二世二年、項梁は項羽に劉邦をつけて秦軍を破るように命じて軍を分け、自らは本軍を率いて定陶の秦軍を破り、定陶に入城した。
項梁が自室としている部屋の中で灯っている蝋燭をじっとみている。
項梁は秦の重要拠点である定陶を落とすことはできた。だが、秦の名将である章邯を斬ることには失敗していた。
「范増は既に羽のところに送った……あとは龍且と鍾離眜あたりも送っておきたいが……」
自身の参謀であった范増は理由をつけて甥である項羽のところに送っていた。龍且と鍾離眜は項梁の旗揚げに駆けつけて、将才も持っていると項梁が見込んだ二人であった。
「兄上」
「入れ」
項梁の言葉に入ってきたのは弟の項伯であった。
その顔をみて項梁は顔を顰めた。
「伯、酒を飲んだのか?」
「は、はい!! 兄上の大勝利であったために荘達と……」
項荘は項梁の息子である。項家の人物らしく身体は大きく、武芸に長つ漢であった。
項梁は一度溜息をつくと言葉を続ける。
「身内だけで楽しんでどうする。兵達にも許してやれ」
「はは!!」
項伯の拱手に頷くと、項梁は置いてあった竹簡を項伯に向かって投げる。
項伯は驚きながらも竹簡を受け止めた。
「兄上、これは?」
「俺の羽に対する遺命よ」
項梁の言葉に項伯は驚愕の表情を浮かべた。それをみて項梁は愉快そうに笑う。
「俺はここで死ぬ。伯はそれを持って龍且と鍾離眜とその兵士を伴って羽に合流し、以降は羽を項家の帥としてあおげ」
「お、お待ちください兄上!! 兄上が死ぬとは!?」
「声が大きい」
項梁の言葉に項伯は慌てて口元を抑える。
「伯、お前は章邯をどうみている?」
「名将ではあるでしょう。しかし、兄上の敵ではありません!!」
項伯の断言に項梁は苦笑する。
「確かに俺とて章邯に負けるとは思っていない」
「ならば!!」
「だが、伯よ。我ら項一族の悲願はなんだ」
項梁の言葉に項伯も思わず息をのむ。その反応をみながら項梁は言葉を続ける。
「我ら兄弟が恥を偲んであの戦場から親父殿を見捨てて逃げたのは何のためぞ……!!」
今でも項梁は夢をみる。戦死する父を遠目にみながら戦場から逃げることになったあの屈辱。時が流れ、項一族を生き延びらせるために色々とやった項梁は父・項燕の遺命があるからこそ屈辱に耐えながら秦の下に甘んじていた。
「良いか伯よ、我ら項一族の悲願は『秦の滅亡』よ。そのためならば俺は自分の命も策の一手としよう」
項伯もまた項梁と同じ屈辱を味わった漢である。項梁の言葉は心を貫いていた。
「俺であっても章邯には勝てよう。だが、秦を滅ぼすには足りん」
「……それで羽ですか?」
項伯の言葉に項梁は嬉しそうに笑った。
「ああ、羽よ。羽はまさしく天が我ら項一族にもたらしてくれた王よ」
そこまで言うと項梁は再び真面目な顔つきになって言葉を続ける。
「始皇帝は『秦』という『理』を新たに作った。俺ではその『理』から外れることはできん。だが、羽であれば秦の『理』を粉砕するであろう」
そこまで言って項梁は項伯に言い聞かせる。
「だが、羽が『理』から外れるには後一手足らぬ」
「……それ故の兄上の死でございますか?」
「その通り。俺の死を持って羽は『項一族の理』からも外れ、真の『覇王』となれる」
無言で見つめ合う兄弟。そして項伯は再び拱手する。
「さらばです、兄上。秦は必ずや羽が滅ぼしましょう」
「ああ、さらばだ伯。長い間迷惑をかけた。そして俺の後始末も任せることになってしまう」
「なんの。私とて項一族の漢。秦の滅亡を必ずや見届けましょう」
項伯の言葉に項梁は頷くと共に言葉を続ける。
「羽は覇王となるだろうが、その血を残すことはできまい。伯よ、お前は羽を見捨てることになっても項一族の血を残せ」
項梁の言葉に項伯は苦笑する。
「兄上は最後まで私に無理を言う」
「すまぬ」
「謝らないでくだされ。私は父上や兄上達のように戦って死ぬことはできないとずっと思っておりました」
「何かあれば張良殿を頼れ。あの御仁であれば無碍にはすまい」
「承知」
そう言って項伯は最後に長く頭を下げると部屋から去っていく。
それを見送って項梁は大きな溜息を吐きながら天井を見上げる。
「父上、才なき私ではここが限界でした。ですが超兄上が残してくださった羽が必ずや秦を滅ぼしてくれましょう」
二世二年九月。章邯は秦の全兵力を持って項梁のいる定陶を奇襲。油断していた楚軍はちりじりになって敗走し、楚の柱石である武信君・項梁は戦死した。
名将・項梁の戦死で楚軍は問題なくなったと判断した章邯は続いて趙国を攻めた。
そして時代は項羽を歴史の表舞台に立てる。
項梁
項羽に秦滅亡の遺命を残して戦死
項伯
生き残ることを兄に命ぜられた弟
章邯
項梁を斬った秦末期の名将
項羽
覇 王 誕 生
そんな感じで駆け足で主人公である項梁戦死!残りは全て項羽に任せた!
そしてさらっと項伯に頼られることになる張良。これは史記にも載ってますからね
次回で最終回です