《ふ、ふふ・・・・・・あなたにはこのトマトジュースを無理矢理飲んでもらっていますわ!》
『だからそれは拷問じゃなくて罰ゲームだって・・・・・・ていうか、私は普通にトマトジュース飲めるし』
キリカはトマトジュースが苦手なのだ。しかし、ユキは普通に飲めるみたいである。
《え? あ、あら、そうなんですのね・・・・・・どうしましょ、困りましたわね・・・・・・もう缶開けてしまったんですけれど・・・・・・》
『あ、じゃあ私が飲むよ』
《本当ですか? ありがとうございます》
キリカは亀甲縛りされて木からぶら下がっているユキにトマトジュースを持って行こうとした。
しかし──
《きゃっ》
キリカは運悪く小石につまづいてしまった。ユキを拷問(?)するのに実体化していたからなのだが、それでトマトジュースがバシャンとかかってしまったのだ。
《ああー・・・・・・》
『大丈夫?』
《まあ、大丈夫ですわ。とりあえず、これは脱いで水につけておいて、一旦他の服に着替えを──》
と、そんなことを言っている時だった。
木々が妖しくざわざわと鳴る。近づいてくる、忌まわしくも清らかな気配。
《きた!》
『おー、来たね。どうする?』
《仕方ないですわね・・・・・・汚れた服のままで行くのは失礼ですけれど、このまま行きますわ》
キリカはトマトジュースのかかった服のまま出ていった。
・・・・・・
《ようこそ。待っておりましたわ》
そう言って、キリカは先ほどまでとは打って変わって威厳たっぷりにすみれを出迎えた。
すみれは凛とした表情でキリカの前に立った。
《ふむ、なるほど。つい最近人から神妖の位階に上がった者だとのことでしたが、なかなか様になっておりますわね》
これは本心だ。つい最近まで人間だったとは思えないくらい、すみれはまさに神といった凛とした雰囲気を漂わせてそこに立っていた。神気と妖気、清らかで忌まわしき二つの気が合わさったすみれのみが持つ神妖の気。それが、永き時を生きたキリカの妖気を押し流さんばかりの勢いで溢れ出ていた。
(新参だからと舐めてかかったらいけないみたいですわね。これは、相手の神域の中で戦っていたら、さすがのわたくしでも負けていたかもしれませんわね・・・・・・)
すみれは目を細め、キリカに向かって敵意の籠った視線を向ける。簡易神域保護係のサクは一歩後ろに下がってこの2人を固唾を飲んで見守っていた。
静かに、すみれはキリカに問いかける。
《一つ、聞いてもいいか?》
《・・・・・・なんですの?》
《その服の血はどうした。お前、ユキに何をした?》
《・・・・・・へっ?》
思いもしなかった展開にキリカは目をまん丸にして素っ頓狂な声をあげてしまった。
言われて、キリカは自分の体を見下ろす。そこにはぶっかけトマトジュースの服がある。
ああー・・・・・・まあ確かに、血液に見えなくもない、か?
さっきからなんかすみれが怒ってるっぽかった理由がこれで判明した。いやまあ、いきなり大切な友人を誘拐されたらそりゃあ怒るってもんだが、原因はそれだけじゃなかったわけだ。
(でも・・・・・・これは逆に好都合ですわね!)
ひょんなことから変な誤解を生んでしまったわけなのだが、キリカは逆にこれを好都合だと捉えた。ピンチはチャンスだ。
だから、キリカは胸を張ってこう応えた。
《これはわたくしがユキを拷問した時についてしまったものですわ!》
実際には拷問なんて出来なかったわけなのだが、キリカはそう言った。
キリカはいざという時にはユキを拷問することも厭わない──そう思わせておけば、いざという時にはユキを人質として使えるわけだ。すみれの精神を動揺させ、隙を生じさせるために使える。いやむしろ、これ以上ユキを傷つけたくないと思ったすみれが戦わずしてキリカに殺されてくれるかもしれない。そうすれば、より容易にあの土地の主になれる。
そう思ったから、キリカはあえてこの誤解を訂正せず、それに乗ることにしたのだ。
それがキリカの身にどんな災厄をもたらすかも知らずに・・・・・・
すみれはすっと、さらに目を細めた。
《拷問・・・・・・?》
《そう、拷問ですわ! わたくしはいざという時にはユキを拷問することも厭わない妖怪なんですのよ! それがわかったら、さっさとあの土地を明け渡しなさい!》
キリカはビシィッとすみれを指差してそう言った。すみれは表情を変えることなく言う。
《・・・・・・お前は気づいていないみたいだが、土地を明け渡さずにユキを取り戻す方法が、一つだけあるんだよ》
《ほう? なんですのそれは》
《ユキを人質にするよりも速く、俺がお前を殺せばいいんだ。そうすれば土地を明け渡さずに済む》
