ここで、不思議な出来事が起きた。
最初は、日本本土のレーダー網だった。突如として沖縄周辺海域で300機もの未確認飛翔体を確認する。それは真っすぐ台湾を目指していた。
続いて、中華人民解放軍の艦艇で何かが迫っている事に気付いた。中国海軍の参謀が訝る。
「対空レーダーに反応あり?日本空軍はまだ残っていたか」
「……速度時速500キロだと?偵察機か?」
「数は300?まさか自爆ドローンの類か?」
「こちらも偵察機を回せ!」
偵察に出ていた中国軍の機体は、幽霊を見たかの如く恐怖に顔を引き攣らせた。
「ば、馬鹿な!あれは日帝の零式!?」
中華人民解放軍は各々の耳目を疑った。この重要な時に何の冗談だと。
錯覚とは思い難い、現に主力艦隊に近付いている。骨董品を利用した日本の悪趣味な心理攻撃かと思われた。
「対空迎撃!撃ち落とせ!」
対空ミサイルが次々と飛んでいく。発艦した戦闘機も加わり、誰もがこれで落ち着くだろうと思っていた。
しかし誰もがこれが重大な異変である事に気付けなかった。
飛んでいた零戦は抵抗らしい抵抗もせず、無情にも撃墜された。火を上げながら爆砕し、海面に落下する。
「ミサイル着弾、撃墜を確認!」
「……て、敵機増派!」
「後続がいたのか。しぶとい」
「艦橋、こちら迎撃機!落とした零式がまた現れた!雲の隙間から同じ数が!」
「は?」
艦隊は不穏な空気に包まれた。
「どうなっている?」
「レーダーは正常です!再度出現しています」
「きちんと目視で落ちたか確認したのか!?」
「相手は所詮レシプロだろう!もう一度だ!」
迎撃機は、尚も一直線に飛び続ける零戦に対し、無防備な背後から空対空ミサイルを放った。
その時だった。零戦が散開する動きを見せる。
「無駄だ!避けられる筈が……」
ない、そう言おうとしたパイロット。そこで信じがたい光景を目にする。
ターゲットにした零戦が、ミサイルが直撃する瞬間、コブラ運動と宙返りを繰り出し、紙一重で回避したのだ。加えて、追い越したミサイルを備えていた機銃で破壊した。しかも数発という最低限の挙動。
「……は?」
理解しがたい神業だった。
そこから零戦の反撃が始まった。怒涛の如く襲い来る、超絶テクニックを伴う零戦の猛攻に、中国側パイロットはパニックになった。
「ふざけるな!こっちはジェット機だぞ!?」
遅い速度の違いを利用した零戦は、持ち前の運動性で最小限の動きで迎撃機の攻撃を躱し、反撃を加えて来るという戦法を取った。完全に時代遅れのレシプロ機に、最新鋭のジェット戦闘機が翻弄されるなど、許せなかった。パイロットにとって何より、日本帝国の残影に、自身のプライドに泥を塗られたと感じ、許しては置けぬと憤激したのだ。
「落ちろ!小日本が!」
備えた機関砲で反撃を試みるも、先読みしていたかのようにバレルロールで回避し、流れるように機銃を数発、置くように放つ。すると綺麗に迎撃機のキャノピーに突き刺さり、計器に火花が散った。速度を上げて引き離したところへ偏差撃ちしたのだ。中国軍のパイロットは、常軌を超えた戦い方に震え上がった。
「な、なんだと!嘘だ!嘘だと言ってくれ!」
気付くと、既に自分一機だけになっていた。落とす事に躍起になるあまり、空母から飛び上がった迎撃機十数機が藻屑となっていたのだ。
「ば、化け物か……!」
黒煙を上げて、高度が下がり始める迎撃機。
「畜生ッ!日帝がぁ……!!」
三方向からの機銃を受けた機体は、火を噴いてそのまま爆散した。
一部始終を無線とレーダーで認識出来ていた中国海軍艦隊は、現実を理解出来なかった。ただの集団幻覚ではない。だが現実に起きた、不可解な出来事だった。
その場にいた中華人民解放軍の誰もが、突如現れた日帝の亡霊が自分達を脅かしているという事実に戦慄した。旧世代の骨董品が、過去に植え付けられた恐怖心と相まって、恐ろしい怪物に映る。中華人民解放軍の耳目にはトラウマという名のフィルターが掛かったのだ。
そこへ零戦の波状攻撃が始まる。レシプロとはいえ、航空機300機である。現代の艦艇を脅かすのに十分な脅威であった。
「敵機、急速接近!」
