さて、一通りの会話も終わって因習村の怪しげな神としての通常業務に入る。といってそんなにやることはない。人が来るまで待つだけだ。すみれを摘むような奴がいたら追い返すだけである。
だから、祠の上に座ってすみれは待つ。人が来なければ人に姿を見せるようなこともしない。ただゆったりとした時間が流れる。会社に行ってた頃とはえらい違いだ。すみれはそのゆったりした時間が早くも好きになっていた。
『今日も村の人たちが置いてくれた捧げ物がいっぱいあるよ、すみれちゃん』
《本当だ。いっぱいあるねー》
村人たちは、この祠の前に来てはたくさんの捧げ物をしてくれる。捧げ物をすると、ご利益があるのである。
《主に野菜とか果物とかか・・・・・・あ、お饅頭あるな》
すみれは人間が食べるような食べ物も普通に食べられる。すみれは通常の物質から霊的なものに変化させることが出来る術が使えるので、食べ物も食べられる。それらは霊的なエネルギーに変換され、すみれの力となる。すみれの術によって霊的なものに変化された物質はユキにも触れるし食べられるものになるので、2人で一緒に食べているのだ。
《まあ、こういう捧げ物っていうのはほとんど食べ物だよね》
『あっ、でも今日は食べ物じゃない、服の捧げ物があるよ!』
《えっ、マジで?》
『ほらこれ!』
ユキがそうやって見せてきたのはやたらとフリフリした、スカートの短い、かわいらしい雰囲気のいわゆるアイドル衣装だった。
《いや、なんで人間社会から隔絶された因習村にこんなものがあるんだよ。どこで手に入れたんだよ・・・・・・ていうか、それをなんで土地神への捧げ物として捧げるんだよ》
『まあまあ細かいことはいいじゃんか。とりあえず着てみようよ!』
《なぜそうなる・・・・・・》
『いや、神たるもの捧げ物をもらっといてただ放っておくだけっていうのはダメでしょ! せめて一回くらいは着てみないと!』
《それはまあ確かに一理あるけど・・・・・・》
『なら着ようよ! さあ着よう! 超瞬速で着よう!』
ユキは鼻息荒く迫ってきた。目がキラキラしている。
《い、いやひょっとしてただユキが着せたいだけなんじゃないのか・・・・・・!?》
『そんなことないよ!』
《うーん、ほんとかなあ・・・・・・》
すみれは怪しみながらも仕方なく着ることにした。確かに捧げ物をもらうだけもらっといて一回も使わないというのは良くない。せめて一回くらいは着ておかないと。
《じゃあ着るから・・・・・・》
実体化して、すみれが着替えようとするところを、ユキはニコニコした顔で見ていた。
《ちょ、ユキ? 向こう向いててほしいんだけど・・・・・・》
『大丈夫大丈夫! 私は平気だから!』
《いやユキが平気でも俺が全然平気じゃないんだけど・・・・・・》
そう言っても、ユキはニコニコしたまま着替えようとするすみれから視線を逸らそうとしない。
《仕方ない・・・・・・超神妖術! 早着替え!》
説明しよう! 超神霊術早着替えとはその名の通り肉眼では捉えられないくらいの早さで着替える術である!
『ちっ』
《お前さあ》
まあそれはいいとして。
『いやでも、やっぱりすっごく似合うね! うん、めちゃくちゃにかわいいよ!』
着物から、アイドル衣装に着替えたすみれは普段の楚々とした雰囲気から打って変わって、今風の可愛らしいアイドルといった感じになっていた。このままアイドルたちに混じって活動してても違和感なさそうなくらいだ。まあ、実際は神霊と人間では纏う雰囲気が違うので浮いてしまって無理だろうが・・・・・・。
まあ似合っているのは事実だ。しかし、すみれは恥ずかしそうにもじもじしていた。
《いや、こんな衣装おじさんにはキツいでしょ・・・・・・》
『いやいや、今は可愛らしい土地神様なんだから!』
《そうは言っても、精神的にキツいんだよ! おじさんがこんな格好をするのは! スカートも短すぎて、なんかスースーして落ち着かないし・・・・・・》
『え? 確かにそのスカートは短いけど、スースーして落ち着かないってほどかな・・・・・・? はっ! そういえばすみれちゃんっていつも着物着てるけど、ひょっとして、下着とかつけてなかったりする!?』
《いや、そんなわけ──》
ない、と否定しようとしてすみれは考え込んだ。
そういえば、因習村の怪しげな神に転生したということに気を取られてそこのところを全然よく考えてなかったけど、いつも着物着てた時なんかスースーしてたような・・・・・・。
その状態でアイドル衣装に着替えたということは、もしかして・・・・・・?
