の男と過ごし続けた日々が駆け巡る。

 

 

ー先生! またこんなに仕事溜め込んでどういうつもりですか!ー

 

ーだってぇ……お仕事したくないんだよぉー

 

 

「仕事をよく溜めて、しょっちゅう涙目になりながら無理して……」

 

 

ー先生! エナジードリンクの過剰摂取が過ぎます! また倒れても今度は知りませんよ!ー

 

ーぜ、ゼロカロリーだから前よりはマシ……ー

 

ーそういう問題じゃありません!ー

 

 

「不健康そうなものを口にして美味しそうにしたり、脆い存在なのに……」

 

 

ー先生、春葉原で銃撃で、生徒が何人か動けなくなったと連絡が……ー

 

ーすぐに出る! ケイ、今すぐ呼べる生徒を集めて緊急出動、こっちは先に現場に行って情報を集める!ー

 

 

「いざとなったら、生徒のためならどんな危険でも顧みず飛び出す……もっと自分を大事にしていいのに、誰よりも先に誰かのために動き出して」

 

 

ーお願いします。生徒たちを、家に帰してあげてくださいー

 

 

「頭を下げて身体すらも犠牲にできて……」

 

 

ーケイちゃん。やっぱり可愛いよー

 

 

「私のことを、可愛いって言ってくれるあの人が好きなんです……!」

 

 ケイの中でせき止めていたものが、溢れて行く。やり場のない大きすぎる感情に耐えかねて、ココア缶が握りつぶされ、たまらず取り落とす。

 

「でもっ、この感情は、可能なら、可能ならアリスに返すべきなんです! 私がしたのは便乗で……それを使ってそのまま人を愛して、同じく好意を抱いている周りを差し置いて先に進むなんて、そんなこと……」

 

 両手で目を覆い、湧き上がる嗚咽を飲み込もうとケイは歯を食いしばる。ぽろぽろと流れた涙が、制服の袖に溶けて消えていく。

 

「ごめんなさい、アリス……どうしたらいいかわからないんです……先生も、あなたも……モモイも、ミドリもユズも、みんな大事なんです……」

 

 止めようとしていた嗚咽が、止まらなくなっていく。まるで彼女の今の心を表すかのように、周囲は薄暗くなり、影だけがケイを包む。何が正しいのか。どうすればいいのか。

 

 なりたい自分とは、一体何だったのか。

 

 ケイは押し寄せる感情から自分を守ろうと自身を抱え込む。涙は袖に染みを増やしていき、少しでも受け流したいと身体を小さくする。

 

 だが、ぐちゃぐちゃにかき回される心は進む先を見出だせない。

 

 見えない。

 

 わからない。

 

 ただ脳裏に浮かぶのは謝罪だけ。

 

 許してほしい。彼を愛したことを。

 

 どうか罵ってほしい。他のみんなより、先に進みたいと思う自分を。

 

 私の大切なアリス。選ばれるべきは本来、あなたのはずなのに……。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい、アリス……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ケイ。どうか泣かないで下さい」

 

 アリスが、ケイの手を握る。顔を上げると、薄暗いその世界の先に、アリスの表情は見えなかった。だが、彼女は構わず続けた。

 

「勇気を出して、話してくれてありがとうございます、ケイ。本当に辛かったこと……それでも本当に先生や、私達のことも大切で大好きだってことを教えてくれて、アリスは嬉しいです」

「……アリス」

「確かに、アリスも先生のことが大好きです。でも、今のケイは私以上に先生のことが大好きなんです。見ていたらわかります。その感情の始まりが、仮に私だったとしても……今はもう、ケイの感情で間違いないんです」

 

 街灯の光が点灯する。薄暗かった周囲が照らされ、アリスの笑顔がはっきりとケイを見つめた。

 

「……でも……仮にそうだとしても、他の皆は私が先に進むことを受け入れられるんでしょうか」

「それだったら、とっくに皆は先生に気持ちを伝えにいってます。そうしないのは……ケイを応援したい気持ちのほうが、大きく上回っているからです」

「皆が……私を……」

「はい! ケイはさっき言いました。『アリスの気持ちが分かるからこそ』と。それに加えてゲーム開発部のみんなの気持ちを『理解』してくれてるのなら、それはつまり『好き』という感情も明確に自覚できている証。だから、『ケイも間違いなく、天童ケイとして先生が好き』なことは揺らがないんです!」

「……!」

「それに……ケイがそんな風に大きく悩めてるのは、より人らしく、人として生きている、何よりの証しです。アリスは、それも嬉しいんです!」

 

 ケイの心にまとわりついていた重りがひび割れていく。

 

「今ここに、勇者アリスは……いえ。天童ケイの姉である、天童アリスはあなたに伝えます」

 

 暗かったケイの心に、光が差し込む。

 

「先生を愛してください。ケイのやりたいことを……なりたい自分に、なってください!」

 

 バキン。ケイの中の重りが砕け散る。覆っていた暗闇が吹き飛び、暗かった世界が眩しく光る。

 

 光の向こうから伸びる手が、彼女を引っ張り上げた。

 