「た、対空迎撃!近寄らせるなァ!!」
恐怖を拭うように技術の差を見せつける中国海軍艦隊。個人技能では抗し切れず、落とされていく多数の零戦。
しかし何度撃てども、数が減らない。薄暗い霧と雲の合間から落とした筈の零戦が再び現れる。レーダー上には多数の機体が消えては再出現するという、怪異のような現象が起きていた。
「か、数が多すぎる!」
「ミサイル欠乏寸前!」
「馬鹿な、弾薬が尽きるだと……!」
「主砲で迎撃しろ!撃ち落とせ!」
「しかし多数の方向から押し寄せて……っ!」
中華人民解放軍にとって予想だにしない数の暴力という理不尽が襲う。ミサイルも切れ、対空機関砲も、主砲さえも追いつかない。
遂に、目視できる距離に入った。零戦の機銃で艦艇構造物に損傷が出始める。その中で、海面擦れ擦れを飛び、魚雷を投下する一団が混ざった。
「右舷、魚雷多数!」
見張りが蒼褪めて叫ぶ。現代艦艇は旧式艦艇と違い、魚雷防御がほぼないため轟沈は免れない。同時に、直上から投爆する零戦も加わる。
「おのれ、日帝の亡霊め!」
数に勝る筈の中国軍の防御飽和。完全に処理限界を超えた瞬間だった。
空母、駆逐艦、巡洋艦に爆炎が生じる。爆音が海上に轟き、次々と破壊されていく。船体が半ばから圧し折れて沈んでいく駆逐艦、破孔によって浸水し傾いていく巡洋艦、弾薬庫に引火して炎上する空母。
水上戦力は、完全に戦闘能力を損失した。
その光景は、台湾でも観測されていた。目視可能な距離で、中国海軍艦隊と戦う零戦が目撃された。
「ああ……日本軍だ。……日本軍が、黄泉の国から……我らを守りに来たんだ!」
目撃した住人は、涙を浮かべながら、訛りのある日本語で万歳を叫んだ。
こうした不可解な戦闘は、進出した日本島嶼でも生じた。転進した零戦は、占領目的で進出していた島嶼上陸部隊に殺到、爆弾と機銃掃射の嵐に襲われて粉砕された。
「なにが起きた?」
「あれは、零戦?」
「どういう事だ?」
中華人民解放軍と対峙し、凄惨な銃撃戦で消耗していた自衛隊もそれを目撃した。飛び去っていく零戦の群れがバンクをするのが見える。操縦席は人影こそ見えるが、ぼんやりとしていて顔が識別出来ない。
「本当に、亡霊だというのか……」
それまで銃撃戦を行っていた左官級自衛隊員が呆然と呟く。周囲には、煤けた野戦服を身に纏い、疲れ切った様子で直立不動の敬礼を捧げる者がちらほら混じっていた。
こうして台湾有事は、中華人民解放軍の戦闘能力喪失により、戦闘状態を停止した。
否、せざるを得なかった。中国側の受けた損害が遥かに予想を超え、日本側と台湾側は余力を残している。中国海軍側の再建は、十年近くを要するほどであり、武力制圧が困難となる事態となった。
外交的決着を目指す動きへ変じた。中国では、早期制圧を命じた首脳部に対し、無茶な命令を受けて内心激怒していた軍部がクーデターを敢行し、重鎮を含む主戦派を粛正。やや日本へ譲歩した新政権が樹立、再建への舵を切る事となった。
ここにフィリピンが仲介役を買って出た事で、軍事衝突から完全な政治合戦へ移行した。中華人民共和国は屈辱の白紙講和を受け入れる羽目になる。日本という恐ろしさを再認識したのだ。そして不可解な亡霊の介入も視野に入れなければならないという未知数の敵に脅威を覚えるのだった。
その後、低い周波数帯で暗号化されていない平文のモールス信号が観測された。
“我ラ 祖国ト 友邦ノ 危機ニ 馳セ参ズ”
“御役目 果タシ 冥府ヘ 帰還ス”
“後ノ 日本ニ 栄光アレ”
その日、日本や台湾各所の墓前に花束が一層多く見られるようになった。
日本では、この謎の集団を大日本帝国の英霊が台湾と日本の危機に介入したというオカルトめいた噂が飛び交う事となった。日本の存立と親日国を守る為に、靖国の果てから蘇ったのだろうか。
真実は不明だが、確かに、その日、彼らは存在した。
英霊は死して尚、日本を守り続けているようだった。
~了~
お読みくださり、ありがとうございます。
元特攻隊の祖父二人の事を知る機会があり、どうしても書きたくて燻っており、衝動に駆られた結果、生まれたものです。
皇御国の英霊よ、どうか安らかに。