項羽の叔父   作:(TADA)

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注:この物語は短編のためにかなり早送りです




 始皇三十七年(前二十0年)、中国を統一し皇帝となった始皇帝が没した。後を継いだのは末子の胡亥であった。この時、北方の守りに嫡男の扶蘇がいたが、始皇帝側近の宦官・趙高と丞相の李斯は遺命を偽装して胡亥を帝位につけ、そして扶蘇や始皇帝の功臣である蒙恬等を謀殺していった。

 秦の政治は荒れた。

 二世元年(前二百九年)、辺境守備のために強制徴兵された農民九百名と共に陳勝と呉広という人物が反乱を起こし、これをきっかけに反秦の気運が高まっていった。

(項一族の悲願、果たすは今か)

 項梁はそう考えて会稽の太守を謀殺すると挙兵。会稽群で顔役をやり、項梁の人柄を慕っていた多くの人物がその下に参集しその数は八千人ともなった。

 陳勝・呉広が秦から派遣された将軍・章邯によって敗死した後は項梁が反秦の旗頭となり、反乱に乗じて項一族の主君である楚王を勝手に名乗っていた者を斬り、その兵数は十数万人にもなった。

 そして秦の将軍・章邯と項梁の軍勢がぶつかった。

「負けた?」

 胡陵に陣取っていた項梁は派遣した軍勢が章邯によって敗れたことを知る。

 伝令を下がらせ、項梁は傍らに控える范増をみる。

「おい、范増。お前の進言に従ったら負けたぞ」

 老人という年齢に達している范増は項梁の視線を受けても動揺する素振りすらない。

「私が章邯という将を低くみつもりすぎたやもしれませんな」

「余樊君は死んだか……まぁ、生きていても役に立つ漢ではないからいいか」

 項梁の発言に范増の眉尻がぴくりと動く。それをみて項梁は笑った。

「俺が冷たいと思うか?」

「いえ、上に立つ者であるならば当然かと」

 范増の言葉を鼻で笑うと項梁はどかりと座り込む。

「范増」

「は」

「お前の進言をいれて伯に探させている楚王の一族と楚の貴族。役に立つのか?」

「楚王を立てることにより項梁殿は大義名分を得ることができます。それはさらなる将兵を呼び込むことになるでしょう」

「兄上」

 項梁と范増が会話している部屋に項梁の実弟である項伯が入ってくる。項伯は一度拝礼すると口を開いた。

「兄上、楚王の一族を見つけました」

「誰だ?」

「昌平君の子でございます」

 秦に最後まで反抗した昌平君の子。項梁も本人を知っているしその人柄を知っている。

 だから項梁の答えは決まっていた。

「あの方は駄目だ」

「え?」

 項梁に断られると思っていなかったのか、項伯は呆気にとられる。それをみて項梁は重ねて言う。

「あの方は駄目だ。他を探せ」

「は、はは!!」

 項梁の言葉に項伯は首を傾げながら部屋を出ていく。それを見送りながら項梁は水を飲む。そして范増の視線に気づいた。

「なんだ?」

「何故、昌平君の子では駄目なのですかな?」

「お前には関係ない話だ」

 項梁はそう会話を切り上げると部屋から出ていくのであった。

 

 

 二世一年(前二百八年)、項梁は薛に諸将を呼び集め新たに楚王を立てたことを宣言した。楚王・懐王の孫で名前は心。楚が滅んで後は人に雇われて羊飼いをしていた人物である。

「懐王である」

 項梁は心を祖父と同じ懐王と称させた。子孫であると周知するためである。

 懐の傍らに立ちながら項梁は宣言する。

「この日より再び楚が復興された。ものども、拝跪せよ」

 項梁の言葉に諸将は一斉に頭を下げる。

(ふは!)

 項梁は内心で愉快気に笑う。

 諸将が一斉に頭を下げた中、項羽だけは下げずにまっすぐに懐王を見つめていた。

(それでいい! 羽よ、お前はそれでいいぞ!)

 内心で喝采をあげながら項梁は懐王の挟んで反対側に立つ漢をみる。

 漢の名は宋義。代々の楚の貴族であり、今回懐王を立てるのに范増の進言を入れて探した人物である。

 頭を下げない項羽をみて宋義は顔を真っ赤にしながら項羽に怒鳴る。

「そこの者! 何故、稽首をせぬ!」

「あ?」

 項羽の返答に宋義は益々顔を真っ赤にする。

「無礼者!!」

「無礼?」

 怒鳴る宋義であったが、項羽が発する圧に気圧される。

 そのためか宋義は項羽ではなく項梁をみる。

「項梁殿」

 宋義の言葉に項梁は髭を撫でながら考える。

 正直なところ、項羽に頭を下げさせることは愉快なことではない。懐王や宋義のような愚物の相手をさせることが莫迦莫迦しい。

(だが、楚王という旗は必要か)

 そう考えを纏めると項梁は口を開く。

「羽、拝跪せよ」

 項梁の言葉に項羽はまっすぐに項梁を見つめる。項羽の『重瞳子』を項梁もまっすぐに見つめ返す。

 すると項羽はゆっくりと頭を下げ、少しだけ地面に頭をつけるとすぐに上げてしまった。

 それをみて宋義は思わず言葉をあげる。

「そ、それは頓首であろう!」

 稽首より頓首のほうが相手に対する礼は低い。だが、顔を挙げた項羽は懐王と宋義を見つめながら口を開く。

「頓首であります。ですが、この項羽。育ての親たる梁叔父上にも頭を下げたことがございません。その項羽に頭をつかせたこと、これ以上ない礼と思っていただきたい」

(くっは!!)