『どれどれ、私に見せてみなさい』
《なんでだよ!》
ユキがスカートをめくろうとしてきたから慌ててすみれはスカートを押さえた。
《ユキさあ・・・・・・ちょっと前から思ってたけど、君実はすみれのことよくない目で見てたよね?》
『いや、私はすみれちゃんの親友だよ』
《親友にしては、向けてくる視線がじっとりしてんのよ。そういうのって向けられてる方は意外とわかるもんだからね?》
『・・・・・・まあ、正直言って私がすみれちゃんに向けてた目はそういう目だったよ。まあ、今のすみれちゃんは中身は違うけど、見た目は前のすみれちゃんと同じだし、いいかなって・・・・・・』
《割と性根が腐ってるなあ・・・・・・》
と、そんなことを話していた時だった。
「──!」
「──」
「──」
ガサガサという音と人の話し声が聞こえる。
『あっ、やばい人が来た! すみれちゃん、元に戻って!』
《わかった!》
すみれは神霊化して元に戻る。この状態になると人には見えなくなる。着ている服も一緒に霊的なものへと変化されるので大丈夫だ。
すみれが祠に座って待っていると、やがてチャラついた感じの男三人組がやってきた。
「お、ここだよここ。ここのすみれがやばいんだってさ」
「なんか食べ物がいっぱい積んであるな」
「お供え物だろ」
いかにもといった雰囲気の男たちだ。ホラー漫画とかで真っ先に犠牲者になりそうなタイプの奴ら。
「このすみれを摘んで帰ればあの村でヒーローになれるだろ、ヒーローに」
「なあ、ついでにこのお供え物とかも持っていこうぜー」
「いや、それは流石にやばいだろ・・・・・・それはやりすぎだよ。このすみれだけ摘んで帰ろうぜ」
そう言って、男たちはすみれを摘んでいく。
(きた!)
すみれ草を摘んだことを確認して、すみれは実体化して男たちの前に姿を現した。
『あ、ちょ──』
《摘んじゃったね。摘んじゃダメだって言われてたのにさ》
祠の上に座ったすみれが、男たちへ声をかける。
しゃがみ込んですみれ草を摘んでいた男たちは、すみれを見上げて驚いたように目を見開いていたが、やがて口を開いて言った。
「「「あ、アイドルだ・・・・・・」」」
《ん?》
すみれは嫌な予感がした。
恐る恐る自分の体を見下ろすと、視界に飛び込んでくるのはフリフリの可愛らしい衣装。
『あちゃー・・・・・・』
やっちゃったなあ、といった感じの視線をユキが向けてくる。
(しまった、アイドル風衣装のままで出てきてしまった・・・・・・!)
因習村の怪しげな神、痛恨のミス。
「なんだ? なんか怖いけど・・・・・・かわいいな・・・・・・」
「うん、怖いけどかわいい」
なんか怖さより可愛さの方が勝ってしまっているようである。三人目の男に至っては
「うーん、見えそうで、見えないな・・・・・・」
しゃがみ込んですみれのすみれを見ようとしていた。
(何スカートの中覗こうとしてんだおい! 小学生かよ!)
すみれはそうツッコミたかったが、すんでのところで我慢した。神だから。神が多少のことで取り乱すわけにはいかない。
すみれは少々焦ったが、瞬時に気を取り直した。
(いや、でもこれは好都合だ。俺は別にこの人たちを怖がらせたいわけじゃなくて癒して帰したいだけなんだから。いつもはなぜか俺が姿を見せると怖がってばっかりだったけど、これならいける! いい歳したおじさんがアイドル衣装で人前に出るのはこの上なく恥ずかしいけれども・・・・・・それはまあ仕方がない)
そして、こう考えた。
(いつもは赤ちゃんプレイで癒してたけど、せっかくアイドル衣装を着てるんだし、ここは──)
すみれは目を閉じ、歌を歌い出した。子守唄だ。今日は子守唄で癒そうと考えたのである。
しかし──
「な、なんだ・・・・・・?」
「すっごく綺麗で、すっごく癒されそうな感じなのに・・・・・・なんだかすっごく、寒気がしてきた・・・・・・」
「怖い・・・・・・すっげえ怖い・・・・・・」
ユキは、そばで聴きながら思った。
(ああ、また無意識に神妖気を振り撒いちゃってるよ・・・・・・)
すみれは神と妖魔という相反する二つのものを合わせた存在なので、高貴さと同時に忌まわしさを感じるのである。それが人間にはなぜだかわからなくて、混乱してしまうのだ。
さて、十分に歌って、すみれが目を開けると男たちは1人もいなくなっていた。すでに逃げ去ってしまったのだ。
《あれえ・・・・・・?》
困惑するすみれに、ユキは語りかけた。
『みんな、用事があるからって帰ったよ。十分癒されたってさ』
ユキの優しい嘘である。
《ほんと? ならよかった》
すみれはそれを信じ、ほっとした笑顔を見せるのだった。
・・・・・・さて、いい歳したおじさんがアイドル衣装で人前に出てしまったという羞恥心で少し心が動揺していたからだろうか。
いつもより呪いが強めにかかって、男たちはただのすみれではなく血まみれのすみれを常に視界の端に見続ける呪いにかかってしまったという・・・・・・。
◇
《今日の捧げ物に魚があったから、超神妖術で焼き魚にしてみたよ》
『お、いいじゃーん。おにぎりがあったから、それと一緒に食べよう!』
その日の夜、2人は一緒にご飯を食べた。
(一緒に食べる人がいるって、いいもんだな・・・・・・)
すみれがすみれになる前は、恋人とかもいなかったし、両親とかとも離れて暮らしていたのでいつもご飯は1人で食べていた。だから、すみれになって久しぶりに誰かと一緒にご飯を食べたのだ。
(忘れてたな、この温かい感じ。誰かと食事をする時の、温かさがかよっていくこの感覚を・・・・・・)
夜の森の中、2人で笑い交わしながら食事をしたのだった。
これをボツにしようか今迷っているところです。