すみれはいつもと変わらないような調子でそう言った。しかし、その内心が常とはかけ離れていることは表情と、辺りに満ちた恐ろしくも荘厳な雰囲気でわかる。
しかし、臆することなくドヤ顔でキリカは言い放った。
《ユキを人質にするよりも速く、わたくしを殺す? 無理に決まってるじゃありませんの!》
再びビシッとすみれを指差しながら言う。
《あなたは自分の神域を遠く離れ、しかも今はわたくしの神域内にいる! 簡易神域なんかでどうにか出来るレベルではありませんわ!》
キリカはすみれを指差しながら言葉を続ける。
《今のあなたの力は大きく見積もっても通常の3割程度! いくらあなたが神と妖の狭間に立つ力ある存在だと言っても、そんなことでわたくしに勝てるわけが──》
《そういうのはどうでもいいんだ》
すみれは、キリカの言葉を遮って言った。
《ユキは俺のものなんだ。因習村の神の所有物に手を出せば、無事じゃ済まないなんてこと、わかりきってるだろ?》
その名前と同じ、すみれ色の目だけを輝かせながら、すみれは全てを生かし、全てを殺す神妖の気配を身に纏った。
《や、やれるものならやってみなさい! わたくしは──》
キリカはすみれに向かってそう言って──
《そっちじゃない。こっちだよ》
──すみれの声は後ろから聞こえた。
《────っは?》
あまりのことにキリカは素っ頓狂な声を上げてしまう。いつの間にか、目の前にいたはずのすみれは消えていて、その気配はキリカの後ろからした。
《君は妖怪らしいし、死んでもしばらくしたら生き返るみたいだから──赤ちゃんプレイで済ませはしない。本気で呪うよ》
すみれはすっと手を伸ばす。キリカの顔を覆うように、まるで目隠しでもするみたいに手を伸ばした。
キリカはすみれの手を見た。闇よりも黒く、光よりも白きところから産まれ出でたるもの手、汚濁にして清浄なるものの手。
《っ!》
キリカは素早くすみれから距離を取った。再びキリカの目に入ったすみれは、意外にも微笑んでいた。
そして──
《今更距離を取ってももう遅いよ。もう呪ったから》
《え・・・・・・?》
その瞬間、キリカの右側の視界が真っ暗になった。そして、頬をどろりとした液体が伝っていく感覚がある。
頬に手をあてて、手についた液体を見た。微光を帯びるすみれ色の液体だった。
《・・・・・・え?》
何が起こったのかわからず、呆然としていると、眺めていた手の指も、どろりとしたすみれ色の液体へと変わっていった。
《ヒッ》
キリカは思わず逃げようして踵を返した。しかし、体がぐらっと傾いて、転んでしまった。足も溶けてしまっていたのに気がついていなかったようである。
《た、助け──》
そう言って伸ばした手もすみれ色の液体になった。
・・・・・・
《大丈夫かユキ!》
すみれたちが慌ててユキが捕まっている場所まで行くと──
『あ、すみれ。それにサクじゃん。今日はちゃんと服着てるんだ』
亀甲縛りで木からぶら下げられたユキが、地面に置いた漫画のページを口で器用にめくっている姿が目に入った。
《・・・・・・何してんだ?》
「おー、いい格好してますねー! 羨ましい!」
《羨ましがるな》
『いやー、実はさ・・・・・・』
ユキはこれまでにあったことと、キリカがどんな人物だったかについて話した。
《えー? マジかそんな感じだったのか・・・・・・》
『何かあったの?』
「それが・・・・・・」
2人はユキを例の場所まで連れていった。
『あちゃー』
そこには、完全にすみれ色の液体になって溶けてしまったキリカだったものがあった。その液体からは、十数本のすみれが生えてきている。
《やっちゃったなー・・・・・・》
『まあ、やっちゃったものは仕方がないよ! 妖怪なんだし、時間が経てば復活するから、結果オーライ!』
「本当にそうですか・・・・・・?」
《んー・・・・・・まあ、あとで菓子折り持って謝罪しにいくかな》
「いや、自分を殺した相手から菓子折り渡されるのって、それもう新手の高度な煽り感あるんですけど」
《まあ・・・・・・今日はとりあえず帰るか》
『そうだねー』
「ええ・・・・・・」
まあ、そういうことで、三人は帰路につくことにした。
「あっ、そういえば! すみれさん格好良かったんですよ! 《ユキは俺のものなんだ》・・・・・・とかなんとか言って!」
『へえーそんなこと言ったんだ?』
ユキはちょっと嬉しそうに、すみれの顔を覗き込んで言った。
《・・・・・・私、そんななろう系主人公みたいなこと言ったかな?》
「言いましたよー!」
まあ、これにて一件落着・・・・・・なのか? まあ大体一件落着して、このユキ誘拐事件は終わりを告げたのであった。
復活しました。すいません、意志がグラグラで・・・・・・