 項羽の言葉に項梁は再び内心で喝采をあげる。

(羽よ! 羽よ! それでこそ項家の壮士よ! やはりお主しかおるまい!!)

 内心の喝采を表に出さずに項梁は懐王に話しかける。

「主上、我が甥・羽の言葉通り、羽は私にも頭を下げたことがない壮士。そんな壮士に頭を下げさせた……これだけで主上に対する礼であるかと」

「う……うむ。大儀である」

 項梁の言葉に懐王が震えた声で答える。すると今度は項梁は宋義をみる。

「宋義殿、よろしいか?」

「お、王がよろしいと言われたのです。私が許すも許さぬもない」

(ふん、素直に羽が怖いと言えばよかろう)

 項梁は内心でそう吐き捨てるが、口には出さない。

 そして宋義を伴って懐王が去ったところで項羽が口を開く。

「昨日までの羊飼いが王か」

「羽、言い過ぎだ」

 項羽の言葉に項梁が言うと、項羽は懐王が去った方向をみながら鼻で笑った。

「いやぁ、羨ましい」

 部屋の中が項羽の態度でざわついたところにそんなのんびりとした声が響き渡る。

(確か……劉邦だったか)

 兵力が大きくなっていた項梁の軍に参加してきた漢だ。劉邦自身にさしたる見どころはないが、その配下に有能な者が揃っていた。そのために劉邦の軍を解体せず、そのまま一軍の将として使っていた。

 最前列に座っていた項羽が背後に座る劉邦をみる。

「懐王がそんなに羨ましいか?」

 項羽の言葉に劉邦は愉快気に笑う。

「はっはっは! 羨ましいのは項羽殿、あなたです」

(ほう)

 劉邦の言葉でざわつく部屋の中で、項梁は二人を止めることをせず、問答を見守ることにする。

「俺が羨ましい?」

 項羽の言葉に劉邦は笑いながら言葉を続ける。

「いやぁ、壮士ですなぁ。儂もそう思っておりましたよ。『昨日までの羊飼い』……とね。しかし口にはできません。それどころか気が付けば平身低頭しておりました」

 そこまで言うと劉邦は笑いながら額をピシャリと叩いて続ける。

「ところが貴方は違った。いやぁ、壮快な頓首でしたな。漢なら貴方のように振舞いたいものだ」

 劉邦の言葉に項羽は愉快そうに笑う。

「誰が羊飼いだ」

「え?」

「仮にも梁叔父上が立てた王だ。口と慎め」

「あ、あれぇ?」

 困惑する劉邦に項羽は笑顔で言葉を続ける。

「だが、貴方は気に入った名はなんという?」

「名は劉邦。人は沛公と呼びます」

「項籍だ。項羽でよい」

(羽が気に入るか……劉邦、なかなかの人物なのか?)

 笑顔で項羽と会話する劉邦を項梁は冷たい眼差しでみていたのだった。

 

 