「……アリス」

「行ってください、ケイ。私の好きが、あなたの好きであったと思うなら……あなたの幸せも、私の幸せなんです」

 

 涙は止まっていた。ケイの中で熱くうごめく何かが燃料となって、全身に駆け巡る。

 

 行きたい。

 

 会いたい。

 

 言いたい。

 

 好きだと。

 

 愛していると。

 

「それに、軽いネタバレをしてしまいますけど」

 

 と、アリスは最後の点火を行うために、ケイの耳元にそっと口を寄せた。

 

「先生は、ケイの前でだけ、自分のことを私じゃなくて、『俺』って言うんですよ?」

 

 先生が……自分の前で? ケイは思い返す。自分と接する時のことを。

 

ーケイちゃん……めっちゃ俺のこと見てくれてるー

 

ーああそうだ。俺はケイちゃんのためなら何でも出来るー

 

ー……ケイちゃん、この香り、俺がプレゼントした香水だねー

 

 

「……それ……って」

 

 

―代わりに夜食を作ってあげます―

 

―俺の好きなやつでいい?―

 

―えー先生いいなー! 私も食べに行きたい!―

 

―残念ながらモモイ……これは戦う男の……私だけの特権さ―

 

(モモイの前では……!)

 

 それが何を意味するのか。

 

「……ありがとう……アリス!」

 

 ケイは立ち上がる。火の点いた目が、勇者であり、姉としての責務を全うした、大切な家族を見つめる。

 

「行ってきます!」

「行ってらっしゃい、ケイ。リザルト楽しみに待ってます」

 

 ケイは河川敷の斜面を駆け上がる。彼女の背中に向かって、アリスは声を張り上げる。頑張ってください、ケイ! その声援を背中に受けて、ケイはシャーレに向けて走り出す。

 

 今行くんだ。

 

 今言うんだ。

 

 きっと、あの人は待ってたんだ。

 

 立場も、関係も、身分も、

 

 本当は、捨てても構わないって思っていたんだ。

 

(モモイ……悔しいですけど、あなたも立派な姉ですね。あなたの言うとおりですよ……)

 

ー一番いいタイミング逃したあとに告白しても、美味しくならないの!ー

 

(ええそうです、そのとおりです! 本当に癪ですが、あなたには借りができました!)

 

 ケイは苦笑しながら町中を駆け抜ける。

 

 息を切らし、人混みを避け、つまずきそうになるも、踏ん張って地面を蹴り上げる。

 

 酸素が追いつかず、心臓が燃えるように熱い。身体が加減しろと訴えるが、知ったことじゃない。

 

 加減して彼を逃したら、意味がないのだ。

 

 そう思うと、重くなりつつあった足がふと軽くなる。涙の痕で顔も前髪もぐしゃぐしゃだったが、そんなもの気にしている暇なんて無い。

 

 今の私の、全てをぶつけなければ。

 

 体の限界とのせめぎ合いを数回繰り返し、ようやくシャーレのオフィスビルが見えてくる。煌々と輝く先生のいる居住エリア。ケイは、己の成すべきことを成すためにビルに入り、ちょうど来ていたエレベーターに飛び乗る。

 

(先生……今、行きます)

 

 いつもはあっという間のエレベーターが、やたら長く感じる。一分、十分……一時間のように感じて、ようやくシャーレの階層にたどり着き、廊下を駆け抜ける。

 

「先生!!」

 

 ケイは、オフィスの扉を開く。愛してやまない人は、驚いた顔で彼女を見つめる。

 

「ケイちゃん、どうしたのそんなに慌てて……」

「はぁ……はぁ……先生……」

 

 息を切らしながら、ケイは歩み寄る。彼女のただならぬ表情に、先生は思わず問いかけるが……構わずケイは顔を上げる。

 

「ちょっとお時間、いいですか?」

 

 

 

 

 ゲーム開発部部室。ケイの代わりに買い物を終えたアリスが帰宅し、冷蔵庫に菓子類を詰め込んでる最中、モモトークの通知が鳴る。送信主はケイ。アリスはすぐに画面を開いた。

 

「……ふふっ」

「んー? どうしたのアリス?」

「……はい! 大切な妹が、一世一代のクエストを見事クリアしました!」

 

 一瞬、ケイがなにかした? という顔をするモモイだったが、アリスがスマホの画面をみんなに見せる。

 

「……!」

 

 ミドリの顔が、花が咲き開いたかのように眩しくなり、コンマ単位で遅れて、モモイもアリスの言葉と、画面に映るその写真の意味を理解し、ユズがロッカーから飛び出した。

 

 そして、トーク画面に一言。

 

『トゥルーエンドです』

 

 ミドリが口を覆い、黄色い歓声を上げてモモイを揺さぶる。

 

「お姉ちゃん、お姉ちゃん!!」

「ケイ……良かったね」

「ケイちゃん……先生……お幸せに……」

 

 ケイから送られたメッセージのあとに続く画像。そこにはケイの手と、それを愛しそうに指を絡め、強く握りしめる先生の手が写っていた。

 

 

 

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