「兄上、お連れしました」

「入っていただけ」

 自室で軍の動きを考えていた項梁のところに項伯がやってくる。項梁が声をかけると項伯が一人の男性を連れて入ってきた。

 その人物をみて項梁は笑顔で迎え入れる。

「久しいな、張良殿」

「お久しぶりです、項梁殿」

 張良。項梁が一族を連れて流浪していた時に知り合った人物で、年齢は離れているが親友の付き合いがあった。

 項伯が殺人の罪で役人に追われた時、項梁は真っ先に張良を頼り、張良も詳しいことは聞かず、項梁の頼みということで心よく引き受けたことがあった。

 張良を座らせると項梁は自ら茶を淹れて張良に差し出す。

「本来ならば酒でもあればいいんだがな」

「戦陣ゆえ仕方なきこと……それに武信君自らが淹れてくれた茶ですからね」

 張良の言葉に項梁は苦笑する。

 武信君とは項梁が懐王を立てて名乗り始めた名前である。

『楚の官職につけば懐王の配下。ですが『君』を名乗れば別でございます』

 そう進言したのは范増であった。

 項梁も自らはまだしも『後』のことを考えると楚の官職をもらうのはまずいと思い、武信君と名乗った。

「旧交を温めたいところであるが……伯から張良殿が頼みがあると聞いている。なんだ?」

 項梁の言葉に張良は居住まいを正して口を開く。

「項梁殿に韓の再興を許していただきたく……」

「韓だと?」

 韓も楚と同じく始皇帝の統一戦争で敗れて滅びた国であった。

 項梁の言葉に張良は言葉を続ける。

「元々、我が張家か韓の丞相を務める家柄。国が滅びた時、私は何もできませんでした。そして弟が秦兵によって殺された時誓ったのです」

 張良の言葉の迫力に控えていた項伯は脂汗を流しているが、項梁は真剣な顔で張良をみている。

「この手で必ずや秦を滅ぼす、と」

 張良の言葉に項梁は口を開く。

「秦を滅ぼす。それは良い。むしろ張良殿の隠された激情がわかって理解できる」

 そこまで言うと項梁は不思議そうに首を傾げる。

「秦を滅ぼすだけならば我が楚に任せておけばいい。韓を復興したいとはどういうことだ?」

 項梁の言葉に張良は苦笑する。

「項梁殿は楚を復興した時にこうも思ってしまったのですよ。『楚が復興できたのならば韓を復興させるのも臣たる者ではないか』と」

 張良の言葉に項梁は髭を撫でる。

 項梁もそれは理解できる。若い頃とは言え項梁も楚の将軍であった。だから楚の復興という范増の進言も受け入れたし、勝手に楚王を名乗っていた不埒者を攻め殺した。

「よかろう」

「感謝いたします」

 項梁の言葉に張良は恭しく頭を下げる。

「しかし、条件がある」

「条件?」

「項家に仕えよ、張良殿」

 項梁の言葉に張良は驚いたような顔をする。その表情をみて項梁は笑みを浮かべる。

 項梁がみたところ張良は恐ろしく頭がキレる。その智謀は范増をも上回ると項梁はみていた。

 だからこそ『後』のことを考えれば張良は必要な人材であった。

 だが、張良は困ったように頭を下げた。

「申し訳ありません。私は韓の臣であれば……」

 張良の言葉に項梁は大きく溜息をつく。その溜息をみて張良は困ったような表情になる。その表情をみて項梁は軽く手を振る。

「仕方ないことよ。それで? 張良殿には韓王の宛はあるのか?」

「はい。私もよく人柄を知っており、王に相応しき方であります」

 張良の言葉に項梁は難しい表情を浮かべる。その表情に張良が不思議そうな顔になった。

「いかがなさいましたか?」

「いや……」

 項梁は忠告するか迷ったが、張良との友誼を考えて告げる。

「張良殿、あまり王を立てる人物に入れ込むな」

 その言葉に一瞬だけ驚いた表情を浮かべた張良であったが、すぐに納得した表情をみせる。

「なるほど……懐王は項梁殿にとって『取り換えが効く王』なのですね」

 張良の言葉に項梁は頷く。

 極論を言えば項梁にとって懐王は『どうでもいい王』である。必要であれば立てるし、逆に不要になれば捨てる。そういう替えがきく楚王の一族を探した。

 項伯が最初に見つけてきた昌平君の息子は項梁もよく知っている。頭がキレ、人の上に立つ才能にも溢れた有能な人物であり、項梁個人とも親しかった。

 だが、項梁はあえてそちらの人物を王に立てなかった。懐王のほうが簡単に替えられるからだ。

 もし昌平君の息子を立てれば項梁は尽くしてしまうだろう。

 だが、それでは項梁の『願い』は叶わない。

 だからあえて思いの少ない懐王を立てた。

 そんな項梁の忠告も張良は困ったように微笑みながら頭を下げる。

「御忠告、感謝いたします。しかし、私はあの方に王になっていただきたいのです」

 張良の言葉に項梁は大きく溜息を吐く。

「わかった。韓の臣としての務めを果たすのが良いだろう」

「感謝いたします」

 張良は項梁にそう拝礼すると立ち上がって部屋から出ていこうとする。

「張良殿」

「? なんでしょうか」

「貴殿は頭が良い。俺の一言で十を理解する。真の傑物であろう」

 項梁の突然の賛辞に張良は少し狼狽える。その姿をみて項梁は愉快そうに笑う。

「始皇帝が七国を滅ぼすと言った時、『理』解できた者はいなかった」

 そして項梁は腰に差していた剣を鞘ごと抜くと張良に手渡す。

「わかるか? 大きなことをしようとする漢は『理』の外にいるのだ」

 項梁の言葉に張良は驚愕の表情を浮かべる。その表情をみながら項梁は愉快そうに笑う。

「その剣は項一族に伝わる剣だ。張良殿の選別にやろう。張良殿はその剣を持って『理』の外にいる者……すなわち秦を滅ぼせる者を探すがよい」




項梁
陳勝呉広の乱に乗じて挙兵。なんやかんやあって大軍になる

項羽
覇王の片鱗をみせつける

范増
項羽の軍師として有名。最初は項梁の軍師だった

劉邦
後に項羽と覇を争う任侠。配下に優秀な人がいっぱい

張良
天才軍師の代名詞。項梁とは任侠時代に知り合っていた

章邯
秦末期の名将



そんな感じで中編です。

最初に書いている通り、この物語は短編なのでかなり早送りです。

相手が誰だろうと自分を崩さない項羽はマジ壮士(by 項梁)

え?張良が優遇されてる?

作者の推しなんですよ
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